流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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第百三十四話.星河大吾

 不思議な男だ。

 

 それが星河大吾に抱いた最初の印象だった。

 FM星軍に船内を制圧され、囚われの身となった大吾は目の前の異星人に笑顔で右手を差し出していた。

 

「俺は地球人の星河大吾。お前は?」

 

 表裏の無いその笑みに、ウォーロックは呆気に取られてしまった。FM星軍の中でも無愛想で有名な彼だが、気づけば大吾の要求に応えて、おずおずと右手を前に出していた。

 

「ウ……ウォーロックだ……」

 

 それをぎゅっと握ると、落ち着いていた大吾の笑みは子供のような無邪気なものへと変わる。

 

「やった! 宇宙人と握手ができたぞ!! ハハハ!! スバル! 父さんはやったぞ!!

 ウォーロック! お前も喜べ!! お前は、初めて地球人と握手をしたFM星人になったんだぞ!! よかったな~?」

 

 今度は背中をバンバンと叩き、しまいには肩を組んできた。なれなれしい態度だが、不思議とウォーロックは拒絶できなかった。

 

「ウォーロック、お前は宇宙人の友達第一号だ! よろしくな!!」

 

 これが星河大吾との最初の出会いだった。

 

 

 FM星に接近していた謎の宇宙船。FM星王は側近のジェミニの進言を受け入れ、すぐに制圧部隊を派遣した。

 戦闘らしい戦闘も無く、すぐに乗組員と思われる異星人達は拘束された。

 彼らの世話を買って出たウォーロックはその初日に大吾の友人として認定されてしまった。

 それからというもの、大吾は毎日話しかけてきた。ウォーロックは邪険に扱ったり、無視しようと決め込んだりとしたものの、気がつけば大吾のペースに巻き込まれていた。

 大吾がするのは美人な奥さんと可愛い一人息子の自慢話ばかりだったが、悪い気はしなかった。話を聞いていると、いつの間にか自分も笑っていたのだ。そして、大吾と会うのが毎日の楽しみになっていた。

 大吾の言った友達というものを、ウォーロックは確かに感じていた。

 

 次第に他の乗組員達とも交流を深めるようになり、ウォーロックはきずなクルーの輪に溶け込んでいた。

 だが、そんな楽しい日々は長くは続かなかった。

 

 FM星で行われていた裁判が終わったのだ。

 

 大吾達を捕らえてからずっと行われていた、彼らの処遇に関する判決。死刑だった。

 この判決を聞いても、ウォーロックが驚くことは無かった。FM星王とジェミニの噂を聞いていれば、こうなることは予想の範囲内だったからだ。

 そして当初の予定通り、混乱の隙を突いて『アンドロメダのカギ』を盗み取ったのだ。目的を果たし、追われる身となったウォーロックは最後にきずなに立ち寄った。

 

「そうか……行くのか」

 

 突然の別れだったが、大吾は落ち着いてそう返した。

 

「ああ、お前とは短い間だったが、楽しかったぜ」

「これからどこに行くんだ?」

「さあな? どこか適当なところに逃げて、身を潜めるつもりだ」

 

 これが大吾との最後の会話だ。そう分かっていても、ゆっくりしている時間は無い。行かなくてはならない。いつ追っ手が来るかも分からないのだ。

 

「んじゃ、そろそろ行くぜ。アバヨ」

 

 退散しようしたウォーロックだが、大吾の言葉で動きを止めた。

 

「待ってくれ!! 俺たちも連れて行ってくれ!!」

「な、なんだと!?」

 

 大吾には驚かされてばかりだったが、これは予想外だった。地球人が宇宙で生体活動を維持できないことぐらい、この時のウォーロックは知っていた。

 だが大吾には算段があった。

 

「お前たちの体から出るゼット波。それを俺たちに浴びせてくれ! そうすれば俺たちも電波化できるし、宇宙を動ける!!」

「ちょ、ちょっと待て! 確かにそこら辺の物ならうまくいったが、お前らに試したことはねえぞ!?」

 

 この提案は受け入れられなかった。確かに大吾達が電波化すれば宇宙を動けるだろう。だが、無事という保障は全く無い。最悪の場合、ウォーロックは大吾達をその手にかけることになってしまうかもしれないのだ。

 ウォーロックと違い、大吾は覚悟を決めていた。

 

「どの道、このままだと処刑されてしまうんだ。 なら、俺はここから逃げて、地球へと戻ってみせる!!」

 

 電波化するだけでも命懸けだ。それに加えて追っ手から逃れながら、地球へと向かう。命がいくつあっても足りない。大吾も分かっているはずだ。

 

「……本気か? 生きて地球に帰れる可能性は……ほぼゼロだぜ?」

 

 あえてウォーロックが口にした言葉は、大吾への死刑宣告となんら変わりない。友人の残酷な忠告を聞かされても、大吾は動じなかった。むしろ、彼の目の光が一層強くなった。

 

「俺が息子に言った言葉がある。どんなに小さくてもそこに希望があるなら命を懸ける価値はある。俺は何も恐れてなんかいやしないさ」

 

 何かを言い返したかったが、できなかった。無理だと悟っていたからだ。大吾がこの濁りのない目をしたときは、誰が何といっても聞きはしない。

 

「それに、ウォーロック。行く当てがないのなら、お前も地球に来い! 歓迎してやるぞ!!」

「……断りてえところだが、一応訊いてやる。どうやって、地球に戻るつもりだ?」

 

 ここから地球の姿を見ることはできない。何の道標もない宇宙と言う名の大海で、どうやって目的地に行くというのか。

 この困難な問題についても、大吾は解決策を見出していた。デスクの上においてあったトランサーを取り上げてみせる。

 

「こいつで、俺の息子にアクセスシグナルを送る。そうすれば短い間だがウェーブロードが出来上がるはずだ。それを辿って行く!!」

 

 大吾の中では完璧な作戦が出来上がっているようだ。最初の電波化と、FM星軍達の追っ手という問題がなければ、確かに地球に戻れるかもしれない。

 

「さあ、ウォーロック! 一緒に地球へ行こう! そして俺の息子と友達になってくれ」

「へっ! ごめんだね。いくらお前のガキでも、俺は子守は趣味じゃねえんだ! まっ、そいつと気が合ったら考えてやらなくもねえぜ」

「それは良かった。なら大丈夫だ」

「何を根拠に言ってやがる?」

「スバルはお前と正反対で、明るくて優しい子だからだ」

「暗くて優しくなくて悪かったな!」

「だが、お前はいい奴だ」

「へっ、言ってろ!」

「さあ、俺の息子に会いに行くぞ!!」

「ケッ! なよなよしたヤツだったら、俺が根性を叩きなおしてやるからな!!」

 

 そこでウォーロックは気づいた。いつの間にか、大吾達と地球へ行く流れになっていた。大吾の話術なのか、いつのまにか自分がそういう気持ちになってしまったのかは分からなかった。

 

「皆もそれでいいな?」

 

 いつの間にか、部屋の入り口にスティーブ達が集まっていた。何の保証もない命懸けの旅。だが恐れる者はいなかった。皆、大吾と同じ目をしている。

 ウォーロックは肩をすくめた。もう彼らを止めることなんてできやしない。

 

 

 ウォーロックの心配をよそに、大吾達は無事に電波化することができた。だが、誰も手を上げて喜ぶことは無かった。ここからが本番だと、皆分かっているからだ。

 『きずな』の外に出て、ウォーロックは大吾を急かした。地球に行くには大吾のトランサーが鍵なのだ。

 

「大吾、早くしやがれ!!」

「ああ、今やる……!!」

 

 大吾はトランサーを開いて操作を始める。だから流石の大吾にも隙が生じてしまった。その危機に気づいたのはウォーロック一人。大吾のはるか後方……『きずな』の影から火炎球が飛び出してきた。ウォーロックの行動は早かった。大吾を乱暴に横に払いのけると、襲い掛かってくる相手に飛び掛った。

 

「ブルル!! 見つけたぜ、裏切り者が!!」

「畜生っ!! てめえかよ、オックス!!」

 

 とうとう、危惧していた追っ手が現れてしまった。よりにもよって相手はオックスだった。頭は悪いが実力はFM星軍の中でも上位に位置する。オックスの炎火と豪腕に襲われれば、いくら大吾達でも無事ではすまない。

 大吾達が巻き込まれないように、ウォーロックはわざとオックスの拳を身に受けて、腕を振るった。鋭利な爪がオックスの顔を引き裂く。だが浅かった。怒ったオックスが我武者羅に火炎放射を噴出する。パワーに長けたオックスの暴走だ。こうなると、中々手がつけられない。もう大吾達を気にかける余裕なんてなかった。

 それからどれだけ時間が経ったのかは覚えていない。どうやってオックスを撃退したのか、そもそもいつヤツが逃げたのかすら記憶にない。ふと気がつけば『きずな』のそばで傷ついた体を引き摺っていた。もしかしたら、数分ほど気を失っていたのかもしれない。

 朦朧とする意識を振り払い、辺りを見渡す。そして背筋を凍らせる。誰も居ない。

 

「……大吾!? ……スティーブ!?」

 

 きずなクルー達の名前を呼ぶ。全員の名前を数度呼び掛ける。だが、その声は空しく闇に溶けて行くだけだった。

 オックスの攻撃に巻き込まれたのだろうか? 攻撃そのものは自分に向けられていた。それに、彼らならば直撃を受けるというヘマはしないだろう。余波で吹き飛ばされたと考えた方が自然だった。

 呆然とするウォーロックはあるものに目を留めた。『きずな』の側で漂っている一つの小さい機械。それは大吾のトランサーだった。開かれたままの画面にはあるページが開いている。幼い少年の顔写真が写っていた。その隣には『星河スバル』という文字。大吾の言葉が脳裏をよぎった。

 

「……地球……か」

 

 

「これが、俺の知っている全てだ」

 

 ウォーロックの長い話が終わった。この間、スバルは一言も口を挟むことは無かった。

 充電器に繋げた大吾のトランサーを開くと、きずなクルーのメンバー達の写真が収められていた。大吾にスティーブ、他のきずなクルー達は満面の笑みでスバルに笑いかけている。ウォーロックが一緒に写っていた。

 

「……じゃあ、父さんは……」

「……電波の体になって、今もこの宇宙を旅しているはずだ。どこにあるのかも分からない、地球を探してな……」 

 

 スバルは一度目を閉じると、その目をゆっくりと開いた。そして大吾のトランサーからあるデータを開封する。それは、今の写真を開く前に偶然見つけたもの。『スバルへ』という名前のついたメッセージファイル。

 

 

『スバルへ。

 万が一に備えて、このメッセージを残しておく。

 

 俺は今FM星人に捕らわれている。お前の元に帰るのは先の話になりそうだ。だが、俺は約束どおり、必ずお前と母さんのもとへと帰る。それまで待っていてくれ。

 

 そうだ、スバル。父さん宇宙人の友達ができたぞ。ウォーロックというんだ。口は悪いし、無愛想だが一緒にいると楽しい奴だ。きっと、お前とも良い友達になれるはずだ。お前をウォーロックに紹介するのが楽しみだ。

 

 最後に一つ、これだけは分かってくれ。FM星人達を恨まないでくれ。彼らは……』

 

 

 大吾のメッセージはそこで途切れていた。データが損傷していたのだ。

 

「悪かったな、スバル……話すのが遅くなっちまった」

「……」

 

 スバルは何も答えず、ウォーロックと会ったときの自分を思い出していた。あの時、話を聞けなくて正解だった。耐えられずに壊れていたはずだ。

 だが、今は違う。

 

「僕は信じるよ。父さんは生きて帰ってくる」

 

 スバルはウォーロックに笑って見せた。

 ウォーロックは目を疑った。目の前に大吾が立っていたのだ。慌てて目をこすってみると、モヤシの様な少年に戻っていた。

 

「ククク……」

「え? どうしたの?」

「いや……やっぱりお前は大吾の息子だよ」

「なんだよ。まるで僕が父さんの子供じゃないみたいじゃないか」

「そうだな。最初は本当に大吾のガキかと首を捻りたくなったぜ」

「ちょっと、酷いよ~それ!」

 

 二人の笑い声が大吾の部屋に響く。これから地球の命運をめぐる戦いを控えた者達とは思えない、和やかな時間だった。

 

 

 スバルとウォーロックは部屋を後にした。写真はポシェットに入れて、大吾のトランサーを右手に装着している。トランサーは戦いには機能しないだろうが、お守りのようなものだ。

 巨大な宇宙ステーションの最も奥にある、一つの扉の前で立ち止まる。元は金属だったはずのその扉は別のものへと変わっていた。鋼色はほとんど残っておらず、紫色に変色している。そして隙間から立ち上る細かい電波粒子。その様は地獄からの侵食を押し留める最後の門のよう。事実、この向こうには地球の絶望が待ち受けているのだ。それが薄い鉄板一枚に支えられているのだから笑えない。

 だが二人は何の恐れも抱いていなかった。今にも破られそうなその扉に近づき、立ち止まる。

 

「ロック、覚悟は良いね?」

「ケッ、言うようになったじゃねえか。それはこっちの台詞だぜ!?」

「ハハハ。じゃあ、行こうか!」

「おう!」

 

 スバルは笑ってスターキャリアーを掲げ、いつものように合言葉を唱えた。

 

「電波変換! 星河スバル オン・エア!!」


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