自分の前世が漫画になってました   作:村人ABC

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三巻

鮮血をほとばしらせながら少女達は地に伏せた。鋭い痛みが全身を駆け巡り呼吸が乱れる。全身の痛みが、一刻も満たずに男に追いつかれてしまった事実を否が応でも突き付けていた。

 

「鬼ごっこはもう終わり?」

 

残酷な程に優しい声に二人の少女は身をこわばらせた。村の彼方此方で倒れ伏せていた死体に躓いても決して離すことのなかった二人の手は倒れこんだ衝撃で、最早伸ばしても届かない距離にあった。

そんな彼女達の鼓膜を男が近づいてくる音が地面を通じて震わせた。どうしようもなく視界が滲むのは痛みからか、死への恐怖からか。いまや少女達にとって男は『死』の刻限を告げる死神でしかなく、男の行動一つが怖くて仕方がない。

 

それでも少女は、コウは気力をもって顔を上げた。

 

ーーーこれ以上、奪われたくなかったからだった。

 

森の奥深くにそびえ立つ樹の下に捨てられていたコウはこの村に来るまで何も持っていなかった。もし長老が己の名前すら持っていなかった少女を憐れみ、村に連れて帰らなければ少女はコウという名前すら手にいられずにその樹の下で朽ち果てていただろう。コウという存在はこの村があってこそ出来た存在と言っても過言ではないのだ。

 

(始めに『コウ』という名を。次に愛情を、生きる知恵を。・・・私は沢山のモノを此処で得た)

 

けれどもコウにはもう、僅かに離れた場所で浅く呼吸を繰り返す少女以外は何もなかった。たった一晩で全て奪われてしまったのだ。これ以上、奪わせてたまるものか。これ以上、あの男に盗られてたまるものか。彼女は、彼女だけは。それだけがコウの思考を支配し、情けなく震えていた自身を奮い立たせた。

不幸中の幸いというべきかそれなりの量の血は流れているものの骨はどこも折れてはいなかった。痛みさえ我慢すれば問題はないだろう。しかし今のまま男に向かっても一方的に殺されるだけなのは明白だった。それでは駄目だ、駄目なのだ。生き残る為にはどうすればいい。これ以上奪われない為にはどうすればーーー!

そう、悔しさに握りしめたコウの拳に不意に冷たく硬いモノが触れた。見ればそれは自分を拾ってくれた長老が酔った時に必ず自慢していた刀だった。無銘ながらも良く切れ魔獣すらも切り伏せることが出来たと上機嫌に話す彼の笑顔が脳裏を過ぎる。己自身と彼女のことで手一杯だったコウはようやく自分の周りが事切れている村人達の姿で溢れていることに気づいた。長老は、彼女の左隣で口を開いたまま死んでいた。

コウは歯を食いしばりながら、彼の無銘の刀を握った。彼が事切れる瞬間に自分の名前を呼んでくれたのだという確信が彼女にはあった。そういう人だったのだ。そういう人を、自分は奪われたのだ。どんな傷よりも胸が痛く、そして苦しい。けれども涙を流し死を悼む時間さえ彼女には許されていなかった。後数歩歩けば薔薇に辿り着くというところまで男が歩みを進めていたからだ。彼はコウを最後に殺すことを選んだのだ。

 

(このままでは彼女が奪われてしまう)

 

 

(奪われない為に、奪わなければ)

 

 

コウは立ち上がり、明確な殺意をもって剣先を男の背へと向けた。その想いがどれ程の矛盾を含んでいるかを彼女は理解していた。人に武器を向けたら最後、自分も生涯ソレを向けられ続けるということも。いつかこの時のことを後悔する日が来ることさえも。それでも彼女は戦うことを選んだ。奪われない為に奪うことを、選んだのだ。

 

力を得た少女は地を駆けた。男はもう一人の少女へと意識を向けており、自分が奪うモノから奪われるモノへと変わっってしまった事実を未だ知らずにいる。

 

 

 

ーーー夜明けは、もうすぐだ。

 

 

***

 

 

 

耳元近くで聞こえた呻き声に私は視線を横に向けた。校門を出た直後で意識を取り戻すとはある意味タイミングがいいというべきか。ぼんやりとした声で「榎本・・・?」と私の苗字を呼ぶクラスメイトに「家はどこ?」と畳み掛けるように問う。彼は私のその言葉に大きく身じろいで、驚きを隠さないままにもう一度私の名を叫んだ。

 

「え、榎本?!」

 

「なんで、いやそもそも俺は、」と混乱したように言葉を続け、思考の深みに陥るように視線を伏せる衛宮。ぼそぼそと時折彼の唇から思考内容がこぼれ出ているのは完全に無意識だろう。何があったかを聞いてもはぐらかされるだろうなと思っていただけに私はこの状況にも関わらず口角を上げる。情報はあればあるだけいい。私は彼の言葉を聞きもらすまいと耳をすました。

 

ーーー戦う二人の男。

ーーー双剣と槍。

ーーー見てしまったから殺された。

ーーー確かに俺は死んだ。

ーーーけど、生きている。

ーーー・・・そう、あの時俺は、確かに誰かの声を聞いたんだ。

 

聞こえてきた言葉はこの世界この時代において、あまりにも異常な単語で構成されたものであった。

 

前世の記憶がなければ衛宮が自分をからかっているとさえ考えたかもしれない。けれども彼の言葉の数々が事実であることを私は知っていた。・・・運があるんだかないんだか。私は呆れにすら近い感情を抱きつつ未だ自分の世界に入り込んでいる彼を横目で盗み見る。こんな奇跡はそうそう起きはしない。普通の人間はその時点で終わってしまうものなのだ。

 

「・・・榎本が俺を助けてくれたのか?」

「いや、衛宮を見つけた時点で傷は塞がって、じゃないっての。ある程度整理出来たならさっさと家まで案内して欲しいんですけど」

 

反射的に答えてしまったが今はそんな暇ないとばかりに私はもう一度彼に問うた。危ない危ない。勿論ここで彼を放置するという手もあることはある。が、ここまでしといてハイさいならは流石の私だって躊躇う。何の力も持っていない今の私だって家に送り届ける位なら出来る。それに衛宮を運ぶ際に彼の血が私の制服にもついてしまったのだ。それはもう、他人がみたら私が怪我をしているんじゃないかと勘違いするほどに。厚かましいのは百も承知だが上着かなんかを借りたいのが本音だ。この姿のままで帰って万が一にでも知り合いに見られたら今後とんでもなく面倒くさいことになると今までの経験が告げている。今時珍しく近所付き合いがそれなりにある我が家を思わず恨む。「御宅のコウちゃん、この間随分と大きな怪我でもしていたみたいだけどもうよくなったの?」と母に聞かれる訳には絶対いかない。

・・・とそんな内容を所々ぼかしつつ伝えれば「あー・・・悪い。なんならうちで洗っていくか?血は確かに落ちにくいけど、すぐ洗えばある程度は落ちるぞ。来客用のお菓子もまだあるし」と申し訳なさそうに彼はそう言った。違う、そこじゃない。その申し出はすごく有難いけど、お菓子も嬉しいけど、私が言いたいことはそこじゃない。もっとこう・・・思うところがあってしかるべきだ。正直八つ当たりされたり罵倒されたりするのを覚悟していただけに本来ならばほっとするべきところもなんだか素直にそう思えないでいる。寧ろなんとも形容しがたい違和感を抱いてしまう始末だ。何かが彼は違い過ぎる。このまま放っておけばいつか取り返しのつかないモノになってしまうんじゃないかという、焦燥にも似た怖れすら私は感じた。

 

「衛宮って変わってるね」

 

辛うじて返した言葉に衛宮は「なんでさ!」と心外そうな声を上げた。耳元で大声を上げないで欲しい。大体落ち着いたのなら衛宮の家が何処にあるのかを早く言ってほしい。校門を出てからずっと、ほぼ勘で道を選んでいるので衛宮の家から遠ざかっている可能性が無きにしも非ずなのだ。立ち止まる訳にはいかないので仕方がないとはいえ、無駄に時間と体力を消費するのはあまりにも馬鹿げている。そのような内容をつらつらと伝え私は彼に再度家の場所を問うた。これで答えなかったらもう我が家に連れて帰ってやるという言葉も付け足して。さあ、答えるが良い衛宮!

 

「・・・次の角を右です」

 

うん、素直で大変よろしい。

 

 

 

 

ーーーそんなこんなでようやく辿り着いた衛宮の家。いや、衛宮家というよりは衛宮邸というべきか。ここに来るまでの道中で衛宮が一人暮らしをしていると聞いていなければ、物々しい雰囲気すら感じさせるこの屋敷に足を踏み入れることを躊躇い、玄関先で帰っていただろう。普段此処で暮らしている衛宮には悪いが、あまりにも静か過ぎるこの家を私は酷く不気味に感じた。

 

「榎本?どうかしたのか?」

「あ、いやなんでもない」

 

この家の住民にまさかそう言うわけにもいかず言葉を濁せば衛宮は不思議そうに首を傾げた。その顔色は校内で確認した時よりも随分と良いものになっており、衛宮邸の近くに辿り着いた頃には足取りもしっかりとしたものになっていたのを思い出す。そのあまりにも早すぎる回復に思うところがない訳ではないがたいして親しくもない人間に聞かれても困るだけだろうと判断した私は表情を取り繕いつつ、差し出された着替えの服を手に取った。

 

「着替え終わったらさっき案内した客間に来てくれ。榎本は和菓子とか平気か?」

「いやほんとお構いなく」

 

服は衛宮の血が原因で借りる羽目になったのだからイーブンとして、これ以上は流石に申し訳ない。そうやんわりと断るもいいからいいからと笑って衛宮は背を向けた。以外に彼は頑固らしい。これ以上言い募るのも良くないとその背中に礼の言葉をかけてから戸を閉める。

 

ーーー訪れた静寂はすぐに鐘の乾いた音によって引き裂かれた。

 

(これは・・・!)

 

この鐘の音が何を意味するものかは知らないが良くないものだということだけは部外者である私にも分かった。そして校内で何が起きたのかを決して語らなかった衛宮が隠したかったことに関係することだということも。手渡された服を床へ投げ捨て客間へと駆ける。良くないモノの気配がその部屋へと向かっているのをこの時になって私ははっきりと捉えた。

 

「衛宮!すまない!」

 

部屋へ踏み入ると同時にそう叫んで、私は強く彼を蹴り飛ばした。幸い本人も鐘の音を聞いてから警戒していたのだろう、無様に転がることなく受け身を取りすぐに立ち上がる。衛宮が先程までいたところに紅い槍を突き立てた男はそんな私達を見回して、その端整な顔立ちに酷薄な笑みを浮かべた。

 

「まさか同じ人間を二回も殺すことになるとはな」

 

男から視線を逸らさずにその言葉の意味を頭の片隅で考えた。やはりこの目の前の男が衛宮をその槍で刺した人物なのだろう。前世から方術の類は不得意な私でも一目見るだけで男が生者の理から大きく外れているということ位は分かる。それくらい、男はヒトというモノを超越していた。

不意に男の視線が私の視線とかち合った。その瞬間、このままでは奪われてしまうという強い想いが私を支配した。まるで前世に舞い戻ったような錯覚を覚える。僅かに腰を落として、私は男の一挙一動を見逃すまいと目をこらした。

 

「へえ、いい目をしてんな嬢ちゃん」

 

それはまるで、思いがけない獲物を見つけた喜びに舌なめずりをする獣。

 

知らずの内に私は握りしめた手に力を込めていた。

 

・・・許せなかった。そんな目をした男にこのままでは殺されてしまうということが。

・・・許せなかった。男に抵抗する力が何もないということが。

 

弱者はいつだって強者に奪われる。この世界でもそれは不変の定理なのだろう。そんなことは分かっている。そんなことはこの世界に生まれ落ちる前から身をもって知っている。それでも私は奪われたくない。奪われて、たまるものかーーー!

 

(奪われない為に、奪わなければ)

 

初めて剣を取った時と同じ衝動が自分の中を駆け巡る。

 

 

 

ーーー気づけばその手には、一本の無銘の刀が握られていた。


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