自分の前世が漫画になってました   作:村人ABC

5 / 11
五巻

少女はマスターと衛宮のことを呼んだ。

 

(マスター、サーヴァント・・・どんどんきな臭いものになってきたな)

 

「ここに契約は完了した」と続けられた少女の言葉から考えられるに、やはり何らかの儀式に巻き込まれてしまった可能性が一番高いだろう。ヒトと同等、あるいはそれ以上の知性を持ちかつヒトの姿を模すことが出来るモノの召喚魔術、か。前世でいうならば高位妖魔の調伏が最も近いだろう。ただ妖魔調伏が使い魔を完全に制御するのに対しこちらの召喚魔術は使い魔を完全に御することは出来ないらしい。少女の姿をとったソレは衛宮の命令もなしに外へと勝手に飛び出していった。

 

「・・・契約って、なんの?!」

 

そんな少女モドキーーーいや、彼女自身の言葉を借りればセイバーかーーーを茫然と見送った衛宮は一拍置いて戸惑いを隠しもせずにそう大きく叫んだ。その心からの叫びより彼が意図してセイバーとやらを呼んだ訳ではないということが察せられる。つまり衛宮は無意識に魔方陣を発動させ、さらにはあれ程のモノと契約を交わしてみせたということか。衛宮が余程才有る者だったからなのか、それともこちらの魔術は術式などは気にせずに使用出来る代物だったからなのか・・・はたまた彼の運が異常に高かったからなのか。それは分からないが、何にせよ彼は自分を守る力を、奪われない為の力を手にいれたことには変わりがない。巻き込まれた側から当事者になってしまった衛宮には不幸中の幸いといえよう。

それにしてもセイバーとやらは随分と強いな、と外から聞こえてくる激しい打ち合いの音に気を引き締めた。扉近くから外を伺えばヒトには到底追いつけないスピードで気合の声と共に剣を振り落した少女が丁度男を弾き飛ばしたところで、その様子に先程までの考えを改める。もしかしたらヒトに近い形をとるモノ、あるいはヒトだったモノかもしれない。それ程にセイバーはその姿で戦うことに『慣れ過ぎていた』。

 

いまや男ではなくセイバーがこの戦闘の主導権を握っていると言っても過言ではなかった。

 

なにも男が弱いという訳ではない。むしろ強い部類に入る実力の持ち主だろう。しかしセイバーの武器は長さ、太さ、形状すらも分からない代物。あれでは間合いをとりにくくやりづらいことこの上ないだろう。体格差すらも利用して、小回りのきく小さな体をセイバーが回転させる。その勢いのままに放たれた一撃を顔を歪めながらも耐え切った男は再び間合いをとり、苛立ったように叫んだ。

 

「卑怯者め!自らの武器を隠すとは何事か!」

 

ーーーやはりヒトだったモノ、なのだろうか。それともこちらの異形のモノは複雑な感情すら持っているのだろうか。だがこの戦いが、魅入られたように目の前で繰り広げられている戦いを見つめている衛宮に悪影響を与えていることは確かだった。

本来戦うということは血生臭い殺し合いでしかない。そこに誇りも何もなく、あるのはただ執着と欲望のみ。なのにどうだろう、目の前の戦いはあまりにも『美しかった』。二人の死闘を食い入るように見続ける衛宮の横顔に溜め息をつく。彼の手の甲に居座る、先程まではなかった奇妙な紋様以上の問題だ。全く、これ以上考え事を増やしてどうしろというのか。そろそろ頭がパンクしそうだ。

 

「どうした、ランサー。止まっていては槍兵の名が泣こう。そちらが来ないのなら私が行くが」

「その前に一つ聞かせろ。貴様の宝具、それは剣か?」

「さあどうかな。斧かもしれぬし、槍かもしれん。いやもしかしたら弓ということもあるかもしれんぞ、ランサー」

「抜かせ、剣使い!」

 

(ランサー、槍兵、宝具、剣使い?)

 

・・・可笑しい。何がって、一度もランサーと名乗っていないにも関わらずセイバーが確信を持って彼をそう呼び、男もそれに応えたことがだ。さらに槍兵、剣使いという単語。もしかしてセイバーは個人を指す名前ではなく、職業・・・いや、これも儀式の一部だとするならば、儀式に必要な役割の名前なのかもしれない。それに揶揄するように男はセイバーを剣使いと呼んだ。つまり、ランサーは槍兵を、セイバーは剣士を指していると考えられる。・・・英語か何かは分からないがもう少し外国語を学ぶ必要があるかもしれない、と少しばかり反省した。いや今はそれは脇においておく。

ランサーとセイバーの意味は分かった。ならば宝具とは何だろうか。ランサーはセイバーを剣使いと確信しながらも「貴様の宝具、それは剣か?」と聞いた。つまり宝具とは武器、ということか?しかし宝具と態々言い換えるだろうか?宝というからには大切なものだろう。取って置きの武器、ということか?

 

そう一人悩む私をよそに戦いはいつの間にかクライマックスに差し掛かっていた。

 

「躱したなセイバー、我が必殺の一撃を!」

「呪詛・・・いや、今のは因果の逆転!ゲイ・ボルク(刺し穿つ死棘の槍)・・・御身はアイルランドの光の御子か!」

 

(・・・やはり知識がないと殆ど理解出来ないな)

 

正直二人が何を言っているのかが分からない。因果の逆転はまだいい。ゲイボルクってなんだ。アイルランドの光の御子って誰だ。ゲイボルクは技名・・・か?アイルランドはあれだ、イギリスの長い正式名称に含まれるやつだ。光の御子?光の巨人の仲間かなんかか?・・・とにかく、ランサーの真名の手がかりには違いない。帰ったらちゃんと調べよう。

そう深く決意している間に「逃げるのか!」「追ってくるなら構わんぞ。ただしその時は、決死の覚悟を抱いてこい」とのやり取りを経てランサーはこの場を立ち去っていった。一難は、去ったか。私はその背中が完全に見えなくなったことを確認して小さく息をついた。

それでも、安心するのはまだ早い。ランサーを追おうというセイバーのあの様子はどこか違和感を覚えた。あれは仕損じたことによる焦りではない。あれは、倒さなければならないという焦りだ。つまり召喚し戦わせ数を減らすことに意味があるということではないという訳か。・・・にしても分からないな。普通態々召喚したモノを戦わせて減らすか?あれ程の魔力を秘めた存在だ、魔術師にとっても惜しいモノだろうに。余程それを超える大きなメリットがあるということか?

 

「それは令呪と呼ばれるものです。無闇な使用は避けるように。それよりシロウ、傷の治療を」

「俺に言っているのか?悪いけど、そんな難しい魔術は・・・」

「分かりました。ではシロウの協力者、お願いします」

「・・・へ?」

 

予期せず話をふられてしまい、思い切り間抜けな声を出してしまった。正直敵だと見なされて斬りかかってくるとすら考えていただけに拍子抜けもいいところである。まさか協力者と思うとは。つまりマスターは必ず一人ということか。しかしここである疑問が浮上した。セイバーは何故私を協力者だと思ったのだろうか。巻き込まれたただの一般人と考えなかった、その理由は。

 

(・・・そういえば衛宮という苗字に反応していたな)

 

セイバーがヒトにせよ、ヒトでないにせよ召喚されて此処にいるというならば本来は此処ではない何処かで存在していたということを示している。にも関わらず衛宮という苗字を知っているということは嘗て衛宮の祖先に召喚されたか、生きている間の知り合いにそんな苗字の人間がいたかのどちらかだ。・・・いや待て、此処ではない何処かの範囲には過去、未来共に含むことが出来る。つまりセイバーが死人や未来人の可能性もあるという訳で。ううむ・・・。とにかく、彼女の知っている衛宮という人間には協力者がいた可能性が高いと思っていいだろう。後は色々調べてから考えるしかない。

つらつらとそんなことを考えつつ「すみませんが私も無理です」と言えば「では、このままで臨みます。後一度の戦闘ならば支障はないでしょう」と言い捨て塀の上へと飛びそのまま外へ出るセイバー。やはり焦っていると言わざるを得ない。確かに奇襲すれば有利なのはセイバーの方だ。だがそれは傷が完全に癒えた場合だ。

衛宮が私の手を掴んだ。彼ならそうするだろうなと思っていたのでそれには特に反応を返さずに私はそのまま衛宮と共に外へと走る。その間も大きな金属音は絶え間無く聞こえてきており、相当激しい戦闘が行われていると聞く者に予測させる。玄関を出たところで、セイバーが予測を裏切らず激しい打ち合いを紅い男としている様が視界に入り込んできた。

 

「やめろセイバー!」

 

隣で衛宮がそう叫ぶと同時に彼の手が赤く光った。その瞬間、まるでその場に縫い止められたように動きを止めるセイバー。衛宮の命令にセイバーの意思とは関係なく従わさせられたのだということはその咎めるような目つきを見れば一目瞭然だった。

 

ーーー確かに剣は止まった。

ーーーだが、それはあくまでもセイバーだけだ。

 

戦いには当然相手が存在する。激しい打ち合いの最中、急に手を相手が止めたとして、自らの手も同時に止められる者がどれだけいようか。しかも今回は外部によって強制的に止められたものだ。自然、彼の双剣はそのままにセイバーへと向かう。

 

ーーー気づけば私は無銘の刀でそれを弾き、セイバーの首根っこを掴んで大きく間合いを取っていた。

 

(・・・間に合った、か)

 

しかしその次の瞬間私はその場を飛び退いていた。セイバーの剣撃が私に向かって放たれたからだ。助けたのに、なんたる仕打ち。知らず、「何のつもりか」とセイバーを睨む。

 

「・・・礼は言いましょう。しかし貴女がサーヴァントなら話は別だ」

 

そうして冷たく返されたセイバーの言葉に私は目を瞬かせた。

 

誰が、なんだって?

 

(私が、サーヴァント?)

 

 

 

ーーーんな、馬鹿な。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。