流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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第百三十話.明日に備えて

 満天の星空が広がる夜は、必ず展望台に行くか部屋においてある望遠鏡で空を眺める。そんなスバルの日課は今も変わっていない。だが、今日だけは違った。町の明かりが消え始める時間、もうスバルはベッドに潜り込んでいた。明日という日がどれだけ大切なのか彼は分かっているのだ。

 静まり返った広い部屋でゴソゴソという物音がする。ベッドと布団の間でスバルが寝返りをうっているのだ。しばらくそうしていると、諦めたような表情で這い出してきた。

 

「寝れねえのか?」

「ロックも?」

「おう、まあな」

 

 棚の上においてあったビジライザーをかけると、目の前にウォーロックがいた。彼もスバルと同じく、昼間に見せるような冴えた目をしている。世間では寝ている時間なのに、欠伸一つ出てきやしない。

 

「明日なのにね……」

「だからだろうな……なあ、スバル」

「うん、軽く運動しよう」

 

 そう言って、スバルはトランサーとスターキャリアーを手に取った。

 

 

 斧を持った電波ウィルスを切り伏せて、ロックマンは周囲を見渡した。だが目に映るのはあみだくじのように絡まったウェーブロードと、その下に広がるコダマタウンの町並みだけだ。もうこの辺の電波ウィルスは一掃してしまったらしい。

 疲れたら眠れるかと思ったが、この程度の相手では肩慣らしにもなりはしない。それに加えて、神経が研ぎ澄まされてしまったのか頭が益々冴えてしまった。帰ってもとても眠れそうにない。どさりとウェーブロードに寝転んだ。

 

「あ~、道端で寝てる! 行儀悪いんだ~!!」

 

 澄んだ声が聞こえて、慌てて起き上がった。少し上のウェーブロードで、ピンク色の電波人間がクスクスと笑っていた。

 

「ハープ・ノート?」

「ヤッホー! 来ちゃった」

 

 ペロッと舌を出して笑って見せると、ハープ・ノートは軽くジャンプしてロックマンの隣に降りてくる。

 

「何しにきやがったんだ、てめえら?」

「ポロロン! なによ、その言い方!!」

 

 早速ウォーロックとハープが喧嘩を始めてしまった。スバルは自分の右拳をウォーロックの口にねじ込み、無理やり黙らせた。ムゴムゴと苦しそうだが、今のは彼が悪い。スバルの対応を見て、ご機嫌になったハープはアッカンベーをするしまつだ。ウォーロックがまた何かを言おうとしたため、スバルは右手に力を込めた。

 

「こんな夜中にまで特訓?」

「いや、眠れなくてね」

「そうなんだ、なら私とおんなじだね」

「ミソラちゃんも?」

「うん。もう、夜更かしは美容の天敵なのに~。お肌が荒れちゃうよ」

「ハハハ」

 

 ここで、今のままでも綺麗だと言えればどれだけ良いだろう。だがそんな事を言うほどスバルはキザになれなかった。

 

 

 スバルとミソラは展望台で空を眺めていた。備え付けてある天体望遠鏡を覗きながら、スバルは空の一箇所に焦点を合わせる。

 

「ほら見て、あれが(さそり)座だよ。夏を代表する星座なんだ」

「どれどれ……う~ん、どの変が蠍に見えるんだろう?」

「ほら、あの星とあの星を合わせたら尻尾がクネッて曲がっているように見えない?」

「どれどれ~?」

 

 ミソラは眉を潜めながら、スバルに代わって望遠鏡を覗き込んだ。その横顔をスバルは凝視してしまう。彼は気づいていないかもしれないが、説明が大雑把になっていく。

 

「それから右上のほうにハサミが二つ合って……」

「……お? 見えたかも! 尻尾だけじゃなくて、体までくねらしてない?」

「そう! それそれ!!」

「な~んか、蠍に見えないよ? どちらかというと蛇が口開けて舌を出してるように見える」

「あ、言えてるかも!! 蠍に蛇……委員長にぴったりだね?」

「あ、委員長に言っちゃおうかな~?」

「そ、それはやめて!! 命に関わるから!!」

「きゃはっ! 冗談だよ~だ」

 

 二人の笑い声が静かな展望台で響いた。空の端っこにある蠍座を見上げてみる。夏を代表する星座は大きく、肉眼でもはっきりと見ることができた。

 

「……明日、ここよりもっと蠍座に近い所に行くんだね」

「うん……」

 

 スバルはもう蠍座を見ていなかった。彼が見ているのは空全体。本当は真っ黒な地球を覆っている広大な空間。人間なんて塵以下に成り下がる途方もない世界だ。敵はそこにいるのだ。今更になって、自分が挑むものの脅威さを再認識する。渋っていた天地の気持ちが分かるというものだ。

 

「スバル君、お願いがあるの!」

 

 横を見るとミソラが自分を見ていた。思いつめたような表情で、両手を胸の前で重ねて強く握りしめている。

 

「明日、私も一緒に連れて行って!」

「……ミソラちゃん……?」

 

 ミソラのお願いはスバルが予想もしていなかった事だった。ちゃんと約束したわけではないが、彼は一人で行くつもりだったからだ。

 

「私……スバル君に何か合ったらと思うと恐くって……だから、側で一緒に戦わせて! お願い!!」

 

 甘い香りが鼻をくすぐった。ミソラの両手が肩に置かれ、顔がすぐ近くにある。手を伸ばせばミソラの腰に届きそうだ。

 心音が大きくなるのを自覚しながら、スバルはごくりとつばを飲み込んだ。肩に置かれた手は握り返してあげたくなるほど冷たくて、見つめてくる潤んだ瞳は夜空の煌きを吸い込んだように美しい。

 満点の星明りの元、ミソラと二人きり。誰もいない、誰も見ていない。スバルの両手が恐る恐ると持ち上げられる。その手をミソラの肩に置いて、優しく突き放した。

 

「ゴメン、ミソラちゃん。僕一人で行きたいんだ……」

 

 辛かったが、スバルはミソラの目を見てそう伝えた。碧色の瞳は輝きを失い、涙が溢れ出す。その様がスバルの心を抉りとる。

 

「……スバル君……私、足手まといにはならないから……だから……」

「ハープ・ノートのこと、僕は頼りにしているよ。一緒に戦ってくれると安心できるし、今まで何度も助けてもらったからね」

「じゃ、じゃあなんでダメなの!?」

 

 ここまでのスバルの説明では納得なんて出来ない。必死に涙を飲み込もうとするミソラにすぐには答えず、スバルは再び空を見上げた。

 

「父さんがいるんだ……」

 

 その一言で充分だった。ミソラの目から涙が姿を潜めた。

 

「父さんは三年前に宇宙に行って、帰ってこなかった。もしかしたらあの場所に父さんがいるかもしれない。いないかもしれない。それを自分の目で確かめたいんだ」

「……そっか……」

 

 父との感動の再会に、赤の他人がいては邪魔になる。それでも地球の危機なのだから完全なスバルのわがままだ。本来ならば責めるべきところだが、ミソラはそれ以上何も言わなかった。

 

「それに……僕がいない間に、FM星人達が地球を攻撃するかもしれない。君には皆を守って欲しいんだ。多分、尾上さん達もそうすると思う」

 

 尾上もクローヌも千代吉も、数少ない電波人間だ。彼らならば必ず共に戦ってくれるはずだ。なす術の無い地球人を守れるのは、ミソラ達しかいないのだ。

 

「だから……僕を信じて待っててくれないかな? 君とも約束するよ。必ず帰ってくるから」

 

 ミソラは一度目を閉じると、目元の涙を拭った。再び開いた瞼の下から光を取り戻した瞳が顔を覗かせた。

 

「分かった。私、待ってるね。皆と一緒に、スバル君が帰ってくるのを待ってるから!」

「……うん!」

 

 やっとミソラが笑ってくれた。スバルも自然と笑みを溢す。

 

「なら、早く寝ないとね?」

「そう、それ! 全然眠くならないんだ。困ったな……」

「うう~む……よし、決めた!」

「何を?」

 

 そこでスバルは聞かなければよかったと後悔した。ミソラがどこか意地悪そうな顔をしていたからだ。

 

 

 スバルは絶対に眠れないと確信していた。ミソラが出した提案は悪手の中の悪手だ。今スバルはベッドに潜り込んでいる。そのベッドの横にミソラが座っているのだ。こんな状況で眠れるわけがない。

 

「ねえ、スバル君。最初に会ったときのこと、覚えてる?」

「あ……えっと、展望台だよね?」

「うん、あのときに私が歌っていた歌……」

「『グッナイママ』、ミソラちゃんが引退するときに歌ったやつだよね」

「あ、覚えてくれてたんだ!」

「う、うん。まあね」

 

 そのCDを予約して買ったことは伏せておいた。

 

「あれね、ママが気持ちよく眠れるようにって作った子守唄をアレンジしたものなの」

「うん、そうらしいね。ミソラちゃん、お母さんが大好きだもんね」

「もちろん。その歌をスバル君に歌ってあげるね」

 

 この歌で今は亡き母を何度も眠らせてあげたのだろう。ミソラは自信があるようで、この方法が最適だと思っているらしい。

 

「……眠れるかな?」

「大丈夫だよ!」

 

 絶対に無理だと呟きたいのを堪えておいた。ミソラに失礼だし、理由を尋ねられたら答えられない。

 

「じゃあ歌うね?」

「うん、お願い」

 

 ミソラの子守唄が始まる。最初は緊張した顔をしていたスバルだったが、徐々にその表情が緩んでくる。眠るのも時間の問題だろう。

 この歌は電波体にも効果があるのだろうか。トランサーから二人を見守っていたウォーロックも、大きな欠伸をして見せた。

 

「俺もこのまま眠らせてもらうか。ハープ、そろそろ離してくれ」

 

 そう言って、隣にいるハープのほうを見た。彼女はウォーロックに絡めていた弦を素早く解いてみせる。ウォーロックが邪魔をしないように、展望台にいたときからずっと拘束していたのである。

 ウォーロックは肩を回したり、首を横に傾けたりして体をほぐす。

 

「ほら、お前もそろそろギターに戻れよ」

「ええ、けどその前に……」

「あ? なんだ?」

「ウォーロック、あなたに謝らなきゃいけないことがあるの」

 

 ウォーロックは顔がひっくり返りそうなほど首を捻って見せた。さんざん自分に暴力を振るってきたこの女が今更何を謝ると言うのだろうか。だがハープの説明を聞いて、ようやく気づいた。自分でも忘れかけていたことだ。

 

「よくそんなこと覚えていたな……いつ気づいたんだ?」

「気づいたというより、憶測ね。FM星にいたころから、アナタを気にかけていた理由は分かる? アナタの周波数に特徴があったからよ」

「そこからか……」

「ええ、あの時は本当にゴメンナサイ。アナタに酷いことを言ったわ」

「気にするな。俺も気にしちゃいねえよ」

「……そう、ありがとう」

 

 そのとき、プッとウォーロックが笑った。

 

「? 何かおかしかったかしら?」

「クク、わりぃわりぃ。お前が俺に礼を言うなんて、初めてだと思ってよ」

「そうだったかしら? ポロロン、あなたもつまらないこと覚えているのね」

「そうか? 俺にはでかいことなんだがな?」

「……そろそろ寝たら?」

「おう、じゃあな」

 

 そう言って、ウォーロックは横になってしまった。ハープはチラリと横目で見ながら、その場を後にした。

 

「……調子が狂うじゃない……ポロロン」

 

 スバルのトランサーから出てきたハープはミソラが歌っていないことに気づいた。ベッドを覗き込むと、スバルが寝息を立てていた。

 

「効果抜群だったわね」

「うん……行こっか?」

「そうね」

 

 ミソラはそっと立ち上がる。だがハープがギターに戻っても電波変換しようとはしなかった。腰を屈めスバルの安らかな寝顔を覗き込む。しばらくそうすると体を起こした。

 

「良いの? スバル君のファーストキスを奪う大チャンスよ?」

「い、良いの! だって、そんなのずるいもん」

 

 からかわれたミソラは顔を真っ赤にしながら自分の行動を正当化した。それが正しい。

 最後にもう一度、スバルの寝顔に微笑んだ。

 

「おやすみなさい。私の大好きな……流れ星のヒーローさん」

 

 ピンク色の光が部屋から飛立っていく。静かな部屋で聞こえるのは、スバルの寝息だけだった。


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