流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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2013/5/4 改稿


第百一話.天地のアルバム

 テーブルの上が片付いてきたころ、天地が鞄からあるものを取り出した。取り出したのは一冊の本だ。ビニールに包まれていることから、彼がどれだけこの本を大切にしているのかが良くわかった。本は分厚く、スバルやミソラの小さい手では、掴むのが難しそうだ。

 あかねが布巾で拭いてくれたテーブルにそれを広げた。

 

「天地さん、これって……」

 

 本に書かれているタイトルと表紙の生地。そしてこの大きさ。スバルにはこれがなんなのか理解した。

 

「アルバムだよ。僕がNAXAにいたころのね」

 

 天地が持ってきたのは、彼が世界的大企業、NAXAに勤めていたころのアルバムだった。彼の思い出の写真が詰まったそれを覗き込む。

 

「ほら、スバル君。君のお父さんだよ」

「あ、本当だ」

「隣に写っているのが天地さんですか?」

 

 ミソラも興味津々と、身を乗り出して見入る。

 大吾と天地が肩を組み、カメラに向かってピースをしている写真だった。大吾のアルバムを見たことがあるため、スバルはその写真を見たことがあった。二人の仲がどれだけ良かったのかが、改めてよく分かる。

 写真の中には、大吾が写っているものの、大吾のアルバムには無かった写真が何枚も収められていた。このときは、一体何をしていたのかと尋ねるスバルに、天地は丁寧に教えてくれた。

 

「……宇田海さんは写ってないんですね?」

 

 蚊帳の外になっていたミソラは、同じく見ているだけだった宇田海に気を使って尋ねた。彼女の優しさと気配りのよさに感心し、宇田海は苦笑する。

 

「わ、私が入社した年に天地さんが辞めてしまったんです。私達は部署も違ったので、NAXAでは会ってすらいないんです。天地さんが元NAXA職員だって知ったのも、アマケンへの入社面接のときだったんです」

 

 まだ話し方がよそよそしいが、どもりが少なくなっている。宇田海も人との会話に慣れてきたということだろう。

 二人を他所に、スバルは天地の写真を覗き込む。何回かページを(めく)ったとき、一枚の写真に目が留まった。

 アルバムの一ページに我が物顔で居座っている大きな写真だった。大勢のスタッフ達が所狭しと写っている。

 

「あの、これ……」

「お、この写真に興味があるのかい? これはきずなプロジェクトの集合写真だよ。ここ……大吾先輩と一緒に僕の首を絞めているのが、大吾先輩と同じく乗組員だったスティーブさんだよ」

 

 白人男性と一緒に、天地に悪ふざけをしている大吾が写っている。スティーブのことが気になったのだと、天地は思ったのである。

 

「いや……この人は?」

 

 天地の予想は外れていた。スバルが指差したのは、集団の真ん中最前列で座っている老人だった。白い眉毛の下にある目は鋭く釣りあがり、顔と違ってシワ一つ無い作業着が似合っている。写真越しでも凛々しい人物であると言うことが見て取れた。

 

「あ、この人かい? この方は『うつかりシゲゾウ』チーフ。きずなプロジェクトの総責任者だった方だ。僕も大吾先輩も尊敬する、偉大な方さ」

 

 熱く語り始める天地。大吾を語るときと同じかそれ以上だ。それだけ心から尊敬している人らしい。

 

「責任感が強くて、紳士的な人でね。きずなの破片がニホン海に落ちてきたときも、それを見て、『すまない』って涙を流していたよ……その後、辞表を出したんだ」

「……そうですか」

 

 天地はしまったと頭を抱えた。話の流れが暗いほうに流れてしまった。不自然にならないように、話題を明るいほうへ変えようとする。

 

「そうそう、この人は凄いんだよ! 僕がNAXAを退社して独立するときも、今のアマケンの土地を譲ってくれたんだ。おまけにスポンサーにまでなってくれたんだ!」

「そ、そんなすごい方だったんですか?」

 

 宇田海の目が関心のあまりに丸くなった。その老人は自分が働いている職場の土地と、運営資金まで提供していくれているのだ。今の話で、彼の中では天地の次に感謝すべき存在になったらしい。

 直も首を傾げているスバルに、ミソラが身を乗り出して近づく。

 

「どうしたの? 首、痛くなっちゃうよ?」

「うん……このおじいさん……どこかで見たような……」

 

 その疑問に答えてくれたのは、洗い物を済ませて、テーブルへと戻ってきたあかねだった。

 

「スバルは赤ちゃんのときに会ってるわよ。大吾さんが『尊敬するシゲさんに、ぜひ抱いてもらって欲しい』って子供みたいに言うんですもの」

「でも、まだ小さいときでしょ?」

「お、幼いころの記憶って、意外と残っているものらしいですよ。深層心理に残っているって言えば分かりやすいでしょうか? そんな論文を読んだことがあります」

 

 宇田海が学者らしい補足を加えてくれた。それでも、スバルはまだ納得できない顔をしている。

 その間に、天地はアルバムを静かにしまった。このアルバムを見せたのは失敗だったかもしれない。これ以上、話が暗い方向に行かないように、丁寧にビニル袋をかけた。

 

 

 夜食を摘まんで、直も酒を飲んでいるあかねと天地。宇田海はお酒の量を誤ってしまったのだろう。もともと飲まないこともあり、テーブルで突っ伏している。

 スバルとミソラは大人達の邪魔にならないようにと、スバルの部屋で話をしていた。

 

「あ、私のCD! 買ってくれたの?」

「うん、ミソラちゃんの曲、すごく良いから」

「ほんと!? ありがと、スバル君!」

「ど、どういたしまして……」

 

 棚の中でも、わざとらしいほど目に付きやすい場所に置いてあるCDを手に取り、ミソラは笑いながらスバルに振り返った。

 スバルは平常心を装って話をしているが、内心気が気では無い。

 気になっている女の子を部屋に上げてしまっているのだから、当然だ。買っておいたCDは、スバルのご期待通り、ミソラの好感度を上げるのに一役買ってくれた。ここは、比較的安いお店を教えてくれたゴン太とキザマロに感謝しなければならない。

 スバルが落ち着かない理由はもう一つある。それはミソラがパジャマ姿でいることだ。今日はお泊りするため、スバルが入浴した後に、ミソラがお風呂を使ったのである。この後は、あかねと一緒に寝る予定だ。

 普段とは違う格好な上に、ミソラに似合っているピンク色の薄着だ。男というのは、女性と比べて、恋愛においては単純な生き物である。たったこれだけのことで、嬉しくなってしまうのだから。

 潤いたっぷりの、しっとりとした髪が揺れる度、シャンプーの甘い香りがいたずらっぽく鼻をくすぐってくる。そのたびに、心臓が形を変えそうなほど激しく動悸してしまう。今のスバルはいつ緊張で倒れてもおかしくない。

 

「ところで、さっき言ってたけれど……ツカサ君からの連絡はまだなの?」

「うん、まだみたいだね」

 

 お風呂が湧くまでの間に話した内容だ。以前、メールで話したツカサに、ブラザーを申し込んだことと、現在返事を保留されていることを伝えている。

 

「なれるといいね? ブラザー」

「うん……大丈夫だよ、きっと……ツカサ君なら……」

 

 ちょうどそのときだった。トランサーが着信を告げた。画面に書かれている名前を見て、スバルの目が全開になる。その雰囲気にミソラは口を結び、ハープは素早くテレビを消した。ドラマを見れなくなったウォーロックが騒いでいるが、マシンガンストリングで口を塞いでおく。準備万端だ。

 

「もしもし!」

 

 だが、それも必要なくなった。ウォーロックが自主的に黙ったからだ。トランサーから聞こえてきた声が、彼を静かにさせた。

 

「スバル君……僕だけれど……」

「……待っていたよ、ツカサ君……」

 

 心臓の鼓動が三倍に跳ね上がった。手を胸に当てていないのに、心音が聞こえてくる。画面のツカサは顔を下に向けているため、様子が伺えない。

 

「今日の返事なんだけれど……」

「……うん……」

 

 夕方に申し込んだブラザーのことだと、電話が来たときから予想は付いていた。それでも、話題が出てくれば、心音は意識とは無関係に早さを増す。今は五倍といったところだ。心臓周りの血管が細くなったように感じる。

 

「僕……色々と考えたんだ……答え、出たよ」

 

 一気に、十倍まで跳ね上がった。心臓が痛い。このまま破裂してしまいそうだ。

 

「君と……」

 

 OKと言って欲しい。『ブラザーになろう』という言葉。ただ、それだけを言って欲しい。スバルが望むのはそれだけだ。

 かろうじて見えるツカサの口元に目を凝らした。ツカサが顔を上げた。大きい琥珀色の目がこちらを捉えていた。

 

「僕は、君と……」

 

 聞くのが恐い。

 けれど聞きたい。

 だから逃げない。トランサーを閉じてしまいたくなる手を理性で押さえ、耳と目に神経を集める。緊張を含んだ生唾が喉を荒々しく通って行った。

 

「ブラザーになりたい!」

 

 胸が爆発したように、喜びが弾けた。恐いほど緊張していたスバルの顔に、嬉しさが充満する。ミソラとハープは手を合わせて喜び、ウォーロックも塞がれた口の中で笑みを浮かべた。

 

「やった! ありがとうツカサ君!」

「そんな……返事、待たしちゃってごめんね……じゃあ、明日、あの花畑に来てくれるかな?」

「うん、あそこがロマンチックで良いよね?」

 

 ツカサは、自分の憩いの場所でブラザーを結びたいらしい。スバルも大賛成だ。時間を決め、スバルはツカサと電話を切った。

 緊張や苦しみが全て抜け、顔が緩く綻ぶ。

 

「やったね! スバル君!」

「スバル君、おめでとう!」

 

 ミソラとハープがスバルに駆け寄ってくる。ハープが放った弦のせいで、手足だけでなく口の自由も拘束されているウォーロックは目だけで祝福を送った。

 

「うん……皆、ありがとう」

 

 ベッドから立ち上がったスバルは、鍵を弾く様に外して窓を押し退ける。ベランダに出ると、ちょっと肌寒く感じるのは風のせいだろう。この興奮を冷ましてくれるのでちょうどいい。浴びるように両手を広げた。

 

「よっぽど嬉しいんだね?」

「もちろん、すっごく嬉しいよ……」

 

 隣に寄ってきたミソラと一緒に笑顔になる。夜の闇の中で髪を揺らす彼女は、普段とは違った雰囲気を出していた。スバルの胸を、嬉しいに代わって緊張が支配した。

 

「それにしても、今回はえらく積極的だったな」

 

 この空気を感じられない異星人が水を挿してきた。弦から抜け出してきたばかりだと言うのに、直ぐに新しい弦でがんじがらめにされ、部屋の中へと引き摺られていった。うめき声を上げている彼が少々不憫である。

 

「そうだね、今回はちょっと違うよね?」

 

 ミソラにブラザーを申し込んだときは、恐くて怯えていた。

 ルナのときは、彼女の方から提案してきてくれた。

 今回はその二つとは大きく違う。躊躇うツカサに、スバルがブラザーを申し込んだのである。

 

「……ツカサ君となら、良いブラザーになれるって思ったから」

 

 学校で彼と過ごした時間を思い出しながら、スバルは思い出に笑みを浮かべる。

 

「よっぽど、気が合う友達なんだね?」

「そう……だね……もしかしたら、ミソラちゃんと委員長とブラザーになれたのが一番の理由かな? 父さんの言う通り、絆の力で僕も強くなれたのかも」

「ウフフ、私でも力になれた?」

「もちろんだよ!」

「良かった。明日、頑張ってね!?」

「うん!」

 

 異星人達に見守られる中で笑いあった二人は、夜空を見上げた。そこにあるのは、スバルが大好きな満天の星空ではなく、三日月が浮かんでいる。それでも、灯りの少ないコダマタウンの空にはたくさんの星が散りばめられていた。

 明日は最高の一日になる。

 悩みも苦しみも吸い込んでくれそうな美しい夜空を見上げると、そんな確信がどこかに生まれていた。


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