流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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第百十三話.断たれたブラザー

 スバルは太陽が最後に一際明るくなる時間を歩いていた。公園からは無邪気な声が聞こえてくる。耳に触る騒音を退けようと、ワイヤレスイヤホンを耳栓代わりにして、トランサーをいじくる。人の声なんて聞くぐらいなら、曲でも聞いていたほうがよっぽど良い。

 スバルの耳に軽快な曲と声が届いてくる。聞く者達の気分を高揚させてくれる優しい曲だ。耳を傾けたくなるような音の束を、聞き始めて数秒もしないうちに停止させた。ミソラの曲しか持っていないことを忘れていた。歩くことだけに集中してしまおう。そのほうが気が楽だ。

 大好きな景色を見ようと、見晴台へと続く広場に出る。そこには、誰が見るわけでも無いのに、今も展示されている黒い機関車がポツリと取り残されていた。

 初めて戦った場所はここだった。見上げる先にある見晴台で、口の悪い異星人と出会い、電波変換し、この機関車の電脳内で電波ウィルス達と戦ったのだ。恐かったものの、味わったことの無い達成感に体が震えたのを覚えている。たった二ヶ月前の話なのに、懐かしい思い出となって、スバルを感傷の思いにさらす。

 結局、居候されるだけされて、父のことを何も聞き出せなかったと、今更に気づいた。だが、何も感じない。悔しいとさえ思わない。それだけ、自分にとってアイツはどうでも良い存在に成り下がったのだから。

 更に階段を上って、見晴台へと上がる。出迎えるように、夕日がオレンジ色にコーティングした町を用意してくれていた。まるで、スバルの来訪を歓迎してくれているかの様。その仕事ぶりはスバルの期待以上だ。

 雄大な景色は、ここに通う様になった三年間の中でも一際素晴らしいと断言できた。それなのに、心は晴れない。この見る者の心を奪う美しい景色に、自分の醜い魂を晒されてしまったかのようで。

 そう言えば、しばらくここには来ていなかった。いつからだろう、ここに来なくなったのは。ずっと構ってくれなかった仕返しにと、景色に意地悪でもされているような気分だ。

 

「やっぱりここにいた」

 

 自分だけの安穏な世界に土足で踏み込んでくる奴らがやって来た。ミソラの声に振り返ると、後ろからルナも付いて来ていた。ミソラ一人でも相手にするのが億劫なのに、ルナも一緒となると面倒さは二倍だ。今はこいつらとは口もききたくない。

 

「もう僕に関わらないでよ」

 

 気持ちを隠そうともしない、あからさまに嫌な態度を込めた声で出迎えてやる。つい先ほど帰れと言って追い出してやったのに、わざわざ探しに来やがったのだ。向こうの用件にある程度応えてやらないと、こいつらはいつまでも自分に付きまとうだろう。鬱陶しい事この上ない。適当にあしらってやるのが一番利口な方法だと言える。

 顔も見たくないが、一応向き合ってやる。そのほうが、相手の機嫌を損ねずに事を運べるはずだ。これだから、他人と関わるのはめんどくさい。

 

「スバル君、いったい何があったの? ウォーロック君も探しに行かないと」

 

 ミソラのいう、『ウォーロック』と言うのが何かは分からないが、ルナは尋ねないでおいた。今の問題はウォーロックという人ではなく、スバルなのだから。ミソラの言葉に乗っかっておくことにする。

 

「スバル君、こう言う時にお互いを支え合うのがブラザーなんじゃないの? アナタのお父様のコト調べさせてもらったわ。アナタのお父様は誰よりもブラザーバンドのもつ絆の強さを信じた人だわ。きっとお父様は今のアナタを見たら酷く失望するでしょうね」

 

 またブラザーか。と、内心ぼやいた。何時でも何処でもそうだ。皆、たった数文字の単語に魅せられ、それが魔法の言葉であるかのように呟き、振りかざす。愚かなことこの上ない。

 もう先週の事件を忘れたのだろうか。そのブラザー同士でもめあい、いがみ合い、争いあったのだ。全てがブラザーという言葉で覆われたまやかしであると、なぜ気づかないのだろう。自分のように、一度裏切られないと分からないのだろうか。

 

「ねえ、スバル君……」

「もう嫌なんだ」

 

 だったら、今の気持ちを存分に告げてやろう。

 スバルの一言は辺りの空気を冬のように冷たくし、ミソラの言葉を遮った。言葉一つ聞き逃すまいと心配そうな目を向けるミソラと、どんな言い訳をしても反論して見せると出方を伺うように睨んでいるルナ。

 二人の目に、スバルは交互に視線を合わせる。

 

「誰かが心の中に深く入ってくれば入ってくるほど、裏切られたり、その人を失った時の傷は深くなるんだ……」

 

 ツカサは自分にとって親友だった。この人とブラザーになりたいと、あれほど思ったことは無かった。それだけ大好きだった彼に裏切られた。

 

 

 信じていたのに……

 

 

 大好きなお父さん。大吾の逞しくて眩しい背中は憧れで、これがヒーローの姿だとスバルに見せ付けてくれた。負けるわけの無いヒーローが帰って来なかったあの日、スバルの中で何かが壊れた。

 古い心の傷の上に、新たに付けられた大きな傷。痛い、悲しいという陳腐な言葉では、表わすことなどできないほど深い。あんな気持ちをまた味わうくらいなら……また、こんな思いをするくらいなら。

 

「もう、これ以上傷つきたくないんだ! だから、もう誰とも関わらない」

「スバル君……私とブラザーバンドを結んだ日のことを忘れちゃった?」

 

 なんで自分の気持ちを分かってくれない。もう、傷つきたくない。だから、刃になりえそうなものを全て遠ざけるだけだ。

 ただ、それだけなのに。なぜこの少女は分かってくれない。

 この子と会う度に、眩しいほど輝いていた名前の分からない感情も、今は何処にも見当たらない。彼女への気持ちは、ただの気の迷いだったのだと理解した。

 

「スバル君も新しいスバル君になれるように頑張ろうって。お互いに新しい自分になろうって、二人で誓ったよね。私は君とブラザーに成れて強くなれたよ? だから……」

 

 ブラザー……ブラザーブラザーブラザーブラザーブラザー……この世で最も嫌いな言葉だ。聞きたくない! 聞きたくない! 聞きたくない!! もう、その言葉を聞かせないで欲しい。

 

「もう沢山だ!!!」

 

 傷つきたくない。自分を守りたいという思いのままに、スバルは二人を遠ざけ、傷つける。二人が怯えていようが、驚いていようが、気にかけるつもりなんて無い。

 

「ブラザーバンドがなかったら、ブラザーなんてなかったら、こんなに傷つくことなんて無かったんだ! もう……」

 

 父の発明品だろうが、知ったことか。どれだけ世間が素晴らしいと認めていても、自分を傷つける害でしかないのだから。なら、簡単なことだ。

 

 

 

 ブラザーバンドなんていらない

 

 

 

 スバルの口が残酷に動いた。

 ミソラとルナが凍りつく中、スバルは背中を向けてトランサーに手をかける。途端に、三つのトランサーから鳴る機械音。

 

「……まさか……ブラザーを切ったのね?」

 

 息を呑んだルナが確認のために、己のトランサーを開く。そこに、スバルの姿は無かった。目に見える分はっきりと分かってしまう、絶交の証。

 

「意気地なし!」

 

 ルナの懇親の声が上がっても、足音がこの場から去って行こうとも、スバルが振り返ることは無かった。ただ、銅像のように夕焼け空を眺めるだけだ。

 ミソラも同じだ。ルナと同じく、ショックを隠せない。唯一運が良いと思えたのは、今にも泣き出しそうな顔をスバルに見られなかったことだろう。

 今のスバルに、自分の声は届かない。あの時、この場所で自分を助けてくれた星河スバルはもういないのだ。自分では愛する人を救えない。その事実を前にして、闇に突き落とされても、なおも少女の純粋な思いは足掻きたいと光を探す。

 だから、自分の気持ちだけは伝えておきたかった。スバルが自分にくれた勇気を、少しでも返してあげたかった。

 悲痛な面持ちで言葉を搾り出す。

 

「ブラザーを切ることはできても、人と人の絆は簡単には切れないよ。よく考えてみて……」

 

 スバルは何も答えない。影に染まる背中は、ただ一人にしてくれと訴えていた。ここでできることは無いと、ミソラは踵を返した。

 声から、涙を堪えていることなんて気づいている。でも、振り返りたくなかった。

 

 やっと、一人になれた。もう、誰も自分に関わることなんて無い。ミソラとメールをすることも、ルナが学校に誘いに来ることも無い。もう、傷つくことは無いのだと思うと、この世の全てから開放されたような安らかな気持ちになれた。

 それなのに、見上げた空は落ちてきそうなほど眩しかった。

 

 

 子供たちに帰宅を唆す夕日に照らされた公園から、影が一つ一つと去っていく。BIGWAVEの店長――南国にとって、一番忙しい時間が終わった。仕事帰りのサラリーマンや、遅い時間に帰宅する高校生や大学生を呼び込むために、お店は夜もやっている。けれど、やっぱりこの時間が一番忙しい。

 最後のお客さんである千代吉を見送ろうと、お店の外に足を踏み出した。「……あ」と千代吉が足を止める。彼が見ている先では、背もたれに真っ白になった体を任せ、呆然と空を見上げている二人の男の子がいた。

 ゴン太とキザマロである。自分たちのアイドルであるミソラがスバルとブラザーだったこと、ルナが彼女と親しかったことを同時に知った二人。ミソラファンクラブの一員としてそれなりに大きいショックを受けたのである。

 南国と千代吉は近づこうとしたが、すぐに足を止めた。公園の入り口に、呆けている二人の友人の姿が見えたから。先日のことを思い出し、関わらないようにと、二人は店内に

身を潜めた。

 二人が気配を消したとき、ゴン太とキザマロもルナが帰ってきたことに気づいて、立ち上がった。

 

「お帰りなさい、委員長」

「で、どうだったんだ?」

 

 何も語ろうとしないことから、結果は尋ねるまでも無いことは明白だった。それでも、やっぱり訊いておきたい。スバルとの間にどんなやり取りがあったのか詳しく知っておきたい。

 ルナは口を真一文字に結び、俯いたまま顔を上げようともしない。よっぽどのことがあったのだと察する二人。どう対応すれば良いのかと顔を見合わせたとき、足音が公園に飛び込んできた。ゴン太とキザマロからは、ルナの背中越しにはっきりと見えた。遅れて気づいたルナが振り返ると、ミソラが息を切らしながら駆け寄ってきたところだった。

 

「あ、あのね、委員長。スバル君を見捨てないであげて!」

 

 息を切らしそうになりながらも、奥底に涙を溜めた目で訴えてくるミソラ。ルナには疑問でしかなかった。なぜ、この少女は、そんな事を言えるのだろう。この世で最も辛いことをされたばかりだというのに、身を裂かれるような思いをしているはずなのに。

 

「スバル君は人と関わることに臆病になっているだけよ。必ず戻ってきてくれるよ! だから……」

「だから何だっていうのよ!?」

 

 ルナが眉を吊り上げる。腰に手を当てた仁王立ちに、睨み付ける鋭い目。いつもの鬼委員長になっている。少なくとも、店の中から覗いている南国達三人にはそう見えた。

 

「『また、学校に誘ってあげて』とでも言いたいの!? 嫌よ! あんな奴、ほっといたら良いのよ!」

「そんなこと言わないで! ブラザーの私達が待ってあげなかったら、誰が待ってあげるの!?」

「そんなの知らないわよ!」

 

 食い下がらないミソラに踵を返し、ルナは乱暴な足音を立てながら歩き出した。ルナの行動を見て、口を半開きにしていたゴン太とキザマロも、慌てて背中を追いかけた。いつものフォーメーションができたことを確認すると、ゆっくりと後ろを伺った。公園の広場の中央で、一人取り残されている少女がいた。地面を睨み、肩を震わせている。

 彼女のファンとして、力になってあげたい。しかし、二人には、彼女以上に力になってあげたい人が居る。

 その本人には聞こえないように、少し距離を置いて、二人は小声で耳打ちしあった。

 

「委員長、落ち込んでるな……」

「ええ、らしくないですよ。相手から逃げるなんて……」

 

 言い争いになったら、相手がグゥの音も出ないほど完膚無きにまで叩きのめすか、自分が納得するか妥協するかまで話をつけるのが白金ルナだ。背中を向けるなんて、まずありえない。

 それに、いつも一緒に居た二人は最初から感覚で気づいていた。本当に怒った時のルナの恐さは、こんなものではないということを。今のルナは、自分を隠そうと必死になっている風に見えて仕方なかった。

 

 ルナ達の気配が公園から立ち去っても、ミソラはその場から動こうとはしなかった。

 夕日の温もりに反するように、足には冷たい感覚が走る。まるで、この広い世界に一人取り残された様。

 光の無い目をした顔を上げると、服の中で何かが擦れた事に気づいた。首からかけたチェーンを引っ張り、貴金属を取り出した。スバルに貰ったハート型のペンダントだ。目を閉じて握り締めてみれば、スバルの笑みが聡明に浮かんでくる。自分にくれた太陽のような温もりは確かにそこにある。

 

「私は……私は君を信じるよ、スバル君」

 

 存在しない希望にすがっているだけかもしれない。過去に執着しているだけなのかもしれない。それでも、スバルを放っておくことなんてできない。自分を助けてくれた愛しい人が苦しんでいるのに、何もしないなんてできない。

 開いた瞼から覗くのは、光を取り戻した瞳。その目は揺らぎを忘れたように、前を見据えていた。

 

「ミソラ、どうするつもり?」

 

 これ以上ハープを心配させたくなんて無い。なけなしの元気を見せようと、ミソラは涙を飲み込んだ。

 

「スバル君に絆の大切さを思い出してもらおう。私、ロック君を探してみる!」

「分かったわ。アンドロメダの鍵も、あいつが持っているはずだし」

 

 自分ではどうしたらスバルの力になれるか分からない。なら、いつもスバルと一緒だったウォーロックを頼るしかない。彼を探し、スバルの元に連れて行く。自分ができるのはそこまでだ。

 頷きあい、ミソラはギターを背負いなおして走り出した。

 行き先も、ウォーロックの居場所の検討もつかないのに、気持ちの勢いに任せてミソラは小さい体をひたすら前へと進ませる。無力な自分がどこまで力になれるかなんて分からない。けど、じっとしてなんて居られない。

 

 彼女の健気さに呆れるようにハープは笑ってみせた。同時に、こんな状況下でどこかをほっつき歩いているウォーロックを必ず見つけ、一発引っ叩くと心に決めた。


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