流星のロックマン Arrange The Original 作:悲傷
世界中に張り巡らされた電波。それによって構成された道、ウェーブロード。オレンジ色のそれの上を青い影が歩いていた。
「昨日はゆっくり見れなかったけど……こんな世界なんだね?」
「新鮮だろ?」
スバルとウォーロックだ。電波変換し、今はあの恥ずかしい青い格好をしている。この体は電波そのものだ。よって、今のスバルは、本来なら歩くことのできないこの道の上を歩いていた。
「それにしても……」
改めて周りを見て見る。
「電波世界って、僕が想像していた世界とだいぶ違う……」
電波は人間が作り出した『物』だ。そして、道具だ。道具は意志など持たない。ひたすら同じ動きを繰り返す機械のように、ただただ人に利用され、人に尽くすものだからだ。当然、電波世界もそのようなものだとスバルは考えていた。目の前では色々な『者』がうごめいていた。
「メールハコバナキャ、メールハコバナキャ」
灰色で丸みを帯び、愛くるしさを含めたそいつは一見テルテルボウスを連想させる。相違点は甲のみで形成された足が付いていること、ひらひらとしたスカートではないこと、頭に一本の角が生えていることだろう。
その小さい角は鬼の額にある暴力的なものとは程遠く、彼のかわいらしさを強調させるアクセントになっている。どうやら電波を受信するアンテナのようだ。角の頂点では微弱な電波がリングを形成していた。縦に長い円状の目は真っ白で、口は見ているだけでこちらも同じ形にしてしまいそうな笑みを含んでいる。
彼は自分の体内に取り込んだメールデータを運んでいる様子だった。その隣を、青いトラックに目と手が付いたような奴が通りかかる。
「おう! あんたも運搬のお仕事かい!」
「ハイ、アナタモデスカ?」
「おうよ!まあ、こっちはコンビニの売上データだがな」
「ナラ、オモイデスネ?」
「まあな、だがおれっちの働きっぷりの見せ所よ!」
そんな会話を交わしている。前者はデンパ君という存在らしく、後者は重いデータ運搬用のナビらしい。
辺りを見ると、何体ものデンパ君が忙しく動き回り、他の種類のナビ達もせわしなく仕事をしているようだった。中には仕事をさぼっているのだろう。人間の生活を観察し、談笑しているナビや、昼寝をしているデンパ君までいる。
だが、そいつらはすぐに仕事仲間と思われるナビに見つかり、長い時間が始まっていた。
「……なんか……人間世界みたい……」
よく考えたらそうかもしれない。ナビ一体一体には人格がプログラムされている。彼らもまた生きていると言えるのだろう。
「ねぇ、もういいだろ? そろそろ作業に戻りたいんだけど」
いじくっていた機械の事を思い出す。
人間の生活を見てみたいとわがままを言う居候宇宙人に、スバルは無理やり付き合わされているのだ。
「ふむ、妙だな……」
「何が?」
「いや、気配がしたんだが……」
ウォーロックの言葉は悲鳴でかき消された。電波世界の下に広がる人間界を見降ろすと、一台の車が暴走していた。右往左往と蛇行運転をしている。
その近くでは、一人の男性が「俺の車が!」と叫んでいる。良く見ると、その車の座席には誰もいない。
「こ、故障? それとも、運転ナビの暴走かな?」
「スバル! 行くぞ!」
「え? ええ!?」
スバルの疑問に回答が返ってくることは無く、昨日の機関車と同じく、二人は車の電脳世界に吸い込まれていった。
そして、昨日と同じくあの足場に降り立った。その周りに電波の海がある。
昨日と同じだ。違うと言えば、海の色が赤いことぐらいだろう。どうやら、電脳世界ごとに色が違うらしい。観察もそこそこに、口から文句をはきだした。
「い、いきなりなにするんだよ?」
「こっちの台詞だ!」
「え?」
低い声に顔を上げると、凶悪そうなナビが立っていた。車の操縦を担うと思われる装置から離れ、ドスドスと近づいてくる。黄土色のボディに、肩からはとげが生えている。黒いアイマスクをつけ、いかにも怪しそうだ。
「俺が盗んだ車に、いきなり入ってきやがって! こうしてやらぁ!」
拳を作り、足を速め、その右手を容赦なく振って来た。
「うわ!」
かろうじてそれを避ける。
「戦え! そいつはナビじゃねぇ!」
「じ、じゃあ、何なの!?」
とりあえず、応戦するしかない。昨日の戦いを思い出し、左手を前に出す。
「ロックバスター!」
銃声と共にそのナビではない何かが悲鳴を上げる。胸を射抜かれて宙を舞ったそいつは、そのまま地を滑っていく。
「くっそ、行け! サラマンダ!」
起き上がった相手の左手から、赤い光線が放射状となって地面に放たれる。
その光の中で何かが徐々に形作られていく。それを、ろくに観察する暇もなく、光線は止んで中のそれをあらわにした。
「な、なにあれ?」
「電波ウィルスだ!」
「あれもなの!?」
昨日の奴とは違う奴がそこにいた。蜥蜴みたいな姿に赤い色がつけられている。サラマンダと呼ばれたウィルスが口を開いた。
「シールド!」
危険を感じ、スバルは左手の肘を相手に向けシールドを展開した。その直後に炎の柱が二人を包み込んだ。シールドの上からでも感じる熱に身の毛がよだつ。ウィルスの口から放たれたそれが途切れ、スバルも腕を下ろした。
「あ、あぶなかっ……」
「らあ!!」
「ぐあ!」
隙を狙われた。細かい光の粒がスバルとウォーロックを打ち抜く。ウィルスを召喚したそいつの左手には、ガトリングのような銃が取り付けられていた。
してやったりと笑いながら、左手は光を放ち、銃から手に戻る。しかし、二人との距離は遠い。つまり、態勢を立て直すチャンスだ。
「バトルカード アイスメテオ!」
手をかざし、相手に振り下ろすように下げる。頭上に複数個の氷塊が姿を現し、隕石となって一体と一匹に降り注ぐ。
頭を抱えるそいつの隣で、召喚されたウィルスは消滅していった。
「よっしゃ!」
「属性勝ちだね?」
歓喜するロックに対し、スバルは冷静に分析していた。ウィルスが持つ四属性に対応した攻撃だ。
水>火>木>雷>水
この法則はどれだけ強いウィルスでも逃れられない。無属性も含めれば五属性だが、無属性はどの属性の効果も受けない。
それを熟知していたスバルは、さっきの火属性のウィルスに、水属性のアイスメテオで対抗したのだ。その効果がもたらす威力と結果はみての通りだ。
「ロック、あいつ何なの?」
攻撃を受けてよろけている、正体不明のそいつを指さす。
「ウィルスと電波変換した人間。いわば、ジャミンガーって奴だ。今の俺達と同じだ」
「……え? ……人間なの?」
戦っている相手が人間。その事実がスバルの胸を大きく揺らす。自分は、人を傷付けている。ウィルスを消滅させるほどの攻撃を相手にしていたのだ。
「このくそガキが!!」
両手を握り拳にして襲いかかってくる。右、左、右……二つの手が交互に降ってくる。
「うわ、わ、わぁ!」
大ぶりだ。軌道は簡単に読める。その途中に腕を出し、振り払うように捌く。しかし、体格差が作り出す重い拳は、少しずつスバルの腕を浸食していく。
ビリビリと、痛みが腕の動きを鈍くしていく。
このままでは生殺しだ。だが、スバルは反撃ができない。もしかしたら、それで人の命を奪ってしまうかもしれない。
そう思うと、何もできない。ただ、攻撃をしのぐしかできなかった。
「調子に……のんなぁ!」
不意にスバルの左手が持ち上がり、ジャミンガーの顎を打ち抜いた。体が垂直に浮く。その間に相手とは逆方向に自分の体を跳躍した。
「あいつの意識は、ほとんどウィルスに乗っ取られている。倒しても人間は無事だ」
「そ、そうなの?」
「ああ、だから遠慮はするな! 思いっきりぶちかませ!!」
「う、うん!」
父のことはなかなか話してくれないが、彼は昨日のバトルでいい加減な事を言わなかった。彼の言葉を信じ、意を固めた。
「逃げんな~!」
ウィルス人間、ジャミンガーはまた起き上がり、右手を大きく振りかぶって突っ込んできた。
「バトルカード スタンナックル!」
スバルの右手が大きく変化し、黄色の巨大な拳になる。
「げぇ!」
予想外の巨拳に驚くジャミンガーに、スバルは容赦なく右手を振り切った。