流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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第百二十五話.もう迷わない

 ウェーブロードを使ってコダマタウンに到着したスバルは、すぐにルナを探し始めた。ハープ・ノートの感知能力のおかげで、ルナの居場所はすぐに突き止めることができた。

 案内された場所は展望台の広場。そこに設けられたベンチにルナは腰掛けていた。遠目からでも、暗い表情をしていることが窺える。

 展望台の入り口に下りて、電波変換を解いたスバルは大きな深呼吸をしてみた。数回繰り返してみても、胸の内の恐怖は落ち着くどころか激しくなってくる。心臓は胸を突き破りそうに激しく動悸していた。ルナの鬼のような剣幕を思えば無理もない話だ。それも、これからスバルが会うのは、今まで見てきたルナを上回る、もっとも恐ろしいルナなのだ。昨日昇ったばかりの階段も、まるで違ったものに見えた。

 勇気の一歩をなかなか踏み出せないスバル。そんな彼の肩にポンと温かい手が置かれた。振り返ると、ミソラがもう片方の手でガッツポーズを取ってくれた。頷き、スバルは階段を駆け上がった。動悸はもう収まっていた。

 広場に着くと、スバルは勢いに任せてルナの名前を呼んだ。条件反射のように顔を上げたルナと目が合った。だがすぐにそっぽを向かれてしまった。目を閉じて、意地でもスバルを見ないつもりらしい。

 暗い表情を隠せないスバルの元に、ルナの側にいたゴン太とキザマロが駆け寄ってきた。

 

「ちょうど良かったぜスバル」

「委員長、昨日からずっと元気がないんですよ」

 

 普段から気苦労の耐えないキザマロだけならいざ知らず、悩みとは無縁そうなゴン太まで疲れきった顔をしていた。ルナを心配しすぎるあまり、心労が積み重なってしまったのだろう。

 二人を見て、スバルは己の罪深さを改めて認識した。あの愚かな行為で傷つけてしまったのは、ミソラとルナだけではなかったのだ。

 

「そうだったんだ……ごめん、少し待ってて」

 

 ゴン太とキザマロの間を通り抜け、スバルはルナに歩み寄った。近づいてくる気配は感じているはずなのに、ルナは石造のように眉一つ動かさなかった。不安が足を止めようとしてくる。後ろから着いてくるミソラの足音がなければ、たぶん前には進めなかった。

 ルナの前に辿り着くと、スバルはずっと目を瞑っているルナに思い切って声を絞り出した。

 

「……い、委員長! あの……話が……ひっ!?」

 

 突然、なんの前触れも無くルナが立ち上がった。ただ立ち上がっただけだ。それだけなのに、スバルは飛び上がってしまった。背後の気配からミソラはビクリと首をすくめたようだ。ゴン太とキザマロの小さい悲鳴も聞こえた。一瞬でこの場を支配してしまうことから、彼女の気迫がいかに常人離れしているのかが嫌でも分かってしまうというものだった。

 次にかかってくる言葉はなんだろう。足がすくみそうになりながらも、スバルは睨みつけてくるルナの出方を待った。

 

「ゴン太、キザマロ。席を外してくれるかしら。ミソラちゃんも、お願いして良い?」

 

 緊迫する空間に響いたルナの言葉は、意外にも落ち着いたものだった。凄まじい惨劇を予想していたスバルたちは呆気に取られて固まってしまう。

 数秒後、ゴン太とキザマロは顔を見合わせるとその場を後にした。首だけで振り返ったスバルに、視線だけで応援を送ると階段を降りていく。

 ミソラは少々困った顔をしていた。スバルとは「一緒に謝ってあげる」という約束を交わしているのだ。どちらの要求も呑んであげたいと言うのが彼女の意見だろう。スバルはミソラとアイコンタクトを交わし、「大丈夫」と伝えた。ミソラはそのメッセージを理解してくれたらしい。頷くと、同じく階段を降りていった。

 ミソラの足音が聞こえなくなると、途端に心細さがスバルを襲った。ウォーロックが左手にいるのがせめてもの救いだ。

 ルナの目は怒りの大きさをそのまま形にしたかのように釣りあがったまま微動だにしない。逃げ出したい気持ちを必死に抑えながら、スバルは両足を地面に突き刺す思いで踏ん張った。

 

「い、委員長……ゴメン! あれから色々あって、僕が間違ってるって気づいて、反省したんだ。その……もし良かったら、僕ともう一度ブラザーを……」

「よくもまぁ、ぬけぬけと顔が出せたものね!!」

 

 圧迫感に耐えられなくなり、謝罪しようとしたスバルをルナの怒鳴り声が遮った。

 

「アナタ、自分のしたことの意味が分かっているの!?」

「ゴ、ゴメン…… 」

 

 ビリビリと鼓膜が怯えるように震えた。ミソラとは違い、ルナは簡単に許してはくれないらしい。様々な意味で泣きたいが、ここは堪えなければならない。

 

「簡単に許してもらえるとでも……」

 

 ルナがなおも文句を言おうとしたとき、タイミング悪くスバルの左手が顔に近づいてきた。

 

「スバル、ゼット波だ!!」

「え!?」

 

 ウォーロックの警告にスバルは気を取られてしまった。これは大失敗だ。ルナから見れば耳を塞ごうとしている風にしか見えない。彼女の怒りをさらに煽ってしまう。

 

「ちょっと! アナタ聞いてっ!?」

 

 本当に怒り出したルナが空に飛びだした。見上げてみれば、うっすらとした黄土色の影がルナにまとわり着いている。そのさらに向こうの空では紫色の球体が現れようとしているところだった。それほど大きくないが、間違いなくデンジハボールだ。

 実体化し始めた周囲のウェーブロードにはゴン太とキザマロを抱えた二体のジャミンガーいた。どうやらこのわずかな間に捕まってしまったらしい。ルナを捕まえたジャミンガーは仲間の元に戻ると、スバルに汚い笑みを見せた。

 

「まってろよ小僧。お前もすぐに餌にしてやるからよ」

 

 子供三人を人質に取っているにもかかわらず、罪悪感の欠片もない悪党そのものの笑顔だ。嫌悪感を感じるスバルに、ウォーロックがささやいた。

 

「あいつら、地球人を『アンドロメダ』の餌にするつもりらしいな」

「実は、ヤシブタウンでも同じことがあったんだ。他の大きな町でもゼット波が確認されたって、宇田海さんが言ってたよ」

「本当か!? 畜生、こんな小さい町まで襲うっつうことは、あいつらカギを手に入れて攻勢に出やがったか!!」

 

 ウォーロックの舌打ちがトランサーから聞こえてきた。だがスバルの意識はウェーブロードの上へと向いた。ゴン太とキザマロが必死にもがいているのだ。これは危険すぎる。勢い余って、落ちてしまうかもしれない。高度を考慮すれば間違いなく命はない。ジャミンガー達から逃れようとする二人を宥めようとしたときだった。

 

「に、逃げろスバル!」

「逃げてください! スバル君!!」

 

 ゴン太とキザマロがスバルの名を呼んだ。彼らはこの状況を整理できていないだろう。だが、危険ということは分かっているらしい。

 二人の言葉に、スバルは笑みを隠せなかった。泣き叫んでいる友人を前にして笑うなど、人として失格の行為かもしれない。だが、二人の気持ちが素直に嬉しかったのだ。

 

「僕は逃げないよ」

 

 スバルの一言で、上空の騒ぎが静まり返った。遠すぎて見え辛いがゴン太とキザマロは呆けたような顔をしているはずだ。

 

「ば、馬鹿野郎! かっこつけてる場合じゃねえだろ!!」

「誰か、大人の人を呼んできてください!!」

 

 ゴン太とキザマロが本当に泣き出してしまった。腹や頭を抱えて笑っているジャミンガー達を無視して、スバルはルナに視線を移した。彼女はずっと、スバルを見つめて離そうとしなかった。よく見れば、スカートのポケットに手を入れている。それが意味することをスバルは分からない。だが、もっと大切なことは分かっていた。

 

「僕はもう、大切な人たちを失いたくない。だから戦う。そう決めたんだ。もう、僕は迷わない!!」

 

 ルナの目を真っすぐに見つめ返しながら、スバルは声高らかに叫んだ。左手を彼女に向けたとき、ウォーロックが笑ってくれたような気がした。

 

「電波変換! 星河スバル オン・エア!!」

 

 青い光が弾け飛ぶ。その中から現れたのはルナが憧れたヒーローの姿。驚愕するジャミンガーに一瞬で近づき、ロックマンは素早くソードで切り捨てた。ルナを背後に回し、ゴン太とキザマロを捕らえているジャミンガー達と向き合う。

 二体のジャミンガーは慌てて二人を盾にしようとしているが、もう遅かった。戦いは終わっているのだ。彼らの背後に音符形のボードに乗ったピンク色の少女が颯爽と現れているのだから。

 

 

 デンジハボールも破壊し、事態を収束させたロックマンとハープ・ノート。二人はスバルとミソラに戻り、ルナ達と向き合っていた。

 本来はスバルがルナに謝罪する場面だったはずなのに、今は事態が違ってしまっていた。

 

「……あの、スバル君……」

「お、お前がロックマン……なんだよな?」

 

 スバルが変身してからずっとアングリと口を開けていたゴン太とキザマロが、スバルに詰め寄っているのだ。これはルナと二人で話し合うという雰囲気ではなくなってしまった。残念に思いつつも、スバルはゴン太とキザマロに頷いた。

 

「……うん、そうだよ」

「……お、俺が憧れていたロックマンが……まさか、お前だったなんて……前に俺を助けてくれたのもお前だったんだな……」

「アマケンのときも、学校のときも、スバル君が僕たちを助けてくれたんですね……」

「い、今までお前のこと馬鹿にしたりして、すまねえ!」

「ボクらの間では、ロックマンはヒーローだったんです。まさか、スバル君だったなんて……感動です……」

「ちょ、ちょっと二人とも……泣かないでよ」

 

 さっきまで泣き叫んでいたのに、未だに二人は涙が枯れないらしい。感動で涙を流されるなんて、たぶんスバルの人生で初めてだ。とまどっていたスバルはビクリと身を強張らせた。ゴン太とキザマロの後ろにいたルナが歩みを進めてきたのだ。ポケットに何かをしまいながら、ルナは威圧感たっぷりの目をスバルに向けてくる。ゴン太とキザマロも横っ飛びに撥ねてルナに道を譲った。

 ルナが目の前で立ち止まると、スバルはごくりと唾を飲み込んだ。

 

「あの……委員長……」

「出しなさい」

「……へ?」

「仲直りしてあげるって言ってるのよ!!」

「は、はいい!!」

 

 光速でスバルは左手を差し出した。ルナがゆっくりと自分の左手を向けると、小さい機械音が鳴った。スバルがトランサーを開いてみれば、ブラザーリストにルナがいた。

 

「助けてくれたお礼に、今回だけは許してあげるわ。だけど、次同じことをしたら、もう知らないから!」

「う、うん……ありがとう……」

「フン!」

 

 情けない顔で礼を言うスバルに、ルナは視線を合わせようとしてはくれなかった。簡単には許してくれないらしい。だがそれは仕方のないことだ。これから時間をかけて信頼を取り戻すしかない。

 それに間違いなくスバルとルナの仲は好転しているのだ。ゴン太とキザマロなど二人を祝福するように手を取り合っている。体格が違いすぎて、キザマロが宙で振り回されているようにも見える。

 しょんぼりとするスバルを気遣ってくれたのだろう。ミソラが声を掛けてくれた。

 

「良かったね、スバル君。委員長と仲直りしたいって言ってたもんね?」

「う、うん……そうだね」

 

 後半部分を強調して言うミソラに、スバルは内心感謝した。ルナもちゃんと気づいたはずだ。

 ルナの表情を窺おうとして、スバルは気づいた。キザマロを振り回していたゴン太が珍しく真面目な表情で近づいてきていたのだ。


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