流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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2013/6/8 改稿


第百九話.舞い散る

 一輪の花びらが舞う。周りを飛び散る赤や青の花に雑草たち。それらを振り払う風圧と共に、緑と黄の光が弧を描く。片方はロックマンのタイボクザン。相打つのはジェミニ・スパークWのエレキソード。二振りの剣はそれぞれの使い手の思いを乗せ、ぶつかり合う。その数の分だけ、炎の花が寂しく咲き乱れ、散っていく。

 互いにあるのは苦しみ。そして、自分を保つためにすがる薄っぺらい信念。

 一つ、また一つと、火花が生まれては夕日に溶けるように散っていく。その中に垣間見えるのは、あの頃の平和な日々。

 

 

 

――スバル君、大丈夫?――

――う、うん――

 

 三年間拒み続けてきた校門を、仕方なく跨いだあの日、自分に差し出してくれた白い右手。自分と同じ男のなのに、暖かい手の温もりに不思議と手を伸ばしてしまった。

 

 

 

 ツカサの右手がスバルの左手を払う。タイボクザンの鋭利な先端が見当違いの方角を向いている今を見逃さず、払われる雷の剣。

 

 

 

――僕らは気の合う友達になれるかもしれない――

――友……達……?――

 

 かけてくれた優しい言葉。自分を学校に(いざな)うのに、少なくない要因となってくれた、嬉しかったあの言葉。

 その言葉があったから、ずっとツカサを意識し続けてきたのだろうか。

 

 

 

「終わりだよ!」

 

 あの時と同じ声だ。その声で宣告する言葉は、およそ友達へ向けるものとは遠くかけ離れたもの。

 スバルを引き寄せてやまなかったツカサは、夢か……もしくは幻覚だったのか。

 エレキソードが空へと打ち上げられる。スバルの足が、蹴り飛ばしたのだ。

 

 

 

――隣同士だね? よろしくね?――

――うん、よろしく――

 

 よくよく思い出してみれば、正式に復学して、最初に話した相手はツカサだった。自分を心から迎え入れてくれた笑みを今でも覚えている。

 

 友達になれるかもしれない

 

 ツカサの言葉に、心のどこかで頷いていたのかもしれない。

 

 

 

 打ち上げられた腕に走る痛みは痺れとなり、肘にまで達する。何度もスバルに安らかな笑みを送ってくれた彼の顔は、苦汁で満たされ、歪められる。

 

 

 

――スバル君も、皆との距離感は少しずつ掴んで行ったらいい。だからさ……――

――行こうか?――

 

 せっかくドッチボールに誘ってもらったのに、恐くて屋上に逃げ込んでしまった。皆と離れて、戸惑うことしかできないスバル。そんな彼を励まし、癒してくれたのもツカサだった。スバルを友達の輪へと誘ってくれたのは彼だった。

 あの日以降、誘われるがままに参加したドッチボール。何回か参加しているうちに、気づけば皆との距離を縮めていた。

 あそこにツカサがいてくれたから、スバルもクラスの輪に入れたのだ。皆の近くに立つことができたのだ。

 不安しかなかった復学初日。楽しいとは言い切れなかったが、どこかに感じていた充足感。あの時、胸にあったのはツカサだったのだろうと、今更に気づく。

 それら全ては、一月前の出来事。

 今では遠い昔に思える、ほんの一月前の出来事。

 

 

 

 一瞬の隙を見逃さず、距離を更に詰めて体をツカサにぶち当てた。突き飛ばされ、草花を押しつぶすように背中から大の字に横たわる。

 間隙を置かずに突き出される追撃の剣。

 

 

 

――な……なんで? なんで育田先生があんな風になったの? ねえ、スバル君!?――

――ツカサ君、黙って付いて来て!――

 

 突如学校に現れたFM星人。追いかけられ、二人で必死に学校内を逃げ回ったことを、昨日のように覚えている。

 全てを終えて戻ってきたとき、彼の無事な姿を見て、心の底から安堵したものだ。

 取り戻した日常。ツカサと学校生活が送れるという毎日。

 当たり前になっていたから気づかなかった。もし、彼が無事でなかったら、いなくなっていたら、もう自分は学校に行けなかったかもしれない。

 

 

 

 友の胸へ目掛けて放たれた剣先は、風の中を泳いでいた花を切り裂き、地面を穿つ。転げるように身を捻っていたツカサの拳がスバルの鼻面を捕らえた。

 

 

 

――ツカサ君が僕を選んでくれた。だから、ツカサ君の分まで頑張ろうって思えるんだ。僕、頑張るよ?――

 

 目立つのは苦手だ。劇の主役なんて絶対にやりたくなかった。なのに、本番前日に代行に抜擢されてしまい、涙が出そうになった。それでも、ツカサの代役だったから、ツカサの無念を背負っていたから、スバルは頑張ろうと決意することができた。舞台の上に立つ勇気を出せたのだ。

 

 ツカサがいてくれたから。

 

 ツカサとの繋がりがあったから。

 

 

 

 赤い液体を拭う間も、ツカサから目を離さない。起き上がった彼はスバルが奪い返すべき鍵を握り直し、掬い上げるように剣を振り上げる。

 

 

 

――ごめん、教科書……――

――忘れちゃった?――

――うん。良いかな?――

――もちろん――

 

 

 かわした剣が戻ってくる前に、タイボクザンを頭上に振り上げて受け止める。摩擦から生まれる音が、どこか遠くで響いているように聞こえた。

 

 

 

――ツカサ君、ごめん。頼んで良い?――

――良いよ。気にしないで――

 

 どうしても好きになれない人参を食べてもらったこともあった。グリンピースも嫌いだと偏食家な自分を告白して、恥ずかしい気持ちになったこともある。あのときのツカサも笑ってくれていた気がする。

 

 

 

 そんな笑顔など、嘘だったと思わせるツカサの顔が目の前にある。互いの悲しみに染まった目が交差する一瞬。互いに距離を置き、一呼吸つく。

 彼との思い出はこんなものではない。もっともっと、たくさんの時間を共有し、笑いあったはずだ。些細で、数秒もしたら忘れてしまいそうな日常。それでも、ツカサと話をしているだけで、毎日が楽しかった。

 

 

 

――その代わり、今度僕にだけ紹介してくれるかな?――

――……ツカサ君にだけ?――

――うん。二人だけの秘密。ダメかな?――

――……二人だけ……――

 

 

 そう言えば、数日前にそんな約束をしてしまった。嘘をついたと、ちゃんと謝ろうと思っていたのに、そんな期も逃してしまった。

 

 

――僕はね、父さんを探しに行きたいんだ――

――……え? 父さん?――

――聞いてくれるかな? 僕の話を……――

 

 

 なんであんな話をしたんだろう? 今更の疑問が浮かぶ。

 火花が散っているというのに、一瞬先に、白い死神となった友の剣が待ち受けているというのに。

 

 

――スバル君、僕の……僕の話も……いや、ごめん、やっぱり……――

――君が、自分のことを話してくれるなら……僕は聞きたいな――

 

 

 スバルの剣がツカサの肩をかすめた。かすかな手ごたえ。だが、彼の表情に笑みは無い。同時に、ツカサの剣がスバル頬を削っている。それでも、スバルの顔には苦痛も焦りも無い。悲しみ以外の感情を拒絶したように、目が細められているだけだ。

 

 

――父さんの受け売りだけれどさ。『争いは、相手を知らないからこそ生まれる。逆に、相手を知ったとき、きっとその人とは友達になれるはずだ』。僕はツカサ君と争いたくなんてないし……もっとツカサ君を知りたいよ――

 

 

 やっと分かった。至極単純なことだった。

 

 スバルはツカサが好きだった。

 

 理由や理屈なんて必要ない。ただ、それだけのことだったのだ。

 空しさで満ちる瞳の先にいるのは、ブラザーになりたかった親友のなれの姿。足元で折れ、鮮やかだった花びらに土を被った花達。ツカサはそれを見つめていた。

 

 

――……ここに来るとね、洗われるんだ。心が。僕の醜い憎しみを全て和らげてくれるみたいでね……――

 

 

 もう、あの花畑も無い。自分達が散々踏み荒らしたのだから。そこら中に散らばる四散した花達が、風に乗る。

 

 

――誰構わず、仲良く咲いているこの子たちが好きなんだ。僕なんかも、受け入れてくれそうで……――

 

 

 大好きだった彼らが死にいく様に、今更謝ろうとか、かわいそうなどといった感情は向けることができなかった。

 

「憎いんだよ、僕は……」

 

 眩しい夕焼けの中で、二人は再度、互いに駆け寄る。手に持った剣を振りかざして。

 

――全てがこの花畑見たいに、綺麗な世界になれば良い。全てを受け入れてくれるような、優しい世界になれば良い。けど、現実はそうじゃない。暗くて汚い物がたくさんある。それをなくすこともできない。だから、そこに美しいと思えるものを見つける。僕は、それが好きなんだ……君も好きになって欲しいな。この場所を――

 

 

「僕は憎いんだ! 僕をこんな風にした両親が! そして、こんなことが起きるこの汚い世界が嫌いなんだよ!! それでも、そんな事を考えちゃいけないって、この世界にある美しい物を見つけようとした! 好きになろうとした!! けれど、結局は変わらない! 変われなかった!! この世界に、両親に復讐しなければ……僕は! 僕は自分が保てないんだよ!!」

「僕は好きだよ。この世界が! この世界の美しい部分、僕は見つけられた! ツカサ君! 君と言う友人を見つけられた!!」

 

 弾け飛ぶ剣音。均衡する二本の剣。数秒の鍔迫り合いの後に、二人は大きく距離をとる。その表情に浮かぶのは、互いに別のもの。

 ツカサが面に剥き出しにするのは憎しみと怒り、そして苦しみ。歯を噛み潰すその様は、まるで自分の胸の内を覆い隠す様。

 引き裂かれるような悲しみと、踏み潰されそうな苦しみを飲み込み、固く唇を結んだ。決意に満ちたスバルの目がバイザーの下で開かれる。

 

「だから、僕は……君を止めるよ……」

 

 

――僕と……ブラザーになってくれないかな?――

 

――ブラザーは楽しいことも、辛いことも分かち合える。一緒に背負って上げられるんだ。きっと、君の憎しみも僕が一緒に背負って上げられると思うんだ――

 

 

 あの言葉と思いに、嘘偽りなんて無い。だから、思いのままに叫んだ。

 

「君の……ブラザーとして!!」

 

 今こそ、彼のブラザーとして、彼と向き合うときだ。

 覚悟を固めた。突き進むと。その先にある結果が、どれだけ残酷なものであろうとも。

 ツカサの赤い瞳に緑が差し込む。視力を一時的に奪われたツカサは距離を置き、光に手をかざして様子を伺う。

 そこにいたのは緑色のロックマン。スターブレイクをした証だ。

 

「スターフォースビックバン!」

 

 両手を横に突き出し、足を軸に回転を始めるロックマン・グリーンドラゴン。自然の力を最大限に凝縮した彼の奥義だ。召還した葉だけでなく、大地と空に散っていた花達を吸い込み、その密度を、威力を増していく。巻き上げた草花がバイザーを叩く。その下にある瞳に込められた決意は揺るがず、光を失わない。

 奥義に対抗できるのは奥義。ツカサも左手に雷を溜め、ジェミニサンダーの準備をする。

 これが最後だと、彼は悟っていた。

 

「ツカサ、逃げろ!」

 

 それを止めるのはジェミニだ。彼の目の前にあるのは壁だ。散りばめられた花々が、ところどころを彩る緑の壁だ。散った花々を吸い込んだ竜巻は、その身の密度を増し、中の様子が一切伺えない。立ち上る風の音は嵐を連想させる。

 

「俺はてめえと心中するつもりはねえ! 逃げろ!」

 

 ジェミニの必死の訴えは、ツカサには届かない。

 ツカサなりのけじめだったのかもしれない。スバルと戦い、倒すという一連の流れを持って、ツカサは初めてスバルを切り離せる気がした。

 だから、胸にある僅かな矛盾した感情を押し殺し、持てる全ての力を左手に集中させた。雷の光がその輝きを一層増す。手に満たした雷は膨らむように大きくなり、太陽のごとく光輝く。

 互いの力が頂点に達したとき、その時は訪れた。

 

「エレメンタルサイクロン!」

 

 スバルの決心を受け継いだ竜巻が進みだす。足元にある草花達を踏み潰し、巻き上げ、食らうように我が身に混ぜていく。

 近づいてくる巨壁。突き崩そうと、ツカサも力の限りに左手を突き出した。

 

「ジェミニサンダー!」

 

 黄色い太陽は一本の光と化して空を駆ける。草花を塵と変え、地を焼き、ツカサの怒号のごとく道すがらに全てを無情に焼き尽くす。

 ぶつかり合い、削り合う深緑の竜巻と雷の槍。轟音と雷鳴の蛮声は、まるで二人の悲鳴のように鳴り響き、耳を裂く。押し出された大気に髪が煽られ、熱が身を焼き、振動が足に伝わってくる。それでも、踏みとどまろうと二人は足を大地に食い込ませる。

 もとは可憐な花だったであろう灰がバイザーに墨をつけ、身を崩して消えていく。それに一瞥もくれず、ただ前を見据えるスバル。

 弾き出され、花びら達に混じる剥がれたエネルギーの破片達。自分の色で世界を一瞬間だけ照らし、オレンジ色の空へと溶けていく。全てを優しく包み込む夕方の空と、光り輝く海。その上で舞い踊る花々と消えいく火花達。

 それは、何もかもが嘘だと思わせるほどに美しく、神々しいとさえ思えた。 

 高密度のエネルギーがぶつかり合い、干渉し合えば、訪れるのは爆発。霧散するエネルギーの爆風から身を守ろうと硬直するツカサ。白一色で染められる彼の視界の奥に映る緑色の影。それは紛れも無くロックマン。

 彼の手に掲げられるは、先端に向けて細く尖っていく円錐状の剣。その周りを紫の螺旋が囲んでいる、禍々しい剣。

 二人の友の証。

 

 

――それにね……君がもし憎しみに囚われて、間違いそうになったら……僕が止めてあげるよ? 僕、腕っ節には自信があるんだ!――

 

 

 閉じた目を見開く。

 一粒の涙が散った。

 

「ブレイクサーベル!」

 

 舞い散る花びらの中、光が一筋の線を描いた。

 

 

 

 舞い散る。

 

 舞い散る。

 

 花びらが舞い散っていく。


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