自分の前世が漫画になってました   作:村人ABC

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六巻

結局、あの後状況をちゃんと把握する為に話し合うということになった。未だ警戒心を隠そうともしないセイバーとの距離の直線上に衛宮を置くことで彼女の殺気にも似た視線をやり過ごし、衛宮邸の廊下を進む。あ、そうだ。客間の扉を開けながらそう声を上げた衛宮にその場にいた全員が彼に視線をやった。

 

「どうしましたか、シロウ」

「俺はともかく、榎本は着替えた方がいいよな?結構切り裂かれてるし」

「あー、うん、出来れば上だけでも着替えさせて欲しいかな。制服は・・・もう捨てるしかないか、これじゃ」

 

衛宮の指摘でようやく気付いた制服の惨状に思わず深い溜め息が出た。土や血で汚れただけなら洗ってなんとかなったのに。おのれランサーめ、なんてことをしてくれたんだ。制服って結構高いんだぞ。

 

「縫えばいけるんじゃないか?」

「流石に素人じゃ無理でしょ。専門の人に頼もうにも、切り口が綺麗過ぎるから頼めないし」

「あー・・・確かに、理由聞かれたら困るな」

「他人事みたいな感じ出してるけど、衛宮だって窓ガラスどうするの?あ、後で半額弁償するよ」

「これぐらいなら大丈夫だ。藤ねえさえ誤魔化せばなんとかなる。というか榎本、元々ランサーって奴が襲ってきたのが原因なんだし気にしなくていいぞ?」

「いや半額必「さっさと魔術で直せばいいでしょーがっ!」

 

そんなやり取りを衛宮と続けていれば、横で先程から私達の会話を苛立たしそうに聞いていた遠坂さんがついに我慢の限界を超えたのかそう大声で叫んだ。「凛、夜も遅いし何より近所迷惑だ」と至極真っ当な指摘をした己のサーヴァントに「うっさいわよ!いいからアーチャーは外を見張ってきて!」と怒るその様に若干衛宮がショックを受けているのを感じつつ彼女を宥める。というか遠坂さんのサーヴァントはアーチャーというのか。後で電子辞書で調べよう。って、ちょっと待て。衛宮が魔法使いなら、遠坂さんは魔女?いや、年齢的に魔法少女になるのか?

 

「・・・ん?てことは、遠坂さんはリアル魔法少女なんだ」

「メイガスって言いなさいよ!」

 

ポン、と手を打てば遠坂さんが叫ぶと同時にガクガクと私を揺さぶった。魔法少女のどこが気に食わないというのだろう。日曜の朝の魔法少女アニメを楽しみにしているちびっこ達(一部大きなお友達含む)もいるというのに。あれか、変身シーンが恥ずかしいのか?それとも技名を叫ぶのが恥ずかしいのか?

 

「大体、それなら榎本さんにも当てはまるじゃない!」

「まあそれはともかく置いといて。彼、めっちゃ笑ってるけどいいの?」

「わ、笑ってない!」

「犯人は皆そう言うのだよ衛宮君。大方日曜朝のアニメな遠坂さんを想像したんだろう?」

「うふふふふ。榎本さん、ゆーーーーっくり着替えきて下さらない?私、彼と少し話し合わなければなりませんの」

「なんでさ!」

 

彼がずるずると遠坂さんに引きずられて行くのを見送って、私は扉を閉めた。頑張れ若人よ。人とはそうやって大きくなるものだ。少しだけ笑みをこぼしつつ汚れた服を床へと脱ぎ捨て、下着だけを身に着けた状態になる。皮膚に触れるひんやりとした冷たい空気に身を震わせーーーそしてそのまま身を強ばらせた。

 

(セイバーが言っていた令呪とやらが何故胸元に?!いや、違う、そうじゃない、---何故私にあるんだ?!)

 

衛宮みたいになにかを召喚した覚えはない。前世の記憶はあるが結局のところ魂は一つでしかない。なのにこれは、なんだ。セイバーの『貴女がサーヴァントなら話は別だ』と言う言葉を信じるなら、私はサーヴァントとなる。しかし令呪があるというなら衛宮のようにマスターでもあるのかもしれない。サーヴァントで、マスターということなのだろうか。意味が分からない。いっそのこと、考えることを放棄してしまいたい。

けれども私は弱者に過ぎぬ存在、考えて策を練ることだけが残された手段なのだ。考えることをやめればたちまちのうちに奪われてしまうだろう。それは嫌だ。それだけは嫌だ。誰も助けてなんかくれない。誰も守ってなんかくれない。なら自分で戦うしかない。息を吸え。息を吐け。奪われない為に剣をとれ。

 

それが私ーーー『コウ』だ。

 

衛宮に手渡された服(一目見て男物と分かるようなものでないシンプルなワイシャツだ。相変わらず気配りが過ぎる男である。今はただ有難いが)に着替え、制服を鞄に乱暴に突っ込む。そうしてパン、と気合入れに軽く頬を張り、扉に手をかけた。

 

 

 

・・・遠坂さんの説明は概ね私が推測したものに近かった。

 

三回の絶対命令権である令呪。六人倒したマスターに願いを叶えることが出来る聖杯が与えられるということ。聖杯戦争という、七人のマスターによる魔術師同士の殺し合いに巻き込まれたということ。サーヴァントは聖杯戦争を勝ち残る為に聖杯が与えた使い魔で、使い魔ではあるけど人間以上の存在、伝説上の英雄を引っ張ってきて実体化させたものだということ。

 

しかし一番驚いたのはサーヴァントが英雄ということだ。・・・英雄になる要素なんて前世の私にあっただろうか。結果人の為になったとはいえ基本的には自分が奪われたくないから戦っていただけだし、なにより最期にしでかしたことを考えれば英雄とはとてもいえないんだが。

 

「まあ、ざっとこんな感じかしらね。詳しいことは監督役にでも聞きなさい。今回は何故か八人目がいるみたいだし」

「私、だよね」

「ええ。貴方がアーチャーに応戦した時、確かにサーヴァントとして一部ステータスが見れたのよ。といっても殆ど見れず八人目のサーヴァントということしか分からなかったけど。で、さっき胸部中央に令呪があったって言ったじゃない?セイバーとはまた違った不完全な召喚だと思うわ」

「不完全って?」

「今の榎本さんの状態は降霊術に近いもの・・・そうね、マスターにサーヴァントが憑依していると考えて頂戴。

衛宮くんの場合は本人が半人前だからでしょうね。サーヴァントはマスターからの魔力の供給で存在しているもの、半人前な以上供給が上手くいってないのよ」

 

(憑依・・・とは違うんだが。ま、態々言う必要はないか)

 

そんなことを考えながらも神妙に頷く。そもそも既に戦争が始まっているなら彼女達は私の敵も同然なのだ。故にその勘違いを正す必要もない。なにせ戦争において最も重要なのは正確な情報なのだから。些細な情報と思っていたものが後々大きな助けとなった、ということはよくある。だからこそ情報は隠し、正確なモノを仕入れるのだ。

 

(帰ったら情報を整理しよう)

 

そしてセイバー達の真名を調べなければ。伝説上の英雄なら本かインターネットで調べれば出てくるか?しかしランサーはともかくアーチャーとセイバーの正体を突き止めるのは難しいかもしれない。双剣使いなのにアーチャー・・・弓兵とはこれいかに。なんだそれそんなの有りなのか。手がかりが全く無いじゃないか。セイバーも不可視の剣使いだし。二人共英雄なんだろう、少しは堂々と武器使ったり名乗ったりして手がかり位与えてくれてもいいじゃないか。

 

「ちょっと榎本さん、聞いてる?」

「え?いや・・・ちょっと考え事してた。悪いけど、もう一度言ってくれないかな?」

「これから監督役に会いに新都に行こうと思ってるの。榎本さんも行くでしょ?」

「・・・時間も時間だけど、行かせて貰おうかな」

 

彼女の言葉に少しだけ考えこんだ後、首を縦に振った。情報も知識もない私にとって、その提案は魅力的なものだった。どうせ夜遅く家に帰るなら情報を少しでも仕入れて帰った方がいい。一応監督役を後日一人で訪ね、聞くという方法もあることはある。しかし私にはこの世界の魔術知識がない為監督役が嘘を言っても分からないのだ。それなら敵でも味方でもない彼女達と共に行き、彼らの表情を判断材料にした方がマシだ。勿論多少のリスクーーー途中で衛宮や遠坂さんに襲われる可能性はあるが。それを差し引いてもメリットがある。

 

 

 

***

 

 

(ーーーと、思ってた自分を殴りたい)

 

聖杯が霊体であること。だからこそサーヴァントしか触れることが出来ないこと。前回の聖杯戦争は十年前に行われ、それは最短のサイクルであること。十年前の原因不明の火災は前回の聖杯戦争のせいでそれに衛宮が過剰に反応したことから彼になにか関わりがあること。確かにこれだけの情報を手に入れることは出来た。だがそれらの情報位なら後で衛宮に聞くことも出来るものだ。彼なら敵マスターである私にも親切に教えてくれそうだし。

 

問題は私という存在をあの神父に知られてしまったということだ。

 

監督役を選んだのが誰かは知らないがなんであんな人間を選んだんだ。あれは嘘は話さないが、かといって真実を話すような奴じゃない。事実を断片的に語り、受け手に虚実を掴ませるタイプだ。相手が勘違いをしていても肯定もしないが否定もしないタイプだ。私もそういう類の人間だから分かる。こういう人間こそ最も信用に足らないものだということも。そんな人間にわざわざ自分の存在を明かしにいくとか自分馬鹿すぎるだろう。これ以上この男に私の情報を渡すわけにはいかない、と「ーーーさて、君は何故ここに来たのかね?」と尋ねてきた言峰神父に「榎本です」と苗字を名乗るだけにとどめる。「彼女、八人目のマスターみたいなのよ」と遠坂さんが付け足すようにそう神父に告げた。

 

「・・・なんだと?令呪はあるのか?」

「先程着替える時に、胸元に」

 

言葉少なにそう言えば「榎本さん、嫌だとは思うけど一応見せてくれないかしら」と言う遠坂さん。私が渋っているのを異性に見せるのを躊躇ったからだと思ったのだろう。実際はこの場にいる全員を信用していないからなのだが、流石にここで駄々をこねる訳にもいかず渋々とボタンを外し胸元を大きく開ける。ひやりとした指が花にも似た紋様にそっと触れた。

 

「・・・確かに。認めよう、君は聖杯に選ばれた八人目のマスターだ」

「ば、馬鹿!早くしまえ!」

「衛宮、今はそんなことを言ってる場合じゃないから。言峰神父、貴方の反応から考えられるに本来では有り得ないことなのですね?」

「ああ。---だが何事にも例外はある」

「例外というか異常でしょう、これは。本来なら七人のところが八人なんて、儀式自体が崩壊する可能性だってある」

「と言っても、調べないことには何も言えないのでね。此方である程度分かったら君に連絡しよう」

「あー・・・それなんですが、その際は遠坂さんを通してお願いします」

 

上着を被せようとしてくる衛宮を躱しつつ、私達は会話を続けた。正直胸を見られたというそんな些細なことをこの場で気にしている人間は衛宮位のものである。この場において未だ自分が戦争に巻き込まれたという自覚がない人物とも言い換えられる。逆に言えば遠坂さんは私を警戒し始めたということだ。現に、私を利用しようなんていい度胸じゃないと言わんばかりに彼女は私を睨んでいる。八人目のマスターは随分と慎重な性格をしているようだ、と神父が嗤った。

 

「私というかサーヴァントが、ですけどね。私自身は全てサーヴァントの意見に従ってるだけなんで」

 

私はそれに苦笑して答えた。勿論真実ではない。だが、嘘でもない。私はマスターでありサーヴァントなのだから。今の言葉で彼らは私の行動は全て『榎本コウのサーヴァント』の指示によるものだと考えるようになるだろう。警戒するのは私ではなくあくまでも『榎本コウのサーヴァント』とさらに考えてくれれば上々だ。別人として振る舞うのは王として統治していた時に散々やっていたし、ばれない自信がある。

 

(取りあえず情報はこれからも集めるとして・・・)

 

本来ならここで遠坂さんと衛宮を始末するのがベストなのだろう。しかし他の陣営の情報を手に入れる為にも、そして魔術師としての知識を得る為にもこの二人はまだ生かす必要がある。かといってこのままハイサヨナラは出来ない。・・・戦争に加わる者としてまだ未熟な内に不可侵協定でも結ぶべきか?

 

「ちょっと、榎本さんも衛宮くんに何か言ってやって頂戴」

「え?」

「・・・もしかして、聞いていなかったの?」

「途中までは聞いていたんだけど、ちょっと考え事してて」

「ちなみに何を、と聞いてもいいかしら?」

「近所の方に鉢合わせしたらなんて言い訳しようかなーって。ほら、もう夜遅いし?」

「・・・あのね榎本さん、そう呑気にしてたら死ぬわよ?ーーー良い機会だから言わせてもらうわ。貴方達が聖杯戦争に参加することを決めた時から私達は敵なの。衛宮くんも榎本さんも、いつか殺し合わなきゃならないのよ」

 

(非情にはなりきれてないな・・・)

 

思ってもいないことをぺらぺらと告げる私にそう忠告してきた彼女に内心でそう分析した。冷静に判断は出来るが甘さは抜けていないといったところか。そんな彼女に対しフラグを建てる衛宮の場合は・・・ふむ、お人好しだが冷静に物事を考えることが出来るといったところか。後、フラグ建て名人。そうサラッとフラグを建てるなんて中々出来ることではない。しかも遠坂さんも僅かに顔が赤いし。なんか青春の一ページに立ち会ってしまった気分だ。

 

「お話、終わった?」

 

そんな甘酸っぱい空気を吹き飛ばすように幼く可愛らしい声が響いた。瞬時に真剣な表情に切り替えた遠坂さんが「バーサーカー?!」と焦りに満ちた声を上げる。バーサーカー・・・確か意思を奪うことによって戦闘能力を上げた狂戦士、だと教会で言っていたな。名前通り理性の消えた目をした男を従えた少女が優雅にその場で一礼する。人形染みた美しさを備えた少女はイリヤスフィール・フォン・アインツベルンと自らの名を名乗った。

 

「アインツベルン・・・」

 

彼女の名に遠坂さんが警戒を強めながらそう呟いた。魔術師の間で有名な名前なのだろうか。ということは昔からある魔術師の家名か、実力が高いことで最近有名になった魔術師の家名のどちらかか。なんにせよ警戒するに越したことはない。

 

「アーチャー、ここは貴方本来の戦い方に徹するべきよ」

 

(アーチャーの本来の戦い方・・・弓か)

 

そう思い至ると同時に若干やさぐれてしまうのは仕方がないだろう。大体あれだけ剣に優れておいて弓の方が得意とかなんなんだ。天はもっと平等に才を与えるべきだ。それとも英雄とはそういうものなのか?・・・本当、なんで前世の自分がサーヴァント扱いなんだろう。聖杯絶対間違えてる。ここの聖杯壊れてるんじゃないか?八人目を選んでいる時点で『マトモ』には機能していないことが伺えるが。

そんなことを考えている間にも時は過ぎ、アーチャーは遠くから狙い撃つ為にこの場を去った。それを止めもしなかったのは余裕の表れか。「じゃあ、始めるね」とまるで遊びを楽しむ童女のようにイリヤスフィールが戦いの幕開けを宣言する。

 

 

 

「やっちゃえ、バーサーカー」

 

 

 

ーーー少女の楽しげな声音に合わせて巨体が闇夜を舞った。


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