昔から、自分の苗字に違和感を抱いていた。
昔から、自分の容姿に違和感を抱いていた。
昔から、日本語を話すという行為自体に違和感を抱いていた。
昔から、この平和な日常を異常な程に愛していた。
ーーーけれど、まさか自分の前世が異世界の出来事だとは、ましてやその生涯が漫画となって世間で売られていると誰が考えつこうか?
『赤髪王』
それが前世の私の称号であり、その生涯が赤裸々に綴られた漫画のタイトルであった。
まるで血のようだと幾度も嘲りを受けた赤い髪。
(ーーーそうそうこのページのように、結い上げるのが面倒臭いからと紐でいつも適当に結んでいたっけ)
初陣の折に仲間から贈られた戦装束。
(ーーー『アンタを俺たちと共に守るモンだ』と普段は皮肉しか言わない男が言った時には心底驚くと同時に嬉しかった)
親友からもう少しまともな恰好をして欲しいと言われ着るようになった平常服。
(此方の世界で例えるならば、古代の中国における官吏の服が最も近いだろう。まあ、ジーンズやTシャツの楽さに慣れた今の自分は着ようとも思わないが)
女にやる刃物など包丁一つで充分だと言って私をあしらうばかりだった鍛冶屋の老人が最期に作ってくれた薙刀。
(ーーー『これを支えにして血に塗れた人生を歩むといい』という彼なりの励ましが、どれほど私の心を救ったか)
どれもこれも、その世界で生きていた私が懐かしささえ感じる程にそれは細かに記されていた。もしもこれが私ではない他の誰かを主人公としたものだったら即座に全巻を購入していただろう。しかしいくらこの世界ではフィクションでも、その漫画通りに生きた自分にとっては己自身が時には苦悩し時には絶望しながらも確かに歩んできた人生であった。
何度、立ち止まりかけただろうか。
何度、薙刀を手放しそうになったか。
王に逆らうのは自分でなくても良いのではないか。
他の誰かにいっそ押し付けることが出来たなら。
気を抜けばそう弱音を吐いてしまう唇を噛みしめそれでも自分は歩き続け、そうして新たな王となって国を治めたのだ。
誰がなんと言おうと、あれは自分自身に誇ることが出来る生き様であったと胸をはって言える自信がある。
ーーーしかし自分の生涯の全てを第三者に見せることに抵抗はないかと言えば話は別だ。
誰が悲しくて自分の初恋相手に殺されかかった過去を公表しなければならない。ただでさえ前世では気の置けない仲間たちに生涯愛した人が親友と結ばれた挙句にその二人の子供の名づけ親になったことを散々酒の肴にされていたのだ。誰だって他人に隠したい過去の出来事なんて一つや二つはある。プライバシーの侵害とはまさにこのことではないか!
ーーー榎本コウ、穂群原学園二年生。
思春期真っ盛りの少女はしばらくの間、自室にて友人から借りた漫画を手に一人憤り続けたのだった。