流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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 ついに終章です。スバルとウォーロックの最後の戦いを、どうぞご覧ください。


終章.スバルの絆
第百十一話.戻った時間


 コダマタウンの一日の始まりを告げる陽射しが立ち並ぶ家屋に優しく降り注ぐ。灰色の歩道を踏みつける無数の足と、黒い道路の上を飛んでいく車が街を賑わせる。

 どこの町でも、毎日描かれる光景の一角。そこに構えられている二階建ての家にも、太陽は神のごとく平等に自らの温もりを送り届ける。その姿はまさしく神話として各地で語り継がれるに相応しい。

 神の温もりに抱かれた部屋は、眠る赤ん坊のごとく静かだった。平日の今頃なら、慌しい足音が駆け回るはずのこの部屋では何の音も起きていない。聞こえるのは、壁や窓をすり抜けてくる外の音だけだ。町を繁栄へともたらす足音達は、この部屋の住人にとっては騒音でしかない。布団を頭まで持ち上げ、邪魔な音を少しでも防ごうとする。

 布の盾のおかげで、せっかく音が小さくなったのに、部屋に音が入ってきた。丁寧かつ物静かに開く扉の音も、外の音とは比べ物にならないほど大きく、少年は眉を歪める。その理由は大きいだけじゃない。

 相手にしたくないその人物は部屋を横断し、室内に設けられた階段を上がってくる。スリッパと床の摩擦音がベッドの横で止まった。

 

「お母さん、パートに行ってくるわ。朝と昼のご飯はできてるから」

「うん」

 

 虫が鳴いたような声だった。残った眠気に従い、太陽と布団の温かさに飲まれてしまいたいのだろう。

 少年の反応は予想通りだった。だから、彼女は余計に悲しくなってしまう。

 

「ねえ、スバル……」

「……何?」

 

 早く行って欲しい。そんな態度があからさまに出ている。

 ここ数日の間、尋ねるか迷っていた。できる限り息子を傷つけたなくないという母性から、ずっと躊躇っていた。だが、流石に限界だ。今日はどうしても尋ねておきたかった。

 

「もう、学校には……」

「行かないよ」

 

 突き放すような声だった。あかねが言わんとした事は分かっていた。最後まで聞きたくなんて無い。嫌なことに余計な時間なんて割きたくない。だから、背中を向けて自分の言い分だけを酷に告げる。

 

「……もう、学校には行かない……」

 

 分かりきっている。息子がこういうだろうということなど、尋ねる前から分かっていた。それでも、あかねは僅かな希望にすがり、尋ねずにいはいられなかった。結果は、あかねを悲痛の思いにからさせる言葉。

 物悲しい視線が背中を射抜く。胸に穴を穿たれたような気がして、それを塞ぐように布団を強く抱きしめた。

 

「……これだけは、言わせてね……スバルが学校行ったとき、お母さん、不安だったけど、嬉しかったわ。止まっていた時間が動き出したみたいで……スバルが段々明るくなって、学校の話をしてくれるようになって……ブラザーが、友達ができたって言ってくれて……お母さん、本当に嬉しかったわ」

 

 全てを受け流した。本当は布団を耳に押し付けて、一文字たりとも聞きたくなんてなかった。でも、母に対してそんな粗暴な態度をとる勇気も無くて、中途半端な態度をとる。

 

「夕方には帰ってくるから。じゃあ、行って来るね」

 

 足音が部屋から出て行った。階段を降りる音が止み、部屋は無音に戻る。微動だにしないスバルに話しかけるのは、トランサーから出てきた居候だ。

 

「やっぱり、引き摺っているのか?」

 

 何の言葉も返ってこなかった。スバルは布団を更に抱き込み、頭からつま先まで、綺麗に包むだけだ。

 ツカサに裏切られた二日後の月曜日、スバルは学校を休んだ。母は意外にも受け入れてくれた。土曜日の夜遅くに、息子は帰ってきた。酷く沈んだ顔をしてだ。

 あの時のスバルは、数ヶ月もの間、憔悴していたのかと思わせるほど気落ちした表情をしていた。あかねに元気をくれていた茶色い瞳は闇一色に染まり、金曜日の宴会が嘘だったように何も食べず、泥だらけの身体を洗い流すことすらせずに就寝した。翌日の日曜日には部屋から一歩も出てこなかった。

 あかねも無理をさせたくなかったのだろう。この一週間、息子を休ませることにしてくれた。そんな母に感謝はしているものの、期待には応えたくなかった。

 もう、学校になんて行きたくない。

 そんなスバルの気持ちを察しているのだろう。ウォーロックも下手な言葉や安い言葉をかけようとはしなかった。相手を励ますために優しい言葉をかけるなど、ウォーロックにはできないし、しようとも思わない。

 

「……おふくろ、泣きそうな顔していたぜ」

 

 それでも、それだけは言っておいた。

 落ち込む相手にウォーロックが告げる言葉があるとするなら、それは真実だ。FM星を裏切り、一人で復讐の道に走ったウォーロックらしい行動だろう。

 何の反応も無く、物のように動かないスバル。彼にかまうことを止め、窓から外を見てみた。ガラス一枚向こうの景色は、まるで別世界のように感じられた。

 

 

 最寄のバス停に向かおうとすると、必然的に登校する子供達の群れの中に紛れることになる。バス停がコダマ小学校の側にあるからだ。そこに向かおうとすると、川に架けられた橋を渡る必要性がある。

 あかねが立ち止まったのは、その橋のちょうど真ん中辺りだった。振り返って見ているのは、自分の家の二階の窓だった。ウォーロックが実体化していたら、今頃悲鳴を上げていたことだろう。幸いにも、今のウォーロックは人には見えない周波数になっている。

 あかねは窓ガラスだけを見ている。その向こうで、未だに布団に包まっているのだろう息子を思い浮かべながら。

 

「やっと、学校に行ってくれるようになったと、思っていたのに……」

 

 まるで、二ヶ月前だ。スバルが登校拒否していた四月と同じだ。

 やっと動き出したと思った時計の針が、元に戻ってしまったかのよう。

 それでも、世界は無情に時を刻み、その姿を変えていく。陽射しは明らかに強くなってきており、夏の訪れを人々に予感させていた。

 もう一つ、変わっていることがある。それは街の雰囲気だ。あかねの側を数えきれぬほどの子供達が通り過ぎていく。彼らの笑みは、あの事件以降、幾分か静かになったように思えた。

 今までの付き合いが崩れたため、人間関係が変わってきたのだろう。付き合いの浅かった子を選び、新たなグループを形成している様子だった。以前のような活気が戻るのはもう少し先の話となりそうだ。

 

「上手くいっていると、思っていたのにね……」

 

 青い空の下で、友達と無邪気に笑って学校に行ってくれる。

 

 あかねが望んでいた光景だ。見ていた夢だ。そんな夢がまた手の届かぬところに行ってしまった。

 ただ絶望を突きつけられるよりも、手に入りそうな希望を前にして、絶望に落とされる。そのほうが、人は深く傷つく。

 三年間、女の身一つで息子を育ててきたあかねにとって、あまりにも重い現実だった。

 

「駄目よ! ……大吾さんと、約束したじゃない……」

 

 今も宇宙まで出張に行っている夫のことを思い出し、感情を包み隠す。

 彼が居ない間、スバルの親は自分だけだ。親が挫けたら、子供は何にも縋れない。だから、あかねは目元を拭い、歩き出した。

 耐え切れずに滲み出てしまった悲しみが僅かに頬に線を描いた。

 

 

 小学校の終わりのチャイムが鳴り終わると同時に、校門から生徒達が次々と出ていく。コダマ小学校と違って、彼らの表情は明るい。+-電波も、遠方であるこの地まで届いていなかったからだろう。皆ブラザーや親しい友人とくだらない話をしながら帰路につく。

 友人といえる相手が居ないミソラは、一人で駆け足気味にベイサイド小学校の校門を潜った。適当な小道で電波変換し、ウェーブロードへと飛び上がる。元大人気アイドルゆえに孤立している彼女は、友達と一緒に帰るということが無い。よって、最短距離で、最も時間のかからないこの帰宅方法を使うのが当たり前になっていた。

 

「ねえ、ハープ。寄り道したいんだけど、いいかな?」

 

 だが、今日はすぐに家に帰ろうとはしない。提案するより早く、ハープはミソラの考えを言い当てた。

 

「ポロロン、スバル君のところね」

「うん、ずっと連絡が取れないから……様子を見に行きたいの」

 

 日曜日に、コダマタウンのバス停で別れて以来、スバルとは一度もコンタクトを取っていない。電話をしても常に留守電だし、メールの返信も無い。

 

「何かあったのか、訊きたいの……」

「良いわよ。私もあのガサツ星人に言いたいことがあるからね。全く、ミソラが心配してるんだから、代わりにメールで返信ぐらいよこしなさいよ!」

 

 ハープも彼女なりに心配してくれているらしい。彼女の人のよさに感謝しながら、ミソラはコダマタウンへと足を向けた。

 

 

「失礼します」

 

 職員室のドアを開け、中を見渡す。こんなに教員達がごった返していても、やっぱりあのモジャモジャ頭と肩幅の広い身体は目立つ。

 担任教師がトランサーを閉じたところで、近づいて声をかけた。

 

「先生」

「お、委員長か? 双葉と星河のことか?」

「はい……」

 

 流石は生徒を第一に考えている、教師の鏡である育田だ。ルナの心配そうな顔を見て気持ちを察してくれた。

 

「双葉の孤児院と、星河のお母さんに電話をしてみたんだ。双葉なんだが……毎日施設から外に出ては、どこかをほっつき歩いているらしい。星河は逆に、家から一歩も外に出ていない。後……『もう学校には行かない』と言っていたらしい」

「……そうですか……」

 

 自分の予想はやはり当たっているかもしれないとルナは感じた。スバルとツカサはそろって、月曜日から学校に来なくなった。おそらく、喧嘩でもしたのだろう。だが、一週間も学校を休むとは、相当なものである。

 一体、どれほどの喧嘩をしたのかと、不安が胸を締め付ける。

 

「先生はこれから孤児院に行って、詳しい話を聞いて来るつもりだ。星河のお母さんは夕方に帰ってくるらしいから、また今度だな」

「……分かりました。それでは失礼します」

「ああ、また来週な」 

 

 これから出発の準備をしなくてはならないはずだ。育田が忙しくなると考え、ルナは職員室を後にした。

 廊下を歩きながら考えを巡らせる。ツカサのことも気になるが、そちらは育田先生が何とかしてくれるだろう。

 問題はスバルだ。彼には誰かの支えが居るはず。そう考え、教室へと戻る。

 掃除当番のキザマロが箒を掃き、宿題を忘れてきたゴン太が窓の外を眺めていた。宿題に取り掛かる気は無いらしい。

 二人とも、空間には自分しか居ないという態度を取っていた。教室に入ってきたルナにも目もくれない。

 日曜日に喧嘩してしまって以来、三人は口をきいていない。仲の良かった二人に羽衣着せぬ物言いをされて、ルナも滅入っていた。だが、それもそろそろ終わりにしたい。

 ゴン太の机の上にバンと音を立てて手が置かれる。反射的に振り返ったゴン太の背に、悪寒が走った。おそらく、これも条件反射によるものだ。記憶が恐怖を呼び起こしたのだ。

 

「ゴン太、宿題を教えてあげるわ。さっさと片付けるわよ」

「え? ええ!?」

「いいから早くなさい!」

「ひ、ひいい!」

 

 電光石火の勢いでペンを取り上げ、ようやく宿題と向き合った。カリカリと音が鳴る。

 一週間ぶりの般若ルナの降臨を体温で感じたキザマロは硬直していた。箒を持った手が震えだし、零れ落としてしまう。

 

「キザマロ、早く掃除を終わらせなさい! ゴン太の宿題が終わるまでによ! 私が教えてあげるんだから、すぐに終わっちゃうわよ!」

「は、はいいい!!」

 

 決して怠けていたわけではないが、キザマロの小さい体が高速に動き始める。通常の三倍のスピードだ。

 

「これが終わったら、スバル君の家に行くわよ」

「え?」

「ふえ?」

 

 疲れが見え始めた二人が間抜けな声を上げて動きを止める。ちなみに、ゴン太の頭からはもう湯気が出ている。

 

「当然でしょ? 私達はスバル君の友達なのよ。それに……私はスバル君のブラザーなんだから」

 

 二人の驚愕の声が上がった。

 どうやら、二人はルナがスバルのブラザーであることを知らされていなかったらしい。


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