流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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第百二十四話.本当の……

 草花をざわめかせるのは柔らかい海風だ。不思議と人に安らぎを与える潮の香りが通り過ぎていく。今日はちょっと風が強いようだ。だが傷つけようとするような暴力的なものではなく、夏の近づきを忘れさせてくれるような心地良いものだ。目を開けてみれば、そこに広がるのは青い海。微笑むような煌きにミソラは表情を和らげた。その横顔をスバルは無意識に見つめてしまっていた。

 ここを選んで正解だったと素直に思える。倒れたミソラを休ませてあげたくて、スバルは最寄の公園に彼女を連れてきたのだ。ドリームアイランドの花壇と海はその役目を十分に果たしてくれたようだ。スバルが買って来たジュースも効果的だったのかもしれない。

 スバルが見惚れているうちに、ミソラはジュースを飲み干した。

 

「ぷはーっ! ごちそうさまっ!!」

「どういたしまして。って、もう立ち上がって大丈夫なの?」

 

 ミソラが急にベンチから立ち上がった。先程の戦闘を思えばスバルが慌てるのは当然といえる。心配をよそにミソラは元気な足取りでゴミ箱に空き缶を捨ててみせた。

 

「だーいじょうぶ! 疲れていただけだから。大きな怪我もしてないし。それにウォーロック君がかばってくれたしね!」

「え、ロックが?」

「……ケッ!」

 

 ずっとトランサーの外にいたらしいウォーロックが悪態をついて見せた。そっぽを向いているためスバルからは見えないが、多分目を瞑っているはずだ。彼なりの照れ隠しだと気付くと笑いそうになってしまう。

 

「俺一人だったら、アイツらにやられたりはしなかったんだ。その女がしゃしゃり出てきやがったから、調子が狂っちまったんだ。いい迷惑だったんだぜ……ったくよ!」

「ポロロロン! アラ、心外ね!!」

 

 目を釣り上げたハープがウォーロックの眼前に飛び出した。

 

「あの時、私達が来なかったらやられていたじゃない!」

「なんだと!?」

「なによ!?」

 

 ウォーロックとハープがにらみ合いを始めてしまった。「ウー!!」とうなり声を上げて、バチバチと火花を散らしている。二人は気づいていないようだが、背中を押したら顔がついてしまいそうな距離だ。からかっても良いのだが、そうすると怒りの矛先が変わってしまうのは目に見えている。ここは安全性を重視して宥めることにした。

 

「まぁまぁ、ロック。落ち着いて」

「ハープも落ち着こう? ね?」

 

 ミソラもウォーロックとハープの間を取り繕ってくれた。異星人二人は荒々しく鼻を鳴らすと、プイッとそっぽを向いた。

 

「フン!」

「フンだ!」

 

 同じタイミングで、同じように顔を背け、同じような悪態をつく。見事にシンクロした仕草だった。スバルとミソラも同時に笑い出してしまう。

 

「ハハハ!」

「フフフ!」

 

 ミソラと目があった。彼女がスバルに向けてくれる笑みは何も変わっていなかった。見ていると、昨日の出来事など無かったかのように思えてきてしまう。このまま何事もなかったかのように、ミソラとの関係を築いていくこともできるのではないだろうか。そんな甘い誘惑を誘ってくれる笑顔だった。

 下唇をかみ締めると、スバルは意を決した。

 

「ミソラちゃん……」

 

 搾り出した声はスバル自身でも驚くほど低いものだった。雰囲気を察してくれたのだろう。ミソラも笑みを消して、正面からスバルと向き合った。二つの翡翠色の目に

赤い少年が映し出される。

 視界の隅でウォーロックを引き摺るようにしたハープがギターへと消えていく。ウォーロックがなにか喚いていたが、それに気を取られるような余裕は無かった。

 スバルは今まで経験したことのない『恐い』と戦っているのだ。ミソラにブラザーを申し込んだときよりも、何百倍も心臓が痛い。それを手で押さえてごまかして、スバルは声を絞り出した。

 

「ゴメン!」

 

 叫ぶような謝罪だった。この一言を皮切りに、堰を切ったかのように言葉が飛び出していく。

 

「僕が間違っていた。ロックが出て行って、ブラザーを切って、独りぼっちになって……やっと分かったんだ! 僕がどれだけ弱くて、無力なのかって……だから、ブラザーを切って……ゴメン!!」

 

 頭を下げたまま、スバルは恐る恐るとミソラの顔色を窺った。スバルの精一杯の思いを見ているはずなのに、ミソラは何一つ表情を変えていなかった。駄目だと分かっていても目を逸らしてしまう。

 そのとき、スバルは気づいてしまった。ミソラの胸元に目が留まる。ペンダントがないのだ。ヤシブタウンで遊んだときにプレゼントしたハート型のペンダントがどこにもない。不安がスバルの胸を突き刺した。

 

「あ……謝っても許してもらえないかもしれないけれど、もう一度……もう一度僕とブラザーになってくれないかな?」

 

 短くて、彼に出来る限りの謝罪だった。これ以上の言葉は要らない。どれだけ言葉を並べてもミソラにしたことは誤りきれるわけがないのだから。

 スバルの謝罪が終わっても、ミソラは何の反応も見せなかった。言葉一つどころか、眉一つ動かそうともしない。風の音しか聞こえないこの一秒一秒が無限に感じられた。

 

「……どうしよっかな?」

 

 ようやく返って来たミソラの声は渋るようなものだった。拗ねているようにも聞こえる。

 

「ブラザーを切られたときは、正直ショックだったんだよ」

 

 胸が痛くなった。

 簡単に許してもらえるわけがなかったのだ。スバルがミソラにしたことは、この世で最も残酷な仕打ちだ。己の考えの甘さを思い知らされたスバルの声は涙声だった。

 

「……ゴ、ゴメン……」

「いいよ!」

「……えっ!?」

 

 突然明るい声が捧げられた。先程と一転変わったミソラの態度に驚いて、顔を上げたスバルが見たのは優しい笑顔だった。

 

「いいよ、もう一度ブラザーになろうよ」

 

 見間違いで、聞き違いではないのだろうか。そう思って目を擦ってみたが、ミソラの表情は変わらない。ミソラは許してくれたのだ。あんな事をしたスバルを笑って受け入れてくれたのだ。

 ふと彼女の首元が光った。良く見ると、光の線が太陽の光に照らされていた。見覚えのあるチェーンが服の下へと伸びている。やっと、スバルも笑みをこぼした。

 のどかな風が二人を祝福するかのように包み込んだ。草花と共にフードの下からはみ出している赤紫色の前髪が静かに揺れる。太陽の温もりの中、ミソラは天使のように笑って見せた。

 

「いい? ホントのブラザーっていうのは、ココロとココロで繋がってるの。トランサー上でブラザーを切ったって、本物の絆は切れやしないんだから!」

「……ミソラちゃん……」

 

 

 トランサーとギターが向き合い、電子音が鳴る。手を引き戻してトランサーの画面を覗いてみると、ブラザーリストの一番上に、赤紫色の髪をした少女がいた。その横に記されている名前は響ミソラ。変わる訳がないのに、画像と名前を何度も確認して、スバルは笑みを浮かべた。

 ミソラも同じ気持ちなのだろう。目を瞑って、ギターを抱きしめている。

 

「……もう、ブラザーを切っちゃダメだよ」

「うん、絶対に切らないよ! そういうミソラちゃんこそ、切らないでね?」

「だーいじょーぶ! 私はいつだってスバルくんのブラザーだよ!!」

「ハハハ、ありがとう」

 

 ちょっとした冗談を交し合う。たったそれだけのことが楽しくてたまらない。この時間が永遠に続いてほしいと、願わずにはいられないほどに。

 だが、夢のような時間はミソラの真面目な視線で終わりを告げた。名残惜しさを感じつつも、スバルも気を引き締めた。ミソラが言おうとしていることには察しがついていたからだ。

 

「さあ! 次は委員長だよ!! ちゃんと謝って、もう一度ブラザーを結び直さないと!」

 

 ミソラの言うとおりだ。ルナにも酷いことをした。気は強いが、意外と傷つきやすい彼女のことだ。表向きは強気に振舞いながらも、心の傷を一人で抱え込んでしまっているはずだ。

 

「……う、うん。そうだね……それなんだけど……」

「……どうしたの?」

 

 スバルは言葉を濁らせて俯いてしまった。ひょこりと首を傾げて、ミソラは次の言葉を待った。

 

「……い、い、委員長、多分……もも、ものすごく怒ってると思うんだ……あ、あの委員長と正面から向き合うと思うと……その、足が……」

 

 スバルの足が小刻みに震えだした。足だけじゃない。よく見れば、ガチガチと全身を振動させていた。

 

「お、お願いミソラちゃん!! い、一緒に謝ってくれないかな!!?」

 

 今にも泣き出しそうなスバルを見て、ミソラはクスリと笑ってしまった。異星人相手に地球を守ってきた少年が、同年代の少女一人に心底怯えてしまっているのだ。笑わずにはいられない。

 でも、それがスバルなのだ。

 優しくて、思いやりがあって……傷つきやすい臆病な少年。

 それが自分を助けてくれた……自分が大好きなヒーローなのだ。

 

「もう、しょうがないな~。良いよ、一緒に謝ってあげる」

「ほ、本当?」

「言ったでしょ? もっとブラザーを頼っても良いんだよ?」

「……うん!」

 

 頷いたスバルの手をとって、ミソラは歩き出した。ちょっと遅れて、スバルも後に続く。

 ミソラの手は温かかった。触れている場所は手のひらだけなのに、全身を包んでくれているかのようだ。手を繋いでいるのだと気づくと、急に背中や首筋がむず痒くなってきた。離してもらおうかと思ったが、やめた。今はこのままミソラの手を握っていたかった。

 

 

 

 スバルはまだ知らない。

 

 これが本当の……。


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