流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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2013/5/4 改稿


第百七話.折れた絆

 空を覆う大量の+-電波。それは風に流される雲のように、一方向から流れてきている。

 辿って行く。彼らの流れに逆らうように、辿って行く。そこに元があるはず。この忌々しい電波たちを放っている者がいるはず。

 ジェミニ・スパークが……スバルの友のがいるはず。

 発信源となっている、さび付き、折れ曲がった電波送信アンテナの前に立つロックマン。親友は目の前なのに、電脳内に飛び込んだらすぐに敵と戦えるのに、混沌に突き落とされた世界を救えるのに、彼は佇んだまま動こうとしない。

 

「スバル……」

「大丈夫だよ。ツカサ君を助けるだけだから」

 

 言いたい事を最後まで言わせず遮り、目も合わせようとしない。ただ、古びた鉄くずを見つめるだけだ。

 

「……そうか」

「全力で戦うんだ……ツカサ君を助けるんだ……」

 

 腕や足に残っている痛み。身体を休めたはずなのに、痛みは体の内側から耐えることなくにじみ出てくる。ジェミニサンダーの威力を痛感するには十分すぎる。

 二の腕を強く握り締め、痛みを痛みで紛らわした。

 

「行くよ!」

「……ああ」

 

 言葉を伝えることすら叶わず、静まり返るウォーロック。気づいた可能性について、それ以上口にすることを止める。

 今は何を言っても無駄だ。スバルはウォーロックの言葉に耳を傾けない。自分が知っているツカサだけを見ている。今のツカサがそれと異なっていた場合、スバルの心はどうなってしまうのだろうか。

 不安の二文字が全身を満たしてくる。だが、スバルの意思に従って動くしかない。彼と共に、電脳内へと足を踏み入れた。

 ゴミだ。電脳内を一目見た感想がそれだった。紙、プラスチック、鉄骨、人形、ダンボール、さまざまな種類のゴミのデータが乱雑に散らばっている。視界全てを埋め尽くすその光景は、分別する気なんて微塵も起きそうにない。

 元はアンテナのシステムだったことを考慮すると、かつては情報やデンパ君たちの行き来がしやすいように整備されていたのだろう。今は見る影も無く、ゴミが我が物顔で寝そべっている。このアンテナが、永い間このゴミ捨て場に放置された影響なのだろう。

 ジェミニ・スパークはそこにいた。佇む白い影の隣では、黒い影が座り込んでいる。

 

「来たか……ぐっ」

「ヒカル……」

 

 ジェミニ・スパークBは胸を押さえている。ロックマンから受けた一太刀が未だに疼いている様子だった。荒い呼吸を繰り返すヒカルを横目で確認しながら、ジェミニ・スパークWは平然を装って、こちらに歩いてくるロックマンを伺う。

 ヒカルの負傷は、ジェミニを含めて、三人が思っていた以上に大きい。今の状態で勝てるのだろうか。誘い出しはしたものの、決してこちらに有利があるわけではない。

 

「大丈夫だ、さっき言ったはずだ。戦う必要は無い」

「うん、上手く行くかな?」

「駄目だったら、俺達の負けだ」

 

 ジェミニ・スパークBが立ち上がり、余裕の笑みを顔に貼り付ける。その下に、真逆の感情があることを包み隠す。

 ヒカルの容態が気になる。しかし、自分が不穏な表情をしていたら、スバルに感づかれるかもしれない。ヒカルの作戦内容を脳内で反復し、スバルに集中する。

 距離を測る。ジェミニ・スパークがエレキソードを掲げて飛び掛ってきても、ロケットナックルを放ってきても、十分に対応できる距離。加えて、相手に声を届けるのに、さほど労力を必要としない距離。それを目算し、足を止める。

 赤いバイザーに映る白と黒のジェミニ・スパークに目を細め、一呼吸置いた。意を決する。

 

「ヒカル、+-電波を止めるんだ。そして、ツカサ君を返して」

 

 思ったとおりだ。笑みに混ぜていた嘘の余裕。そこに、本当の余裕が混ざってきた。ツカサとアイコンタクトを交わす。彼も、ヒカルの残酷な作戦に頷いた。

 自分達が勝つにはこれが最も賢くて確実な方法だ。だから、痛む胸を押せえ、無かったことにする。

 

「それはできねえ相談だな」

 

 胸の傷から駆け巡る痛みが喉を締め付ける。荒くなりそうな呼吸を整え、できる限り怒りを煽る声を出す。持ち上げるのだ。今は奴を持ち上げておく。そこから落とされたときのほうが、絶望は大きくなる。

 

「だったら、力ずくで行くよ! スターブレイク!!」

 

 最初からこうなると分かっていた。切り札を開放する。

 全身が緑色に発光し、ロックマンを包み隠す。瞬く間も無い時間の後に、緑のベールが取り除かれる。AM三賢者の一人、濃緑の力を携えた雄々しきドラゴン。彼の力を授かった、ロックマン・グリーンドラゴンが大地を踏みしめる。

 小さい身体から溢れ出す戦闘周波数は、ジェミニの魂を恐怖で揺さぶるには充分だった。この星に来て初めてだ。死の恐怖を目の当たりにしたのは。FM星以外の場所で、母星から遠く離れたこの平和ボケしたちっぽけな星で、この感情を抱くとは思いもしなかった。

 ジェミニの身体に僅かに見えた緊張。それに気づいたヒカルも生唾を飲み込む。以前、、放送室の電脳内で戦った時とは比べ物にならない。あのとき以上に、ロックマンは力を使いこなしている。こちらが万全の状態だったならば、まだ互角の勝負ができただろう。だが、今の自分の身体を考えると、勝利の二文字が遠くに感じる。

 戦いなれていないツカサも、ロックマンとの実力差を感じたらしい。もう一度互いに頷き合う。

 

「あいつの力の源……あいつが立っている理由……分かっているな?」

「うん、大丈夫だよ。ヒカル」

 

 今手を伸ばしても、二人の勝利は決して届かないところにある。ならば、こちらに手繰り寄せるしかない。唯一残された勝利への作戦を実行するしかない。

 ヒカルはじっとりとした汗を流し、飛びかかろうと前かがみになっているロックマンに言葉を投げかけた。

 作戦開始だ。

 

「ツカサは、お前の元には戻らねえぜ」

 

 駆け出そうとしていたロックマンの足が止まる。巨大な手に身体を押さえつけられたように、体が前に進めない。

 

「……どういうこと?」

 

 冷静に尋ねようとするスバル。頬を汗が伝っていく。

 一番冷静なのはウォーロックだ。喉の奥から冷たくなる感覚。最悪の想定が現実になる予感。

 

「ツカサを返せ? それは勘違いだぜ」

「何が違うんだ!?」

 

 脳裏に鮮明に思い出される、ウォーロックに言われた言葉。それを振り払い、拒絶する。決め付けてしまおうと、自分以外の声を掻き消してしまおうと叫ぶ。

 

「ジェミニがツカサ君を乗っ取っているんだろう!? だから返して……」

「違うよ、スバル君」

 

 それでも聞き逃せない声。ヒカルと同じ声。ヒカルと質の違う声。そして、この声で呼んでくれる「スバル君」という言葉の響き。

 理屈ではない。スバルの脳裏に綺麗に録音されている、心地の良い声。聞くだけで楽しくなれた、彼の声だ。

 

「僕は僕の意思で、ジェミニと電波変換しているんだ」

 

 その声が届けるのは愉快ではなく不快。スバルの喉に蓋をするように、彼の言葉を封じ込めた。

 手が震えだす。搾り出した声には、先ほどまでの怒りは無く、彼の精神の揺らぎをあらわにするように震えていた。

 

「う、嘘……だよね? そうだ、嘘だよ! ジェミニ、ツカサ君を操って……僕を騙す気なんだろ!?」

「信じる信じないは君の勝手さ。でも、僕は本当のことを言っているだけだよ」

 

 ツカサは操られてなんていない。

 

 心のどこかで浮かんだ文章。事実じゃない。嘘だ。目の前の情報からそう見えるだけだ。過去の自分は言っている。あのツカサが自分を裏切るわけが無いと、笑って言ってくれている。

 

「そんなわけ無い……そんなわけ無い……ツカサ君が……そんなこと……ブラザーバンドを結ぼうって、そう言ったじゃないか!」

 

 だから、自分が助けなくてはならない。

 ゴン太がルナとキザマロの言葉から、宇田海が天地の言葉から、育田が子供達の声から、ルナが両親の愛から開放されたように、自分がツカサを助けてあげるのだ。

 操られていはいなかったが、ミソラを説得できたのだ。あれから自分も強くなれたつもりだ。そんな自分が、ツカサを助けることができないわけが無い。

 

「覚えているよねツカサ君? 僕だよ、スバルだよ!」

 

 操られているだけだ。ルナがオヒュカスに取り憑かれていたように、意識が無いお人形にされているだけなのかもしれない。

 ヘルメットと赤いバイザーで目元が見えない上に、今はスターフォースの力で全身が緑だ。いつも赤い服を着ているスバルだと気づいていないのかもしれない。

 自分がスバルであると、手を広げて見せる。害を加える気が無い。有効を示すジェスチャーだ。

 ツカサなら「スバル君?」と呟いてくれるはず。

 でも、当のツカサは何も答えない。言葉一つ返さない。

 

「学校で初めて会ったとき、言ってくれたよね。良い友達になれるかもしれないって。君がそう言ってくれたスバルだよ!」

 

 意識がまだ乗っとられているだけだ。自我を取り戻して、思い出したように目を開いてくれるはず。

 期待の目に映されるのは無反応。ジェミニ・スパークWの口はまっすぐに結ばれたまま、開くことすらしない。

 

「僕が、皆と仲良くなれなくて、困っていたとき、君が声をかけてくれたよね。あのころのツカサ君に戻ってよ!」

 

 スバルの言葉が浴びせられても、指一本すら動かそうとしない。彼の隣で発せられているはずのヒカルの嘲笑が、とても遠くから聞こえてくる気がした。

 

「ゴン太やキザマロと一緒に、ドッチボールしたよね。また一緒にやろうよ」

 

 覗き込むように赤い目の奥を見る。瞳は微動だにせず、スバルを見つめたまま。

 

「なんで答えてくれないのさ? もしかして、怒ってる?」

 

 質問を投げかけても、回答したくなる言葉を投げかけても、帰ってくるのは無言の視線だけだ。

 

「……給食で人参やグリンピースが出たとき、いつも食べてもらってることかな? ごめん、今度からちゃんと食べるから」

 

 変わらない。本当に人形になってしまったかのように、ツカサは動かない。

 

「もしかして、僕、他に君を怒らせることをしたのかな? だったらゴメン。今度から気をつけるから」

 

 何度も何度も心のドアをノックする。いくら叩いても、叩いても、ツカサは視線以外に何も返さない。

 

「だから、そんな奴追い出して……僕とブラザーを結んでよ」

 

 世界が賑やかになった。こらえきれなくなったヒカルの笑い声だ。手を顔に当てている様が、スバルの怒りを更に大きくする。

 

「ハハハハハ、そんなにブラザーが好きなのか、お前は」

「当たり前だ! 僕は、このブラザーのおかげで強くなれたんだ! ブラザーはこの世界で一番強くて、綺麗な絆なんだ!! 僕は、ミソラちゃんと委員長とブラザーを結んで、そう確信したんだ!!!」

 

 高笑いが上がる。さっきよりも大きく、馬鹿にした笑い方だ。

 

「お前には見えねぇのか? この世界の本当の姿がよ」

「……本当の姿?」

 

 ツカサを説得する。今のスバルにはその言葉が浮かばなかった。ただ、ヒカルの言葉に耳を傾けてしまった。

 

「良いこと教えてやるよ。俺達の+-電波は、誰にでも効くわけじゃねえんだ」

 

 スバルとウォーロックがしかめっ面を浮かべる。世界を歪めている+-電波。その種を明かしたところで、ジェミニ・スパークBにはなんのメリットも無いはず。手の内を明かそうとする彼の意思が分からない。

 

「仲の良い奴ら、関わりの深い奴相手によく効くんだ」

 

 この時点で、ウォーロックは理解した。なぜ、ゴン太とキザマロが喧嘩をしていたのか。なぜ、皆二人一組で争っていたのか。

 あの電波の能力は、あまりにも醜く、地球人にとって残酷なものだった。

 

「もう分かったんじゃねえか?」

「何がだよ……」

 

 発した言葉は答えを求める言葉。反して、スバルは気づいている。答えに予想がついている。でも、それは絶対に認めたくない事実。全身に立つ鳥肌。耳を塞ぎたい。だが、神経が切断されたかのように、手が動かない。

 憎い笑みを掲げ、ヒカルは世界の事実をスバルに突きつけた。

 

「喧嘩しいる奴ら、ほとんどがブラザー同士なんだよ」

 

 言葉が頭を貫く。ヒカルが告げたのはこの世で最も愛されている言葉。この世で最も力のある言葉。スバルの父が世に放った言葉。スバルも大好きになった、スバルに力をくれ、変わるきっかけになった言葉。

 この世で、最も仲が良いと称された絆の姿。

 その真理をヒカルは笑って覆した。

 

「ブラザーはこの世で最も大切な絆? 笑わせるんじゃねえよ」

 

 瞳孔を開き、立ち尽くしているロックマン。彼をもう一度あざ笑う。

 

「自分の本音、相手への不満、言いたいことを隠して、表向き仲良く振舞ってるだけなんだよ」

 

 何も言い返せない。けれど、そんな事実はやっぱり受け入れたくなくて、否定の言葉を捜す。

 

「でも……」

 

 そこで言葉は止まる。言葉が見つからなかったことも理由だ。だが、もう一つあった。ツカサだ。彼が前に進み出た。

 スバルの必死の言葉に何の反応もしなかったツカサが、形すら変えなかった口を開く。

 

「所詮……醜いものなんだよ……スバル君」

 

 

 理解していた。けれど、ようやくスバルの心は受け入れた。

 

 親友は、自分を裏切ったのだと。

 

「もう、君とのブラザーもいらない。僕は、君を倒してアンドロメダの鍵を貰うよ」

 

 視界が下がる。ワンクッション置いて、膝を軸にして体が前に倒れる。ウォーロックが顔を突き出したため、顔がゴミに突っ込むことだけは回避できた。

 身体を支えきれず、膝から折れ曲がったのだと、遅れて気づいた。

 なんでツカサ君がこんなことをするのだろう。なんで裏切ったのだろう。なんで僕を倒そうとするのだろう。親への憎しみがそんなに大事なのだろうか。自分が思っていた以上に、彼の憎しみは深かったのだろうか。自分を殺してまで、アンドロメダの鍵が欲しいのだろうか。

 思考をめぐらせている中で、唐突に見つけた。まだ一つ、ツカサを正気に戻す方法がある。

 ツカサはヒカルの言葉に乗せられ、状況を見失っているだけだ。これを聞けば、彼は戻ってきてくれる。また、あの笑みを見せてくれる。

 

「ツカサ君、知ってるかい? FM星人に意識が捕られていない時に相手を倒すと、その相手は死んじゃうんだよ? 僕は、見てのとおり……ロックに意識を捕られて無い。君は……僕を……」

 

 最後まで言葉が出なかった。でも、どうしても聞きたかった。聞いて、ツカサが動揺してくれるのを見て、安心したかった。

 あのツカサが、屋上で手を伸ばしてくれたツカサが、学校で友達になってくれたツカサが、ブラザーになろうといってくれたツカサが、目の前でジェミニと電波変換しているツカサが、自分を殺そうだなんて思っていないと信じたかった。

 だが、現実は無慈悲だった。

 

「知っているよ」

 

 知っているよ……しっているよ……シッテイルヨ

 告げられた言葉が何度も何度も反復していく。回数が増えるに連れ、胸を抉られていく気がした。

 

「両親へ復讐するためなら、僕は君だって利用する」

 

 無慈悲な言葉は、鋭利な刃となってスバルを貫き、平伏せさせる。受け入れられない絶望に四肢が悲鳴のように痙攣する。それでも、この言葉を搾り出せずに入られない。

 

「僕は、君とならブラザーになれるって。そう思って……」

 

 すがるように言うスバル。

 この世の真の姿を知っているツカサとヒカルにとっては何の価値も無い。周りのゴミと同じだ。

 

「結局、人は自分側にしか立てないんだよ。スバル君」

「絆を結ぶ。それは、自分にとって嫌いな人間を除け者にする行為でしかない。俺達の両親の様にな」

 

 ヒカルの言葉で脳裏に浮かぶ光景。それは、千代吉にブラザーを申し込まれたときのこと。

 あの時、自分は何をした?

 千代吉の傷ついた顔が、絆に傷つけられた者の顔が、鮮明に浮かび上がる。

 光が弾け飛んだ。中から出てきたのは、緑から青に姿を戻したロックマン。

 スターフォースは、誰かを守りたいという気持ち。絆を大切に思う心があるから扱えた力。自分が信じてきた絆のもう一つの姿。それを突きつけられ、心の柱を折られたロックマンが、姿を元に戻してしまうのは必然の理。

 ヒカルはここまで計算していなかった。ただ、スバルの行動原理である絆を否定すれば、戦えなくなると踏んでいた。彼の策は予想以上の功を成した。もう、ロックマンは息をする人形でしかない。

 ジェミニ・スパークの、自分達の勝利だ。


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