流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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今日は6/9

ロックマンの日、おめでとう!!


第百三十一話.涙の約束

 太陽は常に平等だ。どんなことがあろうとも、地球を照らし生命の息吹を与えてくれる。この日も同じだった。窓の向こうには雲すら遠ざけてしまうほどの眩しい朝日が微笑んでいる。

 そんな空をスバルは自分の部屋から細めた目で見上げていた。彼は知っているわけではない。だが、FM星人達との戦いの経験からだろうか、察していた。今日という日が地球の歴史に刻まれる惨劇の日になるということを。

 それに立ち向かえる地球人は、彼一人……小学五年生の背中にかかっていた。常人では想像することすらできない程の重荷を、彼はこの年齢ですでに理解していた。そのうえで背負っていた。

 スバルは軽く体を動かしてみる。昨日寝るのが遅かったにもかかわらず、体にだるさはどこにも無かった。頭も今までにないほどスッキリしている。コンディションは万全だ。

 

「いよいよだね……ロック……」

「ああ……」

 

 二人は短いやり取りを交わす。もう一度空を見上げたとき、スバルのトランサーがメールの着信を告げた。送り主はNAXAだった。彼らとサテラポリスの共同声明という体裁で、FM星人の存在と地球への侵略行為について簡潔に書かれていた。おそらく、世界中の人たちに送られているのだろう。いたずらメールと思われても仕方のない内容だが、送り主を考えればそう思う人は少ないはずだ。

 本来は隠蔽するような内容を世界中に公表する。それは自衛して欲しいという遠まわしなお願いとも言える。それだけサテラポリスとNAXAの焦りが見えるというものだった。

 

「……急ごう!」

「おう!」

 

 スバルはすぐに腰のポーチに手を伸ばした。中に一通りのバトルカードが揃っている事をもう一度確認し、スターキャリアーの電源を入れてみる。昨日と同じで正常に起動する。トランサーの調子もバッチリだ。額のビジライザーをかけ直すと、首から提げた流星型のペンダントを握りしめた。最後に部屋を見渡して、その場を後にした。

 スバルは気づかなかったため、代わりにウォーロックは部屋の中に軽く手を振っておいた。スバルの部屋で働いているデンパ君とティーチャーマンが見送ってくれていた。

 

 

 一階に下りるとあかねがテレビの前に立ち、サテラポリスとNAXAの緊急ニュースを見ていた。白い髭を生やしたNAXAニホン支部の長官が先程のメールについて詳しい説明を行っているところだった。

 

「スバル……どこかに出かけるの?」

 

 何を言い出すわけでもなく、あかねが切り出した。この状況下に似合わない落ち着いた……いや感情を込めないようにと押し殺したような声にスバルは心を強張らせてしまった。

 

「うん……」

「さっき、メールが来たでしょ。ちょっと信じられないけれど……もうすぐ非難勧告が出るはずだから、それまでは家にいてちょうだい」

「ごめん、母さん……どうしても行かなきゃならないんだ」

 

 母の願いを分かっていながらも、スバルは気丈に振り払う。その結果、自分を激しく責めることになってしまった。あかねが涙を流したのだ。大吾の失踪から三年間、スバルにだけは見せたことのない姿だった。

 

「母さん……?」

「……ごめんなさいね。あの日を思い出したの」

「あの日?」

 

 尋ねたが本当は分かっている。三年前のあの日だ。

 

「父さんが出て行く日……母さん、父さんを止めたの。宇宙に行くのをやめられないかって……そしたら、父さん『どうしても行かなきゃならないんだ』って……やっぱり、親子なのね」

 

 目元を拭うとあかねはテレビの下に視線をずらした。そこには一枚の写真がある。あの日の前日に撮った、家族三人が映った最後の写真だ。

 

「あのね……昨日の夜……夢の中に父さんが出てきて、笑いながら消えていくの……スバルが出て行ってそのまま帰ってこなかったらって思ったら……」

 

 そこからは限界だったのだろう。掠れていた声すら絞りだせなくなったのか、あかねは何も言わなくなってしまった。テレビの雑音だけが二人の間に小さく入り込んでくる。

 それでもスバルは譲れない。写真を手に取ると、あかねに手渡した。

 

「大丈夫だよ、母さん。僕は絶対に帰ってくるよ。父さんも絶対に帰ってくる!! そして、また皆で家族写真を撮るんだ」

「スバル……」

「だから……僕を行かせて」

 

 あかねは何も答えなかった。代わりにスバルをきつく抱きしめた。その腕は思っていたよりも細くて、温かかった。幼い頃の記憶と比べながら、スバルは身を委ねた。そして、この温もりを忘れないと誓う。

 数分ぐらいそうした頃だろうか、あかねが離してくれた。

 

「もう行かなきゃ……行ってきます、母さん」

「……行ってらっしゃい。帰ってくるのよ」

「……うん!」

 

 そこにはいつもの優しい母の顔があった。スバルは自分に再度誓いを立てると、家を後にした。

 見送ったあかねはスバルが渡してくれた家族写真に無言で目を移した。幼かった頃のスバルと、愛する大吾が笑いかけてくれている。

 

「大吾さん……スバルを……あの子を守ってあげて」

 

 写真を胸に押し付けて、目を閉じた。もう、涙を流すことは無かった。

 

 

 家を出たスバルは足早にコダマタウンの町中を駆け抜けた。BIGWAVEの看板、公園と魚が泳いでいる側の小川。ルナが住んでいる高級マンションや、修復された赤いポスト。

 見慣れた光景がスバルの後ろへと流れていく。

 学校の正門とバス停を通り過ぎ、近くにある階段を昇り始める。機関車が展示されている広場を抜けて、さらに階段をかけ上がる。辿り着いた場所は展望台の見晴台だ。

 三年間、毎日のように通っていた憩いの場所……一番大好きなそこは、コダマタウンで最も宇宙に近い場所。スバルは空を見上げた。アマケンに行く前に、どうしてもここに立ち寄っていきたかったのだ。

 

「父さん……今行くからね……」

 

 安全柵を握る手に力が入った。ここでやりたかったことはこれだけだ。だが、スバルには大切な儀式のようなものだった。今こうしている間も、天地達はスバルを待ってくれているはずだ。

 

「ロック、電波変換して行こう」

「そうするか。と言いてぇところだが……後ろを見てみな」

「え? ……あ!?」

 

 いつの間にか広場に人影が現れていた。大中小と綺麗に揃った三人にスバルは駆け寄った。

 

「皆……来てくれたんだ」

 

 ルナを中央に、隣にゴン太とキザマロが控えている。彼らの基本フォーメーションだ。見送りに来てくれたブラザー達にスバルは笑みを向けた。

 

「天地さんから聞いたわ……やっぱり宇宙に行くのね」

「うん。皆見送りに来てく……」

「まだ納得してないわよ!!」

 

 ルナの大きな声がスバルを遮った。

 

「私たちは……まだ納得してないわ! どうしても宇宙にいかなきゃならないの!?」

「お、お前が行かなくても……なんとかなるんじゃねえか?」

「サテラポリスや大人の人たちに任せても……!!」

 

 スバルはすぐに気づいた。ルナ達は怒っているようだが実は違う。スバルを心配してくれているのだ。

 だからスバルはトランサーを掴んでから、三人に告げた。

 

「心配してくれてありがとう。無茶なのは分かっているつもりなんだけど、僕が行かなきゃ、誰かが悲しい思いをすることになるかもしれない。僕が戦って、その誰かが悲しまずに済むのなら、やってみる価値はあると思うんだ……だから、僕は行くんだ」

 

 その顔は穏やかで、かつてルナ達が思い描いていた理想のヒーローとはまた違ったものだった。こんなスバルを見れば、さすがのルナも閉口せざるを得なかったようだ。唇をかみ締めて目を閉じる。泣くのを必死にこらえているのだろうか。

 

「ぢ、ぢぐじょう! かっこよすぎるじゃねえか!!」

「や、やっぱりと言うか、流石と言うか……僕たちのヒーローです!!」

 

 男である二人はもう涙腺が決壊したらしい。目元に涙が滲んでいる。そんなルナ達に、スバルは二ヶ月前の三人との関係を思い出しながら、笑って言ってあげるのだった。

 

「母さんや、天地さんとも約束したけど……皆とも約束するよ。僕は必ず生きて帰ってくる!!」

「ぶおぉぉおお!! ずばる~~!!」

 

 とうとうゴン太が本気で泣き出した。巨大な体で細見のスバルに抱きついたのだ。背骨が折れるのではないかと思いながらも、スバルはこの状況に苦笑いを浮かべた。隣では、キザマロまでもが釣られて号泣するしまつだ。

 

「ううっ……ズバル君……僕は……信じていますよ!!」

「馬鹿ね、あんた達……笑って見送ってあげましょうって、三人で決めたじゃない」

 

 ルナもハンカチを目元に当てて、必死に耐えようとしている。三人の中で一番早く立ち直ったのは、自分にも他人にも厳しい彼女だった。赤い目は戻せなかったが、なんとか笑って見せてくれた。

 

「いい、スバル君? ……私達はブラザーよ。これから、たくさん思い出を作るんですからね。一緒に学校に行って、色んな行事に参加して、夏休みには皆で旅行にも行きましょう。海とかね。なにより、私が生徒会長になるために、アナタにも手伝ってもらうんですから!!」

 

 最後はちょっと遠慮したい気もするが、魅力的な未来だった。そう、自分達の時間はこれからなのだ。たくさんの幸せを思い描き、スバルは頷いた。

 ルナにしかられたゴン太が抱きつくのを止めると、とうとうスバル達にお別れの時間がやってくる。

 

「じゃあ、そろそろ行くね?」

「必ず帰ってきなさいよ!!」

 

 ゴン太とキザマロは何も言わなかったが、無言でスバルに頷いた。鼻をすするのが精一杯で、声が出ないのだろう。スバルはもう一度三人に笑顔を見せると、電波変換して空へと消えて行った。

 スバルが旅立っても、ルナ達はそこから動こうとはしなかった。ただスバルが消えた青い空の一点を見つめている。

 

「帰ってこなかったら、承知しないんだから……」

 

 ルナはポケットの紙を広げ、描かれている憧れのヒーローを見つめた。ちょうどそのとき、ルナのトランサーが鳴った。着信を見て、ルナは素早く応答に出た。ヤシブタウンにいるナルオとユリコだ。

 

『ルナ。さっき、コダマタウンに避難勧告が出た。コダマ小学校の体育館に非難しなさい』

『私達はこのまま103デパートの地下に行くわ。ルナ、離れ離れだけど、大丈夫よね?』

「ええ、大丈夫よお母様。私は二人の子供なんですから」

 

 ルナの力強い言葉に安心したようで、難しい顔をしていたナルオとユリコはほっと笑みを見せた。

 

『愛してるわよ、ルナ』

 

 そこで会話は終わりだ。電話を切るとルナは話を聞いていたゴン太とキザマロに振り返る。

 

「行くわよ、アナタ達」

「おう!」

「はい!」

 

 これからコダマタウンにも危機が訪れる。だが、ルナ達にはそれほど大きな不安は無かった。自分達のヒーローを信じているからだ。


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