流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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2013/5/4 改稿


第百六話.崩れ行く世界

 自動販売機で買ったジュースを早速飲みながら、ミソラは公園を見渡した。

 公園を斜めに突っ走る男の達、ボールを蹴飛ばしているグループには女の子の笑顔も見える。ベンチに座って読書をしている青年は、わざわざ立ち上がって足元に転がってきたボールを投げ返してあげた。草むらに入って泥だらけになっている男の子もいれば、砂場で城を作っている子供達もいる。彼らの母親達なのだろう、砂場の側ではおばちゃんたちが談笑に花を咲かせている。

 絵に描いたような理想の公園。それがこの平穏な世界だと、ミソラは絵本を眺めるような思いで見やり、クローヌたちがいる物陰へと再び歩き出した。

 数歩ほど歩いたときだった。違和感を覚えたのは。花のような黄色い声達の中に、どす黒くて冷たい声が混じっていた。

 見ると、二人の男の子が掴み合うところだった。こんな楽しい場所で喧嘩なんてよしてもらいたいところだ。ため息をついたとき、視界の隅のほうでも、喧嘩が起きていることに気づいた。今度は若いカップルだ。互いの悪口を言い合っている。その隣ではボールを奪い合う男の子と女の子。その向こうでは痴話喧嘩をしている中年の夫婦。

 

「……え?」

 

 異変を感じ、公園を見渡して絶句した。平穏が消えていた。

 公園にいた者たちは二人一組になって口論を繰り広げていた。貸し借りの件で口を尖らせる男の子、金銭的な問題にヒステリックになる主婦、互いの嫌いな部分を包み隠さずぶつける若いカップル。全て、コダマタウンとは無縁の光景だった。

 ルナ達は三人で喧嘩をしていた。いつも以上に言葉がきつくなったルナと、そんな彼女にいつも言えなかった不平不満を訴えるゴン太とキザマロ。聞くに堪えないほど汚い言葉を吐き付ける彼らを見れば、この三人が実は仲良しであることなど、誰一人として信じることはできない。

 BIGWAVEの前で取っ組み合いをしているのは南国とやきそばパンが好きなおじいちゃんだ。南国が持っている酒を奪おうとするおじいちゃんと、引き剥がそうとする南国。彼の腕からは、いつもの優しさはほとんど感じられない。

 天地と宇田海は喧嘩こそしていないが、気分を害し、地面にうつぶせに倒れてしまっていた。比較的被害が少ないこの二人は、不幸中の幸いと言えるだろう。中には暴力に発展している者たちまでいるのだから。

 ある一組が遊具に友人を叩きつけ、頬を殴りつけた。それがきっかけだった。張り詰めた風船に針を刺せば、中に閉じ込められていた空気が吐き出されるように、人々の苛立ち、怒りが爆ぜた。

 繰り広げられる乱闘。止まない罵声。見るも醜い人々の姿に、ミソラは両手で口を覆い隠さずにはいられなかった。大人も子供も笑っていたあの公園は本当に絵だったのだろうか。

 

「ミソラ、電波変換よ!」

 

 ハープが叫んだ。誰も見ていないだろうが、一応木陰に隠れてギターに手を伸ばした。

 

「電波変換! 響ミソラ オン・エア!」

 

 ハープの体がピンク色の電波粒子へと変わり、帯となってミソラを包み込む。ハープ・ノートへと電波変換したミソラはウェーブロードに降り立ち、絶句した。コダマタウン上空の異常事態を目の当たりにしたからだ。

 彼女が目にしたのは白い球体。それは人の頭ほどの大きさで、真ん中に「-」と書かれている電気の塊だ。その数は一つ二つではない。空を覆い尽くすその様は渡り鳥の大群を思わせる。圧巻の光景であった。

 「-」だけではなく、「+」と書かれたものもある。そのうちの二つが地上へと降りてゆく。向かう先にいるのは、公園の騒ぎを聞きつけ、様子を見に来た老夫婦。仲が良いのだろう、足腰の弱いおばあちゃんの体を、おじいちゃんが支えてあげてくれている。二つの電気の塊はゆっくりと二人に近づき、それぞれの体に取り付いた。途端に、老夫婦は喧嘩を始めてしまった。

 公園にいる者たちも同じだ。一人の例外もなく、電気の塊に取り憑かれている。公園だけではない。見ている側から、電気の塊はコダマタウンのあちらこちらへと降り注いでいく。

 路上の人々が次々と喧嘩を始め、椅子が窓を突き破り、スーツを乱した男性が奇声を上げる。怒号を上げるコダマタウン。これが本当に、引退ライブのときに涙を流してくれた者達なのだろうか。呆然と町を見下ろすミソラとハープの後ろから声がかけられる。

 

「ハープ・ノートだな?」

 

 胸を冷たくする声色だった。

 いつの間にか、三体ものジャミンガーがそこにいた。先頭にいる、一回り大きいやつがリーダーらしい。左隣にいる奴は体の線が細い。おそらく女性が取り憑かれているのだろう。もう一人は腰が曲がっている。電波ウィルスは老若男女問わず、孤独な人に取り憑くらしい。

 身構えるハープ・ノートに、女性と老人は嬉々の目を向けた。

 

「あらあら、可愛いわね。でも、愛しのロックマンはこないわよ」

「今頃、ジェミニ様が仕留めておる筈じゃ」

 

 嘲笑が湧き上がる。それはハープ・ノートには聞こえない。聞こえていない。

 ロックマンがあの強敵と戦っている。FM星王の片腕であり、雷神の異名を持つあのジェミニと。ギターを持つ手に力が入り、後ずさる。一刻も早く、彼の元に行かなければ。

 だが、相手もハープ・ノートの自由にはさせてくれない。電波ウィルスを召還し、周囲に張り巡らせる。その数、四十はいるだろう。

 うごめく壁を前に、苦笑いするしかない。

 

「これって……」

「一人じゃ辛いわね」

「ならば、これでどうじゃ!?」

 

 ハープ・ノートの後ろから飛んできた雷と円形のカッターが、壁の一角を崩した。ぱぁっと笑みを浮かべるハープ・ノートの前に降り立つのは、三体の髑髏を引き連れたクラウン・サンダーと、戻ってきたカッターを手に戻すキャンサー・バブルだ。

 

「ここはわしらに任せて、早く行くのである!」

 

 これだけの大群。相手にしたら無傷では済まないだろう。この二人をおいていくことなんて出来ない。しかし、ロックマンはもっと危険な目にあっているはずだ。少し迷ったハープ・ノートは、「ありがとうございます!」とだけ言い残し、ウェーブロードを走り出した。

 健気な少女の後姿に微笑んだクラウン・サンダーは、後についていこうとするキャンサー・バブルの頭を掴んだ。

 

「逃げるでない! 馬鹿者が!」

「だ、だって……こんなにたくさん、敵が……」

 

 

 ガクガクと震え、顔の半分近くを占めている大きな目を潤ませるキャンサーに、クローヌはため息を吐いた。先ほどの勇姿はどこに行ったのやら。

 

「ミソラちゃんのためじゃ、踏ん張るのだ!」

「ちょ、チョキ!」

 

 敵側に蹴飛ばされ、キャンサー・バブルも覚悟を決めたようだ。震える五体を押さえ込み、足を踏ん張った。

 

 

 クラウン・サンダーとキャンサー・バブルがジャミンガー達と交戦を始めたころ、尾上は湧きあがる激情を抑えられなくなっていた。

 ご主人様とヒメカお嬢様が喧嘩している声を、業火が消してくれているのがせめてもの救いだ。火に包まれた一本の木が倒れ、側で横たわった。

 

「ヒャッハー! 燃えろ燃えろ! 燃えちまえ!!」

 

 炎属性の電波ウィルス達を率いるジャミンガーが、火の海の中で踊っている。元になった人間はかなりのお調子者らしい。モヒカン頭を振り乱して、気の狂った声を張り上げている。

 

「ジェミニの奴がウォーロックを倒してくれる。その間に、裏切り者を倒して置こうってか?」

「その通~り!」

 

 背中を逸らし、ハイテンションに任せたポーズをとっている様が鬱陶しい。尾上の荒い気性を更に煽る。目に入れるのも汚らわしい。

 顔を背けると、そこには先ほど倒れた木が轟々と燃えていた。揺らぐ火の向こうに見えるのは、ヒメカとの思い出。リクエストを貰った日のこと、リスのポーズを研究しようと写真を共に検索した日々、旦那様にも冷やかされた。

 そんな毎日が詰まった庭。尾上が汗を流して作った庭。目の前で燃えていく。

 

「尾上、抑えなくて良いんだぜ?」

 

 そういえば、リスを作っているときだったな。こいつと会ったのは。

 充実した幸せな毎日。でも、荒々しい気性を理解してくれる者がおらず、孤独を感じていた。そんな尾上の前に、こいつはひょっこりと現れたのだ。

 垣根は無かった。一目見て、少し話をしたら、もう意気投合していた。

 

「別に抑えてなんざいないぜ、ウルフ。ただ……体が動かねえんだ」

 

 だからとても感謝している。こいつと出会えたことに、今こいつとここにいることに。

 

「お? なんだ? 震えてんぞ? 炎が恐いんでちゅか~?」

 

 モヒカン頭のジャミンガーは、調子に乗りすぎていて気づけていない。尾上の震える手が拳に握られていることも、影に隠れた顔がどんな風に歪められているのかも。

 

「ああ、これほど血が疼いた事はねえよ……」

 

 血液が全身を駆け巡り、細胞一つ一つが熱くなっていくのを感じた。血走った目を相手に向け、素早くトランサーを掲げる。ウルフもそこに飛び込んだ。

 

「電波変換! 尾上十郎 オン・エア!」

 

 火の海となった庭園の一角で、緑色の光が秘かに煌いた。一瞬の発光の中で電波変換を終えた尾上とウルフが姿をあらわにする。

 

「お、こっえ~っ! そうら、やっちまいなウィルス共!! 汚物は消毒だ~!!」

 

 前に突き出される右手にあわせて、一斉に火を噴くウィルス達。

 なぎ払った五爪。炎をかき消し、火のついた岩石を六つに叩き切る。一瞬後に立ち上がる爆炎がウルフ・フォレストを包んだ。

 

「……お譲と旦那様が愛した……愛してくださったこの庭を……こうもめちゃくちゃにしやがったんだ……」

 

 このジャミンガーはある意味幸せかもしれない。怒らせてはならない男の、最も大切なものを踏みにじっている。それがなにを意味するのか、理解していない。もし、こいつがもう少し察しの良い人格の持ち主だったならば、恐怖のあまりに呼吸すらままならなかったことだろう。

 

「……ただで済むと思うなよ……」

 

 炎の中で、殺気に満ちた双眼が灯る。それは、彼の身を包む業炎を霞ませるほどに赤かった。

 

 

「どういうことなの?」

 

 ドリームアイランドの光景を呆然と見下ろすロックマン。

 ジェミニ・スパークを探そうと、冷蔵庫の電脳から出てきてみたら、この惨状だ。人々が、人が変わったかのように喧嘩に明け暮れている。公園ではオオゾノお爺ちゃんがゴミをポイ捨てした利用者と大喧嘩の真っ最中だ。

 

「白い電気の塊……ジェミニか!?」

 

 先に気づいたのはウォーロックだった。絨毯のように、空に広がる+と-の電波群。

 白一色になった空に見入っていたロックマンの左手から着信音が鳴る。ウォーロックは一時的に姿をトランサーに戻して画面を開く。映ったのは電波変換したミソラだった。

 

「ミソラちゃん?」

『聞いてスバル君!』

 

 

『コダマタウンにまで!?』

「うん、そうなの。今、ヤシブタウンにいるんだけれど……ここもだよ!」

 

 ロックマンと通信しながら、ウェーブロードを走り抜けるハープ・ノート。下に広がる惨劇は、コダマタウンの比ではなかった。

 車が炎上し、店の窓ガラスが割られている。噴水に突き落とされる人や、階段から転げ落ちる人。屋台は横転し、点在している店からも火が立ち上っている。

 

「待ってて、私も直ぐに行……けないみたい……」

 

 進行方向上に見える影に気づき、ハープ・ノートは眉を吊り上げた。立ちふさがっているのはジャミンガーと電波ウィルスの大群。ジャミンガーは一体だが、ウィルスの数は三十を超えるだろう。

 

「ごめん、スバル君……通信切るね」

 

 飛び掛ってくる電波ウィルスとジャミンガーに、音符の弾を乱射した。

 ヤシブタウンの上空で、人知れず花火が舞う。

 

 

 ゴミ焼却所にも怒号と悲鳴、加えて火の手が上がる。燃えるものが沢山あるこの場所で火は危険だ。火災防犯システムがちゃんと働いてくれれば、大惨事は免れるだろう。怪我人が続出することばかりは流石に避けられそうにないが。

 従業員達が殴りあい、中にはゴミ山から引っ張り出してきた鉄クズを持ち上げている者もいる。そんな光景を見ているのが電波変換したままのヒカルとツカサ、そしてジェミニだ。

 

「まったく、地球人は醜いな。屑過ぎる」

 

 呆れたようにジェミニは呟いた。

 彼らは今、廃棄された電波送信アンテナの前にいる。先ほど、ここの電脳内で+-電波の送信を終えたところだ。今頃、付近一帯の人々はお互いに争いあっているだろう。自分の本性をさらけ出して。

 

「あいつを裏切って正解だった。そう思わないか?」

 

 醜い世界をつまらなさそうに見下ろしながら、ヒカルはツカサに問いかけた。眼を背けたくなるような光景も、彼にとっては心躍る愉快なものでしかない。ゴン太とキザマロに『-』電波をつけてやったときが良い例だ。

 だが、今の彼の眼にはそれが一切無かった。それは失望の色。眼に映るもの全てに愛想をつかした瞳。

 

「所詮世の中なんてこんなもんだ。これが、人間の本性だ……」

「うん。見失うところだったよ」

 

 ヒカルの言葉に頷き、ツカサは静かに言葉を漏らした。

 

「この世の醜さをね……」

 

 ツカサの赤い瞳に影が差し掛かる。

 スバルとブラザーを結ぼうとしていた時の、希望色に輝いていた琥珀色の瞳。今やそれは、眼に映る絶望を宿すように、暗く、黒い赤に染められていた。


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