自分の前世が漫画になってました   作:村人ABC

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今回はおふざけ回です


八巻

その瞬間、男の舌に激震が走った。

 

なんだこれは。―――なんなんだ、これは。

 

毒が入っている訳ではない。そもそもそういう類の行為を防ぐ為に男は己の主人の傍を離れ、少女の動作を一部始終監視していたのだからそんなことは起こりえないことは分かっている。じゃあなんなんだこれは。茶葉が悪いのか、そういうことなのか?!そう思って縋るように茶葉が入っていた袋のラベルを見るも、現実は厳しく無機質にもそれは一般的に普及しているものであることを示している。じゃあ、やはり、つまりはこういうことか。

 

イレギュラーのマスター・・・―――榎本コウが淹れたお茶がとんでもなく不味いだけのなのか。

 

(だからってこれはないだろう・・・!)

 

皮肉の言葉すら最早出すことが困難な程の衝撃を未だ受け止められず男は湯呑みを片手にその場に立ち尽くした。一言で表すなら、不味い。いっそなにかを超えて不味さを認識できないものになれば良いものを、人間が認識出来るギリギリのラインまでの不味さを茶から十分に引き出している辺りが余計にたちが悪い。一瞬座に帰りかける程不味いお茶がこの世にあるとは。いっそこれだけで英雄を倒せるんじゃないだろうか。宝具『人類史上不味い茶』、みたいな。いっそ口から吐き出したい衝動に駆られる。しかしそんなことをする訳にはいかないとありったけの自制心を集めてアーチャーはなんとか飲み下すことに成功した。だが湯呑みにはまだ並々と茶・・・いや、緑色の液体が彼を嘲笑うかのように自らの存在を主張し続けており、今の地獄がまだまだ続く事実を無言で突きつけている。―――これを自分は飲み干せるのか?アーチャーは自問し、沈黙した。

 

「アーチャーさん?」

 

そんなことを悶々と考えているとは露知らず、横で全ての湯呑みに茶を注ぎ終わった少女―――コウは首を傾げた。

単なる善意で茶を淹れてこようかとセイバー達に提案するなり「私もついていこう。君達が私を信用していないように、私も君達を信用していないのでね。―――それともなにかね?見られてはまずいものを混入する気なのかね?」と皮肉げに笑った男に対して思うところがない訳ではない。むしろ次戦う時は絶対にぶっ潰すとすら内心で思っている。しかし茶に口をつけるなり微動だにしなくなるとはどういうことだ。毒は入れていないし、考えられるのは彼の舌に緑茶があわなかったということ位か。もしかしたら緑茶を飲む風習がない地域もしくは時代の英雄なのかもしれない、とコウが自分の中で導き出した結論に納得したように頷いた時。

 

「・・・3点だ」

 

沈黙していた男・・・アーチャーが低い声でそう唸るように呟いた。

 

「はい?」

「このお茶の点数だ。そこになおれ、イレギュラーのマスター。他人の為に入れようという気配りは確かに認めよう。しかしこれはなんだ?!」

「緑茶っていうお茶の一種です」

「これの名称を聞いた訳ではない!」

 

アーチャーの剣幕にコウは僅かに後退った。彼女にはなにがここまで男を怒らせたのかが全くもって分からなかった。彼女にとって今も昔も茶を飲むという行為は水分補給の一貫にしか過ぎないものである。自然「いいかね緑茶とは―――」と緑茶の淹れ方をレクチャーし始めた英雄に送る視線は呆れたものになっていた。

 

(緑茶に馴染みがある文化圏の人間ということだけ分かったからマシか?)

 

コウは未だ続く彼の説教にも似た”正しい茶の淹れ方講座”に適当に頷きつつそんなことを考えた。アーチャーの情報は未だ少ない。しかしこんな些細な情報でも、緑茶の歴史と鑑みれば彼の生きていた時代はかなり絞られてくるだろう。それにしても聖杯から知識を得ているとはいえ随分と手慣れたような手つきで湯を沸かしている、とその逞しい背中を眺める。適応能力が異常に高いのか、はたまた近代の英雄だからなのか。なんにせよ結論を出すには情報不足だな、とコウは内心で溜め息をついた。

それから数分後、長くもないが決して短くも無い講座がようやく終了した。「さっき言った通りにやってみろ。・・・違う、聞いていなかったのか?それともさっき言ったことでさえも覚えることが出来ないのか?・・・そうだ、急須ではなく湯呑みに注いで・・・そうだ、それを急須に戻し・・・ああ、そうだ、それでいい」と口うるさい教師の言葉に若干反発心を抱きながらも言われるままに茶を淹れ直したコウが再度淹れ直す。アーチャーは満足げに頷いて口をつけた。

 

「何故だ?!」

 

アーチャーは思わず机を叩いた。不味い。いや、先程に比べれば少しはましになっている。なっている、のだが。それでもまだまだ不味かった。

 

「私の教え程度では人並みにするのは無理だというのか・・・?!」

 

アーチャーは額に手をやって自分の無力さを嘆いた。その横で「流石に失礼過ぎません?!」と抗議しているコウに視線をやる余裕すら彼にはなかった。何故だ、なにが悪かった。手本を見せる為に自分が淹れた茶を「わー、美味しいー」と言いながら飲んでいた様子から、彼女の舌自体はイカれていないのだろう。ここまでくると呪いとしか思えない。淹れる茶全てが不味くなる、みたいな。

 

(んな訳ある訳ないだろう!)

 

隙あれば現実逃避しそうになる自分にアーチャーは内心で喝を入れた。大体そんなピンポイントで嫌がらせに満ちた呪いをかける奴がどこにいる。他に理由がある筈だ・・・!

 

―――そう考える彼は知らなかった。

 

少女・・・『コウ』は前世彼女は茶を司る仙にまさにアーチャーが考えていた呪い・・・『理』を魂に刻まれていた。といってもそれは負の感情から行われたことではない。むしろその茶仙・・・(シン)は『コウ』という少女を大切に思っていた。その呪いもそもそもは彼女を想ってかけたものである。所謂、彼女なりの「屈折した愛情表現」であった。

 

類稀なる運命を天帝によって定められた『コウ』だったが、王として即位する前まではそこまで多忙ではなく慎の淹れた茶を飲みながら語らうことも数少なくなかった。しかしその数少ない『コウ』の安息の時間も政務や戦争の処理に追われ無くなってしまうこととなる。自然『コウ』が慎に会いに行く回数は減り、数年もすれば年に一回会えればいい方になった。「自分から会いに行くのはなんかイヤ。というか相手が自分に会いに来るのが当然でしょ」を地で行く慎はそのことに怒りを覚えた。

 

『なんで会いに来ないのよ、バカ!』

 

彼女が人から仙になる人仙とは違い自然から生まれた霊仙であったこともその怒りが増す一つの要因となっていた。自然から生まれ出た慎にとって人間はそこまで大切な存在ではなかった。故に彼女は自分が大切に思っている人間モドキが下らないことに煩わせられているから会いにこれないのだと考え―――『だったら、会いにくる理由をアタシが与えてあげればいいじゃない』という結論に至ったのだ。

淹れる茶全てが不味くなれば当然美味しい茶を飲みたくなるだろう。そうしたら、つまらないことを全部放り出して真っ先にアタシに会いにくるに違いない。だってあの子は「お茶なんて水分補給の一種だと思っていたが・・・慎の淹れてくれるのだけは別だな」って笑ってくれたもの。でも待って、「淹れる茶全てが不味くなる」だけじゃなくて「練習したら人並みになる」っていう『理』を足したらアタシと一緒にいてくれる時間がもっと増えるわ!だって茶を司るアタシに教えを乞うのは当たり前だもの!

 

彼女はただ、純粋にそう考え行動にうつしたに過ぎなかった。

 

―――しかし慎がその呪いをかけた数日後、『コウ』はその世界を去ることとなる。

 

故に榎本コウは未だ知らないままでいる。

 

それが『コウ』を愛した一人の仙との繋がりであることを。

慎が『コウ』を大切に想ったこその『理』がその魂に刻みつけられていることを。

 

(・・・アーチャーは放っておいて他の淹れておこう)

 

その身に呪いを受けていると知らないままに溜め息を一つ落として、少女は未だなにかぶつぶつと呟いている男に背を向ける。

 

再び急須を手に持ったコウを止める者はそこには誰もいなかった。

 

 

***

 

 

 

「・・・お茶を淹れるのにどんだけ時間かかっているわけ?」

「何か問題でも起きたのでしょうか」

 

同時刻、別室にて二人が帰ってくるのを待ち続けていた凛とセイバーは口々にそう言いながら時計を見上げた。コウ達が台所へ行ってからもう十分程が経過している。アーチャーとイレギュラーが戦っているのではという考えが一瞬思い浮かんだが争うような物音は聞こえないしそもそも魔力が大量にもっていかれた感覚自体がない。となれば他の問題が起きたとか?そこまで考えた凛は臨戦態勢を保ったまま台所へ向かった。同じことを考えたのかセイバーも同様に先程とは違い鎧を纏った恰好で慎重に歩を進めている。

 

凛はごくりと喉を鳴らして、扉に手をかけた。

 

「―――なんだ、緊張して損したじゃない」

 

視界に広がる光景に凛は肩の力を抜いた。呆れた目をしてアーチャーを見ているコウが若干気になるがそれ以外は至って異常は感じられない。まさに平和そのものと言っても過言ではなく、戦闘態勢に入っていた自分達が場違いに思える程だ。「あれ、どうしたの?」と呑気そうに聞いてくるコウに「なんでもないわ、気にしないで」と適当に返しつつ、凛は先程までの緊張のせいで少し渇いた喉を潤す為にお盆の上に鎮座していた湯呑みの一つを無造作に取る。

 

「―――待て、凛!」

 

己の主人の危険にようやく我に返ったアーチャーが制止の声を上げるも時既に遅し、彼女はその茶を口に含んでしまっていた。

 

(まっっっっっっっっずっっっっっっっっっっっっ!)

 

凛は咄嗟に口を抑えた。そうでなければ今にも吐き出してしまいそうだった。なにこれ本当にお茶なのねんか変なの入ってるわけじゃないわよね―――?!

 

「無理に飲み込もうとするな、いっそ吐いてしまっても構わん!」

「うっわアーチャーさん、そこまで言います?」

「リン?!大丈夫ですか?!」

「言うに決まっているだろう!」

「えー、じゃあ後の湯呑みに注いだお茶はどうしろと?流石に二回も捨てるのは勿体無いと思うんですけど」

「リン?!顔が段々青く・・・いえ白く・・・?!」

「な、なんであの腕前で全員分淹れた?!というかいつ淹れた?!」

「アーチャーさんが嘆いている横でちょこちょこーっと」

「リン、本当大丈夫ですか?!」

「なんでこういう時に限ってさっきよりも手際が良いいのかね榎本コウ!さっきはもっと時間かかっていただろう?!」

「ふっ、人は常に進歩するものなんですよアーチャーさん」

「リン!大丈夫です、誰も気にしませんから!なんなら全員外に出させますから!」

 

(後で絶対あの二人シメる・・・!特にアーチャー、覚悟しときなさい・・・!)

 

凛はセイバーの気遣いに満ちた言葉になんとか首を横に振りながらそう決意した。コントにも似た掛け合いをしている暇があったら少しは己のマスターを心配しなさいっての!という憤りが彼女にはあった。舌の上を気絶すれすれの風味が今も尚暴れまわり続けており、これは飲み下さない限り永遠に続くのだろう。

 

―――ふと、凛はある男の姿を思い出した。

 

凛と同じクラスの料理愛好会の会長が「へえ、この予算希望金額が可笑しいと?へーいいよーとことん話し合おうじゃないの。ウチの副会長が手ずから淹れたお茶でも飲みながらゆっっくりね」と言った途端「いや、なんでもない!この予算で生徒会長に通させてもらうから、むしろ通させて下さい!」と半泣きになっていた生徒会会計の姿を。

あの時はなんとも情けない男だと思ったが今なら彼の気持ちが良く分かる。これは駄目だ。人類には早すぎる味だ。それでも飲まなければならない。出されたものを吐き出すなんて、そんなの優雅じゃない・・・!

 

(遠坂たるもの、常に優雅たれ・・・!)

 

一口目を飲み下し、そのまま湯呑みに残っていたものを一気にあおってみせた凛の名を従者が悲鳴のような声で叫んだ。それには返さず空になった湯呑みを盆の上に戻せばタン、と乾いた音が静かに響く。いそいそと急須を手に持ったコウの手を白く華奢な手が取り押さえた。

 

「おかわりは結構よ。―――もう充分、潤ったから」

 

 

 

その時の凛の笑顔程怖いものはなかったと後に赤い従者は語ったという。

 

******

 

―――ステータスが一部公開されました

 

 

クラス*イレギュラー(自己申告の為真偽の程は不明)

マスター*榎本コウ

真名*コウ

性別*女性

属性*(黒く塗りつぶされている)

ステータス

筋力 A~?

耐久 C~?

魔力 (黒く塗りつぶされている)

幸運 C

敏捷 B~?

宝具 (黒く塗りつぶされている)

 

宝具

『無銘の刀』

『七星刀』

 

宝具?

 

『人類史上不味い茶』


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