流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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第百話.賑やかな食卓

 タイヤが無い代わりに、地面から少し浮いて走るバスに身を揺らせながら、スバルはトランサーを開いていた。そこに写っている人物の名前を読み上げる。

 

「響ミソラ……白金ルナ……」

 

 それ以上は続かない。画面の右上には、スバルのブラザー総数が表示されている。先日、『2』と書かれている文字を見たときは、それだけで嬉しくなれた。

 今はそれを見ても、嬉しいとは言えなかった。悲しいわけでもない。あるのは、数字を一つ増やしたいという願望だけだ。

 

「ツカサ君……OKしてくれるかな?」

「お前、あいつを信じてねぇのか?」

 

 周りの乗客に聞こえないように、ウォーロックが小声で尋ねた。

 今日一日、スバルがツカサといたため、彼はずっと無言でいた。しゃべることができないというのは、案外ストレスが溜まるものである。本当は大声を出したりして気分をリフレッシュしたいところだろうが、もうちょっと待ってもらわなければならない。

 

「信じてるよ……ただ……」

「……不安か?」

「……うん……」

 

 ツカサの憩いの場所である花畑で、スバルはブラザーを申し込んだ。ツカサからは、了承の返事がもらえると期待していた。しかし、返ってきた答えは、予想を裏切ったものだった。

 

「明日には答えが来るんだろ? 気楽に待とうぜ?」

「……そうだね……」

 

 ツカサの答えは、『明日まで考えさせて欲しい』ということだった。

 残念ではあったが、怒りや不満という感情は湧いてこなかった。彼が抱えている闇はそれだけ深いものだからだ。

 それに、自分だって彼と同じだった。スバルが五年生に進級しても、登校拒否をし続けていた時と同じだ。ルナ、ゴン太、キザマロの三人は、何度もスバルの元を訪ねてくれた。スバルはその度に、登校を拒否し続けた。今は、学校に行くことは苦にはなっていないものの、当時のスバルにとってはあまりにも辛いことだった。

 ツカサも、誰かとブラザーを結ぶのが恐くて仕方ないのだ。だから、今のツカサには考える時間が必要だ。彼も、スバルとブラザーバンドを結びたいのだろうが、心の準備も必要なのである。

 ツカサなら、きっと自分とブラザーになってくれる。そう信じる以外に、スバルにできることは無い。これ以上考えるのは、止めておく事にした。

 

「それに、今晩はあれだもんな?」

「え、あ……ま、まあね?」

 

 分かり安すぎるほど頬を赤くしているスバルを見て、ウォーロックは呆れて笑った。

 

「お前のそういうところは、変わんねえよな?」

「ずっとガサツなロックには言われたくないよ」

「ガサツで結構だ」

 

 トランサーを掲げて会話をする二人。これなら、乗客たちからも、スバルが電話をしているようにしか見えない。そのまま、不信がられることも無く、コダマタウンまで会話を楽しんだ。

 結局、マナー違反であることには変わり無いのだが。

 

 

 ツカサは今直あの花畑にいた。草花のベッドの上に横たわり、訪れたチョウチョに愛でるような微笑を浮かべる。

 それを眺めながら思い出す。スバルが言ってくれた言葉をだ。

 

―僕は君の全てを受け入れるよ―

 

 文章としてみれば、単純で捻りの無い言葉だろう。その分真っ直ぐだ。それを真剣に言ってくれた彼の声が、焼きついたように耳に残っている。録音した音声を再生するように、何度も何度も聞こえてくる。その度に、ツカサの胸は軽くなっていく。

 

「スバル君……」

 

 広がる青空にオレンジ色が混じってくる。体を起こすと、海に溶けていく夕日が目に入った。スバルの心を景色に例えるなら、きっとこの美しい光景が当てはまるだろう。手元に寄ってきた花を受け止め、共にその世界を眺めた。

 

「君なら、僕達を受け入れてくれるかな?」

 

 頷くように揺れる可愛い花に、はにかむように笑った。

 

 

 家に帰ると、嫌な臭いが鼻についた。自分の服に、ゴミ焼却所の臭いが染み込んでしまっているのかと疑った。だが、それなら家に入った直後に臭うという現象の理由にならない。

 臭いの元凶はキッチンだった。見ると、あかねと別の女性がフライパンと格闘していた。もう一人の女性は完璧に着こなした紫色のスーツと、上からかけた白いエプロンを身に着けている。後姿しか見えないが、スバルには一目で分かった。彼女との面識は少ないが、こんなにスーツが似合う女性を、他に見たことが無いからだ。

 

「ただいま、かあさん。こんにちは、おばさん」

「おかえり~、スバル」

「こんにちは、スバル君」

 

 予想を通り、振り返った顔には眼鏡が乗っかっている。ルナの母親のユリコが丁寧に挨拶を返してくれた。

 

「何してるの?」

 

 あかねとユリコが友人だなんて、スバルは聞いたことが無い。二人が一緒に料理をしている様を、不思議そうに見ていた。

 

「ルナに御飯を作ってあげようと思っているのよ……ただ……」

 

 ユリコの切れ長の目は、いつも自信に満ちている。それが、仕事のできる女という、彼女のイメージと相成り、魅力的だった。しかし、今はその間逆の目をしている。彼女の視線の先をたどってみると、皿に盛り付けられたおかずっぽい奴らがいた。

 キッチンの上にある材料から予測すると、今日はハンバーグを作っていたらしい。一般家庭料理の代表ともいえる灰色のおかずだが、そこにあるのは真っ黒な塊だった。察したスバルは、深く尋ねないでおいた。

 あかねが料理上手であることを、ユリコは何かの伝で知ったのであろう。料理を教わっていたのだと理解した。

 

「委員長に、晩御飯を作ってあげるの?」

「ええ、できれば、朝御飯も。お昼御飯は……難しそうだから」

 

 ユリコの仕事は、イベントを代理企画するクリエイターだ。代理責任者として、イベント中に起きた事故やトラブルに対処しなければならない。そのため、来客が一番多くなる休日が一番忙しい。ルナにお昼御飯を作ってあげる暇は無いのである。

 平日はルナが学校で給食を食べるため、昼食を振舞うことはできない。だから、せめて朝と夜の御飯は手作り料理を振舞いたいらしい。

 だが、そんなユリコの熱い母親の愛情も、この腕前ならば迷惑行為になりかねない。食べられないことは無いのだろうが、この汚臭を放つハンバーグを進んで食べたいとは思えなかった。盛大に焦げた表面が不健康そうに黒光りしている。あの部分を食べたら病気になるかもしれない。そんな失礼すぎる感想は口に出さないようにと飲み込むが、目は正直に食べたく無いと訴えていた。

 

「あ、でも……ちょっとずつ上手くなってる?」

「ええ、大分上達したと思うわ」

 

 皿の上に重ねられたように載っているハンバーグっぽいものをよく観察してみる。最初のほうに作ったと思われる下層にある奴らは真っ黒だ。しかし、一番上に乗っているやつらは、焦げ目が大分少なくなっている。それでも、半分以上が消し炭のように黒くなってしまっているのが悲しい。

 あかねも自分の苦労を賞賛するように頷いている。よっぽど大変な目にあったのだろう。徹夜したわけでも無いのに、僅か数時間という作業で、目の周りが疲労で青くなっている。

 

「じゃあ、ユリコさん。次で最後にしましょうか?」

「ええ、お願いします」

 

 もうすっかり夕方になっている。ユリコも家に帰ってハンバーグの準備をしなければならない。

 邪魔にならぬようにと、部屋に戻ろうとするスバル。あかねは彼の背中を呼び止めた。

 

「スバル、この前話したけれど……」

「分かってるよ。今日の夜だよね?」

「ええ、手伝って頂戴ね?」

「うん」

「あの子も来るんでしょ~?」

「じゃあね!」

 

 あかねの最後の言葉はちょっとからかい気味だったため、すぐに二階へと避難した。階段を上がっているときだった。ユリコの悲鳴と、あかねの慌てたような声が聞こえてきた。

 

「あいつらが来るまでに、間に合うのか?」

「……心配だな……」

 

 今日訪れるお客さん達の顔を思い浮かべながら、スバルとウォーロックは心配そうにため息をついた。

 少なくとも、今晩ルナの口へと入るのは、黒いハンバーグもどきになりそうだ。ちょっとだけ同情し、あかねの手料理が食べられる自分の立場に、深く感謝した。

 

 

 暗闇は恐い。人の目が制限されるからだ。おまけに、出歩く人が少なくなる。犯罪をするにはうってつけの時間だ。

 昼間は人目につきやすい場所でも、この時間なら誰にも見られない。

 夜闇によって作られた町の死角で、男達のうめき声が上がる。

 

「くそ、餓鬼だと思ったのに……」

「ククク、油断したってか?」

 

 高校生ぐらいの不良の髪を掴み上げ、顎を蹴飛ばした。悪友二人の間に、人形のよう倒れて動かなくなる。

 左手からトランサーを外しとり、電子マネーデータを奪った。

 

「こいつはいらねぇ」

 

 用済みになったトランサーを、元の持ち主の顔に投げつけた。蚊のような声を上げ、再び意識を失った。

 彼らに背を向け、何事も無かったかのように歩き出す。軽い足取りからは、罪の意思など微塵も感じられない。

 

「ジェミニ」

「なんだ?」

 

 カツアゲした金の合計を計算しながら、ヒカルはトランサー内にいるFM星人に話しかける。

 

「この前の、最後の手段ってやつなんだけどよ、良い方法を思いついたぜ?」

「お、本当か!? それに関しては、お前のほうが詳しいからな、助かるぜ」

 

 安心したようにしているジェミニに笑い、ヒカルは自分の考えた案を説明した。話が終わったとき、ジェミニも沸々と笑い出した。

 

「ククク、素晴らしい案だ」

「だろ? これなら……」

 

 静かに鳴り響く悪魔を思わせる醜い笑い声が、闇に染まる夜に溶けて行った。

 

 

 あかねが作ったおいしそうな唐揚げが皿いっぱいに盛り付けられている。それを抱え、キッチンからテーブルの上へと移動させる。

 

「どうぞ」

「お、ありがとうスバル君」

「あ、ありがとう……」

 

 お礼を言ったのは、アマケンの所長である天地だ。彼の隣に座っている宇田海も、小声で礼を言って会釈した。以前の彼ならば、会釈はしても無言だったことだろう。彼が人との会話になれてきていることが伺えた。

 

「じゃあ、はじめましょうか?」

 

 エプロンを脱いだあかねが席に座り、缶ビールを開けた。

 

「じゃあ、四人のブラザーを祝して、乾杯!」

「乾杯!」

「あ、ありがとうございます……」

 

 天地は嬉しそうにグラスに注がれたビールを掲げ、宇田海は遠慮がちに真似する。スバルはオレンジジュースが入ったコップを隣にいるミソラとぶつけ合わせた。

 そう、今日は金曜日。天地、宇田海、ミソラの三人がスバルの家に訪れる日だ。ちなみに、明日は土曜日なので、ミソラはこのままお泊りする予定だ。天地と宇田海もコダマタウンで仕事があるため、リビングで一泊していくことになっている。

 同じブラザーであるルナも呼ぼうかと考えたが、今日は止めておくことにした。平日の朝には必ず会っているし、ユリコの奮闘もあるからだ。ルナにとっても、両親と皿を囲む方が幸せだろう。

 パーティーが始まって早々、ミソラが目の前に広げられたご馳走を口に運ぶ。

 

「うわぁ! この卵焼き、おいしい!!」

 

 自分のものとは、遠くかけ離れた甘い黄金の塊。口の中で溶けるように甘い卵に、頬まで

溶けてしまいそうだ。

 

「あら、そんなにおいしい?」

「はい。私、料理が苦手だから……」

「なら、今度一緒に作る?」

 

 ユリコのみならず、ミソラの料理指南まで買って出るあかねの世話好きさに、ウォーロックは関心するように頷いた。

 

「すげえな、スバルのおふくろは」

「何偉そうにしてんのよ」

「ゲッ! なんでお前がスバルのトランサーにいるんだよ?」

「ゲッってなによ! 仕方ないじゃない。暇なのよ」

 

 いつの間にか隣にいるハープに、ウォーロックは内心驚きながら尋ねた。

 彼らがそんなことをしている間に、ミソラはあっという間にあかねと仲良くなっていた。

 

「いいんですか!?」

「ええ、手取り足取り教えてあげるわよ。スバルも嬉しいわよね?」

 

 意地悪そうに尋ねると、スバルが飲み込もうとしていた唐揚げを喉に詰まらせた。咳き込むスバルに、慌てて手短なコップを渡すミソラ。

 そんな微笑ましい様子に、大人三人は口元が緩んでしまう。お酒がおいしい。

 息を吹き返したスバルは、あかねの期待を裏切らずに動揺していた。

 

「なんで僕が関わって来るんだよ!」

「だって、ミソラちゃんはスバルの未来の奥さんでしょ? 奥さんが料理上手だったら、スバルも嬉しいじゃない?」

「お、スバル君はとうとう婚約者を手に入れたんですね?」

「そうなのよ、天地君! ミソラちゃんみたいな可愛くて素直な子が娘に来てくれたら、お母さん安心だわ~」

 

 天地まで乗っかって来たせいで、あかねのからかいに勢いが付いてしまった。お酒のせいで、ブレーキも緩い。

 今度はミソラも真っ赤だ。二人共、全身を赤くして縮こまってしまった。

 からかっていない宇田海も、あかねと天地を止めることも無く、同情を交えた笑みを向けてくれるだけだ。

 スバルとミソラと言う、最高の肴を前にしたあかねと天地は、お互いのグラスにお酒を注ぐ。このままでは、お酒を飲む勢いも、二人をからかう勢いも、益々増してしまう。

 気分を紛らわすため、フライドポテトを皿に取ってケチャップを絞った。ちょっと不機嫌だったためか、ミソラを近くに感じていたためか、力が入りすぎてしまう。絞りすぎ、必要以上に出てしまったのである。ポテトとケチャップの量が全くあっていない。

 

「あ……もったいない……」

「なら、半分こする?」

「そうだね、そうしようか?」

 

 ミソラと半分に分けて消費することにした。ケチャップの一塊にポテトを突っ込み、掬うようにして食べる。あかねはすかさず冷やかした。

 

「間接キスね?」

 

 二人が盛大に咳き込み、笑い声が部屋に充満した。そこには、ちゃんと宇田海のものも混じっていた。


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