流星のロックマン Arrange The Original 作:悲傷
風が舞い、草花の波が起きる。どこにでもある自然現象も、この大海と優しい色合いを出している花々達ならば幻想的な絵になる。約束の時間よりも、少し早く着いたスバルはそれを見て、高鳴る気分を紛らわしていた。
「緊張してねえか?」
「してないと思う?」
「いや、全然」
さっきからソワソワとしているのだから、誰だってそう思う。まるで、恋人を待つ思春期の少年のようだ。もちろん、これから訪れるのは同性の少年なのだが。
「ところで、本当に良いのか? ミソラとツカサを会わせちまって」
ツカサには嘘をついてしまっている。自分には彼女がいるということだ。本当は、ただのブラザーだ。
「うん……ツカサ君には正直に話すよ」
「怒るんじゃねえか?」
「ツカサ君なら分かってくれると思うんだ」
「そうか……おっと!」
ウォーロックがトランサーに素早く引っ込んだ。スバルもビジライザーを外して足音に振り返る。緑色の髪の持ち主が階段を上りきるところだった。
「もう来てくれていたの? 遅くなってごめんね」
「謝る事なんて無いよ。僕が勝手に早く来ただけだから」
「ははは、そうかな?」
ちょっとぎこちない笑い方だった。ツカサは緊張しているのだと分かった。自分も同じ気持ちだからだ。ちゃんと彼に笑みを送れているのか不安だ。
「……なんだか緊張するね……?」
「うん……スバル君も緊張しているんだね?」
「言い出したのは僕なのにね?」
「ふふ……良かった。ちょっと、ほっとしたよ」
お互いに緊張していることを知り、二人は自然と笑ってしまった。
スバルは確信した。こんな些細なことでも考えたり、思うことが似ている。気が合うというのはこういうことであり、ツカサは自分にとって親友と呼べる人間なのだと。
ブラザーを結びたい。
二人の中で、その気持ちがより一層大きくなった。
「じゃあ……早速結ぼうか?」
「うん……」
ゆっくりとトランサーが付いた左手を持ち上げた。折りたたまれている画面を開き、ディスプレイに光が灯る。右手でボタンを押し、目的のページを開いた。幾つも表示される項目の中から、ブラザーを結ぶ四角いパネルを選択する。
顔を上げると、ツカサはまだ操作している様子だった。慣れない手つきで携帯端末を操作している。顰めていた眉が下がった。目的の項目を選べたらしい。安堵の表情から、そう察した。その顔が大きく歪む。ツカサは頭を抱え、花畑へと膝から崩れ落ちた。
「ツカサ君!?」
「ぐっ! がぁ! あ、あ……なんで、こんな時に……」
呻き声を上げ、手元に咲いている赤い花を雑草と共に右手で掴んだ。左手で頭を抱え、苦しそうにもがいている。
「どうしたの!? ツカサ君、しっかりして!」
ツカサの急変に、スバルはただ動揺するしかない。
助けを呼びに行くのがいいのか、側にいてあげるべきなのか。助けを呼ぶとするならば、今日も公園で掃除をしていた、オオゾノお爺ちゃんを探すべきなのか。それとも、救急車を呼ぶべきなのか。それならば、ツカサの隣にいてあげることもできる。だが、それほどの大事なのだろうか。ツカサの苦しみようは尋常ではない。だが、頭痛という理由で救急車は来てくれるだろうか。
スバルの思考がこんがらがりかけたとき、それはツカサの一言で止まった。
「もう大丈夫だよ」
落ち着いた声だった。さっきまでの呻き声は幻聴だったのか疑うほどに。そして、冷たかった。
左手を頭から話して地面に置き、右手で掴んでいた可憐な赤い花を握りつぶした。足元の花たちを踏み潰し、ゆらりと音も無く立ち上がる。
「さあ、スバル君、ブラザーバンドを結ぼうか?」
草花を蹴飛ばすように一歩近づいてきたツカサ。スバルの足が一歩後ろに引く。ツカサの目を見たからだ。
琥珀色だった綺麗な瞳は、瞳孔が大きく開いていた。中央に見える点は闇が固まったかのようにどす黒い。
「どうして逃げるのさ?」
まっすぐに指し伸ばされたツカサの白い手を、スバルの直感は素直に恐いと告げた。逃げるように数歩後ろに飛ぶ。風に靡く前髪から見え隠れするツカサの目は、相変わらず不気味にスバルを見つめていた。
「……君……誰?」
ツカサだ。分かっている。
「ツカサだよ。君がブラザーを結びたいって言っていた双葉ツカサだよ。何言ってるのさ? おかしなこと訊くんだね?」
当然の答えが返ってきた。
おかしい。そんなことは分かっている。スバルの疑問はおかしい。目の前にいるのはツカサだ。さっきまで、普通に話をしていた双葉ツカサだ。そんなことは当然だ。分かっている。
だが、そのツカサがおかしい。まるで別人だ。顔も体格も、学校で笑いあったときのツカサのものだ。声は少々低くなったようにも感じる。だが、愛する草花をゴミのように扱うのはツカサではない。断じて、スバルの知っている双葉ツカサではない。
「スバル! 逃げろ!」
左手をスバルの意思とは関係なく持ち上げ、耳元まで持ってくるウォーロック。ツカサに聞こえないように、スバルに逃げるように促す彼に、スバルも小声で対応する。
「ロック、どういうこと? これって……」
「あいつの周波数が少しだが変わった。こいつは……」
少々もったいぶったが、これは言わなければならない。包み隠さずに、自分が感じている周波数について説明した。
「……FM星人共が好む周波数だ」
「FM星人だって!?」
小声に押さえられなかった。海と風が奏でる静かな合唱を吹き飛ばし、無音の世界を作り出すには十分すぎる大声と言葉だった。
電流が走るような雰囲気を感じ、スバルは目の前にいるツカサに目を移した。瞳孔が開いた瞳と真一文字に結ばれた唇。無音の中で佇み、スバルを見つめるツカサは指一通動かそうとしない。閉ざされていた口が、ツカサではありえない舌打ちをうった。
「ちっ、ばれちまったか……」
「……え?」
ツカサの声だ。だが、いつもの彼のものより、数段低かった。
「作戦失敗かよ……ったく」
ツカサとは無縁の乱暴な言葉を、平然と吐いている現実を受け入れられなかった。スバルの全身の血管が収縮し、体が冷たくなってくる。
「君……誰なの?」
目の前のツカサを、もうツカサとは思えなかった。ツカサの皮を被った別の人間にしか見えない。
「俺が誰だって? まだ分かんねえのか? いや、考えれていねぇだけか?」
目の前の非現実的な光景を前に、ただ呆然と立ち尽くしているスバル。あざ笑うツカサの顔は酷く醜かった。
「こいつで分かるだろ? 出て来いよ……」
一呼吸置き、不気味な笑みと共に大きく叫んだ。
「ジェミニ!」
白い光が飛び出した。ツカサの緑色のトランサーからだ。それは直線から点に変わり、球へと膨れ上がる。球体の上は丸みを帯び、下は鋭利に尖る。雷が走る体の中から浮かび上がってくる、黒い仮面が一つ。
その姿を見間違えるわけが無い。
「どういう……ことだ……?」
もう、隠れる必要も無くなった。ウォーロックはトランサーから這い出てくる。驚きのあまりに、その動きがおぼつかない。
ジェミニと電波変換している相手はヒカルのはずだ。そのジェミニがなぜかツカサと共にいるのだ。ウォーロックには疑問でしかなかった。
「ブラザーを結んだら、アンドロメダの鍵のありかの手がかりでもつかめると思ったんだがな。ばれちまったらしょうがねえ」
「力ずくで聞き出すしかねえな」
FM星王の右腕たるジェミニと親しく話しているツカサ。明らかに、敵と分かるその行動を前に、信じられない瞳をするスバル。
「嘘だ……なんで、なんで、ツカサ君が……ツカサ君がヒカル?」
「嘘じゃねえよ。これが現実だ! さぁ、アンドロメダの鍵を……」
ツカサの言葉が途切れた。彼は再び大きく顔を歪ませ、頭を抑えたのである。
「……くっそ……邪魔を……」
彼の奇行に状況が飲み込めない。スバルとウォーロックは様子見に徹していた。対し、ジェミニはいらつきから体の電気を跳ね飛ばしている。
「ち、またかよ……」
その言葉の意味を探る間もなく、ツカサは悲鳴のような声をあげ、頭を右に左にと大きく振っている。
顔を押さえていた両手が外れ、ツカサの目があらわになり、スバルの目と合った。そこには、琥珀色の目が浮かんでいた。
「スバル君、逃げて!」
「……え?」
ツカサだ。ツカサの声だ。いつも聞いていた、スバルがブラザーになりたいと思った双葉ツカサがそこに居た。
「ツカサ……君?」
今も頭を押さえ、荒い呼吸をしているツカサの目をよく見てみた。瞳孔は閉じており、人を魅了する綺麗なものに戻っている。そこには、スバルに対する謝罪の念が見えた。
「ごめん……こんな奴が、僕に……とりついているなんて……知、ら無かった……僕が押さえる、か、ら……早く! ぐぅ!!」
動けぬほど苦しんでいるツカサは再び横たえて、のたうち回る。
「邪魔するな……引っ込んでろ!」
ツカサの声であり、ツカサで無い声が乱暴な言葉を吐いた。直後に、ツカサの声が上がる。
「嫌だ……スバル君は傷つけさせないよ……ヒカル!」
◇
まるで、世界そのものだった。目の前の少年は、消えた世界が凝縮されたような色をしている。全てが黒で出来上がっているため、どんな顔をしているのか、どんな表情をしているのか分からない。だが、白い歯は笑っているように見えた。
自分と同じぐらいの背丈の少年に、彼は尋ねた。
「君……誰?」
むき出していた歯が持ち上がり、目の前の者は残忍な笑みを浮かべた。
「俺は、お前だよ」
それは、少年の最後の防衛本能だったのかもしれない。
◇
「ヒカル……って……」
ツカサははっきりといった。『ヒカル』と。
自分と言い争いをしながら、未だに草花を散らかしているツカサを、追いつかない思考をめぐらせながら見つめることしかできなかった。
「まだ分からねえのか?」
察しの悪いスバルとウォーロックに呆れた様に、ジェミニは残酷な真実を告げた。
「こいつはな、二重人格なんだよ」