流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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第百十二話.アバヨ

 昼間に一度静まり返った住宅街に、再び活気が戻ってくる。学校が終わり、帰路についた子供達が町の隅々にまで流れてきているのだ。

 その光景を窓ガラス一枚隔てて眺めている少年が一人。今日も、一歩たりとも外に出なかったスバルだ。何をするわけでもなく、日常の光景を見下ろしている。

 

「あいつらが羨ましいのか?」

「……そんなわけ無いだろ」

 

 道行く数人の男子グループに目が釘付けになっていたことに気づき、スバルは目を逸らした。だが、新しい場所で止まった茶色い瞳に映るのは、じゃれあっている数人の生徒だ。

 彼らも友達なのだろうか?

 思うまでも無い疑問が浮かぶ。

 

「本当は行きたいんじゃないのか? 学校……」

「行きたくなんてないよ、学校なんて……」

 

 先ほどと同じく、声に感情がこもっていない。心に蓋をして、見ないふりを貫いているのだと、ウォーロックにも伺えた。

 角を曲がり、町の奥へと消えて行く先ほどの生徒達。空っぽになったスバルの茶水晶の瞳は手短に動いている集団を探し、特に仲がよさそうな数人の姿を映し出す。

 もう十数分ほど、スバルはこうして突っ立っていた。

 ウォーロックはこの光景をもう五日間も見ている。この時間帯のスバルは、いつもこの体制で固まっている。魅了する甘美な世界を目の前に吊り下げられても、それに触れれば心に傷を付けられてしまう。そんなことは、身にしみて分かっている。もう、彼は傷つきたくないのだ。

 遠い世界を見つめるスバルの背中を見て、ウォーロックは焦燥感に苛まれていた。今のスバルは到底戦えるような心理状態ではない。FM星人どころか、ジャミンガー一人相手にすることすら困難だろう。下手をすれば、少々強い電波ウィルスにすら苦戦するかもしれない。

 そんなウォーロックの都合など意に介さぬどころか、認知すらしていないのだろう。雲から顔を覗かせた夕暮れの太陽が目を射抜いても、スバルの目蓋は微動だにしなかった。

 

「ったくよぉ、いつまでもウジウジしやがって、男らしくねえぜ?」

 

 スバルの胸がかき乱された。あの日以来、ずっと考えないようにして、心に平穏を保っていたのに、それをウォーロックの一言が乱したのだ。

 ざらつく口内。体温を失っていく全身の細胞。頑なに形を変えなかった目蓋は必要以上に持ち上げられ、顎は反するように堅く閉ざされる。

 それをスバルの意思は許さない。この他人の気持ちを察することのできない我侭な居候に、何も言わずに黙っているなんてできない。

 

「ロックに、僕の気持ちなんて分かるもんか……友達に裏切られた辛さなんて……」

 

 痙攣するように震える唇。

 閉じたはずの心の蓋から漏れ出てくる感情。目を閉じ、落ち着かせようと小さい深呼吸をする。たったこれだけのことで、一度決壊した勢いを止めることなんてできる分けもなく、言葉を押し出していく。

 

「ツカサ君は僕を裏切ったんだ。人と付き合わなければ、こんなに傷つくことなんて無いって、分かってたのに……なんで僕は友達なんて作ろうと……」

「黙って聞いてりゃ、悲劇の主人公気取りか!?」

 

 目がひん剥かれた。洪水の予兆のようにうねっていた心は、たったの一言で氷付けにされた。

 別に励ましや慰めの言葉を期待したわけじゃない。それでも、こんなに心無い言葉を浴びせられるなんて思っていなかった。

 黙って聞いてくれるぐらいしても良いじゃないか。

 言うにしても、もう少し言い方があるじゃないか。

 そんな器用で他人に配慮できる奴じゃないことなんて、この二ヶ月の付き合いで分かっている。それでも、今の言葉に怒りを感じずにはいられない。

 唇をかみ締め、睨み付けてくるスバル。子犬のような威嚇に、ウォーロックの心が動くわけもない。

 

「お前も少しはまともになったと思ってたんだが、これまでだ」

 

 スバルの思考が固まった。熱く煮えたぎっていた脳が一瞬で冷まされたような感覚。

 ウォーロックが放った言葉は単純だ。脳内で繰り返すまでもなく、意味なんて直ぐに分かる。だが、数秒の時間を要しても、その言葉に込められた彼の意思を受けきれなかった。

 

「これまでって……」

「ああ……」

 

 自分を捕らえて離さない瞳。それを睨む様に、ウォーロックは冷酷に告げた。

 

「俺は出て行くぜ……」

 

 その一言が二人の全てに終わりを告げた。

 言葉一つ漏らさず、耳にまとわりつく言葉に呆然とするスバル。今の彼を見た者が、優しさの欠片一つでも持っていれば、慰めの言葉が出ていたことだろう。

 

「初めて会ったころに比べたら、お前も少しは強くなったと思っていたんだが、俺の見込み違いだったみたいだぜ。お前みたいな弱っちい人間なんて、FM星人もとりつかねえぜ!!」

 

 罵倒して来るウォーロックを幻覚として、冷たい言葉を幻聴だと思いたかった。

 確かに、こいつはガサツで乱暴で我侭で、優しさなんて微塵も持ち合わせていないFM星の裏切り者だ。それでも、二人はずっと一緒だった。この二ヶ月間、二人の間に合った全てを否定されたみたいで、全てを捨てられたみたいで、自分の中の何かが砕かれていくようだった。

 

「なんだよ、それ……勝手に押しかけて、勝手に出て行くって言うの!?」

「ああ、そうするつってんだろ」

 

 もちろん、否定の言葉が返ってくるわけがない。ウォーロックが口にする言葉は、スバルを傷つけるだけだ

 

「それと最後に……近いうちに、この星に異変が起きるはずだ。そのときは、どこかに隠れてじっとしているこった。それじゃあ、アバヨ」

 

 言葉と同時にウォーロックの姿が消えた。見えない周波数に変わっただけではないのかとビジライザーをかけてみる。見えたのは部屋に張り巡らされたウェーブロード。物陰から、心配そうに覗いているデンパ君とティーチャーマン。あの青い異星人の姿はどこにも見えない。

 

「なんだよ……なんで僕ばっかり……」

 

 二体の電波体の視線が、不安定な心を更に揺らす。黒い液体が泡立っているような胸中に任せて、ビジライザーを額から乱暴に引き剥がした。

 

「スバル~、お客さんよ」

 

 タイミング悪く届いた声は、先ほどパートから帰ってきた母のものだ。

 たった今、ウォーロックに愛想をつかされたばかりなのに、人に会うなんてまっぴらごめんだ。

 

「帰ってもらってよ」

「もう上がってもらったわ」

 

 あかねの言葉が終わるより早く、階段を登ってくる音がした。ドアから目を背けて窓へと顔を向ける。窓の外にある何かを見て、気分を紛らわしたかった。どうでも良いものでも、集中して見入るだけで、入ってきたお客さんとやらを気にせずに済むはずだ。

 対象物を探している間に、ドアが開いた。

 

「こんにちは、スバル君」

 

 声で、入ってきた人物が誰なのか分かった。若干沈んだ声を出す彼女に見向きもせず、無愛想な言葉を投げつける。

 

「何しに来たの、ミソラちゃん?」

「何しにって、心配だったから」

 

 室内の階段を上がり、スバルの斜め後ろに立つミソラ。スバルはミソラを意識の外に追いやろうとしているのだろう。目を一点から動かさない。

 あの日に何があったのか。なぜ連絡をくれないのか。彼に訊きたいことはたくさんある。しかし、話を切り出そうにも、そんな雰囲気ではない。唇を噛むしかない。

 

「さっき、ウォーロックのやつが出て行くのを見たけれど、喧嘩でもしたの?」

 

 空気を変えようと、ミソラのギターから飛び出してきたハープ。彼女なりに気を利かせたつもりだったのだろう。

 逆効果だ。今、スバルにとって最も触れて欲しくない話題だ。

 

「知らないよ! あんな奴!!」

 

 静かで、気まずさだけが立ち込めていた部屋に、突如上がる大声。初めて目の当たりにするスバルの怒気を前に、ミソラとハープは首を竦めた。

 今も窓の向こうを見ているスバル。その表情は、隠し切れぬ怒りを無理矢理押さえ込もうとして居る様だった。

 こういうときは、あまり刺激しないほうが良いのだろう。だが、このままではなんの解決にもならない。

 

「スバル君、何かあったの?」

 

 思い切って尋ねたミソラに、スバルは口を堅く閉ざした。どうやら、ハープはよほど大きな地雷を踏んでしまったらしい。やはり、今はそっとしておいたほうが良かったのだろうか。

 沈黙が訪れるスバルの部屋。それを直ぐに破るのは、またしても階段を上ってくる足音だ。今度の足音は複数だ。ハープがすばやくミソラのギターに潜り込んだとき、遠慮の無い音を立ててドアが開いた。

 

「入るわよ、スバル君」

 

 金色の髪と瞳が印象的な少女が入ってきた。後ろにいるのは、大きな体と、小さい体をした二人の少年だ。

 少々不機嫌そうなルナに脅えながら入ってきたゴン太とキザマロの顔が別の意味で強張った。理由は簡単だ。部屋に居るはずのない人物、響ミソラが居たからだ。

 

「あ、委員長」

「ミソラちゃんじゃない、久しぶりね」

 

 ミソラを見て石になっている男の子二人を無視して、簡単な会話を済ませるミソラとルナ。二人が共に見るのは、目的の人物の後姿だ。彼は相変わらず自分とは無縁な外の世界を見つめるだけだ。周りに居る人など、人形ぐらいにしか思っていないのだろう。

 

「学校に来ないなんて、何考えてるの? ツカサ君も学校に来ていないし、あなた達喧嘩でもしたの? 話してよ。私たちはブラザーよ?」

 

 スバルに投げかけられるのは、ルナの善意から来る言葉だ。しかし、それは傷口に塩を塗りこむ行為だ。スバルの心に不用意に踏み入れすぎている。

 だんまりを決め込んでいるスバルは何も答えない。ツカサの名前が出たときに、口元が僅かに動いたのを、ミソラは見逃さなかった。

 

「出て行ってくれ」

 

 夕日のような静かな声が響いた。

 てっきり、スバルとツカサしか知らない情報を言ってもらえると思っていたルナは、スバルの予想外の言葉に困惑する。

 

「ちょ、なによそれ?」

 

 取り乱し、声を張り上げるルナ。少々の怒りから眉を吊り上げるルナに対し、ミソラは刺激しないようにとスバルの次の言葉を待つ。

 

「スバル君、私はアナタのために……」

「皆出て行ってくれ!!」

 

 遮り、荒らぶる感情のままに怒号を突きつけるスバル。自分の周りに壁を張り、何者も寄せ付けようとしない様に、四人は言葉を失った。

 ルナは拳を震わせ、ゴン太とキザマロは面食らっている。ミソラは鎮痛な眼差しを送り、胸にあるペンダントを握るだけだ。スバルに貰ったそれは冷たく、ミソラを言い知れぬ不安へと誘う。

 四人の視線を受けても、スバルは微動だにしない。前髪で目元が隠れ、ほぼ真横に立っているミソラからも窺うことはできない。

 意を決したミソラは階段を降り、歯軋りをしているルナの肩に手を置いた。

 

「今は出直そう、ね?」

 

 四つの足跡が素直に自分から遠ざかっていく。

 扉の前でミソラは立ち止まった。少し迷ってから振り返り、スバルに声を掛けた。

 

「生きていくってコトは色んな重荷を背負っていくコトだと思うの。ブラザーはその重荷を分かち合える存在だよ。だから、もっとブラザーを頼っても良いんだよ?」

 

 それでも、スバルの背中は微動だにしない。ミソラも、今度こそ部屋から出て行った。ドアが閉まる音を最後に、無音が訪れる。

 広くなった部屋はどこか肌寒かった。


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