流星のロックマン Arrange The Original 作:悲傷
空は澄み切ったように青く、柔らかく浮かんでいる雲が可愛らしい。その光景をぶち壊すような黒い線がキャンサーにかかる。
「そ、そんな……ミソラっちがあのハープなんかと一緒にいるなんて……プク」
「ちょっと、それどういう意味よ!」
怒ってキャンサーに詰め寄っているハープをミソラは止めない。大切な家族を侮辱されて、ミソラも同じように不機嫌だからだ。
「クローヌお爺ちゃん。紛らわしい物を作らないで欲しいチョキよ」
「カカカ。知ったことではないわ!」
キャンサーは先ほどミソラとハープ・ノートが同一人物であることを知った。敵対視していたハープ・ノートが憧れのミソラだった事実に落ち込んでいるのである。
隣では、紛らわしいファンクラブを作ったクローヌとクラウンに、千代吉が抗議している。
今、六人は公園で立ち話をしているところだ。回りには人がいるため、人目につかない物陰を選んでおいた。そのため、幽霊のクローヌと、FM星人のハープ達は回りを警戒する必要も少なく、会話に集中できている。
キャンサーには不満があるものの、楽しい談笑をしている中で、ふとミソラは胸元にあるペンダントが気になった。突然胸が騒がしくなり、首にかけてあるハート型のペンダントを握り締めた。
「……スバル君?」
胸中に生まれた嫌な予感を探ってみる。
スバルはツカサとブラザーを結びに行っただけだ。スバルに危険が及ぶ理由が思い当たらない。気のせいと決め付け、五人との会話に戻る。
だが、胸に生まれた不安は、どうしても消えなかった。
◇
快晴とそれを反射する海。春の暖かい風に靡く草花。見る人皆を癒してくれる景色の中、ウォーロックは眼前の光景を睨み見つけていた。隣にいるスバルに気の効いた言葉をかけたいが、今は無駄だ。唇を震わせ、三人の敵を見ていた。
対峙する相手は白い電波人間と黒い電波人間、そして二人の間にいる一人のFM星人。
「改めて……俺の名は、ジェミニ・スパーク
「僕が……ジェミニ・スパーク
二人の言葉は確かに、はつらつと発せられているはずなのに、スバルには聞こえていない様子だった。花が風に舞い、目の前を通り過ぎても、瞬き一つ起こさない。
「なんで……なんでツカサ君がこんなことを……」
ツカサは友達だ。自分にあんな笑みを向けてくれたツカサが敵になるなんて、ありえない。
「ツカサ君……なんで……」
「さあ、アンドロメダの鍵を渡せ」
スバルの言葉を横にのけ、ジェミニは己の主から与えられた使命を要求する。
「まあ、力ずくでも奪っていくけどな」
ジェミニ・スパークBが前に出る。花を踏み潰す音にスバルの目が動いた。それを、ウォーロックは見逃さない。
「電波変換だ!」
「――っ!!」
言葉が投げかけられた次の瞬間には、左手を頭上に突き上げ、言葉をつむいでいた。
「電波変換! 星河スバル オン・エア!」
スバルとウォーロックが青い光へと変わり、二つの球になって交わりあう。一つの塊になった二人に、ジェミニ・スパークBはエレキソードで斬りつけた。避けた青い塊は空に飛び出し、ウェーブロードに降り立った。
「撃て! スバル!」
光が弾け、中から現れたロックマン。ウォーロックの言葉通り、ジェミニ・スパークBにバスターを浴びせる。
「違う! こっちだ!!」
左手にいるウォーロックが腕だけを横に向けた。そちらを見ると、放たれた光の弾丸を、白い電波人間がエレキソードで打ち落としているところだった。ジェミニ・スパークBが右手に剣を生成するのに対し、こちらは左手に剣を生み出している。
「バトルカード タイボクザン!」
緑の剣が黄の剣を迎え撃つ。触れ合うと、剣が自分側に斜めに揺らいだ。
「え!?」
数日前にヒカルと戦ったときは、こっちが押してやったのだ。今はロックマンが押されている状態だ。
「これが本当の力だ!」
ジェミニ・スパークWの隣に出てきたジェミニが平然と語る。この結果は至極当然のことだというように。
エレキソードに押し切られまいと踏ん張っている間に、ジェミニ・スパークBもウェーブロードにあがってきていた。右手にエレキソードを展開している。
挟み撃ちにされると、こちらが圧倒的に不利だ。ジェミニ・スパークWの剣の圧力が更に強くなった。エレキソードを、タイボクザンの上で滑らせるように流す。身体が泳ぎきったジェミニ・スパークWに体当たりするように突き飛ばし、距離をとる。その間も、ジェミニ・スパークBがロックマンの背中を切りつけようと、獣のように迫ってくる。
「バトルカード モジャランス!」
カードをウォーロックに渡し、二つのカードを読み込ませる。その僅かな隙に、突き飛ばされたジェミニ・スパークWは立ち上がった。二人は同じスピードでロックマンに迫り、剣を同時に振り下ろす。
ロックマンの両手に一本の竹槍が召還される。モジャランスは、エレキソードと比較すると二倍から三倍程の長さがある。それの中心を持ち、もう一つのカードを使った。
「タイフーンダンス!」
その場でコマのように回り、モジャランスの切っ先が空気をかき混ぜる。激しい遠心力に、ジェミニ・スパーク達のエレキソードが弾かれた。
「ちぃ!」
「くっ!」
ヒカルとツカサの手と足に僅かな傷がつき、痛みを含んだ悔しそうな表情を浮かべる。
回転が終わると同時に、スバルは三つのカードをウォーロックに渡す。右手に出てきたパワーボムを、ジェミニ・スパークWの方を見ることもなく放り投げる。改めて召還したタイボクザンをその手に、ジェミニ・スパークBに駆け出した。
ウェーブロードに落ちたパワーボムが広範囲に爆風を生み出す。この高熱と衝撃でジェミニ・スパークWにどれだけのダメージを与えられたのかは煙に包まれて確認することはできない。だが、これで彼が足を止めてくれたらそれで良い。
「ヒカル! ツカサ君を返せ!」
「あ?」
ジェミニ・スパークBと
「君が、ツカサ君を唆したんだろ! ジェミニがツカサ君の精神を奪ってるんだろう!? ツカサ君は僕の友達だ。必ず取り返す!」
ブラザーを結ぼうとまでしたツカサがスバルを裏切るなんてありえない。電波変換するときに、確かに聞こえた謝罪は、ヒカルとジェミニに取り込まれてしまったことから来たものだ。
ゴン太、宇田海、育田の時と同じだ。若干の意識は残っているが、完全にのっとられているだけだ。ジェミニとヒカルを倒せば、ツカサは元に戻ってくれる。これは、ツカサを取り戻す戦いだ。
だから、スバルはヒカルだけを狙う。ツカサに罪は無いのだから。
そんなスバルに、ヒカルは頬の形を変えた。余裕をうかがわせるようなその笑みをウォーロックは見逃さなかった。
「できるもんなら、やってみな」
スバルの追撃の手が緩む。そろそろ時間だ。ジェミニ・スパークWの追撃の足音が聞こえてくる。このまま二人を同時に相手にすることだけは避けようと、止むを得ず、用意しておいた三枚目のカードを使った。
「スタンナックル!」
左手がタイボクザンになっているのに対し、自由だった右手が雷の力を宿した拳に変わる。指を折り曲げで拳にするのではなく、広げて張り手のように前に突き出した。
スバルの思惑通り、ジェミニ・スパークBはウェーブロードから突き落とされ、遥か下のウェーブロードに落ちていく。
剣を振るのに邪魔にならぬよう、スタンナックルを消して背後にタイボクザンを振るう。直ぐ目の前にジェミニ・スパークWがいた。二人の剣が再びぶつかり合う。
「ツカサ君……もう少し待ってて!」
ツカサの左手の剣を打ち払いながら、スバルは力強く、だが優しくツカサに叫んだ。ツカサの剣が、ほんの僅かだが停止した。
「僕が君を助けるから!!」
生まれた隙を見逃さない。ジェミニ・スパークWの足を蹴飛ばし、バランスを崩したジェミニ・スパークWをもう一度蹴り上げる。
ジェミニ・スパークWからすると運の悪いことに、彼の軌道上にウェーブロードは無い。その先にあるのは海だけだ。
「……スバル君……」
彼の名を呟くと共に、静かに目を閉じた。彼の身が、海中へと投じられる。
それを、ウォーロックは剣から元の姿に戻りながら凝視していた。視界を遮るようにブレイブソードのカードが差し出され、それを飲み込んだ。
あっという間にウェーブロードを上ってきたジェミニ・スパークBとの剣劇が始まる。足元を狙ってきた剣を跳躍してかわし、体を反転させ、足を上に突き上げる。ウェーブロードの下に脚をつけ、見上げているジェミニ・スパークBに向かって、真っ逆さまに飛び込んだ。
数日前の戦いがヒカルの脳裏に蘇る。自分には、飛び降りたロックマンのブレイブソードを受け止めた実績がある。身体能力が強化された今の自分なら、受け止められないわけが無い。右手に左手を沿えてエレキソードを上に突き出し、足を曲げて衝撃に備える。
スバルの動きが上手すぎたため、ヒカルは気づかなかった。使ったカードは一枚ではない。
「グラビティステージ!」
重力場を生み出すカードだ。重力が増した分、ロックマンの落下スピードが増し、威力も増す。エレキソードを砕き、ジェミニ・スパークBに痛恨の一閃をお見舞いした。
予想外のダメージを身に受けてしまった。体を斬り裂かれるような痛みが、ヒカルを走りぬける。
激痛で動けぬヒカルに、剣を振り上げる。
「終わ、があっ!」
スバルの背中に電流が走った。ジェミニ・スパークWのロケットナックルが、ロックマンの背中を捉えていた。
ジェミニ・スパークWは海から飛び出し、最も低い場所にあったウェーブロードに飛び乗って、上空のロックマンを見上げた。
ロックマンの悲鳴に、消えそうになっていた意識を取り戻すジェミニ・スパークB。目の前で動けず、的になっているロックマンを、壊れたエレキソードで斬りつける。この剣が万全の状態なら、今頃ロックマンを一刀両断できていたはずだ。浅い傷口に目を細める。
胸に斬り付けられた激痛で歪められる視界。その隅に映ったジェミニ・スパークBの残虐な笑みを頼りに、左手のブレイブソードを振るう。
かろうじて
「「ロケットナックル!」」
左拳と右拳がロックマンの前後から襲い掛かる。
絶体絶命の挟み撃ち。ロックマンの思考が一瞬の間にフル回転する。痺れが取れたとは言えど、この同時攻撃を剣一本で防ぐことはできない。バトルカードを使用する時間も無い。別のウェーブロードに飛び移るぐらいしか、避ける方法が思いつかなかった。
二人に背中を見せ、隣のウェーブロードに飛び移る。追いかけてきているであろうロケットナックルが着地際を狙って、背中に襲い掛かってくるはず。そう考えたロックマンは着地際に振り返り、剣をなぎ払った。
ロックマンが危険視していた、二人の拳は無かった。より厄介な攻撃が準備されていた。
ジェミニ・スパークBとジェミニ・スパークWは互いに身を寄せ合っている。互いの太くなっている方の手が重ねられており、雷のエネルギーが集まっていく。
「しまった!」
逃げなきゃと考えたときは遅かった。
「「ジェミニサンダー!」」
放たれた二人分の黄色のレーザーは、威力も太さも段違いなものだった。ウェーブロードに着地した直後のロックマンに、避ける方法なんて無かった。
雷の波に飲み込まれたロックマン。力の入らない四肢を伸ばし、体から黒い線に描き、頭から海へと消えていった。
「よしっ! 追いかけ……」
言葉が途切れた。膝から崩れ、ヒカルの手が電波の地に着いた。
「大丈夫、ヒカル!?」
ツカサの手がヒカルの肩に伸びる。手に衝撃が走った。弾かれた手を引っ込める。
ヒカルの鋭い眼光がツカサを捉えていた。赤い瞳は怒りで静かに燃えているようだった。
「構うんじゃねえよ! それよりあいつを!」
二人はロックマンが消えた海の一点を見つめていた。もう、着水時に生まれた波紋も波に溶けてしまったが、大体の場所は覚えている。海から出てきたところを、ロケットナックルで狙い撃ちにしてしまえば、こっちのものだ。
小波の音がほんの少しだけ大きくなった。二人の拳に込められた力が強くなる。一秒一秒が経つにつれ、二人の頬を汗が伝う。
だが、ロックマンは一向に上がって来ない。もしかしたら、海中で移動して、背後から狙ってくるのかもしれない。ツカサはスバルが消えた場所を見張り、ヒカルは背中合わせになってあたりを見渡す。
波の音とかもめが鳴く声を覗けば、何も聞こえない。静か過ぎる世界に更に数秒浸ったとき、ジェミニがため息をついた。
「……逃げやがったか……」
◇
ジェミニの予想は当たっていた。大ダメージを負ったロックマンは海中を移動し、ジェミニ・スパークから遠く離れた場所に逃げていた。
今、スバルとウォーロックは海ではなくドリームアイランドにいる。ジェミニ・スパークに見つからないようにと、リサイクルショップにおいてある冷蔵庫の電脳内で息を潜めているところだ。
「つ、強い……」
身体を休ませ、息を整える。窮地を脱したは良いが、これからまた戦わなくてはならない。ジェミニ・スパークとの再戦の時はすぐに来る。いつまでもここに隠れているわけには行かない。立ち上がろうとしたとき、ウォーロックがそれを止めた。
「スバル、ちょっと良いか?」
「何?」
目が合うと、ウォーロックは目を反らした。顔はこちらに向けているのに、目だけがそっぽを向いている。
「今からお前に言うことは、俺の予想だ。それを分かってくれ」
「もったいぶるなんて、ロックらしくないね。どうしたの?」
いつも『テレビが見たい』とか『ウィルス退治に行こうぜ』と自分の意見を押し付けてくるウォーロックが、今この時だけは言葉を選んでいた。ウォーロックらしくない行為にスバルは疑問を感じずにはいられなかった。
「ツカサは意識が無くて、ジェミニに乗っ取られている」
「そうだよ。だから早く助けなきゃ!」
「……と、お前は思ってるんだよな?」
「……え?」
やる気に満ちていたスバルの拳が僅かに開かれた。疑問に口を開き、珍しいものを見るかのような目をウォーロックに向ける。
「
「どういう……こと?」
答えは、なんとなくではあるが分かっている。自分の考えが否定されたのだから。受け入れたくないという気持ちに反し、口はそう動いていた。
「ツカサは……ちゃんと意識があるかもしれねぇ……」
「嘘だ!」
一瞬、自分でも浮かべていた答えを全力否定する。左手を持ち上げ、ウォーロックの下顎を右手で掴んだ。
「ツカサ君は……僕の友達なんだ……僕とブラザーを結ぼうって言ってくれたんだ! あんな優しいツカサ君が……ジェミニと手を組むなんてありえないよ!」
「分かってる!」
まくし立て、口を開く暇すら与えようとしないスバルを、ウォーロックは大声で強引に押さえた。
「お前がツカサを信じたいって気持ちは分かっている! 俺も、あいつが裏切るなんて思えねえ! けどな……」
今もウォーロックの口を押さえた手が、ギリギリと音を立てる。だが、ここで下がるわけには行かない。
「……上手く言えねぇんだが……妙だったんだ」
「妙?」
スバルの手が少し緩んだ。ウォーロックはスバルの右手を振り払うようにして逃れた。
「操られている奴らっていうのは、もっと言葉や目に生気が無いんだ。あいつ、自分から意識的にしゃべらねえようにしてるっつうか……少なくとも、目には生気があった」
ジェミニ・スパークWと斬り合ったときのことを思い出した。彼の赤い二つの目を至近距離で何度も見ている。今も強く残っている目に映った光景を極力鮮明に思い出す。ロックマンの目を睨み返してきたあの目を。確かに、取り付かれていたゴン太達とはどこか違う雰囲気がある。
「でも、それは……ウォーロックの感でしょ?」
「てめえはどう思ったんだ?」
ウォーロックの言いたいことは分かっている。言われて、自分も似たようなことを感じているのだから。
「違うよ……きっと、気のせいだよ……」
その感情を見なかったことにして、自分の心の奥底に押し込めた。
「ツカサ君は操られているだけだよ」
そう思うことにしよう。そうしなければ、戦うことなんてできない。
スバルがそう固めた決意を、ウォーロックが砕いた。
「……もし、ツカサが操られていなかったらどうする気だ?」
金槌で殴られたように、胸が痛くなった。
精神を取られていないということは、電波人間が倒されれば、人間も消えるということだ。
ジェミニ・スパークを倒せば、ヒカルだけでなく、ツカサも消えるということだ。
「お前……ツカサを殺せるのか?」
できるわけなんて無い。心はそう叫んでいた。
ツカサが操られていないとしたら、自分にはもう方法なんて無い。だから、スバルは逃げる。決め付ける。
「大丈夫だよ。そんな心配する必要なんて無いよ……ツカサ君が、僕を殺そうとするわけなんて無いんだから……」
そうするしかなかった。
◇
「何をするつもりだ?」
ジェミニがヒカルに尋ねる隣では、ツカサも首を傾げていた。
「あいつらが隠れるつもりなら、引きずり出してやれば良い」
彼らがいる場所はドリームアイランドにあるゴミ処理場だ。施設の奥に廃棄された巨大な物体がお目当てのもの。
「最高のショーを、人間の本性を引きずり出してやるんだよ」
電波送信アンテナを見上げるヒカルの顔には、気の狂ったような醜い笑みが広がっていた。
戦闘描写が苦手だったので、小説仲間と相談して色々と工夫してみました。戦闘って難しいですね、ほんと。