流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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2013/5/4 改稿


第九十九話.花畑

 ゴミ焼却所を後にしたスバルはツカサに連れられ、舗装された道路を歩いている。角に建っている標識が目に入り、文字に目を凝らした。

 

「公園?」

「うん、とても大きいんだ。もうすぐ……見えたよ」

 

 見えてきたのは木面模様が施されたアーチだ。洒落たデザインだとウォーロックと感心しながらその下を潜り抜けると、砂と石で出来上がった大地が広がった。囲むようにそびえる木々。いつの時代でも、公園には定番といえる滑り台とジャングルジム。コダマタウン自慢の公園よりも、緑が多くて遥かに広い。

 スバルを感心させる大公園の一角で、箒を片手にゴミ掃除をしている老人がいる。ツカサは気兼ねすることもなく歩み寄り、背中から明るく声をかけた。

 

「オオゾノさん、こんにちは」

「お? ツカサ君じゃあないか。いやあ、いらっしゃい。元気だったかい?」

 

 本当にツカサはこのドリームアイランドで顔が利くらしい。大人と親しげに話すツカサに敬うような視線を向けていたスバルの目が、オオゾノさんの視線と合った。

 

「ツカサ君の友達かい?」

「あ、はい。そうです」

「ツカサ君が友達を連れてきてくれるとは、嬉しいのう。どれ、ジュースを奢ってあげよう」

 

 オオゾノさんはツカサを孫のように可愛がっているのだろう。顔のシワを歪ませ、近くの自動販売機で二人分の缶ジュースを買ってくれた。

 

「ありがとうございます」

「いやいや、これからもツカサ君と仲良くしておくれ」

「はい、もちろんです」

「お、オオゾノさん……」

 

 恥ずかしそうにしているツカサに、お爺ちゃんは柔らかい笑みを見せた。祖父と孫のようなやり取りに、スバルも笑みを浮かべた。

 手を振ってくれるオオゾノさんと別れ、二人は公園の奥へと歩き出す。

 

「優しいお爺ちゃんだね。なんか悪いな~。初対面なのに奢ってもらっちゃって」

「気にしなくてもいいと思うよ。オオゾノさんは、いつもあんな風に優しい人だから」

「いつもなんだ。どんな風に?」

 

 興味ありげに尋ねてくれるスバルに、ツカサは嬉しそうに話し出した。

 

「オオゾノさんは、この公園の管理人さんなんだ。『汚れたら、皆が楽しめない』って、さっきみたいに、毎日掃除してるんだ」

「この公園が大好きなんだね」

「そうなんだよ。だから……いつも泣いてるんだ」

「え?」

 

 ツカサの笑みが消えた。脈絡の無い言葉に、スバルは首を傾げる。

 

「ゴミのポイ捨てをする人や、持ち帰らない人が多いから……」

 

 ツカサの話によると、大きい公園故、家族連れで来る者達が多いらしい。しかし、マナーが悪く、ゴミを持ち帰らない輩が後を絶たない。あのお爺ちゃんは掃除しても掃除しても新たに公園に放置されているゴミに、いつも頭を抱え込まされているらしい。特に、桜が咲いていた少し前の時期では、ゴミの山を前にして途方にくれてたのだという。

 心無い者のせいで、あの心優しいご老人が悩まされている。酷い話である。スバルも頭に来ていた。

 

「嫌な人がいるんだね」

「本当だよ。せっかく綺麗な公園なのに……そういう意味じゃ、コダマタウンの方が皆マナーが良くて、良いよね?」

「皆で大切に使ってるもんね? 魚もいるし!」

「変わった店長さんもいるしね?」

「あ! 南国さんに言っちゃうよ?」

 

 魚が住めるほど綺麗な小川と、個性的な店長さんがいるコダマタウンの公園を思い出し、二人は意気揚々と缶ジュースに口をつけながら、木々の下を歩いて行った。

 途中にある石造りの階段を上っていく。上りきると、スバルの足が速まった。平地に足をつけ、目に移った光景に向かい、嬉しそうに叫んだ。

 

「うわあ! 花畑!?」

 

 白くて丸みを帯びた柵が、歩道の両脇に並んでいた。一区画ごとに分けられた敷地の中で、柵に守られるように咲いている、赤や青一色で並べられた花々。園芸のプロが毎日世話をしているからだろう。見事の一言に尽きる。

 

「ここが、見せたかった場所?」

「いや、違うんだ。この先だよ」

「え? 違うの!?」

 

 誰もが見とれてしまいそうな、見事な花達だ。素晴しい光景に見向きもせずに、ツカサは石の道を踏んでいく。花畑を突っ切ると、また階段があった。ツカサに続いて上っていく。

 

「この先は、丘になっているんだ。水平線が綺麗に見えるよ」

「海を見たいんだ?」

「う~ん、海もそうなんだけれど……まあ、見たほうが早いかな」

 

 一足先に階段を上りきったツカサが振り返り、スバルを手で招いた。急いで階段を駆け上がる。

 スバルの足が止まった。少しずつ足を踏み出し、現れた光景を瞳に映していく。それに連れ、目が大きく開かれていった。一歩足を踏み出し、神聖な世界に近づく。鼻をくすぐる甘くて塩辛い匂い。優しく体を撫でてくれる風。足元にいる彼らを傷つけぬようにと、慎重に足の置き場所を選ぶ。

 

「すごい……」

 

 広がっていたのは、またしても花畑だった。だが、そこにいるのは先ほどの者達ではない。見たことの無い花や、名前も分からない花、雑草まで混じっている。花の色や形や大きさは様々だ。赤や青、黄色にオレンジに紫。一本一本、違う花々が笑みを送ってくれていた。その先で大きく座する大海。陽光を跳ね返し、宝石をちりばめたように煌いている。今日は気候が良いのだろう。水平線がくっきりと見えた。

 

「……僕、こっちのほうが好きだな……」

「本当に!? 良かった。スバル君なら分かってくれると思ったんだ」

 

 スバルの隣で伸びをし、花々がくれた甘い香りを吸い込んだ。スバルも真似してみる。体を洗ってくれるような、優しい香りだった。混ざってくる海の香りがスパイスになり、とても美味しい。

 

「……ここに来るとね、洗われるんだ。心が。僕の醜い憎しみを全て和らげてくれるみたいでね……」

 

 徐に呟いたツカサの言葉に、スバルは何も言わなかった。さっきのツカサを思い出し、言葉に迷ってしまったからだ。

 

「誰構わず、仲良く咲いているこの子たちが好きなんだ。僕なんかも、受け入れてくれそうで……」

 

 自分を見ている茶色い瞳に笑って見せた。しかし、琥珀色の目は泣いているように細められている。

 

「全てがこの花畑見たいに、綺麗な世界になれば良い。全てを受け入れてくれるような、優しい世界になれば良い。けど、現実はそうじゃない。暗くて汚い物がたくさんある。それを失くすこともできない。だから、そこに美しいと思えるものを見つける。僕は、それが好きなんだ……君も好きになって欲しいな。この場所を……」

 

 花々を見つめるツカサの目が、また曇っていた。両親への憎しみが、再び燃え上がっているのだろう。それを彼は必死に抑えている。

 彼はずっと抱え込んできたのだ。狂いそうな憎しみを。学校で、皆に見せていた爽やかな笑みの下で。たった一人で。

 重ねてしまった。ずっと父を失くした悲しみに囚われ、傷つくのを恐れて、ひたすら耐えてきた自分と。

 風が囁き、花々が楽しそうに合唱する。その中で、スバルは静かに目を閉じて思い出した。それは、ツカサと始めて会った時のこと。三年ぶりに学校に行った日、席が隣同士だったこと。屋上で話したこと。学校内で逃げ回ったこと。ドッチボールをしたこと。どうでもいいような会話で笑いあったこと。

 彼と過ごした眩しい思い出に一通り浸ったとき、花びらを運んでいる風の中で目を開いた。

 

「ねえ、ツカサ君」

「なあに?」

 

 心臓が痛い。別に悪い事をしようとしているわけではない。それに、自分にはもう二人もいるのだ。

 大丈夫だ。

 そう言い聞かせ、勇気を踏み出した。

 

「僕と……ブラザーになってくれないかな?」

 

 潮の香りが強くなった。野花達が声を大きくする。なびく黄緑色の髪の下で、ツカサは言葉を失っていた。

 

「……え?」

 

 目だけではなく、体をツカサに向け、いつもよりも大きくなった目を見つめた。不思議と恐れは無かった。落ち着いている自分に、自分で驚いてしまっている。やけくそになって、開き直っているだけなのかもしれない。それでも、ミソラとルナがくれた勇気が支えてくれているのだと信じたかった。

 

「僕達はすごく境遇が似ている。君が、前に僕に言ってくれた通り……僕たちは、きっと、良いブラザーになれると思うんだ」

 

 親を失くした悩みを抱えている。そんな人がミソラ以外にも学校にいたのだ。しかもクラスメイトで、席が隣同士。ただの偶然ではなく、縁と捉えたいというスバルの身勝手な気持ちだ。

 

「スバル君……」

 

 友好的な笑みを向けるスバルから、胸を覆われるような温もりを受けるツカサ。

 嬉しい。たまらなく嬉しい。こんな自分にブラザーを申し込んでくれるスバルの優しさが、素直に嬉しかった。

 

「嬉しいよ……本当に……。でも……」

 

 辛そうに目を離した。足をこそばせて来る無邪気な野花に視線を落としている。

 

「さっきも話したよね? 僕にはすごく醜い部分があるんだ」

「両親のことだよね? 僕は、そんなツカサ君を受け入れるつもりだよ?」

 

 ゴミ焼却所でのツカサを思い出しても、スバルは引き下がらなかった。確かに、あの時のツカサは恐かった。まるで、別人のようにさえ見えた。だが、それも含めて、ツカサを受け入れ、受け止める。それが、スバルの気持ちだ。

 そんなスバルの決心を前にしても、ツカサは首を縦に振らない。

 

「僕の醜さは、あんなものじゃないよ? 実は……僕には、まだどうしても言えない秘密があるんだ」

 

 誰にも言えない、知られたくないもの。それが秘密だ。それが恥辱心からなのか、怒りからなのかは人と内容それぞれだろう。少なくとも、ツカサにとっては誰にも語り無くないものだった。

 

「その僕は、もっと深くてどす黒いんだ。もしかしたら、憎しみに囚われてしまうかもしれない」

 

 段々と声が細くなっていく。ツカサを蝕むのは恐怖と不安。そして、親への怒りから生まれてしまった憎しみ。

 憎しみによって、生まれてしまった自分の醜い部分。こんな深い闇は、誰にも打ち明けられない。スバルにも、全てを打ち明けるなんてできない。誰にも、受け入れることなんて、できやしないのだから。

 スバルに嫌われてしまうのではないか?

 不安が胸を満たし、恐怖と言う名の感情へと大きくなって行く。

 

「僕は君の全てを受け入れるよ」

 

 それら全てを吹き飛ばしてくれる言葉だった。

 驚いて顔を上げたツカサの周りを、花びらが優しく駆け抜けていく。ツカサが見たのは、花びら達の中で力強く笑ってくれているスバルだった。

 戸惑うと思っていたツカサの予想は裏切られたのだ。スバルは態度を一変させることすらしなかった。

 色とりどりの花びら達と共に、スバルは優しく囁いた。

 

「ブラザーは楽しいことも、辛いことも分かち合える。一緒に背負って上げられるんだ。きっと、君の憎しみも僕が一緒に背負って上げられると思うんだ」

「スバル君……」

「それにね……君がもし憎しみに囚われて、間違いそうになったら……僕が止めてあげるよ? 僕、こう見えても、腕っ節には自信があるんだ!」

 

 はやし立てる様に賑やかになる花達。その中に浮かぶ自信たっぷりの笑みと眼差し。ツカサにとって、それは言葉にできないほど頼もしかった。

 花びらが、賑やかに舞っていた。


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