流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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第百十九話.宣戦布告

 それは年齢も性別もつかめない声だった。遥か遠く、宇宙の彼方で名乗った相手にスバルは身をこわばらせていた。

 

 FMプラネット王――ウォーロックが言っていたFM星の頂点に君臨する者。アンドロメダを使い、星一つ消し去った殺戮者。その矛先を地球に向けようとしている狂乱の王。そしてウォーロックが復讐を誓った相手。

 この一連の戦いの全ての元凶。

 

 地球の侵略者の声が、今初めて地球で発せられていた。その第一声ははからずも星王の手先達と戦ってきたスバルの元に届けられていた。

 この音声電波は『きずな』から送られてきたものだ。これが意味する残酷な真実をスバルは理解してしまっていた。『きずな』はFM星人たちに占拠されているのだ。

 五陽田の言葉が脳裏をよぎる。ただでさえ的を得ていた彼の意見はさらに信憑性を増していた。地球を攻撃しているFM星人たちが『きずな』のクルー達に何もしないわけがない。

 スバルに湧き上がる思いは怒りではなく不安だった。宇宙ステーションがFM星人達の手に落ちているとするなら、父の安否が気がかりだった。今も『きずな』で捕らわれているのか。彼らの母星に連行されているのか。どちらにしろ、穏やかな対応はされていないはずだ。最悪の場合は……。

 そこまで考えたとき、次の言葉が再生された。

 

 

――ザッ……地球は、余の手によって滅ぼすこととした……――

 

 

「……え……?」

「なんだと!?」

 

 さも当たり前のように言葉が紡がれる。そこに込められているのは聞く者の絶望を誘う巨大な殺意。天地と五陽田は、玩具を壊す子供のような悪意さえ感じさせない星王の口調に耳を疑った。

 だが現実は誰に対しても残酷だった。

 

 

――……地球人よ。FMプラネット王が直々に手を下すのだ……誇りに思うがよい……ザザッザザザー……――

 

 

 それを最後に星王の言葉が途切れた。後に続くのは砂が画面内で暴れ狂う音のみ。誰も動こうとしない。誰も口を開かない。永遠を思わせる静寂がスバル達の身を凍えさせた。

 それを破ったのは五陽田だった。

 

「これは……宣戦布告じゃないか!!」

 

 五陽田の鍛えられた拳がデスクを叩いた。机が飛び上がり、上に置いてあった研究道具が宙に跳ねた。それは彼の怒りを表しているかのように思えた。

 大事な備品が傷つけられているにもかかわらず、天地は身動き一つしなかった。その目は今も画面で荒れている砂嵐の奥に向けられていた。

 

「やっぱり……ゼット波はFM星人達のものだったんだ。だったら……大吾先輩は……!!」

「そ、そんなこと……!!」

 

 スバルが考えていたことを同じことだ。根拠の無い否定の声を上げ、スバルは天地の言葉を制しようとする。だがその役目は突如研究所に鳴り響いた着信音に奪われた。スバルと五陽田が見ている中で、我に返って立ち上がった天地がトランサーを開いた。

 そこに映っているのは自分の助手だった。

 

「どうしたんだ、宇田海君?」

『た、たっ! 大変です!』 

 

 共に徹夜してくれたためか、宇田海の目のクマは疲労で一回り大きくなっているようだった。そんな疲れを忘れてしまっているかのように、宇田海は手元の資料を撒き散らしていた。いつものオドオドとした態度は見られず、人付き合いの苦手な彼とは思えない口調でまくし立てていた。

 

『た、大量のゼット波が、に、ニホンのあちこちから観測されました!! ロッポンドーヒルズ! アキンドシティ! ヤシブタウン! デンサンシティ! シーサーアイランドにドリームアイランド! そ、そのほかにもたくさん!! あ、今! ア、アメロッパやシャーロ! か、海外でも観測されたという情報が!!』

「わ、分かった! 落ち着くんだ宇田海君! 僕も直ぐにそっちへ行く!」

「本官はこれにて失礼する!」

 

 言い終わるが早いか五陽田は駆け出していた。開こうとしている自動ドアを乱暴に押しのけ、部屋から飛び出していく。

 正義感と使命感に満ちた背中を見送り、天地も自分を奮い立たした。大吾のことは未だに気がかりだが、それは置いておくことにした。悩んでいても仕方ない。今はできる限りのことをする。大吾が傍にいればそう言ってくれているような気がした。

 宇田海たちと合流するために天地も駆け足で部屋を後にする。だがスバルに一言入れるのは忘れなかった。

 

「スバル君、君はここに! 外は危険だからね!?」

 

 各地で発生したゼット波は、間違いなくFM星人たちによる攻撃だ。アマケンが安全とは言い切れないが、外を出歩くよりはましなはずだ。そう考えた天地は上の空で立ち尽くしているスバルに忠告しておいたのだ。それにスバルに何かあったらあかねに顔向けができない。

 天地を送り出した自動ドアが閉まり、部屋に無音が訪れる。スバルはなおも突っ立ったままだ。残念ながら、スバルに天地の言葉は聞こえていなかった。ただ宇田海の言葉を反芻していた。唇がわずかに震えた。

 

「……ヤシブ……タウン……」

 

 宇田海は確かにそう言った。ヤシブタウンで大量のゼット波が感知されたと。

 今朝の出来事が脳裏を過ぎった。

 

「母さん!!」

 

 

 焦点の合わない目を揺らしながら、ハープ・ノートは自問した。今自分の目に映った何かを理解するために、ほんの数秒前の記憶を遡る。

 ウォーロックの声が聞こえた。「あぶねぇ」という声のおかげで背後にいるジャミンガーに気づけた。今にも火を噴こうとするガトリングガンが自分を狙っていた。とっさに横に飛びのいて、パルスソングを打ち返した。弾丸は見当違いなところを打ち抜くだけで、ハート型のエネルギー弾はジャミンガーをしっかりと捕らえた。黄土色の電波粒子が舞い上がり、電波変換が解けた。

 そこでようやくハープ・ノートの緊張が解けた。

 その瞬間だった。青い物体が目の前を横切ったのは。それは流れ星のようにハープ・ノートの目を奪い、緑色の緒を引いて地面へと落ちていった。重い音を立てた青い物体の上に、緒と同じ色の鬣がフワリと上に覆いかぶさる。

 その一瞬の出来事をハープ・ノートは理解できないでいた。目の前の現実を受け入れられなかった。翡翠色の瞳が捉えるのは、折れた爪と、たくさんの傷をつけられた変色した腕。見慣れたその腕と鬣。顔は見えないが、間違えるわけなんてない。

 

「ろ、ロック君……」

「う、嘘でしょ? ……ウォーロック!?」

 

 思わず叫んだハープの声に弾かれて、駆け寄ろうとするハープ・ノート。彼女の景色が横転して、灰色の世界が視界を満たした。それが地面だと気づくのに、数瞬の時間もかからなかった。ようやく後頭部に鈍い痛みが走る。真上を窺えば、鈍器を片手に持ったジャミンガーがいた。

 

「ハープを庇って斬られるとはな。馬鹿な野郎だ」

 

 エレキソードにこびり付いたウォーロックの電波粒子を払い落としながら、ジェミニは冷徹な声を漏らした。ハープ・ノートという邪魔者のおかげで予想以上に時間がかかってしまった。しかしそれももう終わりのときが来た。それは己の任務達成の時が近づいていることに他ならない。

「ブルルル! やるじゃねえか!」オックスがうるさい歓喜の声をあげながら近づいてくる。奴の汚い顔など見たくもないため、後ろを振り返ることすらしなかった。周波数からキグナス達三人も近づいているようだが、構うことも無い。

 ウォーロックとFM星人五人の周りにぞろぞろと集まってくるジャミンガー達。手に持った獲物を掲げ、勝利に酔った歓声をあげる。ミソラにとっては絶望そのものだった。それはハープも同じだ。ジェミニの指示を受けた二体のジャミンガーが動かないウォーロックの腕を掴んで持ち上げようとしている。

 

「立ちなさい! ウォーロック! ウォーロック!!」

 

 気づけば、出せるだけの大声で彼の名を呼んでいた。

 それが届いたのだろうか。ウォーロックの頭がピクリと動いた。微かだが「ウウッ……」という口から漏れたような呻き声がその証拠だ。彼はまだ生きていたのだ。

 その呻き声は絶叫に変わる。ジェミニの落雷がウォーロックを叩き潰したからだ。雷は彼の怒りの大きさをそのまま表したように強力で、ウォーロックをコンクリートで舗装された地面にめり込ませた。

 

「て、てめえ……」

「諦めろ」

 

 ウォーロックは顔を上げて目の前のジェミニを睨みつける。彼の闘志は衰えるという言葉を知らないのだろう。ジェミニに向けられる目は今も殺意で赤く燃え盛っていた。だが全身は細かく震えていた。蝕んでくる疲労と激痛に必死に耐えているのだ。

 ハープ・ノートが救援に来る前から彼は満身創痍だった。そこからジャミンガー達の大群を相手取り、エレキソードで身を切り裂かれたのだ。戦えるわけがない。動けるほうが不思議なくらいだ。否、死んでいてもおかしくない。

 とっくに限界を超えているウォーロックがなぜここまで抗えるのか。そんなことジェミニにはどうだっていい。彼はただ無謀に立ち向かう道化師を嘲笑うだけだ。

 

「返してもらうぞ、アンドロメダの鍵をな」


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