流星のロックマン Arrange The Original 作:悲傷
アマケンの敷地内は騒音で埋め尽くされていた。タワーを囲むように並べられた大型発電機が原因だ。アマケンの敷地内に設けられていた発電機を一箇所に集めて稼動させているのだ。予備も含めて、数は十数台ほどだろうか。
ここで作られた膨大な電気のほとんどはアマケンタワーの地下へと送られていた。無機質な広い空間でアマケンスタッフ達の大声が飛び交う。その中で、スバルはアングリと口を開けていた。
粗大ゴミのようだった『きずなの一部』と地下室は、今や作戦司令室のような風貌へと変わっていた。巨大なモニターや幾つものサーバー、オタクのスバルですらよく分からない機械たち。アマケンスタッフ達はたった一晩でこれだけのことをやってのけたのだ。それに加えて、今は『きずな本体』と通信を繋げるために休むことなく動き回ってくれている。脱帽して、頭を下げたい気分だ。
呆けるスバルの元に、スターキャリアーの調整してくれた宇田海と肩幅の広い男性スタッフが戻ってきた。どうやら問題は無かったらしい。
スバルがスターキャリアーを受け取ると、バシリと背中を叩かれた。振り返ると、尾上たちがそこにいた。
「こっちは任せておけよ、ボウズ」
尾上は胸をドンと叩いてみせる。その隣では、クローヌもニタリと笑ってふんぞり返っている。彼らなりに激励しに来てくれたらしい。ただ、いつも元気な千代吉だけが静かなことにスバルは気づいていた。
何か声を掛けようとしたとき、唐突に頭上から警報音が鳴り響いた。驚く一同をよそに、巨大モニターの前に座っていたアマケンスタッフ達がすばやく対応し、画面にこの地域一体の地図が表示した。そこには無数の赤いマーカーが点滅していた。特にヤシブタウンに集中している。
スタッフの一人が現状を報告するが、スバルの耳には入っていなかった。そして理解していた。FM星人達の攻撃が始まったのだ。今頃、ニホンのみならず、世界各国で同じような襲撃が起きているはずだ。
「早速出番みたいだな」
「よっしゃあ! 行くぜ尾上!!」
尾上とウルフはこの状況を待ち望んでいたのだろう。もう、スターキャリアーを取り出している。ミソラもようやくショックから立ち直った。
「私も行きます!」
「いや、ミソラっちはここに残るのじゃ」
「な、なんで!?」
ミソラは昨日スバルからお願いされているのだ。自分がいない間、尾上達と共に地球を守るのだと。それを果たそうとするミソラをクラウンは止めた。不満そうな彼女にクローヌが説明する。
「ミソラっちにはもっと大切な役目を任せるのである。アマケンを守るのじゃ」
「こ、ここを……?」
「アマケンに何かあったら、小僧が帰ってこれなくなってしまうかもしれん。ここで小僧を見送って、帰ってくる場所を守って、一番に迎えてあげる。それがミソラっちの役目であるぞ」
ミソラの不満そうな表情はすぐには消えなかった。だが、アマケンスタッフ達の顔を見渡すと、自分が任せられた役目がどれだけ重要なのかを理解して頷いた。
「分かりました……気をつけてください」
「うむ! 任せるのである!!」
「では、出陣と行くかの!」
クラウンとウルフがそれぞれのスターキャリアーに入り込む。それを握り締めると、尾上とクローヌは心配そうな顔をするスバルに「任せておけ」と笑ってみせた。そして二人は叫ぶ。
「電波変換! 尾上十郎 オン・エア!!」
「電波変換! クローヌ14世 オン・エア!!」
緑と黄色の電波となって、二人は地下室から飛び出していった。
そんな二人とは違い、千代吉だけは動いていなかった。スターキャリアーを見つめて震えていた。自分も戦いたいが恐くて動けないのだ。無理もない、千代吉はまだ十歳にも満たない子供なのだから。
なによりも千代吉が可愛いキャンサーは、彼の気持ちを理解しているらしい。側に浮かんでいるが、強い言葉を言えずに困っている様子だった。
そんな千代吉の肩に手を置くのはスバルだった。
「千代吉……無理しなくていいんだよ」
振り返った千代吉の顔は真っ青で、唇まで紫色に染まっていた。それを必死に振るわせる。
「スバルは……恐くないチョキ?」
その質問にスバルはすぐに首を横に振ってみせる。
「僕も最初は戦うのが恐かったよ。けどね……ロックに教えられて分かったんだ。戦わないと何も守れない。何かを失ってしまうほうが、もっと恐いってね。だから、僕は戦うんだ」
慰めるように言いながら、スバルは自分を笑ってしまった。昨日ようやく気づいたいことを、何を偉そうに言っているのだろう。
千代吉は何も言わなかった。スバルの目をじっと見つめると、自分の額を強めに叩いてみせた。
「キャンサー! 行くチョキよ!」
「プク! 今の千代吉はかっこいいプクよ!!」
親バカ発言をしながら、キャンサーもスターキャリアーに入った。千代吉は地下室の出入り口まで走ると、スバルに振り返る。
「スバルー! お前もちゃんと帰ってくるチョキよ!!」
励ましてあげたというのに生意気だ。だが、それでも心配してくれているのは確かだ。笑って返事をしようとしたが、それが間違いだった。
「スバルが帰ってこなかったら、ミソラっちが未亡人になっちゃうチョキよー!!?」
「こらっ! 千代吉!!」
「電波変換! 挟見千代吉 オン・エア!!」
アッカンベーをすると、千代吉は赤い電波になって高速で逃げていった。ずるがしこい逃亡方法である。
「……ったく……」
側にいるミソラとの間に、気恥ずかしい空気ができてしまった。
その間に天地達の準備が整った。『きずなの一部』は大きな稼動音を立てると、自動音声で『きずな本体』との通信が繋がったことを告げた。
誰よりもこの時を待っていたスバルは、無言でビジライザーをかける。『きずなの一部』の上にウェーブロードが出来上がっていた。今頃、アマケンタワーの先端からは『きずな本体』へのウェーブロードの橋が架かっているはずだ。
その先にFM星王がいるのだ。
ここから先はスバルとウォーロックに託される。つまり、天地達の役目は終わったのだ。
「僕たちが出来るのはここまでだ。スバルくん……僕とした約束を、ここにいる皆にもしてくれるかい?」
「……はい、約束します。僕は必ず帰ってきます!!」
スバルはビジライザーを外し、辺りを見渡した。宇田海、シゲゾウ、協力してくれたアマケンスタッフ達。一人一人に目を合わせて、「ありがとう……皆」と告げた。陳腐な言葉かもしれないが、もうその言葉しか出てこなかった。
そして、最後にミソラに向き直った。
「じゃあ、行って来るね」
「……皆で……待ってるからね!!」
「……うん」
昨日の夜を思い出しながらスバルはミソラと改めて約束を交わした。
そして、スターキャリアーを取り出す。ウォーロックが中に入る。相棒と頷きあい、互いの決意を確かめ合った。
「行こう、ロック!!」
「おう!!」
皆が見守る中、スバルはゆっくりとスターキャリアーを頭上に掲げた。
「電波変換! 星河スバル オン・エア!!」
◇
空に向かって垂直に伸びたウェーブロードを駆け上がると、あっという間に地球の外へと飛び出した。絵の具でベタ塗りしたかのような、何もない空間がスバルの前に現れた。視界の隅にはぼんやりとした灰色の月。夢にまで見ていた宇宙が目の前に広がる。
それを見ても感動する余裕はなかった。今この瞬間にも、尾上たちは命懸けで戦っているのだ。
振り返ってみれば、そこには青い地球がどっしりと腰を据えていた。だが、それも少し離れて見てみれば真っ黒な空間に浮いているガラス玉のような脆い印象へと変わる。
拳を握り締め、宇宙にかかったウェーブロードをスバルは青い光となって駆ける。
◇
赤紫色の炎となって揺らぐガスの塊に、青と黄色が混ざってうねる奇怪な光。なにかの力に巻き込まれて、渦を巻くのは無数の塵と氷。それを照らすオレンジ色の恒星。地球の法則が及ばない未知で神秘的な世界。
その中に、明らかな人工物が見えてくる。銀色の光に輝くそれは三年前に見たものと同じだった。
破壊されたフレームに、剥き出しになった配電盤。アマケンの地下にあったものも酷かったが、こちらはそれとは比べ物にならない。宇宙に捨てられたゴミそのものだった。
フレームの一面に消えかけている機体番号が目に入った。その番号は頭に焼き付けてあるものと同じだった。間違いない、目の前にあるのは大吾が乗っていた『きずな本体』そのものだった。
三年前の真実がここにある。
そしてFM星王がいる。
僅かに手が震えていることに気づいた。これが怯えなのか、興奮なのかは分からない。おそらく両方だろう。目を閉じて大きく深呼吸する。覚悟を決めようとしたとき、胸の流星エムブレムが淡く光始めた。
「え? ……なに?」
これはスバルが大吾との大切な思い出として持ち歩いている流星型のペンダントが胸に収まったものだ。そして以前にも似たようなことがあった。ミソラとブラザーを結んだときのことを思い出すと、一本の細い線が伸びた。その先を見て、スバルは息を呑んだ。剥がれかけたきずなの外装の先端に、何かが引っかかっている。ウェーブロードから降りてきずなの外装に着地し、恐る恐るとそれを取り上げた。
「父さんの……トランサー?」
「ああ、そうだ」
紛れもない、大吾のトランサーだった。開いて見るが、画面は真っ黒で何も映っていない。電源がほぼ切れてしまっているらしい。
「ねえ、ロック……なんで父さんのトランサーがこんなところにあるの?」
「スバル……まずは中に入ってくれ。お前に見せたいものがある」
◇
『きずな』の中に入ると、そこは通信室だった。ウェーブロードの橋はそこで終わっていた。酸素の残量を示す計器があり、問題ない密度だった。どうやら、密閉は保っているらしい。重力発生装置まで正常に動いている。
スバルは電波変換を解いて『きずな』の中を歩き出した。そこには資料などで見たものとは違う、無残な光景が広がっていた。
寸断されたケーブル、へこんだ壁とその中から覗くパイプ類。放り出された宇宙服に、酸素ボンベ。誰かが荒らしたような光景だ。
あるドアには紙が貼ってあった。走り書きされていたのはスバルでも読める簡単なアメロッパ語だった。
「『大吾へ。船外活動ロボの修理作業を頼む。スティーブより』」
読み上げて、スバルは天地のアルバムを思い出した。大吾と一緒に、天地の首を絞めていた白人男性だ。彼が確かにここにいた形跡だった。
だが、誰も居ない。人の気配が全くないのだ。紙もかなり前に貼られたもののようで、少々くたびれた様子が見れた。
「ねえ、ロック……父さんやスティーブさん達は?」
ウォーロックは何も答えなかった。実体化している彼はスバルについて来いとジェスチャーをして、奥へと進んでいく。スバルも後を追った。
散らかった廊下を抜けると、少し変わった空間に出た。今までは作業室ばかりだったが、ここは違う。小さな個室が複数設けられているのだ。中には毛布も見える。その中の一室……特別大きな部屋に足を踏み入れた。
その瞬間、スバルは懐かしさを感じた。今までは、初めて訪れた場所ということもあり、どこか心落ち着かない時間だった。だが、この部屋だけは違う。まるで住み慣れた家に戻ったような、そんな感覚。
辺りを見渡してみる。窓や壁は始めて見るものなのに、コーヒーカップや小道具一つ一つに、なぜか親しみを感じてしまう。
ふと、デスクの上に置かれたものに目が留まった。写真立てだ。この角度では部屋の明かりに照らされて良く見えない。だが、その写真を見間違うことはない。なにより、今朝も見たものなのだから。
写っているのは、大柄な男性と、若い女性、そして間に挟まれた小さな子供。それを手にとって、スバルはようやく理解した。
「ここは……父さんの部屋……」
スバルが手に取ったのは、三年前のあの日、父が手に持っていた家族三人の写真だった。今も星河家に飾られている、最後の家族写真。大吾が何よりも大切にしていたそれが手元にあるのだ。現実を受け入れたくなかったスバルだが、認めざるを得なかった。
「スバル……遅くなってすまねえ」
だが、聞かなければならない。いや、聞きたい。知りたいのだ。
「ロック……話してくれるんだね」
「ああ……」
ここで何があったのか。父の身に何があったのか。今父はどこに居るのか。
「全てを話すぜ。俺と大吾の話をな……」
二ヶ月前の約束が果たされようとしていた。