流星のロックマン Arrange The Original 作:悲傷
ぐったりとした顔をして、スバルは歩いていた。もう少ししたら町はオレンジ色に染まるだろう。普段はその時間に展望台に向かうのだが、足は家へと向けられていた。
ウィルスに取りつかれた人間、ジャミンガーは無事に倒した。それにより、とりついていたウィルスは無事にデリートされ、後には生身の人間だけが倒れていた。電脳世界に放り出されたその男をどうしようかと悩むスバルに、ウォーロックはほっとけと鼻を鳴らした。
説明によると、時間がたつと勝手に人間世界に戻るらしい。一応気になって見守っていたが、ウォーロックの言うとおりだった。
しかし、彼が車を盗もうとしていたのは事実。事件の容疑者として、駆け付けたサテラポリスに連行されて行った。
「それにしても、変わった頭をした人だったな。頭につけていた、アンテナみたいなもの……なんだったんだろう?」
「……お前も人のことは言えないだろ?」
鶏冠のようなスバルの髪を指差して言う。
「これは寝癖だよ。堅くって、どうやっても治らないんだよ」
「寝癖だったのか!?」
すさまじすぎる寝癖にロックはちょっと驚いたみたいだった。
「ところで、ロック。さっきはウィルスだけが消えたけど……僕達が負けたら、君だけが消えちゃうの?」
心配そうにスバルはトランサーの中の住人を覗き込んだ。
「いや、その時はお前も消える」
ほっとしていいのか、緊張すればいいのか分からない答えだった。何とも言えない表情を返す。
「さっきの奴は、意識のほとんどをウィルスが支配していたからな。人間は無事だった。だが、俺らの場合は、互いの意識がしっかりとある。やられたら二人ともお陀仏だ」
「……へぇ……」
どういう理論なのかと問おうとしたが、止めた。多分、理解できない範囲のことだろう。
「ねぇ、そういえばロックはなんでこの地球に来たの?」
今更の疑問が浮かび上がった。昨日は色々ありすぎた上に、父のことが気がかかりだったため、そこまで気が回らなかったのだ。
少し黙ったのち、ウォーロックは話し始めた。流石にこれについて口を閉ざすのは止めたようだ。
「俺は、俺が住んでいたFM星を裏切ったんだ。そして、地球まで逃げて来たわけだ」
「どうしてそんなコトしたの? なんで地球に?」
ウォーロックは目と口を閉じ、スバルの視線から顔を反らした。しばらくだんまりを決め込んでいたが、スバルの視線に堪えかね、向き直った。
「裏切ったのは、FM星王が憎いからだ。あいつをこの手で引き裂いてやりたくてな。俺の目的は奴らへの……FM星の奴らへの復讐だ。だが、今は無理だ。だから、ここまで逃げて来た」
あれ? とスバルは思った。何か胸に引っ掛かる。さっきから、彼の言葉のどこかに……
しかし、別の疑問に気が向いてしまい、流してしまった。
「逃亡って……もしかして、追われてるの?」
「おう!」
「ち、ちょっと待ってよ!」
久々にふざけるなとスバルは怒鳴りたくなった。偶々そこに現れたウィルスを退治するぐらいならともかく、敵が意図的に自分達に襲いかかってくるというのだ。偶然遭遇するのと、標的にされるのとでは違いが大きすぎる。
「な、なんで僕がそんなことに巻き込まれなきゃいけないんだよ!? ヤだよ! トランサーから出て行ってよ!!」
「どの道同じだぜ? FM星は地球を滅ぼそうとしているんだからな」
チクタクと時計の針が鳴り響く。学校帰りの小学生達が目の前を駆け抜け、部活を早めに切り上げた中学生が自転車に乗って帰って行く。脇を、大型のトラックが走り抜けた。
「えええええええっ!?」
たった二つの文章の意味を理解するのに、スバルの良質な脳がフル回転した。文章は簡単だが、現実として受け入れられなかったのだ。
「ち、地球を滅ぼすだって!?」
「何を滅ぼすのかしら?」
危険信号が体を駆け廻った。自分の脳が鈍っていたわけでも、故障したわけでもないことにちょっと安心した。
嫌そうな表情を隠そうともせずに、声の方向に顔を向けると、無意識に大きなため息が出た。昨日の三人組だ。学級委員長のルナが、でかい子分のゴン太と、小さい子分のキザマロを連れている。
「学校にも来ないで、一人でゲームでもしていたのかしら?」
どうやら、都合の良いように誤解してくれたようだ。さりげなくスバルはトランサーを閉じて、ロックの身を隠した。踵を返し、止めていた足をまた動かす。この人達は無視する。昨日のやり取りでそう決めたのだ。
「ちょっと、何無視しているんです!?」
キザマロが高い声を上げる。足の速度は緩めない。むしろ速める。
「ゴン太!」
続いて甲高い声が上がり、どすどすと重い足音が近づいてきた。振り返ろうとすると、それより早く体が斜めに突き飛ばされ、体の左側が持ち上げられた。太い腕が襟を掴んでいる。
「おい、モヤシ! 委員長を無視するって、どういうつもりだ!?」
「……………………」
「黙ってんじゃねぇよ!」
スバルが黙秘をしている内に、ルナとキザマロも追いつき、やり取りを嫌な笑みで眺めている。しかし、スバルは相変わらず顔をそむけて黙したままだ。ウォーロックがひそひそとスバルに声をかける。
「なんでやり返さねぇんだ?」
「ほっといたら良いんだよ。こんな奴ら」
これではいじめられっ子だ。トランサーの中でぎりぎりと音がたつ。ウォーロックの機嫌が悪いようだ。
それはゴン太も同じだった。腕を大きく動かし、顔を近づける。
「無視してんじゃねぇぞ! モヤシいためにして食ってやろうか!?」
無視。スバルの目は明後日を見ている。
「この! モ……」
「っち!」
「きゃあ!」
ルナの悲鳴が上がる。キザマロの眼鏡の下では、大きく目が見開かれていた。その先では、自分の3倍近くの体重があるであろうゴン太が倒れている。
「モヤシ……いため……て……」
大の字になり、意識から解放されたように目がうろうろしている。それを見下ろすように、左拳を高く上げたスバルが立っていた。なぜか、一番驚いた顔をしている。
「ご、ごめん!」
後ろから二つの声が聞こえる。それに振り返らずにただ地面を蹴ることに集中した。
□
息が切れそうになったところで、ようやく立ち止まった。後ろを確認してみる。どうやらあいつらは追いかけていないようだ。
「なんてことするんだよ! ロック!」
「お前が悪いんだよ! 一方的にやられるなんざ、かっこ悪いだろうが!」
「ほっといたら良いって言ったじゃないか」
「へっ、知らねぇな! 俺のいたFM星では、自分の身は自分で守るもんなんだよ!」
「僕は僕の方法で守ろうとしていたんだよ」
「あれで状況が良くなるわけねえだろ! 戦わなきゃ何にも守れねえぞ!」
さっきのアッパーはウォーロックの物だ。ジャミンガーと戦っているときにやったものと同じだ。
大人しいスバルには彼の乱暴さが理解できない。頭が痛くなる。話すと余計に痛くなりそうだ。口論をそこそこに終わらせる。
「……もういいよ……ところで、さっきの話の続きだけど、本当なの?」
「さっき? ……ああ、FM星人が地球を滅ぼそうとしているって話か?」
あり得ない単語が平然と返ってくる。聞き間違いじゃなかったのだったとまた脳が悲痛に悶えた。
「今、FM星から地球破壊計画の刺客達が向かって来ているはずだ。同時に、裏切り者の俺を始末するためにな」
「……ねぇ、もしかして……僕に戦えっていうつもり?」
「ああ。ついでに復讐も手伝ってくれ。よろしくな、相棒!」
「ヤだよ! そんな恐いこと! それに、僕はロックの相棒になった覚えなんてないよ……」
「じゃあ、親父さんのことは知らなくても良いんだな?」
「……はぁ……」
大きくため息をついて、ぐしゃぐしゃと髪をかきむしった。しかし、この程度で彼の立派な寝癖は形を崩さない。
もう、考えるのを止めることにした。今日も非日常的なことがありすぎて、頭が疲れてしまっている。
でも、これだけは忘れなかった。
「今度、牛島さんに謝らないと……」
マジマジとトランサーの先にある手のひらを眺めた。
□
一日の終わりの予鈴。晴れの日に限り、それを太陽が人々に知らせてくれる。白かった雲は橙色に染まり、そばでは黒い翼が空に模様をつけている。いつの時代でも、この国の、この光景は変わらない。少なくとも、このコダマタウンではそうだ。この景色の元、それぞれが自宅への道を歩いて行く。
ここに3人、帰宅を中断している者達がいる。
「どういうことかしら?」
赤黒いオーラが炎と化し、その二本の金色の束を持ち上げている。ちょうど頭から飛び出たそれは角と錯覚してしまいそうだ。
「め、めんぼくない……」
肩をすくめ、目の前の、自分より小さな鬼を見れないでる。いや、オーラの大きさを身長にカウントするならば、相手の方がでかい。彼の大きい体は幾分か小さく縮こまる。
それでも、それの半分くらいの大きさしかないもう一人は、グンと距離を置いて、少女の後ろで小さい体をさらに小さくしている。
「ゴン太! アナタの、その大きな体は何!? ただの飾りなの!?」
返事の代わりにびくりと首を肩にうずめた。
「喧嘩もろくにできないんだったら、アナタは私のために何が出来るって言うの? 『モヤイクレープ食べに行きたい』だなんて言っている場合かしら?」
今日、ゴン太が学校に持ってきた雑誌をペラペラとチラつかせる。最新グルメ10000件なんて文字が見える。
「あんな、もやしか青ネギみたいな子に負けるなんて、アナタに何の取り柄があるのかしら? 私がいなかったら、乱暴なだけの嫌われ者なのよ!? 分かってるの!?」
「う、うん……」
「今度あんな醜態をさらしたら、ブラザーを切るからね?」
「そ、そんな!」
「帰るわよ、キザマロ!」
「は、はいぃ!」
ゴン太を置き去りにし、ルナはキザマロを連れて展望台の広場から去って行った。途中でキザマロが足を止めたのだが、二人がそれに気づくことは無かった。
立ち去って行く二種類の足音を背中に受け、ただ茫然とゴン太は立ち尽くしていた。
□
夕方と夜の間。今はそんな時間だ。あれからずっとゴン太はここで立っていた。展望台から見えるのは空だけではない。視線を下げれば町々が見下ろせれる。もう、黒い鳥の姿も鳴き声もない。夜に活動する虫達が起き出したのだろう。その声が代わりに、ひっそりと空気を震わせる。でも、それに耳を傾ける気にはなれない。
大きなため息を吐き、手すりにもたれかかる。ギシリと鈍い悲鳴が上がるが、さびてもいない限りは大丈夫だろう。
「俺があんなもやしに負けちまうなんて……もし、委員長に必要とされなくなっちまったら……また、一人ぼっちになっちまう……」
委員長のわがままに連れまわされることが多いが、別段嫌じゃなかった。乱暴者と称され、皆に避けられ、一人でいたころより、よっぽど良い。キザマロを含めた三人で遊びに行き、笑っていられた今日の時間が懐かしいと思えてしまう。
グスリという音を聞いている者は誰もいなかった。
□
「言い過ぎたかしら……ゴン太、落ち込んでないかしら?」
展望台からの帰路の途中、ルナがぼそりと口にした。
「委員長?」
「べ、別に心配しているわけじゃないわよ! あんなやつの心配なんてするわけないじゃない! ただ……私が心配してあげなかったら、誰が心配してあげるのよ? だから、仕方なく心配してあげているのよ!」
結局心配している。しかし、さっきの怒りを思い出し、キザマロは口を紡いだ。代わりに、トランサーを使って何かを探し、ルナに見せる。二人のやり取りはその場でしばらく続いた。