ゼロの使い魔で割りとハードモード   作:しうか

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 皆さん、ごきげんよう。ようやく書きあがりましたので、早速投稿させていただきます。
 えっと、文字数……。うん。短いよりはいいよ。きっと、たぶん……。ええ、一万字越えたら考えないことにしました^^ ご了承ください。(ペコリ
 それではどうぞー!


47 戦果報告と問題点

 ふと目を開けると信じられない事に身体が軽く、今まであった痛みや熱っぽさやダルさといったものが全く感じられなかった。一時的なものだとは思うが何かの要因があって健康体になった可能性も捨てきれない。

 

 ふむ。寝ている間に起こった事というと、どう考えても俺の下した命令を諸侯軍が言葉通り実行し、数万の敵とみなした人間を多数殺した事だろう。彼らは命令に従い殺した。つまり、その命令を下した俺が殺したとも言える。人を殺せば殺すほど健康になるというのだろうか……。

 

 戦争が終わるとその機会も失われるが、まぁ困ったら聖戦に乗ればいいだけの話だ。気にする事もないだろう。難しい事は後にして取り合えずハルケギニアに来て初めての健康体だ。この世界を満喫するとしよう。

 

 そして、いつも通り杖を取り、天蓋から下がる分厚いカーテンを開けようと思ったのだが、ふと思いつきで自分の手で開けてみた。その意外と軽い感触に少し満足感を得ながらベッドから降りるとモンモランシーとシエスタがこちらに背を向ける形で丸いテーブルについているのが見えた。

 

 ふっ。ここは愛する二人を驚かせるしかあるまいて。

 

 朝の挨拶と元気になった証明を同時に行うべくそっと近寄り、二人の肩に手を置いて「おはよう!」と声をかけると、ビックリしたように二人が振り返った。

 

 しかし、本当にビックリしたのは俺の方だった。モンモランシーだと思っていた相手はなぜかルイズ嬢で、シエスタだと思っていた相手はなぜかメイド服を着たサイトだったからだ。

 

 「な、ななななぜに!?」

 

 と、動揺を隠せずに何とか疑問をぶつけると、ルイズ嬢は「何言ってんの? コイツ」とでも言うように眉をひそめ、サイトはシエスタが浮かべるようなにこやかな笑顔を浮かべて立ち上がった。

 

 「クロア様、おはようございます♪ おまたせっ!」

 

 サイトはそう言ってくるっと回転し、ピッと人差し指を立てた。そして、俺は見てしまった。くるっと回転したときにふわっと広がったメイド服からシルクのような光沢を持つドロワーズの下の方を絞り込む細くて柔らかそうな赤いリボンを……。

 

 「ごふっっっ! つ、使い魔……君……。」

 

 そしてなぜか大量に吐血し、俺はブリミル殿の下へと召されるべく……、ってモンモランシーやシエスタでもないのに召されてたまるかああああああああ!!!!!

 

 

 

 

 「―――ロア様! クロア様! しっかりしてください!」

 

 シエスタの緊迫したような声と、モンモランシーの焦ったようなヒーリングの詠唱が聞こえる。そして、俺の目はいまだに閉じており、夢を見ていたようだ。恐ろしい夢を見てしまった……。

 

 しかし、それほど体調は悪くない。四肢のダルさから熱が少しありそうだが、他は頭痛が少しと胸の辺りにある痛みは無視できるレベルだろう。夢の中ほどではないがこの身体にしてはかなり調子が良いように思える。

 そして、珍しく横向きに寝ていたらしく、ほのかに口元に布の感触がするが、恐らく掛け布団か枕だろう。しかし、彼女たちの声からすると危険な状態なのだろうか。

 

 ふむ。ここは貴族男児として彼女達を安心させねばなるまいて。そう思い目を開けると、涙を流したシエスタが俺の頭の横のあたりを優しく撫でながら俺の口元を拭っており、モンモランシーが心配そうな顔でヒーリングを詠唱していた。

 

 まさか涎を垂らしていたのだろうか……。そしてシエスタはひたすら俺の涎を拭っていたのだろうか……。すでに酷い事体だが、使い魔君のメイド服姿で涎を垂らしたなどという事を彼女達に知られるくらいであれば、ぶっちゃけ知られる前に死んだ方が俺にとっても彼女達にとっても良いのではなかろうか。

 

 「クロア様! モンモランシー様。クロア様が目をっ」

 

 「あなた! しっかりして!」

 

 ふむ。確かにしっかりするべきだ。取り乱している彼女達には悪いが、アノ夢のせいで自分というものに少々不安が芽生えた。ここはとりあえず冷静になり、なぜこのような事体になったのかを考えるべきだろう。

 

 いや、その前にシエスタに自分の涎の処理をさせるというのはとても恥ずかしい事ではなかろうか。恐らくまだ口の近くに涎があるのだろう。跡になる前にまぁとりあえず起きて自分で涎の処理くらい行おう。

 

 「おはよう、モンモランシー、シエスタ。なんか色々ありがとう。多分もう大丈夫だから。」

 

 そう言って起き上がろうとすると、「ダメです!」と言ってシエスタの顔が近づき、布団の上から少しシエスタの重みが加わった。まさか涎の処理をされたあと押し倒されるとは思ってもみなかったが、その……、ええと……。

 

 「ごふっ」

 

 「ああっ、クロア様がまた血を! モンモランシー様!」

 

 「ああっ、もう……。シエスタ、ちょっとどいてなさい。」

 

 モンモランシーは落ち着いたようでそっとシエスタと位置を変えると、再びヒーリングをかけてくれた。そのおかげでいつものように何とか体調を取り戻せたようだ。しかし、「また」と言っていたということは寝ている間に血を吐いたのだろうか。

 

 ふむ。確かにそれなら彼女達の焦りもわかる。しかし、涎だと思っていたら血だったとは……。血ならギリギリセーフだろうか。いや、別の意味でアウトかもしれない。仰向けで寝ていたら窒息してしまった可能性もあるだろう。むぅ、今度からは意識して横向きかうつぶせで寝るべきだろうか……。

 

 しかし、なぜ……。ああ、なるほど。だからサイトだったのか。もし夢で見たアレがモンモランシーやシエスタだったら恐らく眠ったまま召されていた可能性が高い。以前モンモランシーの姿を瞳や脳に焼き付けた時に記憶障害が起こったように、今回も同じケースであると考えて差し支えないだろう。

 

 うむ。それなら問題ないはずだ。しかし、戦闘ではなく夢見で死にそうになるとは思わなかった。これは早急に彼女達に慣れないと眠る事すら危険なのではないだろうか。いや、しかし、あの地獄など生ぬるいような過酷なトレーニングに耐え抜き、想像だけなら(・・・・・・)最強装備を身につけたモンモランシーにもギリギリ耐え切れるようになったはず……。

 

 はっ! あの現実と見まごうような夢の方がハードルが高いのか!? ど、どうしたらいいのだろうか……。とりあえず戦争を終えたらトレーニングに勤しむべきかもしれない。ふむ。しかし、難関はあのターンだ。なぜか乗り越えられる気がしない。むしろ回避する方向で対策を練るべきだろう。

 

 ―――そう、ドロワーズ廃止とか……。お、恐ろしい……。なんという恐ろしい対策を思いついてしまったのだろう……。

 

 確かに効果はあるだろう。しかし、俺はこれから何を糧に……、ってよく考えたら現物を見た事がなかった。それならばあまり変わらないのかもしれない。しかし、そこにあると期待できる状況と全く存在しないという絶望感溢れる状況では天と地ほどの差があることは言うまでもないだろう。

 

 ううむ。「イーヴァルディの勇者に出てくる賢者」とまで言われたこの俺でもこの件に関して最善の結論を出す事は難しい……。ハードルはかなり高いがやはり本物の賢者に頼るしかないのではないだろうか。戦争が終わって覚えていたら、恥を忍んでクラウスに相談してみるしかあるまいて……。

 

 少々思考の海に潜り、自己診断を終えるといつの間にかモンモランシーも俺の診断をしていたようで、「ふぅ」とため息をついた。

 

 「最初はびっくりしたけど落ち着いたみたいね。」

 

 そう言うとモンモランシーは杖を仕舞った。そして、俺への対処のためにどかされていたのだろう椅子を枕もとの定位置に戻し、寝ていた間の事を話してくれた。

 

 あの日から三日寝ていたらしい。そして、アルビオン軍三万との戦闘に関しては問題なく終わったらしい。休む前に一番懸念していた事だけに少し安心した。詳しい戦果に関しては艦長殿が直々に報告に来てくれるとのことだ。艦長殿は俺が起きたら報告に来たいと言っていたらしく、シエスタが呼びに行く事になった。

 

 ただ、三日間の空白で相手も味方も状況はかなり進行しているのではなかろうか。恐らく早ければ連合軍の上陸自体は終わっているだろうし、判断が早ければ輜重隊を後続に先遣部隊が進軍を開始していてもおかしくはないのではないだろうか。

 

 そして、何より気になるのはレコン・キスタの動きだ。彼らの被った損害は大きいはずである。原作では上陸阻止に来た艦隊が十数隻を残して壊滅、三万の兵はダータルネスへ誘引されていたため無傷だったはずだ。

 

 しかし、すでに艦隊は文字通り全滅しており、恐らく三万の兵も半分以上が死傷し、残りは脱走や逃亡で壊走したはずだ。そして、今まではほぼ確実に敵艦を爆沈、もしくは拿捕してきており、生存者がレコン・キスタへ情報を送る事は困難だったはずだ。しかし、今回はかなりの生存者がいるだろう。

 

 彼らが急ぎサウスゴータ辺りまで戻り、風竜を飛ばされたらその日のうちにロンディニウムへと情報が伝わるはずだ。と、なると、俺が考え、クラウスが許可を出し、艦長殿が練り込んだ作戦通りではあるが、寝ていたこの三日間がやはり重く感じる。

 

 ロンディニウムはどう出てくるだろうか。原作では確か、上陸を果たし、サウスゴータ攻略へと乗り出した連合軍に対し、サウスゴータに配置していた亜人が勝手にやった事としてサウスゴータにある食料を回収する。これにより、レコン・キスタはサウスゴータの住民の恨みを買い、連合軍に協力的になったため、連合軍のサウスゴータ攻略は解放戦となった。

 

 だが、ハルケギニア大陸から空に浮かぶアルビオン大陸まで苦労して運んだ食料をサウスゴータの住民へ放出する必要が出て、補給する必要が出たため継戦(けいせん)不可能と判断された。そこで、降臨祭の一週間ほど前にレコン・キスタがトリステインへ降臨祭を理由に打診し、マザリーニがアンリエッタを説得し、これを受ける。

 

 そして、シェフィールドがサウスゴータにある井戸への水脈へアンドバリの指輪による罠を仕掛け、クロムウェルはガリアの参戦を待つことになる。結果、連合軍は混乱し、アルビオン大陸からの離脱を余儀なくされ、その離脱の時間を稼ぐためにサイトが七万の敵軍に突っ込むわけだが、レコン・キスタにとってはすでに前提条件のいくつかが瓦解している状態だ。

 

 一番厄介な展開はガリアがレコン・キスタ側に付いて参戦してくることだ。ガリアは確か中立を宣言していたはずだが、それを反故にされ、後ろを突かれると連合軍としてはアルビオン大陸から撤退し、対アルビオンに続いてガリアとの戦争になる。

 

 アルビオン共和国に関しては問題ない。後はクロムウェルを捕まえてロンディニウムに攻撃をするだけで戦争は終わるだろう。早急に臨時政府を立てる必要はあるが、その辺りは女王陛下やゲルマニアの皇帝が何とかしてくれるはずだ。

 

 しかし、水の精霊の依頼であるアンドバリの指輪やアルビオン王家の始祖の秘宝である始祖のオルゴールと共にシェフィールドに逃げられる可能性が高い。シェフィールドも出来れば捕獲したいところだが、アンドバリの指輪が最優先、次点で始祖のオルゴール、そして敵軍の皇帝クロムウェルと言ったところだろう。アンドバリの指輪だけは行方がわからなくなるとハルケギニアが滅びかねない。

 

 始祖のオルゴールに関してはジョゼフを誘引するための道具であり、独断だが唯一所有権を持っているティファニア嬢へお返しすべきだと考えている。ルイズ嬢がティファニア嬢と虚無に関する情報をアンリエッタ女王陛下に話すのであれば、アンリエッタ女王陛下が彼女の虚無を必要とした時、彼女へ風のルビーが譲渡されれば従姉妹として存分に力を発揮できるはずだ。また、女王陛下がこれ以上の力を必要としないと判断した場合、風のルビーを渡さない可能性もあるがそれはそれで問題ないと思われる。

 

 そして何より、ジョゼフをアルビオン大陸に誘引できないとクラウスのタバサ嬢救出作戦にかなり大きい影響が出るのではないだろうか。そう考えるとジョゼフの使い魔であるシェフィールドの優先順位も高くなりそうだが、始祖のオルゴールやソレを俺が狙ったという事実だけでも、ある程度興味を持たせ誘引する事ができるだろう。それに、失敗して両方逃した場合、アルビオン戦が泥沼化する可能性が残る。

 

 正面からガリアと戦争になるのであればその時点でクラウスは動くだろう。こちらが早々にこの戦争を終わらせ、ガリア方面へと転進する事ができればクラウスの言っていた通りガリアに押し込まれる事もあまり無いように思えるが、モンモランシに被害を出さないためにもかなり急ぐ必要性が出てくる。そうなると、やはりシェフィールドの優先順位は下の方だろう。

 

 原作では、ガリアの動きを決定するジョゼフは参戦に関してサイコロで決めていたはずだが、彼の戦略がどのように変化しているかわからないのでもはや当てにはならないだろう。

 

 うむ。やはり早急に威力偵察(・・・・)を行うべきだろう。本来であればこの寝ていた三日間のうちに全て終わらせる事ができ、ガリアやシェフィールドに関する悩みなど起こらないのがベストだったのだが……。

 

 と、少々考え事をしていると、モンモランシーが割りと重要な用件を切り出した。確か今まで彼女が話していたのはティファニア嬢のことや彼女とルイズ嬢、そしてサイトの普段の交流に関することだったはずだ。サイトがボロボロになる日が増えてうんぬん……、まぁあまり興味がない事だったので、奇跡の宝石の発する楽しそうな天の調べを堪能しつつ考えていた。

 

 「それで、テファとマチルダさんの事なんだけどね。テファをルイズに女王陛下への紹介と保護を頼む事になってたと思うのだけど、テファやルイズとちゃんと話してその後の事に関して大体決まったわ。ただ、フクロウを飛ばすにも敵地だから戦争が終わってからにするみたい。でも、マチルダさんは、その、以前の事もあるからトリステインに行くのは難しいと思うの。」

 

 おお、さすが奇跡の宝石。確かにティファニア嬢に関しては女官殿に依頼はしたが詳細を詰めていなかったし、戦後にもしかしたら俺がお伺いを立てる必要が出てくるかもしれないと少々不安だったのだが、終わらせておいてくれたようだ。

 

 しかし、マチルダ嬢に関しては話の途中で別の話題になった気がする程度の記憶しかない。そして、確かにマチルダ嬢が戦争直後にカスティグリア以外のトリステインの地を踏むのは少々ハードルが高いだろう。彼女がフーケである事を知っているのは学院関係者や生徒、そしてトリスタニアの人間と数が多い。それに脱走された事は一部では有名だし、あの独特の色の髪で概ね見当が付くはずだ。

 

 彼女が別人であると言い張るのであればそれ相応の地位があった方が良い。ティファニア嬢の姉や親類、幼馴染や保護者といった地位では危ういと思われる。その線で行くのであれば最低限まずティファニア嬢の事をトリステイン内で公にし、アルビオンの王族であるという事が承認されなければならないだろう。

 

 まぁ女王陛下に詳細を報告して彼女の保護もお願いし、ティファニア嬢と一緒にいてもらっても良いのだが、彼女にはアルビオン王国の宰相を目指してもらった方が二人のためにも良い気がする。個人的にはカスティグリアの後ろ盾で戦後ゴタゴタするであろうアルビオンの実務関連に食い込んで貰おうと思っている。

 

 「それでマチルダさんに一応希望を聞いてみたんだけどね……。その、あなたの秘書になりたいらしいのよ。」

 

 モンモランシーはなぜか言いにくそうにそう言った。ぶっちゃけ俺に秘書は必要ないのではないだろうか。

 大体俺の本業は学生だし……。出席率ゼロだけど学生だし……。恐らくマチルダ嬢が俺の秘書になったところで彼女の仕事は俺を運ぶためのゴーレムを作るとか……。いや、ダメだろう。それだと本格的にシエスタが紅茶専門になってしまう。却下だ、却下!

 

 「いや、俺の秘書になったところで利点は皆無だろうし、あまり仕事があるとも思えない。ティファニア嬢のためにカスティグリアと関係を持ちたいということなら、誰かの秘書というより、クラウスや父上に経緯を報告してティファニア嬢とのパイプ役になってもらった方が良いのではないだろうか。」

 

 「ええ、私もそう思って助言してみたんだけど、彼女なりに理由があるみたいだったから私が彼女の身分保障証とクラウスさんへの紹介状を書いて、色々な書類と一緒にカスティグリアへの彼女たちに関する報告書を彼女に届けてもらう事にしたの。それで、デトワール提督に小型艦を一隻借りてカスティグリアへ行ってもらったわ。いけなかったかしら?」

 

 おお、さすがは次期伯爵様。仕事が早い。事後相談だったようだ。……ふむ。これならモンモランシも安泰なのではないだろうか。本格的に俺はただラグドリアン湖でキレイな魚を探す日々になりそうだ。いや、おれ、おむこさんだし。たよられなくてもさびしくないよ?

 

 「いや、構わないよ。むしろ良い判断だと思う。クラウスや父上と話した後、彼女の考えも変わるだろうしね。そこまでは考えが及んでいなかったよ。さすが俺の奇跡の宝石。」

 

 「ふふっ、そう言ってもらえて嬉しいわ。私の旦那様。」

 

 真面目に褒めると、モンモランシーははにかんだような笑顔を見せてくれた。しかも、私の旦那様とかっ! いや、婚約者だから概ね間違いはないのだが、こう……、なんというか不意打ちされると照れるのだが……。

 

 きっとモンモランシーは俺が照れて赤くなるのを確信していたのだろう。ちょっと満足そうな笑顔を浮かべた。

 

 くっ……、モンモランシーのそんな笑顔は珍しいので、彼女にならからかい半分でいじられても悔しさよりも歓喜が勝るから不思議だ。しかし、何かこの感じ……、どこかで……。

 

 はっ! ルーシア姉さんが俺をからかう時の雰囲気に似てる気がする。まさかモンモランシーはルーシア流“男のおちょくり方”を習得しようとしているのだろうか。これは今のうちに止めないと後々危険だ!

 

 しかし、この件に関しては想像の域を出ない。確認も難しいように思える。どう切り出して聞けばいいのか全く思いつかない。そして、対処方法をひねり出そうと考え始めたところで控えめなノックの音が聞こえ、モンモランシーが「見てくるわね」と離れて行った。

 

 来客はシエスタが連れてきてくれた艦長殿だったようで、彼は俺と目礼を交し合うとモンモランシーに俺の容態の確認をした。個人的には体調に問題はなく、ぶっちゃけブリッジに上がれるとは思う。しかし、モンモランシーやシエスタに心配をかけた挙句、急に吐血してブリッジに混乱を振りまくのは避けたい。いや、威力偵察の時は上がる必要があるので何とかするつもりではあるが。

 

 艦長殿がモンモランシーからの話を聞き、枕元の椅子に座ると笑顔を見せてくれた。

 

 「どうやら良くなられたようですな。いやはや、心配しました。」

 

 「申し訳ない。おかげさまで何の心配もなくゆっくり休ませていただけました。」

 

 軽い挨拶を済ませると艦長殿は何束かの羊皮紙を差し出した。恐らく戦果や寝ていた間に発生した問題や最高指令官の決済が必要な書類だろうと検討をつけて受け取ると、軽く目を通した。

 

 一束目はアルビオン軍との戦闘に関するもので、最初は戦果に関してのものだった。

 

 ふむ。戦果は士官四名に竜三匹を捕獲、相手の推定死傷者数三万……と……。まぁ死体を捜して数えるのは大変そうですからな。あとで連合軍にでも頼むのだろう……ってアレ? アレ!? 何かがおかしい!

 

 いや、うん。殺せと言ったのは俺で間違いないし、最高の戦果を目指したのであろう数字ではある。しかし、三万って相手の総数が約三万じゃなかったでしたっけ? 全軍の約五万を出してきたのだろうか。

 

 ぶっちゃけ普通に考えて相手も必死で逃げるだろうし、半分くらいに減らせば相手は散り散りに霧散すると考えていた。演説では何を書いたか覚えてないが、何か他の事を書きとめたいという欲求を我慢して書いた記憶はある。もしかしたら過激なことを書いたのかもしれない。

 

 しかし、確か前世の知識では損耗率が三割だか四割を超えると全滅という判定になるというものがある。これは通信などの技術がまだ発達していない時代、指揮系統が壊され、軍として機能させる事が不可能な時や、前線部隊が文字通り全滅するとその被害が軍の中の三割だか四割だった事からそういう定義だったはずだ。

 

 だが、本当に可能なのだろうか。こちらの戦力はほとんど航空戦力であり、艦隊が囲い込むまでにかなりの数の脱走兵が出ると考えていたのだが……。いや、数字に出ており、捕虜も捕らえている事から数字を盛っているというのは考えにくい。ううむ。

 

 そして、束を一枚めくると、こちらの損害が書かれていた。風竜五匹軽傷、風竜隊員八名軽傷、砲撃手三名軽傷。……ふむ。今回も殉職者や重傷者が出ていなくて何よりである。カスティグリアが本気を出すと死者が出ない事にはさすがに慣れた。

 

 ―――ようやく俺もカスティグリアの一員になったと言う事か……。いやっ! 俺元々カスティグリア出身だけど! 屋敷からほとんど出た事なかったけどカスティグリア出身だから!

 

 しかし風竜隊の被害が多い気がする。相手の空戦能力が高かったのだろうか。いや、確か相手の竜騎士はまだ数十騎いてもおかしくない。まとめてぶつけてくるとは意外とクロムウェルも剛毅な事だ……。

 

 そんな事を考えながらさらに一枚めくると、大体の敵部隊構成と戦闘推移、そして消耗物品の数が書かれていた。

 

 どれどれ……。

 

 ……。

 

 ……アレ? 何か目の錯覚だろうか。プリシラさん、出番ですよ?

 

 ふむ……。おかしい、プリシラと視界共有しても文面の見え方が変わらない。

 

 ふむ…………。間違いなく現実なようだ。って、えええええええ!?

 

 敵の航空勢力である竜騎士は三名、全員死亡、竜は捕獲? 敵の少なさが予想外だがコレは問題ない。けど、次に書かれているのがおかしい!

 

 初撃にてアグレッサーが中央突破して敵の将軍と指令官を偉い順に四人捕らえた!? アグレッサーだけで戦闘ほとんど終わらせてるじゃん!

 

 しかも、風竜隊と火竜隊が敵軍の囲い込みを行い多少の被害が出るも無視できると思われる? 風竜隊ってアグレッサー抜くと三十九騎じゃなかったっけ? 風竜隊三十九騎と火竜隊二十七騎で三万囲い込んだの? そりゃ被害でますな……。というか出来るんだ……?

 

 アグレッサーの教練がすごかったのだろうか。というか回避を重視しているはずの風竜に被害が出てるのに火竜隊は無傷なのか……。いや、火竜に噛まれても軽傷と言い張る奴らだ。どうせ「このくらいは怪我のうちに入らない」とか言い張って計上していないだけに違いない。

 

 あ、火竜隊の装備は全滅か……。やはり思いっきり攻撃受け続けつつ無視してたようだ……。

 

 しかし、自由落下爆弾や機銃の弾薬や銃身などの消耗部品などの数字が恐ろしいほど大きい。ぶっちゃけタルブ戦や艦隊戦がただの試射としか思えない数字になっている。補給は大丈夫なのだろうか。

 

 驚きを隠す努力すら忘れて艦長殿に視線を移すと、

 

 「不明な点がございましたか?」

 

 と、艦長殿は誇らしげな笑顔を浮かべながら少し乗り出し、俺の手元の羊皮紙を覗きこんだ。

 

 「ああ、補給に関しては少々問題がありましたが次の作戦に支障が出る事はありません。ご安心ください。」

 

 いや、不明な点は全くない。むしろ、数字や文字が正確であることを確信しつつ信じなければならないという状況がまさに不明な点である。

 

 ただ、艦長殿は元々この消耗に関する補給に疑問を持たれると思っていたのだろう。すでに対処済みな上、問題はないらしい。その辺りは後ろの方に書いてあるそうだ。まぁこの消費量がカスティグリアにいるクラウスや父上の頭痛の種にならなければ良いのだが、その辺りはもはやトリステインやアルビオンの財布に頼ってもよいのではないだろうかとも思った。

 

 しかし、この数をばら撒いたということは、間違いなく捕虜以外全員殺したってことで間違いないようだ。むしろ現場がどうなったのか見たいような見たくないような……。

 

 ただ、マチルダ嬢に見せたのは色々な意味で間違いだったかもしれない。彼女は元盗賊とはいえ女性だし、盗賊時代も殺しは避けていたという印象がある。悪夢の原因になってしまわないだろうかとても心配だ。

 

 しかし、補給に関しての問題とは一体なんだったのだろうか。恐らく先ほど聞いたとおり後のページに記されているのだろう。そして、補給に問題が出たという事は、今後の課題になり、カスティグリア研究所に提案書を書くチャンスが眠っている気がしてならない。しかも、問題があったという事は優先順位が上がり、採用される可能性も高いということだ。

 

 そう、輜重隊を守る為の戦車っぽい小型艦や、トレーラーっぽい小型艦や、輸送機っぽい小型艦の開発に手を付けるチャンスが来てしまうのではなかろうか! 

 

 素案はすでにいくつか思い浮かんでいる。今まっさらな羊皮紙とペンがあれば、艦長殿やモンモランシーがいたとしても気にせずゴリゴリ書き始めていただろう。うむ。夢がひろがりんぐですな。必要は発明の母とはよく言ったものであります!

 

 ワクワクしながら羊皮紙をめくると、連合軍との伝令のやり取りと共にその補給に関する問題が書かれていた。

 

 カスティグリアが大した被害も出さずに防衛ラインを守りきった日の朝、連合軍はようやく軍港ロサイスへと到着し、ほとんど抵抗を受けずに制圧したようだ。つまり、カスティグリアの輜重隊や拿捕したフネを運んでいた小型艦、そして護衛に付いていた戦列艦もロサイスへと到着した。

 

 しかし、桟橋の数が足りず、まず制圧のための兵が上陸し、続いて即時必要となるであろうテントや食料などの補給物資の揚陸が順次行われたのだが、カスティグリアに許可された桟橋は僅か四箇所だったらしい。

 

 確かに全体から見たらカスティグリアの艦船は小型艦を含めても一割ほどではあるし、無理に揚陸する必要性は少ないだろう。しかし、フネからフネへの補給にはやはり桟橋があった方が安全に移せるだろう。

 

 不安定なフネ同士を横付けし、ハシゴを掛け、メイジを総動員して運ぶ事も可能だろうが、リスクが高い気がする。それに、レジュリュビのように完全に降りれるフネであれば問題は無いのだが、旧型のガレオン船は確か底が曲面だったはずで、専用のドッグが無いと接地は出来ないのでは無いだろうか。

 

 連合軍司令部へ桟橋の割り当てを一時的にでも増やしてもらえるよう提督が何度か陳情したが受け入れられず。女王陛下の女官であるルイズ嬢を頼り、彼女が陳情しても受け入れられず、と伝令の内容が結構あった。しかも後半はルイズ嬢がキレたらしく、「女王陛下の名の下に」などの過激な文言が入っており、返信では「そちらの最高指令官の直接の依頼でなければ断る」や「トリスタニアへ問い合わせるので時間をいただきたい」などあちらは時間を稼ぎたいという感情が透けて見える。

 

 ううむ。ド・ポワチエめ。戦闘は全て引き受けたというのに何たる仕打ちだろうか。期待させられた分、とてもショックだ。まさかここで上げて落としてくるとは思わなかった。そう、補給の問題は技術的なものでなく連合軍司令部の政治的問題や桟橋の数だったのだ……。

 

 大体、総司令官殿は「貴公らが安心して翼を休める場所を作ってご覧にいれよう」とか言っていなかっただろうか。確かにロサイスは完全に制圧はしたのだろうが、安心して翼を休める場所が足りない。言ったからにはせめて割り当てを増やすか桟橋を新たに作るかして欲しかったものである。

 

 広がりきっていた夢と妄想が急速にしぼんで行く絶望感を味わいながら、何とか先を読み続ける。

 

 結局デトワール提督が取った手段は、桟橋には拿捕したフネを係留し、その見張りのために小型艦だけ残し、戦列艦と輸送用のガレオン船を防衛ラインまで進め、竜隊を総動員して補給するというものだった。常に竜を動かし続けるわけにも行かなかったため、時間がかかり、終わったのは昨日の夕方だったそうだ。輜重隊はすでにロサイスへと戻っているらしい。

 

 しかし、そうなると次に必要になるのはどこでも降りることの出来る補給艦といった所だろうか。レジュリュビでも戦闘用の艤装を全て取り払えば可能ではありそうだが、風石や蒸気機関にかかる燃費から考えると効率が悪すぎるだろう。そうなるとベースは竜母艦やタケオだろうか。新規開発するまでもなくすでに着手されていそうでつまらないが覚えていたら研究所へ提案書を出そう。

 

 ただ問題はそれだけでなく、俺の寝ている間になぜか連合軍から諸侯軍に対し依頼ではなく命令(・・)が下されているらしい。別の束にまとめてあるそうだが、そのおかげでロンディニウムはもとよりサウスゴータへの諸侯軍による偵察や砲撃などはされていないそうだ。

 

 指揮系統に関しては俺が動けない間はモンモランシーか艦長殿に委譲されるはずだし、諸侯軍の独立性はアンリエッタ女王陛下からちゃんとお墨付き(・・・・)をいただいている。連合軍の総司令官殿はお墨付きの存在を知らずにこちらを動かせると踏んだのだろうか。

 

 それに、ド・ポワチエ将軍はカスティグリア諸侯軍の上げた戦果が大きすぎたため、牽制しつつ連合軍をカスティグリアより前に押し出し、次の大きな戦果を連合軍で独り占めする必要があると考えたのだろう。

 

 彼にとってこの戦は元帥昇進がかかったものであり、彼の焦りは理解できる。しかし、以前連合軍との会議に出た際に感じた鳥の骨ルートまっしぐらな椅子が俺にとっては不幸の種に見えた。

 

 カスティグリアにその椅子が回ってくる可能性は低いだろう。戦力はあるが父上もクラウスもどちらかと言えば文官だし、俺は論外だ。もしカスティグリアから選出するとしたら今目の前にいる艦長殿くらいだろうか。しかし、彼はカスティグリアと長期の契約を結んでおり、ぶっちゃけカスティグリア空軍をお任せしたい人材である。

 

 であるならば、その元帥の椅子を欲しているド・ポワチエ将軍にカスティグリアの上げた戦果をある程度流し、彼がその椅子に座れるよう協力するというのが一番良い手段だという事をクラウスに相談していた。そして、その恩を押し付ける事によって今後トリステイン軍との間に摩擦が起こりにくい状況になるだろう。それに、ある程度こちらを優遇してくれるのではないかという公算もあった。

 

 しかし、こんな微妙な問題で上げて落とされた恨みは小さくない。

 

 元帥候補として将軍がカスティグリア諸侯軍も含めた全ての軍の調整を全うできないというのであれば、そして、カスティグリアを冷遇するというのであれば、そのような協力をする必要は全く無いだろう。まぁ、トリスタニアがどう判断するか判らないが今回の戦での戦果はかなりの量を諦めていただこう。

 

 「ド・ポワチエ将軍はかなり焦っているようですな。俺としては彼が戦後、昇進できるよう協力するつもりでクラウスにもそのような内容を提案していたのですが、撤回する必要性があるかもしれません。」

 

 この微妙なイラつきを出さないよう淡々と口に出すと、艦長殿は苦笑した。

 

 「そうですな。彼の気持ちはわからなくもありません。私も長いこと平海尉でしたからな。しかし、ここまでこちらを冷遇するのであれば彼に手を貸す方が返って不自然だと思われるでしょう。私は戦後交渉に関してもある程度アノ命令書で理解しておりましたので、カスティグリア侯爵閣下とクラウス殿にその辺りの変更を相談したい旨の連絡書をミス・マチルダに届けていただくことにしました。」

 

 そして、「その件に関してはこの辺りに書かれております」と報告書のその箇所を指差しながら教えてくれた。モンモランシーがマチルダ嬢をカスティグリアに送る理由と共に、艦長殿の相談内容が書かれていたが、かなり細かく正確に書いたようで問題があるようには見えない。

 

 それに、偶然同時期に連絡が必要になったモンモランシーにとってもこの連絡書をカスティグリアに送る算段を考えていた艦長殿にとっても渡りに船だったようだ。

 

 しかし、先ほどは怒りで我を忘れていたが、本当にド・ポワチエ将軍はそれだけのことで桟橋の割り当てを減らしたのだろうか。確かにすでに脅威となる敵戦力はほとんど無いと言える数字にまで減ってはいるだろう。だが、相手はあの原作ではとても臆病なクロムウェルとジョゼフを凶愛しているシェフィールドだ。

 

 こちらの戦力を削ぐ、または評価するためにもうひと当てしてくる可能性もあるのではないだろうか。すでにかなりの数を削られたクロムウェルは相当焦っているはずだ。魔法学院の生徒を人質に取れているのであればそこまでではないだろうが、失敗しているのであれば瓦解寸前と言っていいだろう。

 

 彼らの取る手段はどういったものだろうか。まず、原作通りアンドバリの指輪を使った罠を仕掛けるという手段がある。しかし、現在まだ連合軍は上陸したばかりであり、軍港ロサイスにほとんどの戦力がいるだろう。

 

 ロサイスの井戸にアンドバリの指輪による罠を仕込むのであれば最低限この防衛ラインを少数、もしくは単独で抜ける必要が出てくるためほとんど不可能だと思われる。将軍がそれを見越してカスティグリアに命令しているのであればすばらしいとも言えなくも無いが、アレだけ消費したままの艦隊を張り付かせることに不安はなかったのだろうか。

 

 ふむ。消費か……。そもそもレジュリュビは燃費は悪いが航続距離が長く補給物資も大量に搭載できるためほとんど問題はない。しかし、随伴艦となる戦列艦や小型艦は普通のフネに対して恐ろしく燃費が悪く継戦能力は低いだろう。

 

 従来のフネでは風石と食料、そして軍艦ならば砲弾や火薬といったものだけでよかったのだが、カスティグリアの軍艦は基本的に蒸気機関を積んでいる都合上、燃料を積む必要があり、水も飲料だけでなく蒸気機関の運用のためかなり割り増しで積む必要がある。

 

 レジュリュビや竜空母、そしてタケオなどであればそもそも船体から巨大なので問題ないが、容量が通常のフネに近い所に追加で蒸気機関を積んでいる戦列艦や小型船ではかなり重要な問題となる。そのため風石を載せられる限界値が通常の戦列艦より低くなるのはしょうがないのだが……。

 

 ふむ。風石か……。ま、まさか……、ド・ポワチエ将軍はカスティグリアが風石の産地だからといってトリステイン艦隊の風石の消費量を減らそうとした……? いや、そんなはずは……、なくはないな。うん。後でそれとなく連合軍に確認してみよう。

 

 そんな事を考えつつ艦長殿の表情を窺うと、何かを期待するような、キラキラした目でこちらを見ていた。あ、そういえば感想を言ってませんでしたな。

 

 「うむ。ここまですばらしい戦果を上げていただけるとは想像すらしておりませんでした。兵たちにもそう伝えてください。」

 

 「はっ! 恐悦至極に存じます。兵たちも喜びましょう。」

 

 懸念は当たっていたようで、艦長殿は満足そうな表情を浮かべた。

 

 しかし、どうしたものか……。ここまでコケにされて黙っていてはカスティグリアの沽券に関わるだろう。すでにクラウスに連絡しているようなので、カスティグリアの意向を待つのも悪くは無い。しかし、今日まで寝ていたとはいえ、お飾りとはいえ、俺はこの諸侯軍の最高指令官だ。

 

 カスティグリアの宮廷内での立場はカスティグリアが侯爵家になった時点でかなり高い場所に移ったはずであり、父上やクラウスの政治的手腕を疑うわけではない。しかし、なんというか、クラウスの兄として、カスティグリアの人間として、カスティグリアに泣きついて何とかして貰うのを期待するようなこの状況は、なんというか、その……。

 

 自分の感情を探りつつ二束目を見ると、四人の捕虜に関するものだった。束というより、四枚の羊皮紙に一人分ずつ書かれている。一枚目は今回の軍を率いてきたホーキンス将軍、二枚目は副官殿、三四枚目は官位の高いそれぞれの側付きっぽい感じだった。

 

 彼らは取り合えず(・・・・・)ディテクトマジックやルイズ嬢のディスペルによって生身の人間かどうかを確かめられた後、ギアスや惚れ薬、そしてマジックアイテムなどを使った尋問を受けたようだ。彼らから得られた情報はクロムウェルのいるロンディニウムのホワイトホールの見取り図や、残っているアルビオン軍の高官のリスト、そして残存兵力だった。

 

 ぶっちゃけかなりアルビオン共和国が丸裸にされていた。ついでのようにカスティグリア諸侯軍に対する苦情のようなもの(・・・・・・・・)も書かれていたがどうせ大した事は書いてないだろう。その辺りは流し読みした。

 

 ちなみに、彼らはまだ捕虜宣誓を行っていない。というか、行わせていないらしい。俺が寝ていたという理由もあるだろうが、戦争が終わるまで彼らに自由を与えるつもりがないというのが本音だろう。艦長殿のその意向には大賛成である。今は杖を取り上げられ、レジュリュビの最下層にある一室に閉じ込められているようだ。

 

 三束目は連合軍参謀長ウィンプフェンの名前とド・ポワチエ将軍、そしてゲルマニア軍のトップであるハルデンベルグ侯爵のサインの入った連合軍の作戦書とそれに伴うカスティグリア諸侯軍への命令書(・・・)だった。長々と装飾の多い言葉で書かれているが、内容を要約しながら読んでいく……。

 

 

① カスティグリア諸侯軍は軍港ロサイスより北五十リーグ以北への進出を禁ずる

 

 これに関しては先ほどチラッと聞いた件だろう。俺が寝ている間であれば特に問題はないが、実行可能となった今、留め置かれるいわれは無い。まぁ後で伝令でも送ってお断りするとしよう。

 

 

② 連合軍と歩調を合わせるため、最高指令官もしくは提督級の人間を会議に出席させる事

 

 しかし、会議か。何となくここまでの経過報告から俺が動けないのを理由に艦長殿を呼び出して諸侯軍を吸収するか使いっ走りにでもするつもりだったのだろうか。しかも、カスティグリアのフネには大抵蒸気機関が積まれており、その存在自体が極秘となっている。一隻たりとも相手の自由にするわけにはいかないし、艦長殿もそのような政治的理由で俺が起きるのを待ったのだろう。ご丁寧に保留中と追加で書かれている。

 

 

③ サウスゴータ攻略のため虚無を連合軍に戻せ

 

 ……ほぅ。虚無を戻せ……か……。さて、誰の入れ知恵だろうか。一番濃厚なのはロマリアから義勇軍として参加しているジュリオだろう。彼の参加目的は明らかにルイズ嬢とのコンタクトを目的としているとしか思えない。しかし、彼の進言が連合軍司令部の上層部まで届くだろうか。そこには少々疑問が残る。もし、俺がジュリオだったらどうするだろうか……。

 

 ううむ。艦長殿に少し質問をぶつけつつ条件を絞り込むしかなさそうだ。

 

 「艦長殿。ロマリアは参戦を表明しましたか?」

 「いえ、そのような話は聞いておりません。」

 

 ふむ。となると、一時的に還俗(げんぞく)して義勇軍として参加という前提は未だに保たれたままということになる。確かジュリオは司教だか司祭だかのロマリアの認めた地位を持っていたはずだ。俺が教皇であればジュリオに地位的な危険が迫ったときにすぐ回避できるよう、そのくらいの地位を示す書面を渡しておく。

 

 しかし、それだけでは安全を確保できる程度であり、上層部までは声が届かないだろう。ロマリアが正式に参戦し、教皇の委任状でもあれば届くとは思うが、以前少し考えたようにどう見ても積極的な介入は回避したいはずだ。

 

 と、なると……、噂を流すというのはどうだろうか。

 

 “虚無の系統”という単語を使わず、「カスティグリアの上げた戦果は全てルイズ嬢の特殊な魔法のおかげである」というちょっとぼかした噂でも上層部の耳に入れば信じる可能性はある。

 

 実際、諸侯軍と比べ、連合軍の方が戦列艦は多く、アルビオンの戦い方から見ても艦隊戦は戦列艦がメインだ。そして、カスティグリアのフネはレジュリュビや竜空母、そしてタケオなどのイレギュラーを除けば見た目はほとんど連合軍のモノと変わらない。赤い船体とマストの位置が少々違う程度だ。

 

 それに、先の伝令のやり取りから、諸侯軍の中でもルイズ嬢がかなりの発言権を持っているとも捉える事ができるのではないだろうか。実際は艦長殿が彼女に頼っただけなのだが、外から見ればルイズ嬢が諸侯軍のトップになったと思えなくもない。

 

 そして、その憶測は先の噂を強固にするモノだったのではないだろうか……。あの初めて連合軍の会議に出席した際に感じた“ルイズ嬢の価値を実感していない空気”は強く印象に残っている。しかし、呼び寄せたところで彼らに実際ルイズ嬢の虚無を扱いきれるだろうか。

 

 いや、むしろ扱いきれない方がジュリオにとっては都合が良いだろう。その分ルイズ嬢が冷遇され、使い潰され、ジュリオが彼女に近づき、危機を救うチャンスも訪れる。しかも、運が良ければ使い魔であるサイトの排除すら可能かもしれない。彼はまだサイトに会っていないため、即排除に出るとは思えないが、評価次第では排除の方向に出てもおかしくない。

 

 俺なら、全ての使い魔は排除し、四の四のうち、使い魔部門は全て自分に集める努力をする。どちらに転ぶかわからないサイトのような人間には少なくとも持たせておきたくないと判断するはずだ。そして、それは逆にこちらがサイトを保護する強い理由になる。

 

 ジュリオやヴィットーリオの考えを確かめる術はなくは無い。ティファニア嬢の協力が得られるのであればむしろ簡単に調べる事ができる。しかし、カスティグリアとして陰謀を巡らせても構わないだろうか。陰謀というのは総じてバレた時に破滅が待っている気がする。

 

 アンリエッタ女王陛下であればそのリスクすら計算し、美しい謀略を扱うであろう事は想像に難くない。しかし、俺にとってはハードルが高すぎる上に、リスクが恐ろしすぎて今まで完全に使ってこなかった。俺に彼女と同じような事がほんの少しでもできるだろうか……。不安と少しの恐怖が心に浮かんだ。

 

 まぁ、判断は保留しよう。うん。やっぱり怖いのは良くない。ほら、俺、病み上がりだし……。

 

 

④ 同じくサウスゴータ攻略のため、カスティグリアの輜重隊より風石を供出せよ

 

 「……あはははは! あーっはっはっは! ごふっ」

 

 「ど、どうなされました!?」

 

 「だ、大丈夫? あなた」

 

 つい思いっきり笑ってしまったため、咳き込んだ。少し離れて見ていたモンモランシーが駆け寄ってヒーリングをかけ、背中をさすってくれた。紅茶を口に含んでいたらもっと色々と酷いことになっていたに違いない。

  

 「ああ、すみません。モンモランシーありがとう」

 

 「構わないわ。……その、ねぇあなた。その、戦争に口を出すつもりはないんだけど、そんなに面白い事が書いてあったの?」

 

 モンモランシーが背中をさすりながらちょっと興味を引かれたようなので、話しても構わないか提督に羊皮紙の文面が見えるように角度を変えてさっとその辺りを指でクルっと円を書くと、彼は苦笑して軽く頷いてくれた。

 

 「ああ、モンモランシー。その、ね? この辺りと、この辺りを読むと判るのだけど、どうやら連合軍の司令上層部は俺が病気で倒れたと言うのを拡大解釈したようでね。恐らく死んだか病気で動けず、俺が継戦不可能と判断したようなのだよ。」

 

 「まぁ! そんな、ひどいわ……。」

 

 「うん。でももしそんな事体になったとしたらクラウスか父上が文字通り飛んでくると思うだろう? そんな事すら想定されていないお粗末な物なのさ。」

 

 「そうね、あまり考えたくはないけど……。」

 

 この面白さを婚約者殿にお裾分けするつもりだったのだが、どうやら心優しい彼女を悲しませる結果になってしまったようだ。モンモランシーは少し悲しそうな顔をして左手で俺の背中を撫でながら彼女の柔らかい右手を俺の左頬に置いた。そして、モンモランシーは瞳を少し潤ませると、頬も少し撫で始めた。

 

 ああ、コレはなんか色々とイケナイ気がする。しかし、抗う術はない。

 

 モンモランシーの柔らかい頬に壊れ物を扱うように慎重にそっと手を置くと、モンモランシーは目を瞑った。そして、その手を形の良い彼女のあごの下へと移動させ―――

 

 「んんっ」

 

 シエスタの咳払いで全てが吹き飛ばされた。モンモランシーもハッとしたあと、ちょっと残念そうな表情を浮かべて元いた位置に戻った。

 

 シエスタに視線を移すと「何やってるんですか? 艦長さんの前ですよ? 馬鹿ですか? バカなんですね? わかります」という長文が読み取れるような笑顔を浮かべていた。いや、目は笑っていないが……。

 

 気を取り直して、さも何事も無かったように羊皮紙を読み進めるが、ぶっちゃけ先ほどの部分が要約部分の最後だったようだ。あとは締めの挨拶や命令に従う旨が色々と付随されているだけで、特に面白いことも書いてない。

 

 いや、女王陛下にお任せいただいた総司令官としてとかは書いてあったが、こちらも女王陛下にお任せいただいた独立諸侯軍なのだが……。

 

 しかし、先ほどの愛情と切なさを伴ったモンモランシーの表情は初めてではないだろうか。

 うむ。レアシーンだったに違いない。そして、シエスタのヤキモチとも取れる咳払いも久しぶりではある。しかし、彼女が止めてくれなかったら再び数日の睡眠状態に陥った可能性も否定できないだけにありがたい事なのだろう。

 

 ふむ……。モンモランシーのレアシーンを見れた事には感謝しよう。しかし、そもそも連合軍がこのような嫌がらせをしてこなければ今日中に威力偵察を行い、イレギュラーが起こらなければ終戦し、面白おかしくお茶会でもして新たなモンモランシーのレアシーンに遭遇できていた可能性すらあったのだ。

 

 むしろ、足を引っ張られる形となった艦長殿は、俺が起きたらすぐに強行できるよう苦心して作戦規模の精密なスケジュールを組んで補給を行ったに違いない。かなり努力のあとが窺える。素人の俺には完全に不可能だと思えるほどだ。

 

 しかし、もはやこのまま進めるというわけにもゆくまいて……。艦長殿の苦労を水泡に帰すような所業だが、ド・ポワチエ殿に、ロマリアの犬に、少々カスティグリアというものをお見せする必要があるだろう。

 

 そして、謀略がハルケギニア貴族の流儀だというのであれば、俺もハルケギニア貴族らしく謀略に励もうではないか。もはや遠慮はしない。クラウスは俺の事をよく「慎ましい」と言うが、その誤解を覆す良い機会でもある。

 

 よろしい。不肖この『灰被り』のクロア、その宣戦布告、お受けしようではないか。

 

 「シエスタ、羊皮紙とペンを……。」

 

 シエスタに羊皮紙とペンを頼むとシエスタはモンモランシーと艦長殿に確認した後、簡易テーブルを出してその上に羊皮紙とペンを置いてくれた。

 

 そして、その羊皮紙に今後の作戦概要とそれに必要になるであろう書類を作るため、モンモランシーとの甘い時間と羊皮紙を自由に使える時間を大幅に延期させられた怒りに任せてゴリゴリと書き込み始める。

 

 しばし、ゴリゴリサラサラと羽ペンが羊皮紙の上を踊る音だけがこの部屋を支配したが、そういえば艦長殿に了解の確認を取っていない事を思い出した。失礼かもしれないが書きながらそちらを進めよう。

 

 「艦長……。」

 

 「はっ!」

 

 「最高指令官権限により今後の作戦を大幅に変更する。認めるか?」

 

 「はっ! アマ・デトワール、承認いたします。」

 

 「よろしい。では概要を伝える。出来る限り早急に作戦立案に移りたまえ。」

 

 最後にざっと確認したあとすべての羊皮紙に自分のサインをサラサラっと書き入れて完成させると艦長殿にその書きあがったばかりの数枚の羊皮紙を視線を合わせながら渡した。すると、なぜか緊張感を漂わせている艦長殿が、一度ゴクリと喉を鳴らし、その羊皮紙を受け取った。

 

 一通り目を通して確認し始めた艦長殿は少々手が震えているように見える。もしかしたら拒否されるかもしれない。かなりエグい事も書いてある自覚はある。しかし、もしそうならカスティグリアの承認を得るのに何日かかるだろうか。風竜隊を使えばかなり短縮できるが距離が距離だ。アグレッサーに頼む必要が出てくるかもしれない。

 

 しかし、彼らをそんなところで使い、消耗させるのは今後の作戦上少々不安が残る。それに、恐らく艦長殿の作戦立案能力と艦隊運用能力が絶対に必要だ。カスティグリアからの命令ではなく言葉巧みに説得し賛同してもらうべきだろう。

 

 「ふふふ、さすがですな。これほどのモノを考えていらっしゃったとは……。了解しました。連中に目にモノを見せて差し上げましょう。」

 

 どうやら杞憂だったらしく、やる気と嬉しさが混じったような声を出し、羊皮紙から目を上げた艦長殿は嗤っていた。

 

 そして、艦長殿が作戦立案のために早急に部屋を出て行くと、モンモランシーから少し疲れが見えるから休むように言われ、「艦長殿が来たら起こすわね」と輝くような笑顔に見送られ、スリープクラウドによって夢の世界へと旅立った。解せぬ……。

 

 

 

 

 

 




 いかがでしたでしょうか。クロムウェルやシェフィールドだけでなく、ド・ポワチエ将軍や参謀長のウィンプフェンにとってもカスティグリアの快進撃は手柄を取り尽くす脅威だとしか思えませんでしたのでこんな感じになりました。

 大物の将軍ならむしろ喜んで任せたでしょうが、彼はこんな感じかなーと……。諸侯軍が独立性を持っていなければ、彼の作戦で動いた事にするという密約を結んでクロアは苦労もなく動けたかもしれません^^;

 それにカスティグリアの人間やクロアを知ってる人間なら「クロアが倒れた? 病気? 三日? 五日? あー、七日かー」くらいですが、普通に考えて三日起きなかったら重病ですよね^^;

 まぁ、その……、彼も原作通り運が無かったと捉えていただければ幸いです^^;

 次回! モットおじさんが帰ってくる! 

クロア「え? このタイミングで?」
作者 「ええ、モットおじさん評判いいみたいなので……」
クロア「おい、作者っ!? 俺主人公だよね!? そうだと言ってよ、さくしゃー!」
作者 「ひゅー! ひゅー!」(目をそらして必死に口笛

 なんちて。

 次回おたのしみにー!

 

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