流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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第百十六話.あいつはもういない

 真っ暗な世界だった。黒以外何も無い。床も天井もなければ、上も下もない空間。

 その中央に見えるのは蒼い影。

 

「や、やめろ!」

 

 恐怖に支配された表情。自分が見たことのないアイツの姿。視線の先を見てみるが何も見えない。ただ、敵に追われていることだけは理解できた。

 

「やめてくれ!」

 

 その直後だ。無数の光が煌いた。黒を引き裂くように飛び込んできた直線が、アイツを貫いた。

 

 

「ロック!!」

 

 ガバリと跳ね起きるスバル。「ハァハァ」と荒い呼吸を繰り替えしながら、周囲を見渡す。自分の部屋だ。

 石でも乗っかっているかのように、頭はズッシリとして重い。体が重いと感じると同時に、汗でびっしょりと濡れていることに気づいた。

 

「夢……? ロック……まさか……」

 

 そこまで考えて、首を横に振った。やっぱり頭は重くて、ちょっと痛い。

 アイツは自分の元から去っていったのだ。そんなヤツ、気にする必要なんてない。そう言い聞かせている自分がいた。

 

「スバル」

 

 部屋の外から声が聞こえた。あかねの声だ。途端に、スバルは顔をしかめた。

 

「お母さん、今から白金さんのお母さんと買い物に行ってくるわ。留守番お願いね?」

 

 母の言葉を黙って聞いていた。返事はしたくなかった。学校に行かなくなった自分が気の良い声を返せるわけがない。

 しばらくすると、階段を降りていく音が聞こえた。

 胸のもやもやが大きくなった気がして、一番痛い場所を押さえた。

 数分後にベッドから這い出した。戸棚の上にあるトランサーを開く。

 

「あ、やっちゃった……」

 

 もう習慣になっていたから、やってしまった。開いた画面には、ただ四角いパネルが並べられているだけだ。

 

「……何やってるんだろ……」

 

 あいつはもういないのだ。

 いつもここで悪態ついて、あくびして、「戦いたい」とわめていた異星人は、もういないのだ。

 昨日、出て行ってしまったのだから。

 

「この部屋って、こんなに静かだったかな?」

 

 迷惑極まりない居候がいなくなったこの部屋は、やけに広く見えた。母の手が隅々にまで行き届いた壁には染み一つ見当たらない。真っ白な壁は陽光を跳ね返し、一個の部屋を眩しく染めあげていた。

 あの枕を投げつけたくなるようなむかつく顔が見えるかと、ビジライザーをかけてみる。見えたのは、こちらの様子を心配そうに伺っているティーチャーマンとデンパ君だった。目が合うと、彼らはそそくさと仕事に戻っていく。そのわざとらしい仕草が妙に気に障り、彼らから目を反らした。額にあるものを取ればいいだけだと気づいて外してみると、再び朝の日差しが目を射抜いて来る。手で振り払い、部屋を出た。もう母は出かけたはず。一階に下りても、顔を合わすことは無いだろう。

 リビングに下りると、テーブルにはおにぎりが用意されていた。台所でお味噌汁を温めて、「いただきます」と告げて口にほおばる。中身は定番の梅干だった。

 無音の空間で、黙々とおにぎりを噛み砕き、味噌汁をそそる音だけが静かに響く。

 塩がほどよく効いており、舌を楽しませてくれる。そんなはずの母のおにぎりは、何の味もしない。胸に溜まる、言葉にできない重い感情が、全てを飲み込んでいるように感じられた。

 

「……いつも、ここでロックがテレビをつけていたっけ……」

 

 リモコンを手に取り、チャンネルを回してみる。流れているのはニュースばかりだった。偉そうにふんぞり返った年寄りが、頭の悪そうな政治家を叩く番組。美人キャスターが薄っぺらい笑顔を向けている番組。それらを飛ばし、ある映像が流れているチャンネルで一度手を止めた。

 サテラポリスが増え続ける電波ウィルス被害に向けて、新しい武器を開発し始めたとか、新型携帯端末の開発が行われているという、スバル好みな番組だった。それなのに、スバルの表情は一向に冴えない。別の内容に切り替わったところでテレビを消した。

 皿を洗って片付けたら、早々に二階に上がって着替え始めた。赤い長袖シャツに、青い半ズボン。バトルカードを大量に収納できるポーチを腰に巻きつける。いつもの格好だ。流星型のペンダントに手を伸ばしたとき、ピタリとその手を止めた。

 これは父の形見だ。ブラザーを愛した父が、AM三賢者と通信するために使っていた物だ。父はなぜこれを自分の元に置いて行ったのだろう?

 このペンダントに組み込まれたブラザーバンド機能と、その起動条件を思い出した。

 

 

――スバルなら、きっと誰かとブラザーを結んでくれる――

 

――ブラザーの大切さに気づいて、大事にしてくれる――

 

 

 そう信じていたからなのだろうか?

 根拠は無いが、記憶に残っている父ならそうするような気がした。

 ペンダントは首につけなかった。ポーチの隙間に滑り込ませて、パチリと蓋をした。ビジライザーも額にはかけず、ポケットにしまっておいた。

 パソコンを開いてティーチャーマンを呼び出す。トランサーを無線で繋いで、教材データを開いた。何かに手をつけて、気を紛らわしたかった。それに、もう一週間も勉強していない。もともと、勉強は得意なほうだし、一人でやってきたのだ。ティーチャーマンの力を借りれば、直ぐに取り戻せるとパネルとペンのこすれる音を部屋に鳴らした。

 それは直ぐに止まった。スバルの手は一向に動こうとしない。

 面白くないのだ。頭に知識が入っているのに、何も感じない。

 天井を見上げれば、浮かんでくるのはあの教室だ。ゴン太が馬鹿な発言をして、ルナが激怒し、笑い声が飛び交う。育田が見守ってくれる授業風景だ。

 ペンを机に放り出して、ティーチャーマンに軽く謝罪して立ち上がる。室内の階段を上がって、棚の前に立つ。機械でもいじくっていよう。棚に手をかけて、ふと手が止まった。

 そういえば、この中に入れてしまったのだ。ツカサにあげるつもりだったプレゼント……ブレイクサーベルのバトルカード。ツカサに裏切られたあの日、このカードを持ち歩く気になれなくて、でも捨てる気にもなれなくて、カードと包装紙をこの棚に放り込んだのだ。

 このまま、棚を開いたら、あのカードを目にすることになる。結局、棚から手を離して、また階段を降りた。

 青いじゅうたんを踏みしめて、部屋の真ん中まで来て、ふと立ち止まった。

 

 これから何をしよう?

 

 いつも何をしていただろう?

 

 登校していない三年間はいつも何をしていただろう?

 

 部屋の中のものを見渡してみる。望遠鏡で空を眺めるにはまだ早すぎる。クローゼットの中には同じ服が並べられているだけ。機械には触りたいが、棚を開きたくない。勉強に戻る気にもなれない。

 学校に復学していたのは、たった数週間だったはずだ。その僅かな間に、三年間の自分を忘れてしまったらしい。

 

「静かだね……ロック」

 

 返答が無い。トランサーに手を伸ばして思い出す。あいつはもういないのだ。

 

「この部屋って、こんなに広かったかな」

 

 天井を見上げるスバルの声に答える者はいない。

 部屋がより一層広く思えた。

 

 

 ヤシブタウンに着いたあかねは無事にユリコと合流した。料理を教えるようになって以来、お互いの子供が同じ教室で学んでいると言うこともあり、親しい友人という間柄になった二人。今日はショッピングで日ごろの疲れを癒そうと、共に街中を歩いている。

 しかし、約束をした日から今日までの間に、自分達をとりまく状況が大きく変化してしまうとは思っても見なかった。

 

「そう、ルナちゃんも……」

「ええ、星河さんの息子さんも、そんなに辛いことになっていたのね……」

 

 お互いの子供が問題を抱えている。それを初めて知った二人は、歩きながら談話中だ。「お買い物どころではない」と、断るべきだったのかもしれないが、実際に会えて良かったと心から思える。

 

「どうしたら良いのかしらね……」

「ええ……本当に……」

 

 子供と距離を詰めて問題を解決したいが、そう簡単にできることではない。距離を開けて見守るだけという方法もあるだろうが、それこそできるわけが無い。時と状況を見て、その間を行き来しなければならない。糸口の見えない問題を前に、二人は意気消沈と顔を曇らせた。

 二人がもう少し、親の理想像から遠のいた不出来な人間だったら、この悲劇を避けられたかもしれない。上の空だったから、気づくのが遅れてしまった。周囲が異常に騒がしいことに。

 

 

 家にいても何もする気になれない。他人に出くわすリスクはあるが、息の詰まりそうなあの空間にいることだけは耐えられなかった。家の外に出たスバルは向ける先も無い足を突き出し続ける。展望台に行っても良いのだが、今は空を見る気にもなれない。無意識のままに訪ねた先にいた人物に、スバルは顔をしかめざるを得なかった。

 

「やあ、スバル君じゃないか! 久しぶり的な?」

 

 赤いサングラスの下で目を輝かせるのは南国だ。どうやら、毎日のように来ていたカードショップに来てしまったらしい。習慣とは恐ろしいものだと、改めて身を持って学んだ。もう、アイツは居ないというのに。

 

「そうそう、昨日、ミソラちゃんとルナちゃんが喧嘩的なことしてたよ。スバル君のことで」

 

 南国と口をきくだけでも嫌なのに、あの二人のことを話題に出されて、益々気分を害された。だが、なぜだろう。むしゃくしゃするというよりも、酷く息苦しい。

 

「スバル君が暗くなっちゃって、僕も寂しい的だよ」

 

 これ以上、この場に留まりたくない。南国の言葉に背を向け、店から逃げるように飛び出した。南国はどんな顔をしていただろう。彼がどんな気持ちだろうが、自分が傷ついているわけではないと言い聞かせ、振り返ることすらしなかった。

 やはり家にいるのが一番よさそうだ。帰ろうと公園から出た時だった。ちょうどトランサーが着信を告げた。しばらく無視していたが、段々音が鬱陶しく耳に響いてくる。諦めてトランサーを開いた。画面に出ている名前を見て、大きなため息をつく。また知っている人だ。この電話に出て、伝えておこう。もう、僕に構わないで欲しいと。

 

「あ、スバル君! やっと繋がった!!」

 

 電話をしてきた天地は、珍しく取り乱している様子だった。そんな都合はこっちの知ったことではない。天地の顔を見ないようにして、用件だけを言って切ってしまおう。電源ボタンに手をかけ、息を整える。

 

「直ぐにアマケンに来てくれ! 大吾先輩に関わることだ!!」

 

 喉から出掛かっていた言葉が、奥へと引っ込んだ。天地の言葉の意図を読み取ろうと、ディスプレイ向こうの双眼に、目の照準を合わせていた。

 単刀直入で、重大な用件だけを伝える天地の言葉。そこに今何があっただろうか?

 

――大吾――

 

 大吾と天地は確かに言った。

 スバルの父親。スバルがずっと会いたいと願っていた大好きな人。三年間、ずっと宇宙で行方不明になっている、憧れのヒーロー。

 電源ボタンに触れている指先が小刻みに震えだす。弾みで押してしまうことを恐れて、慎重に離す。

 

「あ、天地さん! それ、本当なんですか!?」

「本当だ! 直ぐに来てくれ! 君にも伝えておきたい!!」

 

 トランサーを閉じるが早く、スバルの足は全力で地面を蹴っていた。勉強も、ウォーロックやミソラたちのことも、何もかもがどうでも良かった。

 胸を打つ熱い鼓動に突き動かされるように、スバルは宙を駆けた。


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