流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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2013/5/3 改稿


第十二話.ウォーロックの目的

 ぐったりとした顔をして、スバルは歩いていた。もう少ししたら町はオレンジ色に染まるだろう。普段はその時間に展望台に向かうのだが、足は家へと向けられていた。

 ウィルスに取りつかれた人間、ジャミンガーは無事に倒した。それにより、とりついていたウィルスは無事にデリートされ、後には生身の人間だけが倒れていた。電脳世界に放り出されたその男をどうしようかと悩むスバルに、ウォーロックはほっとけと鼻を鳴らした。

 説明によると、時間がたつと勝手に人間世界に戻るらしい。一応気になって見守っていたが、ウォーロックの言うとおりだった。

 しかし、彼が車を盗もうとしていたのは事実。事件の容疑者として、駆け付けたサテラポリスに連行されて行った。

 

「それにしても、変わった頭をした人だったな。頭につけていた、アンテナみたいなもの……なんだったんだろう?」

「……お前も人のことは言えないだろ?」

 

 鶏冠のようなスバルの髪を指差して言う。

 

「これは寝癖だよ。堅くって、どうやっても治らないんだよ」

「寝癖だったのか!?」

 

 すさまじすぎる寝癖にロックはちょっと驚いたみたいだった。

 

「ところで、ロック。さっきはウィルスだけが消えたけど……僕達が負けたら、君だけが消えちゃうの?」

 

 心配そうにスバルはトランサーの中の住人を覗き込んだ。

 

「いや、その時はお前も消える」

 

 ほっとしていいのか、緊張すればいいのか分からない答えだった。何とも言えない表情を返す。

 

「さっきの奴は、意識のほとんどをウィルスが支配していたからな。人間は無事だった。だが、俺らの場合は、互いの意識がしっかりとある。やられたら二人ともお陀仏だ」

「……へぇ……」

 

 どういう理論なのかと問おうとしたが、止めた。多分、理解できない範囲のことだろう。

 

「ねぇ、そういえばロックはなんでこの地球に来たの?」

 

 今更の疑問が浮かび上がった。昨日は色々ありすぎた上に、父のことが気がかかりだったため、そこまで気が回らなかったのだ。

  少し黙ったのち、ウォーロックは話し始めた。流石にこれについて口を閉ざすのは止めたようだ。

 

「俺は、俺が住んでいたFM星を裏切ったんだ。そして、地球まで逃げて来たわけだ」

「どうしてそんなコトしたの? なんで地球に?」

 

 ウォーロックは目と口を閉じ、スバルの視線から顔を反らした。しばらくだんまりを決め込んでいたが、スバルの視線に堪えかね、向き直った。

 

「裏切ったのは、FM星王が憎いからだ。あいつをこの手で引き裂いてやりたくてな。俺の目的は奴らへの……FM星の奴らへの復讐だ。だが、今は無理だ。だから、ここまで逃げて来た」

 

 あれ? とスバルは思った。何か胸に引っ掛かる。さっきから、彼の言葉のどこかに……

 しかし、別の疑問に気が向いてしまい、流してしまった。

 

「逃亡って……もしかして、追われてるの?」

「おう!」

「ち、ちょっと待ってよ!」

 

 久々にふざけるなとスバルは怒鳴りたくなった。偶々そこに現れたウィルスを退治するぐらいならともかく、敵が意図的に自分達に襲いかかってくるというのだ。偶然遭遇するのと、標的にされるのとでは違いが大きすぎる。

 

「な、なんで僕がそんなことに巻き込まれなきゃいけないんだよ!? ヤだよ! トランサーから出て行ってよ!!」

「どの道同じだぜ? FM星は地球を滅ぼそうとしているんだからな」

 

 チクタクと時計の針が鳴り響く。学校帰りの小学生達が目の前を駆け抜け、部活を早めに切り上げた中学生が自転車に乗って帰って行く。脇を、大型のトラックが走り抜けた。

 

「えええええええっ!?」

 

 たった二つの文章の意味を理解するのに、スバルの良質な脳がフル回転した。文章は簡単だが、現実として受け入れられなかったのだ。

 

「ち、地球を滅ぼすだって!?」

「何を滅ぼすのかしら?」

 

 危険信号が体を駆け廻った。自分の脳が鈍っていたわけでも、故障したわけでもないことにちょっと安心した。

 嫌そうな表情を隠そうともせずに、声の方向に顔を向けると、無意識に大きなため息が出た。昨日の三人組だ。学級委員長のルナが、でかい子分のゴン太と、小さい子分のキザマロを連れている。

 

「学校にも来ないで、一人でゲームでもしていたのかしら?」

 

 どうやら、都合の良いように誤解してくれたようだ。さりげなくスバルはトランサーを閉じて、ロックの身を隠した。踵を返し、止めていた足をまた動かす。この人達は無視する。昨日のやり取りでそう決めたのだ。

 

「ちょっと、何無視しているんです!?」

 

 キザマロが高い声を上げる。足の速度は緩めない。むしろ速める。

 

「ゴン太!」

 

 続いて甲高い声が上がり、どすどすと重い足音が近づいてきた。振り返ろうとすると、それより早く体が斜めに突き飛ばされ、体の左側が持ち上げられた。太い腕が襟を掴んでいる。

 

「おい、モヤシ! 委員長を無視するって、どういうつもりだ!?」

「……………………」

「黙ってんじゃねぇよ!」

 

 スバルが黙秘をしている内に、ルナとキザマロも追いつき、やり取りを嫌な笑みで眺めている。しかし、スバルは相変わらず顔をそむけて黙したままだ。ウォーロックがひそひそとスバルに声をかける。

 

「なんでやり返さねぇんだ?」

「ほっといたら良いんだよ。こんな奴ら」

 

 これではいじめられっ子だ。トランサーの中でぎりぎりと音がたつ。ウォーロックの機嫌が悪いようだ。

 それはゴン太も同じだった。腕を大きく動かし、顔を近づける。

 

「無視してんじゃねぇぞ! モヤシいためにして食ってやろうか!?」

 

 無視。スバルの目は明後日を見ている。

 

「この! モ……」

「っち!」

「きゃあ!」

 

 ルナの悲鳴が上がる。キザマロの眼鏡の下では、大きく目が見開かれていた。その先では、自分の3倍近くの体重があるであろうゴン太が倒れている。

 

「モヤシ……いため……て……」

 

 大の字になり、意識から解放されたように目がうろうろしている。それを見下ろすように、左拳を高く上げたスバルが立っていた。なぜか、一番驚いた顔をしている。

 

「ご、ごめん!」

 

 後ろから二つの声が聞こえる。それに振り返らずにただ地面を蹴ることに集中した。

 

 

 息が切れそうになったところで、ようやく立ち止まった。後ろを確認してみる。どうやらあいつらは追いかけていないようだ。

 

「なんてことするんだよ! ロック!」

「お前が悪いんだよ! 一方的にやられるなんざ、かっこ悪いだろうが!」

「ほっといたら良いって言ったじゃないか」

「へっ、知らねぇな! 俺のいたFM星では、自分の身は自分で守るもんなんだよ!」

「僕は僕の方法で守ろうとしていたんだよ」

「あれで状況が良くなるわけねえだろ! 戦わなきゃ何にも守れねえぞ!」

 

 さっきのアッパーはウォーロックの物だ。ジャミンガーと戦っているときにやったものと同じだ。

 大人しいスバルには彼の乱暴さが理解できない。頭が痛くなる。話すと余計に痛くなりそうだ。口論をそこそこに終わらせる。

 

「……もういいよ……ところで、さっきの話の続きだけど、本当なの?」

「さっき? ……ああ、FM星人が地球を滅ぼそうとしているって話か?」

 

 あり得ない単語が平然と返ってくる。聞き間違いじゃなかったのだったとまた脳が悲痛に悶えた。

 

「今、FM星から地球破壊計画の刺客達が向かって来ているはずだ。同時に、裏切り者の俺を始末するためにな」

「……ねぇ、もしかして……僕に戦えっていうつもり?」

「ああ。ついでに復讐も手伝ってくれ。よろしくな、相棒!」

「ヤだよ! そんな恐いこと! それに、僕はロックの相棒になった覚えなんてないよ……」

「じゃあ、親父さんのことは知らなくても良いんだな?」

「……はぁ……」

 

 大きくため息をついて、ぐしゃぐしゃと髪をかきむしった。しかし、この程度で彼の立派な寝癖は形を崩さない。

 もう、考えるのを止めることにした。今日も非日常的なことがありすぎて、頭が疲れてしまっている。

 でも、これだけは忘れなかった。

 

「今度、牛島さんに謝らないと……」

 

 マジマジとトランサーの先にある手のひらを眺めた。

 

 

 一日の終わりの予鈴。晴れの日に限り、それを太陽が人々に知らせてくれる。白かった雲は橙色に染まり、そばでは黒い翼が空に模様をつけている。いつの時代でも、この国の、この光景は変わらない。少なくとも、このコダマタウンではそうだ。この景色の元、それぞれが自宅への道を歩いて行く。

 ここに3人、帰宅を中断している者達がいる。

 

「どういうことかしら?」

 

 赤黒いオーラが炎と化し、その二本の金色の束を持ち上げている。ちょうど頭から飛び出たそれは角と錯覚してしまいそうだ。

 

「め、めんぼくない……」

 

 肩をすくめ、目の前の、自分より小さな鬼を見れないでる。いや、オーラの大きさを身長にカウントするならば、相手の方がでかい。彼の大きい体は幾分か小さく縮こまる。

 それでも、それの半分くらいの大きさしかないもう一人は、グンと距離を置いて、少女の後ろで小さい体をさらに小さくしている。

 

「ゴン太! アナタの、その大きな体は何!? ただの飾りなの!?」

 

 返事の代わりにびくりと首を肩にうずめた。

 

「喧嘩もろくにできないんだったら、アナタは私のために何が出来るって言うの? 『モヤイクレープ食べに行きたい』だなんて言っている場合かしら?」

 

 今日、ゴン太が学校に持ってきた雑誌をペラペラとチラつかせる。最新グルメ10000件なんて文字が見える。

 

「あんな、もやしか青ネギみたいな子に負けるなんて、アナタに何の取り柄があるのかしら? 私がいなかったら、乱暴なだけの嫌われ者なのよ!? 分かってるの!?」

「う、うん……」

「今度あんな醜態をさらしたら、ブラザーを切るからね?」

「そ、そんな!」

「帰るわよ、キザマロ!」

「は、はいぃ!」

 

 ゴン太を置き去りにし、ルナはキザマロを連れて展望台の広場から去って行った。途中でキザマロが足を止めたのだが、二人がそれに気づくことは無かった。

 立ち去って行く二種類の足音を背中に受け、ただ茫然とゴン太は立ち尽くしていた。

 

 

 夕方と夜の間。今はそんな時間だ。あれからずっとゴン太はここで立っていた。展望台から見えるのは空だけではない。視線を下げれば町々が見下ろせれる。もう、黒い鳥の姿も鳴き声もない。夜に活動する虫達が起き出したのだろう。その声が代わりに、ひっそりと空気を震わせる。でも、それに耳を傾ける気にはなれない。

 大きなため息を吐き、手すりにもたれかかる。ギシリと鈍い悲鳴が上がるが、さびてもいない限りは大丈夫だろう。

 

「俺があんなもやしに負けちまうなんて……もし、委員長に必要とされなくなっちまったら……また、一人ぼっちになっちまう……」

 

 委員長のわがままに連れまわされることが多いが、別段嫌じゃなかった。乱暴者と称され、皆に避けられ、一人でいたころより、よっぽど良い。キザマロを含めた三人で遊びに行き、笑っていられた今日の時間が懐かしいと思えてしまう。

 グスリという音を聞いている者は誰もいなかった。

 

 

「言い過ぎたかしら……ゴン太、落ち込んでないかしら?」

 

 展望台からの帰路の途中、ルナがぼそりと口にした。

 

「委員長?」

「べ、別に心配しているわけじゃないわよ! あんなやつの心配なんてするわけないじゃない! ただ……私が心配してあげなかったら、誰が心配してあげるのよ? だから、仕方なく心配してあげているのよ!」

 

 結局心配している。しかし、さっきの怒りを思い出し、キザマロは口を紡いだ。代わりに、トランサーを使って何かを探し、ルナに見せる。二人のやり取りはその場でしばらく続いた。


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