流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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第百十七話.帰って来た刺客たち

 美しい星だった。FM星をまがまがしい赤と形容するなら、それは見るものを穏やかにさせ、包んでくれるような暖かい緑と言える。そこに住まう者達も、星の色に染められているかのような心の持ち主達だった。無論、軍隊や腹黒い権力者、治安を乱す輩がいなかったわけではない。それでも、その星は争いとはかけ離れた平和な日々を形成していた。

 そんな緑の星が赤くなっていく。最初は緑の画用紙に垂れた、一滴の赤い絵の具のようだった。それは徐々に線を延ばし、面を塗りつぶしていく。赤に染められた部分は時間が立つに連れて、滲み出るように顔を覗かせた黒へと変わっていく。

 それは怪物が歩いた足跡。命を食いつぶす化け物が通った痕跡。尊い命が奪われた色。

 緑の星が、赤を隔てて黒へと変色していく。その様を見物している者達がいた。星の周りに設けられた電波の道。そこに立ち並ぶ影の数は百や二百では収まらない。FM星軍のほとんどが配置されていた。故郷の星を守るため、故郷を汚す敵を屠るために組織された屈強な者達。だが、今、彼らは戦うためにそこにいるのではない。この戦争の終わりを見届けるためだけにそこに配置されている。

 この星は見世物だ。

 我等の王に立てつけば、どのような目に合うのか。

 我等の王にはどれほどの力があるのか。

 それを見せ付けるため。偉大なる王に逆らうような、無知な愚か者を出さぬために設けられた、一方的な命の略奪劇。

 この劇を前にして、各々が見せる反応は千差万別だった。

 オックスを始め、血気盛んな戦士達が雄たけびを上げ、宇宙を震撼させる。耳を塞ぎたくなるような騒音の中、静かに笑みを浮かべる者達もいる。キグナスとリブラがそうだ。冷徹な彼らは、品の欠片も持たない者達の声など眼中になく、命が奪われていくこの瞬間を笑っていた。オヒュカスも同じようなものだ。頬に手を当て、大地が焼け焦げていく様子うっとりと眺めている。

 ほとんどの者達が歓喜を上げる中、一部の兵士達は違った反応を見せていた。あまりにも惨い行為に、目を逸らしたり、吐き気を催す者達が後を絶たなかった。キャンサーとクラウンはその中にいた。恐怖に涙を流すキャンサーを、クラウンが慰めるように摩ってやっている。隣を伺うと、一人の老戦士が静かに佇んでいた。堀の深い目を閉じ、豊富に蓄えた白い髭の下で腕を組み、直立したまま動こうとしない。平常心を保とうとしている様子だったが、その手には確かに力が込められていた。クラウンはゴートの様子に気づきながらも、何も言わなかった。長年の付き合いだから分かる。この男は今は触れてほしくないのだ。

 悪態をつき、唾を吐き捨てているのがウルフだ。戦争賛成派の彼だが、この作戦には不満を隠せない。兵士のみならず、民間人もまとめて皆殺しにしてしまうからだ。できることなら、屈強な戦士達を相手に暴れまわりたかったというのが彼の本音だ。

 顔を青くしたハープは列から離れ、後方へと下がった。感知能力に長けた彼女は、無意識のうちに捕らえてしまっていたのだ。あの星から涙のような周波数が生まれては、消えていく様を。人並以上に精神的な負担を受けてしまった彼女は、体を引き摺り、集団の最後尾に設けられた檻に近づいていく。そこには、今回の作戦に猛反対し、乱闘騒ぎを起こしたあいつが閉じ込められている。

 

「大丈夫? ウォーロック」

 

 そんなわけがないことは、彼の表情を見たら分かる。だが、他に声のかけ方が思いつかない。そんな自分をふがいないと思いながらも、檻の中の住人の側に立った。

 何も答えなかった。ウォーロックが見ているのは心遣いをしてくれているハープではなく、殺戮兵器に蹂躙される哀れな惑星だ。今も、生命が食いつぶされ、死の色へと変わっていく。

 FM星では、この一方的な戦争をしかけた張本人が酒盃を掲げていることだろう。側に侍らせたジェミニを相手に、崇高な演説までしているかもしれない。消えていく命を見て、あざ笑っている彼らを思い浮かべると、胸の中で未知の物質が湧き上がってくるのを感じた。これが何かは分からない。ただ……怒りとか、恨みとか、そういった安い言葉で言い表せるようなものではない。その程度の命名では生温い。そう言いきれることだけは確かだった。

 手が震えだし、電波で構成された格子がガタガタと揺れだす。隣で怯えた様に後ずさるハープを気にかける余裕なんてない。

 ただ、思いのままに叫ぶしかなかった。

 

 

「畜生っ!!」

 

 怒号の勢いに体が持ち上げられた。

 世界が変わっていた。絵の具をぶちまけたような真っ黒な宇宙も、緑から黒へと変わっていくあの星も、星が死ぬ様を見物しているFM星軍も、自分を閉じ込めていた檻も、全てが消えうせていた。

 隣にいてくれたあの女も。

 

「……ハープ?」

 

 体が熱い。汗が頬伝い、床に滴り落ちる。逆に、体の内側は冷水を流し込まれたかのように冷え切っていた。

 ゼェゼェと荒い呼吸を繰り返し、体に熱が伝わっていくのを確かめながら、辺りを見てみる。空はペンキを塗りたくったかのように白く、黄や紫の電波信号が生まれては消えていっている。生命を感じさせない。空を隔てた地平線は深緑で、こちらは黄色いタイルが整列するように並べられている。ふと隣を見ると、尻餅をついている者がいた。丸く開いた目がこちらを直視し、驚いたように口を開いている。

 

「お……悪い……」

「いえいえ、気にしないでください」

 

 かわいらしい笑顔を携えて起き上がるデンパ君を見て、ようやく昨日の出来事を思い出した。

 夜、寝る場所を探して、人目につきにくいこの電脳を探し当てたのだ。そこで働いていたこのデンパ君に駄目元で頼んでみたところ、快く了承してくれたのである。一晩泊めさせてもらった恩があるというのに、起きて早々騒がれては迷惑そのものだろう。

 だが、人のいいデンパ君は気にかけることもなく、ウォーロックの側に近寄ってくる。

 

「うなされていたようでしたが、大丈夫でしょうか?」

「……そうか、うなされていたのか……。大丈夫だ、気にするな」

 

 どうやら、あのときの夢を見てしまったらしい。夢の内容を頭から振り払い、早々に立ち去ることにした。笑顔で見送ってくれるデンパ君に別れを告げて、とあるビルの空調システムから都会の空へと飛び出す。

 オレンジ色のウェーブロードでは、休日の朝からデンパ君やナビたちがせわしくなく働いていた。今日は仕事を休んでいる人間が多いはずなのに、それを羨ましがる者達は極少数だ。彼らの働きぶりを横目に、ウォーロックは行く当ても無く、寝起きの悪い体を引き摺っていた。

 

「さてと……どこに行くか……」

 

 雷神のジェミニが倒された。これは、FM星王にとってあまりにも大きなショックだったはずだ。片腕をもがれ、絶句しているヤツを思い浮かべると「ざまあみやがれ」と汚い言葉をつきたくなる。

 だが、笑ってばかりではいられない。一番の信頼を得ていたジェミニが敗れたとなれば、FM星王の怒りは頂点に達しているはずだ。攻撃の手を更に強めることは目に見えている。ジェミニと同等、あるいはそれ以上の実力者達を送り込んでくる可能性だってある。

 流石にそいつらの相手をするのは避けたいところだ。

 ジェミニが倒されたという報告を受け、FM星屈指の実力者達を抜擢し、地球へと派遣する。この流れを考慮すると、まだまだ時間がかかるはずだ。

 今すぐに新手と出くわすということはないだろうが、早いうちにどこかに身を隠してしまいたい。地球から離れるのも、一つの手だろう。

 

「これからどうする……?」

 

 顎に手を当てながら、デンパ君やナビ達の流れにまぎれて歩を進めるウォーロック。上空のウェーブロードには、そんな彼を見下ろしている者が居た。

 ヤツの後姿を凝視していると、全身の神経が尖っていくのを自覚した。体の表面は冷たくなり、腹の中ではマグマのように感情が湧き上がる。それを無理矢理押さえ込んだ。このままでは雄叫びを上げてしまいそうだから。

 「見つけたぞ」と小さく呟き、ウェーブロードから飛び降りた。向こうはこっちに気づいていない。背中から奇襲をしかけるのが一番利口な方法だ。空を滑空し、背後に回りこむ。そこからは一直線だ。無防備な鬣を纏った背中に、隕石のように飛び掛った。段々と背中が大きくなるにつれ、胸の感情も大きくなる。

 

 こいつさえ居なければ……こいつさえ倒せば……

 

 抑えきれなくなった怒りと殺意に任せて、剣を生成した。

 目が合った。気配に気づいたウォーロックが振り返り、とっさに左手を振るった。命を摘み取るはずだった剣は緑色の爪に阻まれ、悲鳴の代わりに鈍い音が反響する。

 

「な!? て、てめえは!!?」

 

 驚愕の表情を浮かべるウォーロック。一撃でしとめることはできなかったが、こいつは混乱している。まだ、奇襲の利は生きている。そう自分に言い聞かせ、左側にもう一本剣を生成。混乱しているウォーロックの腹部を貫こうと突き出す。剣から伝わってきたのは手応えではなく、硬質な物に阻まれ、流される感覚だった。ウォーロックの右手が、自分の左側の剣を受け流していた。往生際が悪いと、睨みつけると、殺意のこもった鋭い目に射抜かれた。

 なぜ、焦っていない? もう、この状況に適応してしまったと言うのか? 疑問と焦りが頭の中で動いた直後、右手が「ギリッ」っと悲鳴をあげた。爪とぶつかり合っていた右側の剣が掴まれ、外側へと捻じ曲げられている。戻そうと力を込めるが、ビクともしない。痛みにもだえながらも、単純な力では相手分があると冷静に情報を分析する。

 阻むものが無くなった自分目掛けて、ウォーロックは自由に動かせるほうの爪を振り上げた。

 腕力で敵わないのなら、自分の特性を生かすしかない。爪と絡んでいる右側の剣からお得意の電気を噴出した。ウォーロックの体に黄色い光が走りぬけ、悲鳴が口から飛び出す。動きを止めてしまった爪から剣を剥ぎ取る。追い討ちに斬激を浴びせたようと近づこうとしたとき、爪が顔の表面を掠めた。我武者羅に振るっただけだったのだろう。ウォーロックも意外な手応えに、一瞬動きを止めた。

 怯んだ時間はほんの一瞬。この一瞬で流れが変わった。

 ウォーロックが体勢を立て直してしまった。もう片方の爪を振り下ろしてくるその表情には、先ほどまでは伺えなかった余裕が見えた。これで奇襲の利はなくなってしまった。このまま接近戦を続けても、ウォーロックに分があるだけだ。やむを得ず距離をとる。

 自分の得物を確認すると、右側の剣が刃こぼれしていた。剣と体の繋ぎ目にも鈍い痛みが残っている。やはり、距離をとって正解だった。

 

「なんで……てめえが……?」

 

 対峙している敵に殺意を向けるウォーロック。その目には様々な色が混ざっていた。敵を倒すという殺意だけではない。戦闘の疲労に、奇襲から立ち直れた安堵。そして、いまだに残っている疑問と、そこからくる僅かな混乱。

 なぜ、こいつがここに居る?

 目の前の敵を見たときは見間違いか、また夢なのかと疑った。だが、感電した体は語っている。この痛みは夢ではないと。目の前にいるやつは本物だと。

 ウォーロックに襲い掛かったのは白い電気の塊。左右には雷が滞留した二振りの黄色い剣。あの形状には見覚えがある。自分もスバルの剣となってあの剣と何度も何度も打ち合ったのだから。

 なにより特徴的なのは、対称的に取り付けられた二つの仮面。

 

「なんで……てめえが生きているんだ? ジェミニ!?」

 

 白と黒の仮面は表情を作らない。汗水をたらすウォーロックに、ニヤリと笑うことさえしなかった。細い覗き穴となった四つの目は形を変えず、状況を傍観するかのよう。突如繰り広げられた激闘に怯え、逃げ出すナビやデンパ君達の騒がしさの中で、静寂に佇むその様は不気味な恐ろしさを醸し出していた。

 ジェミニを睨みつけるウォーロック。じっと睨んでいたから、気づけたのかもしれない。ジェミニの仮面が段々と小さくなっていることに。だが、体の大きさは変わっていない。少しずつ後ろに下がっているのだと理解したとき、本能が体を横に飛ばした。

 

「ジェミニサンダー!」

 

 二つの仮面の間から、電気の塊が太い柱となって放たれた。荷電粒子砲という言葉がすんなりと当てはまる。対峙しているだけと見せかけ、大技を放つ準備を整えていたジェミニに歯軋りする。

 だが、攻撃は避けた。体に蓄積されているエネルギーは無限ではない。大技を放った今なら、お得意の雷の威力は下がっている。一瞬の間に、そう考えたウォーロックは空中で弧を描き、ジェミニに爪をむき出しにした。

 背中に激痛が走る。視界が揺らぎ、襲ってきた衝撃によって下へと吹き飛ばされた。鋭利な痛みに堪えながら上空を見上げると、そこには白い電波体。長い首と足に白色のボディ。なにより、目を引く大きな翼。太陽が逆光なっているものの、影のかかったその姿は紛れも無い、白鳥座のキグナスだ。

 なぜ、キグナスまでここに居る? 理由よりも、一対二となったこの状況に焦りを感じていた。応戦しようと空中で動きを止めたとき、腕が重く感じた。腕だけではない、全身が重い。間接が曲がらない。見ると、体にまとわりつく緑色の生物。蛇だ。まさかと思ったとき、体が吹き飛ばされた。炎というよりは爆発。全身を引きちぎられるかのような爆風に飛ばされる体。この攻撃も身に覚えがある。爆発の向こうに目を凝らすと、紫色の髪を靡かせる女と、生き物とは思えない体をした茶色い生命体。予想通り、オヒュカスとリブラがそこにいた。

 「まさかアイツも!?」そう考えたとき、そのアイツが現れた。後頭部に叩き込まれた拳に意識が飛びそうになるのを感じながら、近くのウェーブロードに叩きつけられた。「ブルルル!」と汚い雄叫びが聞こえた。

 

「驚いたかい? ウォーロック?」

「ブルル! またお前を殴れるとは思わなかったぜ!」

 

 キグナスの済ました声が上空から浴びせられた。興奮しているオックスの隣に優雅に舞い降りる。

 

「星王様が我々に慈悲をくださったのだよ」

「我等の残留電波を集メ、生き返らせてくださったのダ。ありがたイ」

 

 オヒュカスとリブラはオックスとキグナスの反対側に並ぶように降りてきた。四人の中央に、ゆっくりと降りて来るのはジェミニだ。

 火傷と苦痛に体をうならせているウォーロックには、睨みつけるしか闘志を表す方法が無い。

 

「畜生……」

 

 ウォーロックを見下す五人。彼らの体から立ち上るは、この男に向ける復讐心に他ならない。自分を殺した男を殺せる。なんと素晴らしい復讐劇だろう。狂った怒りと歪んだ喜びに笑みを浮かべるオックス達。中央のジェミニは静かに前に踏み出し、拳を握りしめるウォーロックに告げた。

 

「今度こそ返してもらうぞ。アンドロメダの鍵をな」

 

 ウォーロックは未だにグラグラと揺れる視界を辺りに沿わせながら、状況を冷静に分析する。

 こちらは既に多数の傷を受けている。頭には未だにかき混ぜられているような気持ち悪さがある。背中からは、微量ではあるが電波粒子が漏れ出している。腕は火傷で思うように動かせない。対するは、FM星の実力者五人。

 状況を整理したウォーロックは、ケッと笑ってみせた。

 

「やべえな」


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