流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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2013/5/4 改稿


第百十話.壊れた絆

 ジャミンガー達との交戦が始まってから、どれほどの時間が経っただろうか。無限のように湧いてくるジャミンガーと電波ウィルス達を相手に、傷と焦りだけが募っていくウルフ・フォレスト達。

 霞んだ目に差し込んでくる夕日が、酷く眩しい。そう感じたときだった。犠牲を惜しまない、数という暴力で攻めてくるジャミンガー達が、一斉に撤退したのは。

 彼らが退いた理由は、空を飛んでいた+-電波が消失したことが理由だろう。彼らのリーダーであるジェミニが倒された証拠だ。頭を失い、戦意を喪失したジャミンガー達を追撃することもできたが、見逃すことにした。身体に溜まりまくった疲労をとりたいし、気絶しているキャンサー・バブルを置いていくわけにも行かないだろう。

 ジャミンガー達が空の向こうに消えて行ったことを確認したクラウン・サンダーは、目を回して寝転がっている、でっかい頭を軽く蹴飛ばした。蹴られた頭頂部を抑えながら起き上がり、ウェーブロードの上から人間世界を見下ろすキャンサー・バブル。覚めて間もない大きな目が、さらに大きく開かれた。

 

「なんで、皆こんなに暗いチョキ?」

 

 +-電波によって引き起こされていた、ブラザー同士の喧嘩は収まった。怒りと不満をあらわしにしていた住民達も、皆正常な意識に戻っている。だが、彼らの表情は大して変わっていない。変化といえば、表情のパターンに悲しみと苦しみが追加されているぐらいだ。

 

「まあ、当然のことだろうな」

「皆、相手の本心を知っちまったんだ。もう、仲良しブラザーでいましょうって訳にはいかねえだろうよ」

 

 ウルフの言葉に、ウルフ・フォレストが頷く。

 喧嘩をしていたブラザーに背中を向けて帰宅する者や椅子に座って涙を流す者。電波の影響が無くなった今も、喧嘩をしている者達もいる。もっと酷い者は、その場でブラザーを解消しているほどだ。

 そこに、事件前の笑顔なんてどこにも無い。笑い声が絶えないはずのコダマタウンの公園には、負の声が満ちていた。

 

 

 この大都会――ヤシブタウンもコダマタウンと同じだった。都会を賑わせるはずの人々の暮らしの声がどこにも無い。暗くて淀んだ空気が充満している街の片隅で、ミソラはトランサーを一心に見つめている。

 

「出ないわね……」

「ハープ……スバル君、大丈夫だよね?」

「ええ……きっと大丈夫よ。だって、あなたのヒーローなんでしょ?」

「うん……」

 

 そうしているうちに、コール音が止んでしまった。留守番電話に切り替わり、生命を感じさせない機械音声がお決まりの言葉を口にし始めた。

 

「……ハープ……」

「大丈夫よ、大丈夫!」

 

 潤んだ瞳を拭い、もう一度電話をかけてみる。だが、空しく響くコール音がミソラの不安を更に強くさせるだけだった。

 

 

 体が重い。目蓋も、手も足も、全てに鉄鎖を巻きつけられたように重い。これが、死ぬという感覚なのだろうか。目を開けたら、血の色に染められた空が広がり、地獄への門がそびえ建っているのだろうか。

 薄い意識に任せて、恐る恐ると目を開いた。

 そこにいるのは、自分を覗き込んでいる一人の少年。茶色い鶏冠髪に赤い長袖シャツ。緑色のレンズがついたサングラスがよく似合う、星河スバルがそこにいた。

 

「……気がついた?」

「僕は……無事、だったんだ?」

 

 スバルの向こうに広がっている空の色は赤だ。しかし、赤色と言うよりはオレンジ色に近い。夕暮れの空では、太陽が水平線の向こうへと体を半分ほど沈めているところだった。どうやら、地獄ではないらしい。

 

「なんで、僕は生きているの?」

「ジェミニが直前で、君の精神を乗っ取ったみたいだよ。助かりたかったみたいだね。逆効果だったけど」

 

 雷神と称されたジェミニも、心と感情を持った電波生命体だ。焦りから取り乱してしまったり、冷静な判断ができなくなったりすることもある。それ故に誤った行動をしてしまうこともしかりだ。

 電波変換していたジェミニはツカサの精神を乗っ取り、逃げようとしたのだ。しかし、それは最後の一撃を受ける直前の出来事。もたらした結果は、ツカサだけが助かるという皮肉なもの。

 それは、スバルとツカサにとって、幸運だったのか……それとも、不幸だったのか。

 

「最後の最後で、今度は僕が裏切られたんだね……フフ……ハ、ハハハハ……」

 

 自分がスバルにした業が、そのまま自分に降りかかった事実。何もおかしくなんて無い。ただ、笑うことで、この胸に湧く黒い感情をごまかしたかったのかもしれない。

 腕で目を隠し、力なく笑っているツカサ。隣で座り込んでいるスバルの表情はずっと変わらない。灰が混じる風に任せて前髪を揺らし、夕暮れの太陽に照らされた悲しい目で、ただツカサを見下ろすだけだ。

 

「なんで……?」

 

 ツカサの笑い声が止まる。腕はそのままに、口は真一文字に結んで押し黙る。まるで、スバルの次の言葉を待っているかのように。

 

「君となら、友達になれるって……ブラザーになれるって、思っていたのに……」

 

 ツカサは自分を裏切った。分かっている。自分とブラザーになることよりも、両親への復讐を選んだのだ。ツカサにとって、自分はその程度の価値しかないということだ。

 それでも、答えて欲しかった。自分はツカサにとって必要であったと、裏切ったことを後悔していると言って欲しかった。

 例えそう言ってくれたとしても、後戻りなんてできない。それでも、スバルはツカサに答えを求める。彼の中に、自分の居場所を求める。

 今にも涙を流しそうな、段々と震えていくスバルの声。指が折りたたまれ、拳が小刻みに震えていく。

 ツカサは腕の隙間からそれをうかがっていた。

 琥珀色の大きな瞳が腕越しに空を見上げた。

 

「僕……」

 

 「僕も」と言いかけて、言葉を閉じた。自分には、そんなことを言う権利なんて無い。そんな気がした。

 言葉に反応したスバルと目が合いそうになる。それが辛くて、本心を覗き込まれそうな気がして……腕を強く目に押し付けて、自分の視界を塞いだ。

 

「僕は……そうは思わない。結局、僕達はこうなる運命だったんだよ」

 

 それはスバルに向けた言葉。だが、まるで自分に論じているようにも思えた。きっと、気のせいだろう。胸に刺さる言葉の棘を無視して、歯を食いしばる。

 

「安心してよ。もう、君の前には現れないから」

 

 焼け焦げた草花を踏みにじるように立ち上がる。あの大好きだった花畑は、今は見る影もなくなっていた。焦土と化した大地の匂いが鼻をつき、灰と焼け焦げた花びらが空に舞う。僅かに残った花達も黒ずみ、茎が折れ、無残に地面で横たわっている。

 戦いの余波で引き千切られたのだろう。転がっていた赤い花が風に持ち上げられ、空へと寂しく舞い上がる。真っ赤な花弁の一部は焼けただれ、黒くなってしまっている。目の前を通り過ぎるその花に一瞥することも、その場から一歩も動こうとしないスバルに振り返ることもなかった。

 

「大好きな憩いの場所を壊してまで、君は復讐がしたかったの?」

 

 後数歩で階段に差し掛かる。この場から逃れられる位置で、ツカサの足が止まる。スバルもツカサを見ようとしない。先ほどの場所で膝を突き、地面に視線を落としている。

 スバルに本当の気持ちを言うならば今だ。

 

 ブラザーになりたかった気持ちは本当だった。

 

 そんな言葉は、彼を傷つけるだけだ。

 数秒の沈黙の後、自分の気持ちを飲み込んだ。ヒカルに唆されたことなんて、言い訳にならない。

 これは自分自身が犯した罪だ。

 

「そうだよ。そうしなければ、僕は前に踏み出せなかった」

 

 スバルの息を呑む声が、風に混じって聞こえた。だが、ツカサは振り返らない。見るのが嫌だった。怒っているのか、悲しんでいるのか、それすら確かめたくなかった。

 だが、これで良い。もう、お互いの評価や好意を気にする必要なんて無いのだから。

 このまま嫌いになってくれたら良い。彼に愛してもらう資格など、自分には無いのだから。

 潰れてしまいそうな自分の心はこのまま永遠に隠してしまえば良い。そうすれば、彼がこれ以上傷つくことは無いのだから。

 

「絆は大切……? 絆は人を救ってくれる? そんなの嘘だよ。人は自分が一番大切で、可愛くてしょうがないんだ。そのためなら、簡単に好きな人を裏切る。僕が君を裏切ったようにね。結局、絆なんてこんなものなんだよ」

 

 言い切ってしまった後でも、後悔に溺れてしまいそうな自分。歯を食いしばり、足掻く様に前に踏み出した。

 結局、ツカサがスバルの顔を見ることはなかった。

 階段を降りる音が聞こえなくなり、風の小波の音だけの世界になっても、スバルはそこから一歩も動こうとはしなかった。

 ずっと見守っていたウォーロックも、何も言わない。アンドロメダの鍵を握り締め、スバルの細くて折れてしまいそうな背中を、見ていることしかできなかった。

 空から一厘の花が落ちてくる。先ほど風に乗っていた、少し焼け焦げた花だ。陽光を浴びて煌いたそれは、吸い込まれるように海の一点へと落ちる。

 波に静かに飲まれた赤い花は暗い海へと沈んでいった。

 

 

 

六章.舞い散る(完)


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