ゼロの使い魔で割りとハードモード   作:しうか

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日曜日に間に合わなかった……だと!? なんてこったい;;



31 戦争の足音

 タルブ村でゼロ戦との邂逅を果たし、シエスタにより撃墜されたあと、五日後に目が覚めた。オスマンに余裕を持って申請していたはずの期限が切れそうだったので、寝ている間に俺は学院の寮に運ばれたらしい。起きた時にはすでに見慣れた天蓋のあるベッドの上だった。目が覚めたときに枕元に座っていたシエスタがそれに気付き、俺の身支度をしながら説明してくれた。

 

 いつも通り体調を確認する。頭痛はほとんどないし熱っぽさもあまりなく、四肢の鈍痛は無視できる範囲だ。恐らく自力で行動が可能だろう。時々接触するシエスタの感触が、彼女を包む清潔感と太陽の香りが俺に伝わる度にゴリゴリと何か体調のようなものを削っている以外は概ねベストと言えるのではなかろうか。

 

 起きた日は基本的に安静にしていてベッドの上の住人になるのだが、今日は急ぎの用件があるとかで俺の起きた日でもクラウスが来る事になっているらしい。シエスタは俺に紅茶を入れたあと、モンモランシーに報告に行った。

 

 少々手持ち無沙汰だったため、サイドテーブルにある資料の山から資料を取ろうと思ったら山が一つ増えていた。一つはまっさらな羊皮紙の束。一つは記入済みの束。一つは記入途中とリストの束。そして正体不明の束。

 

 ふむ。興味深い。ここに正体不明の束があるということは読めということ以外に考えられない。背もたれから乗り出して興味深々でその束を取ると、どうやらエルンストが言っていた研究所からの質問書や行き詰っている研究などに関する資料、そして提案書だった。

 

 行き詰っている研究に関しては、ゼロ戦解体のための安全なアプローチ方法やコクピット内の計器、操作検証方法などだった。アプローチ方法はネジやナットの工具は作られており、一定方向に回せば締まったり緩んだりすることはわかっているが、リベット留めの構造や取り外し方法が問題になっているらしい。確かに慎重に行っている現状、いきなり穴を開けるわけにはいかないのかもしれない。一応リベットの構造、リベット留めの意味と手順、取り外し方法を書いておいた。

 

 問題はコクピット内の計器、操作検証方法なのだが、速度計、高度計、昇降度計などの操縦に密接に関わっているものならわかるが、数多く搭載されている温度計などはまったく自信がない上にこの辺りはガンダールヴ先生に教えてもらった方が正確だと思う。

 

 そんな感じでコクピット周り関連をざっと目を通した感じだと資料の方はゼロ戦関連で実機を見ながら説明した方が早そうなので、説明する時に欲しくなるであろう図などを描いて置く事にした。

 

 ただ、問題は提案書の方で、ぶっちゃけ専門外の物が多い。研究所の運営方針や細かい規約などなど、クラウスに回すべきではないだろうか。とりあえず判断が難しいものが多いのでこの辺りはクラウスへ回そう。とりあえず隅っこに「クラウスへ」とだけ書いて目を通していく。

 

 そして一つ、とてつもない提案書があった。カスティグリア研究所のシンボルマークが欲しいという内容なのだが、なぜか「日の丸」だった。いや、どうせわかるのはサイトくらいなので構わないのだが、そこまでゼロ戦に惚れこんだのだろうか。

 

 ただ、普通の日の丸と違って図案では赤い丸は二重になっており、濃い小さい丸を比較的薄い丸で囲む感じらしい。黒の単色で書かれているのでどのくらい色を変えるかまでは現物が出来てみないことにはわからないが、ぶっちゃけ遠くから見ればわからないだろうから単色でもいいと思った。しかし、研究所ならではのこだわりがあるのだろうか。その辺り特に説明文や由来が載っているわけではないので全くもって不明だ。

 

 クラウス行きにしようと思ったのだが、なぜかサインの必要な人間のリストも小さく入っており、クラウスや父上のサインがある。二人が良いと言うのなら俺の意見はあまり関係ないのではなかろうか。ささっとサインして日の丸に関しては知らないことにしておこう。ゼロ戦にあやかってということにしておこう。うん。

 

 ささっとエルンストからの資料の束を片付け、紅茶に口をつけながら資料作りのリストを眺める。ぶっちゃけ研究所待ちのものが追加され、むしろそちらを優先的に行いたいのだが、学院にいては手が出しづらい上にクラウスによるガンダールヴの協力要請も時間がかかるかもしれない。

 

 サイトを食いつかせるのは簡単なのだが、恐らくあの機密を維持しつつとなるとかなり難しいのではないだろうか。タルブ村の人間はそれほど貴族とのつながりがないので問題はないし、飛ぶだろうくらいの認識だ。しかしサイトなら完全にゼロ戦を理解し、コルベールや飼い主であるルイズ嬢には確実に話したがるだろう。まぁその辺りはクラウスに任せるしかないのであまり考えてもしょうがないかもしれない。

 

 しかし、今後優先的に必要になるものは一体なんだろうか。むしろ、新しく資料リストを増やす時期になったのかもしれない。タルブ村の空軍基地を見て、ぶっちゃけあれほどすでに整っているとは思わなかったし、カスティグリアは更に上を行くと言っていた。

 

 今までは俺が知識を提供し、彼らがテストや改良を行って形にしてきた。しかし、今現在は彼らの研究成果を待ち、こちらが改良提案する段階に入ってきている気がする。まぁ主に弾中心の開発関連だが……。一応倒れる前、弾薬を渡したところである程度「こんな感じだと思うよ」という図案やわかる範囲での説明は行ったが、詳細に関しては全くわからない。

 

 ふむ。確かゼロ戦の計測は型取り方式だったはずだ。ここは計測するための道具の充実を図るのが良いのかもしれない。すごく今さらな気もするがリストに書いておこう。最少単位が「サント」なのに今までどうやっていたのかが謎だが、恐らくミリまではできているのではないだろうか。更に細かい計測用にノギスやマイクロメーターの実装を考えた方が良いのかもしれない。いやマジックアイテムとかがあるのかな? その辺りも含めてあとでまとめてみよう。

 

 次にやる事が決まった。今始めると途中で途切れそうなので、簡易テーブルにリストを置いて紅茶に口をつけたところでシエスタとクラウスが部屋にやってきた。簡易テーブルに載せてある資料をサイドテーブルに戻し、紅茶を置いてクラウスと挨拶を交わすと、クラウスは枕元に椅子を持ってきてシエスタに紅茶を頼んだ。テーブルに行く必要はなさそうだ。

 

 「兄さん、いくつか話したいことがあるからモンモランシー嬢に順番を譲ってもらったんだ。彼女も兄さんのことを心配していたんだけどね。」

 

 ふむ。モンモランシーにはいつも心配を掛けてばかりのような気がする。俺としてはもはや生に固執しているわけではないし、ここまでカスティグリアが大きくなったのであればもはや心配も減った。彼女だけが俺という貧乏くじを引いてしまったのではないだろうか。俺が彼女の事を好き、いや愛してしまっていることに、やはり少し罪悪感がある。

 

 「そうか。彼女にはいつも心配を掛けてしまっているな。ああ、話の前にエルンストから来たと思われる資料の束は片付けた。専門外の物があったので、クラウスへ回すよう書いておいたのだが、あとで持って行ってくれ。」

 

 クラウスはそれを聞いて少し苦笑いしたあと資料に目を通し始めた。今日の待ち時間でさらっと書いたような簡単な資料なのでほとんど見るべき箇所はない。シエスタが紅茶を淹れ終わって俺とクラウスのカップに注いだあと、シエスタは退出した。それなりに極秘事項なのかもしれない。

 

 「兄さん。まずは報告なんだけど、先日トリスタニアで公式にアンリエッタ姫とゲルマニアの皇帝、アルブレヒト三世の婚約が発表されてね。二人の結婚式は一ヵ月後ということになった。それで、それに先立ち両国の軍事同盟も無事締結されたよ。」

 

 ふむ。原作通りですな。一度クラウスは俺のシュヴァリエ受勲の時にアンリエッタ姫に会う機会があった。恐らくその時が初対面だろう。あのタルブ村の状況だとアンリエッタ姫を女王に押し上げてクラウスが王配に収まることも考えられたのだが、アンリエッタ姫はクラウスのお眼鏡に適わなかったのかもしれない。

 

 いや、逆もまた然りだが、俺の予想ではアンリエッタ姫としてはトリステインの事を考えるのであればクラウスの方がゲルマニアの皇帝より利点はあると考える。クラウスはゲルマニア皇帝に対して、血筋やトリステイン貴族であるということ、年齢も近いし、金髪で色白、そして顔は整っておりかなりのイケメンだ。性格や人柄も良く、こうしてみるとかなりクラウスのスペックは高い。実際にアルビオンの王子を目にする事はなかったが、彼に匹敵どころか遥か上を行くはずだ。あとはアンリエッタ姫の好みにもよるが……。

 

 と、なると、アンリエッタ姫から言い出さなかったとしたら、アンリエッタ姫は恋愛よりもゲルマニアの権力を選んだということだろうか。詳しく聞かなければ判断できないが、あまり重要ではないだろう。いや、アンリエッタ姫の人柄についてはとても気になるところではあるが、なんとなく聞きづらい。

 

 「ふむ。兄さん。質問はなんでも受け付けるよ? 答えられないこともあるけど、もし聞きづらいようなことでも何でも聞いてみて欲しい。」

 

 オウフ。葛藤がばれてしまったようだ。なんだかここのところクラウスの俺を見透かす能力がかなり上がっている気がする。一体何が……、ああ、なるほど。もしかしてモットおじさんの影響だろうか。確かに彼とクラウスは少し方向性は違っているが似ているところがあるかもしれない。

 ふむ。クラウスは将来勅使の仕事とかしてしまうのだろうか。

 

 「そうだな。では一つ。アンリエッタ姫をこの前クラウスも会ったろう? 個人的にはとても美しい人物だと判断したし、以前クラウスが言っていた好みから外れているとも考えづらい。タルブ村を見た限りではカスティグリアはかなりの戦力を持っているとも想像がつく。彼女の王配になるという話はなかったのかい?」

 

 「うーん。確かに美しいとは思ったけどなんていうのかな。飾り物の美しさ? それに何か隠している感じがしてね。実際不可解なことも起きたみたいだし、アプローチはしてないよ。

 先日、父上とも話し合ったのだけど、そんなこともあってカスティグリアが王配を生む方針は完全に無くなったから安心していいよ。」

 

 飾り物の美しさか……、確かに生の感情はほとんど見えない。初めて彼女が俺を見たときに少し見えたがその後すぐに隠していた。そして隠していた不可解な事というのは間違いなく彼女がルイズ嬢に頼んだ手紙の件だろう。そういえば彼女達は無事原作を消化して戻ってこれただろうか。あとで聞いてみよう。「そうか」と言ってクラウスに続きを促す。

 

 「ふむ。少し話に出たからこちらから進めるね。その不可解なことなんだけど、どうもアンリエッタ姫がルイズ嬢に何か頼みごとをしてルイズ嬢、使い魔のサイト、ワルド子爵に、ギーシュさん、キュルケ嬢、タバサ嬢がアルビオンに行ったらしい。戻ってきたのはワルド子爵以外の全員で、ワルド子爵はアルビオン貴族派に寝返ったらしい。」

 

 クラウスは真剣な顔で俺の表情を読みながら話す。俺が何か知っていると察しているのだろう。実際タルブ村への強行、そこから風竜隊を使ってラ・ロシェールに向っており、フーケの撃破、ワルドの分断阻止をしている。だが、その後俺がラ・ロシェールに降りたわけでもないし、ましてや彼らに会っていない。ギリギリ偶然で収められる範囲だろう。「ほぅ?」とか言いながら紅茶に口をつけて知らぬフリで通すことにした。

 

 「兄さんが風竜隊と偶然ラ・ロシェールで遭遇したフーケも未だ行方不明なのだけど、彼女がいたことは生存者からの証言でわかっている。そして、風竜隊の2名がその後ラ・ロシェールに降りて近衛兵と思われていたワルド子爵に説明するときに、ルイズ嬢たちの姿も確認していたんだ。

 その報告を風竜隊に貰った後、モット伯経由でマザリーニ枢機卿に確認したところ、マザリーニ枢機卿がアンリエッタ姫とオールドオスマンを問い詰め、事態が明らかになったというところなんだけどね? 内容は極秘だから兄さんには言えないけど、かなり無茶で危険なことをしてくれたみたいだ。結果的にワルド子爵が寝返って向こうに付いた以外の問題は起きなかったけど、ひやひやしたよ。

 まぁそんなこともあって、王配の話は全くなくなったんだけどね。」

 

 そういいながらクラウスは紅茶に口をつけた。その後追加で聞いたところによるとルイズ嬢と一緒に向った人間は全員無事に戻れたらしく、俺が寝ている間にすでに授業に出ていたらしい。

 ―――くっ、またか。

 

 「その後の聴取によると、アルビオンの皇太子ウェールズはワルド子爵により暗殺され、そのワルド子爵にサイトが手傷を負わせて撤退させ、彼らも皇太子の遺品を預かってトリステインに戻ったらしい。そして、アルビオンの王党派が文字通り全滅して貴族派が勝利。新政府樹立が公布された。」

 

 ふむ。全くもって原作通りですな。

 

 「ただ、ここからが少し問題でね。アルビオンの新政府がトリステインとゲルマニアに不可侵条約の締結を申し込んできたんだよ。トリステインもゲルマニアも締結を拒む必要性はないし、締結する方向で話が進んでいる。比較的早いうちに話はまとまると思うんだけどね。

 そうなると、アルビオン新政府の元々の言い分が少し変わることになるんだけど、トリスタニアの考えでは協力体制をある程度示せば戦争は回避できるのでは、ということらしい。」

 

 ふむ。特に問題点が見当たらない。トリスタニアは元々軍備を整えるか整えないかで割れていると、たまにお見舞いに来るモットおじさんが言っていたことがある。不可侵条約があったとしてもその後の交渉である程度軍備も必要になろうだろう。彼らに協力するための軍備と言えばある程度まとめても問題にはならないだろうし、その程度の軍備があるのならば、あとはカスティグリアで押し返せそうな気もする。

 

 「マザリーニ枢機卿やモット伯は状況を理解しているのだろう? カスティグリアとしても今までどおり準備を進めるだけだし、問題ないのでは?」

 

 そう尋ねると、クラウスは少し苦い顔をした。

 

 「いや、マザリーニ枢機卿はアルビオン新政府との不可侵条約が結ばれるのであればアルビオンからの侵攻は無いと判断されたみたいでね。トリステイン、ゲルマニアとの不可侵条約から、アルビオンは聖地を目指すための援助を両国から引き出す方針にしたのでは、という見方が大半を占めているみたいだよ。それにロマリアも追従するだろうし、そうなれば四つの国がまとまるわけだからガリアも渋々ながら応じるだろうという予測らしい。」

 

 「なるほど、確かにそれは大きな問題だ。」

 

 問題を共有できて少し安心したようなクラウスを見ながら紅茶を一口飲んで少し思考の海へ沈む。

 

 まず、カスティグリアとしてはマザリーニ枢機卿の油断を引き出されると動きづらくなる可能性が否めない。タルブ村もそうだが、カスティグリアの情報はかなり隠蔽されている。俺ですら戦力を把握できていないわけだし、その上でクラウスが俺に相談を持ちかけるのが普通になっている。

 

 カスティグリアが持っている戦力に関しては外国は存在すら知っているのか不明だが、トリステイン貴族としてはかなり気になる案件だろう。タルブ村に駐屯している部隊の数は今のところかなり少ないが、あれだけ施設が揃っていると、タルブ村領主のアストン伯から「カスティグリアは多少戦力を持っている」程度の話が漏れていてもおかしくない。

 

 そして、今までその噂や漏れた情報をもみ消し、トリスタニアにおいてただの噂として止めていた上に、他のトリステイン貴族との折衝を行っていたのはマザリーニ枢機卿だろう。今ならばモットおじさんも協力していると思うが、カスティグリアが他の貴族に妨害されることなく、スムーズに軍備を整え、戦争の準備をしているのは両者の力が大きいと思われる。

 

 しかし、今まで頼っていたマザリーニ枢機卿が油断してしまうと後々かなり際どいものになるかもしれん。いや、カスティグリアに干渉しないのであれば問題はないのだが、それでももしアルビオンが攻めてきたときにマザリーニ枢機卿を筆頭にトリスタニアが不可侵条約に拘るようでは後々面倒が起きる可能性が出てくる。

 

 まず考えられるのがタルブ村やモンモランシに置かれているカスティグリアの戦力や研究所に対する圧力。アルビオンとの戦争が起こらないと判断された場合、最悪カスティグリアがトリステイン転覆のために置いていると判断される可能性もある。

 

 そして、トリステイン貴族はむしろ知りたがっている可能性は高い。そのような難癖をカスティグリアの戦力把握のために使ってくる可能性も否めない。一番の問題は研究所だろう。モンモランシの研究所やアグレッサーはカスティグリアに引き揚げた方がいいかもしれない。

 

 ただ、問題はタルブ村の研究所だ。ゼロ戦を動かせば研究所を引き揚げることは可能だろう。しかし、隣に建物まで建てた上に動かしたら目立つのではないだろうか。

 

 そのような状況下、アルビオンが条約を破り侵攻してきた際、カスティグリアが単独でアルビオンに当たって勝てたとしても、それはそれで問題が起きそうな気がする。トリスタニアが条約にこだわり、事故であると言い続けていた場合、カスティグリアが話し合いで収める道を勝手に爆破するようなものだ。タルブ村の領主殿の要請があればまだ言い訳は立ちそうだが、後々かなり難癖をつけられるだろう。

 

 何より一番の問題はこの内部の問題を抜本的に解決する方法が全く思い浮かばないことだ。どうしても直接的な方法しか思いつかない。まぁ具体的にはアンリエッタ姫を女王にして、父上かクラウスを宰相の座に就けるとかそんな感じだが、恐らく反対が大きすぎて無理だろう。すでに、アンリエッタ姫がゲルマニアに嫁ぎ、軍事同盟が締結されている。むしろそれが根本的なマザリーニ枢機卿の拠り所になっている以上、そのようなことは無理だろう。

 

 ふむ。抜本的な解決方法がないのであれば遅延させるしかあるまい。アルビオンのフネが来るのは恐らくアンリエッタ姫の結婚式あたりを口実にするはずだ。それまでタルブ村に戦力を置き、研究所をトリスタニアから守りきれれば状況は一変するだろう。

 

 「ううむ。確かに問題だな。モットおじさんはこちら側なのだろう? ならば一ヶ月ほど、うまく遅延できれば何とかならないだろうか。一番の鍵は恐らくタルブ村領主のアストン伯だが、彼は何か言っているかい?」

 

 そう言いつつ紅茶に口をつけるとクラウスは少し首をかしげた。

 

 「一応マザリーニ枢機卿もカスティグリア寄りだとは思うし、カスティグリアの隠蔽に関してはまだ協力いただけると思うよ。ただ、不可侵条約が締結されたらアストン伯としてはタルブ村の戦力引き揚げを要求してくると思うよ。彼とカスティグリアが結んだ話ではアルビオンとの戦争が予想されなくなったら引き揚げることになっているからね。ある程度遅らせることはできるだろうけど嫌な顔されそうだね。

 ところで、兄さんは1ヶ月以内にアルビオン新政府が条約を破ってトリステインに侵攻してくると予測しているんだね?」

 

 「うむ。アルビオン新政府がどの程度で準備を終えるかわからんが、一ヵ月後にはアンリエッタ姫の結婚式があるのだろう? それに絡めて艦隊を出す可能性が高い。要人だけをこちらが迎えに行って招くという方法を取れるのであれば時間を稼ぐことは可能だろう。しかし、自国の皇太子を暗殺して王を蹴落とした者が素直に条約を守るというのは少々浅はかではないだろうか。少なくとも最悪を想定して出来る限り準備はしておくべきだろう。」

 

 ふむ。もし両用艦や海に降りることの出来る竜空母などがあれば直前にタルブ村から引き揚げて海上で待機することも可能なのではなかろうか。むしろ空母や軍用艦ではなく、商船に偽装して洋上に竜や補充用の風石を満載して待機させることはできないだろうか。フネはその上で風石を補給すれば浮いていることは可能なはずだ。

 

 そして、俺が一緒に乗る必要が出てくるが、プリシラに偵察をお願いすればタイミングも簡単に取る事ができる。さらに保険として定期的に風竜を飛ばせば問題もなさそうだ。いや、むしろモットおじさん辺りから相手の艦隊の動きを教えてもらえるかもしれない。

 

 良い案に思える。クラウスにこの案は悪くないのではないかと提言してみたところ、「考えてみる」とのことだ。そういえばゼロ戦はどうするのだろうか。研究所を引き揚げるのであればカスティグリアに移すのだろうか。

 

 いや、今のところアレはシエスタの嫁入り道具としてカスティグリアに提供されたものだ。つまり所有権は俺を含めカスティグリアにあると言っていい。後々サイトがシエスタの曾祖父殿の墓石に刻まれた文字を読んで彼にも所有権が発生する可能性はあるがトリスタニアや王立魔法研究所(アカデミー)の干渉は回避できるだろう。

 

 まぁアカデミーはマジックアイテムの研究やブリミルの朝食に関する研究ばかりしているところだったはず。ゼロ戦に関しては畑違いも甚だしい上に羽根の付いたカヌーとしか認識されまいて。

 

 

 

 しかし、ようやくアルビオンとの戦争が始まるのか。思えばこの世界に生を受けて三年。最初はカスティグリアを守るため。そしてモンモランシが加わり、シエスタのご家族が住むタルブ村が加わり、当初からは考えられないほど守るべき地が増えた。基本的に俺は羊皮紙に文字や図形を書いていただけだが、カスティグリアが形にしてくれた。

 

 カスティグリアの姓を持つ家族達が、深い愛情と理解を示してくれた。そして、カスティグリアは愚直に大地に穴を開け続け、風石を産出するまでに至った。恐らく当時は岩に水滴で穴を穿つような、疑問や猜疑に囲まれながらの厳しいものだっただろう。父上もクラウスも現場の人間も想像できないほどの、いつ折れてもおかしくない、むしろ折れないのが不思議なほどの苦痛を伴ったに違いない。

 

 そして産出した風石は個人の金や財に拘ることなくカスティグリアに集う者たちを守るために使われた。更なる戦力を―――。そうカスティグリアを守る更なる力を求めた結果が、今まさにカスティグリアの誇る戦力になっている。領民が営み、カスティグリアの生活を支え、研究所が新たな剣を打ち、アグレッサーを始めとするカスティグリアの私兵達がそれらを守るために日々鍛錬を行う。

 

 ―――想定されている敵は強大。一国が全力で立ち向かってもまだ足りないと思わせるほどの強大な敵。

 

 カスティグリアに油断はない。あの鍛え上げられた、もはや人を超えつつあるアグレッサーが全てを物語ってくれている。以前聞いた艦隊の数、竜の数、敵兵力を鑑みれば、準備は万全と言ってよいだろう。

 

 ここまで来ると、もはや楽しみですらある。三年越しの、準備に三年もかけた戦争がようやく始まるのだ。アグレッサーの隊長殿も晴れ舞台を楽しみにしていることだろう。彼らに鍛え上げられた竜部隊もようやくその意義を示すことができる時が来る。もはや彼らを縛る手綱は張り詰めているに違いない。

 

 銃を持ったら撃ってみたくなるのが人間だ。むしろ防衛を目的にしていたとはいえよくこれまで我慢してきた。ようやく相手が手を出し、防衛のため抑えていた衝動を開放するときがやってくるようだ。もはやそのような大儀名分をいただけるのであれば喜んで銃を撃つだろう。これから続くであろう戦争の、嫌になるほど長く続くであろう戦乱が始まる。

 

 実際嫌になる人間が数多く出るかもしれない。しかし、折角準備をし、楽しみにしていた戦争だ。是非ともカスティグリアの皆には楽しんでいただきたいものだ。

 

 「ククク、ああ、しかしようやくだな、クラウス。ここまで準備に準備を重ね、(きた)る戦争に備えていたのだ。勝敗は時の運だろう。生死も時の運だろう。悲しみに暮れる者が数多く出ることだろう。しかし、クラウス。真に恥ずべきことながら俺は楽しみで仕方がないのだよ。」

 

 「ああ、兄さん。やっぱりかい? 僕も父上もそれはもう前々から本当に楽しみさ。カスティグリアの血かもしれないね。兄さんは慎ましいからね。まだ慎重に行くべきだと言うかと思っていたけど、兄さんが楽しみにしているのであれば旗艦に乗ってみるかい? カスティグリア家の諸侯軍だからかなり高い地位をあげられるよ?」

 

 俺が楽しみを隠しきれずにクラウスに漏らすとクラウスはいつもの優しい笑顔ではなくルーシア姉さんのような迫力のある笑顔を浮かべた。クラウスや父上は俺よりも好戦的らしい。そしてそれをひた隠しにする能力も俺よりもかなり高いようだ。そして、初めてクラウスの牙を見る機会が訪れたようだ。

 

 「そうだな、自慢の弟よ。それはとても嬉しい提案だ。つい勢いで受けてしまいそうになるほどとても魅力的な提案だとも。しかし、クラウスよ。素人が指揮を取っては問題が起きるだろう? それにこんな体だ。いざという時に寝込んでいては問題以外の起きないではないか。」

 

 そう軽く笑いながら紅茶に口をつけると、クラウスは肩をすくめた。

 

 「当然細かい指揮は他の者に任せるけどね? お飾りの最高指令官というものでも前線にいるのであれば部隊の士気は上がると思うよ? 僕はその時カスティグリアにいなければならないし、父上も王宮を離れられない。モット伯は勅使として動いて貰わなければならなくてね。

 ちょうどタルブ村に置く戦力の旗頭がいない状況で困っていたんだよ。」

 

 これはまさに“ひょうたんから駒”というやつだろうか。いや“棚から牡丹餅”の方だろうか。俺が旗艦に乗ることになるのであればモンモランシーやシエスタも乗ることになるかもしれないが、早々彼女達にかすり傷一つおわせることにもなるまいて。危険ならば風竜を使って彼女達は避難させることも可能だろう。

 

 「ふむ。しかし、モンモランシーやシエスタも同乗しても問題ないほどのフネなのかね? 彼女達に何かあったらその、困るのだがね?」

 

 「ああ、その点は心配しなくていいよ。兄さんが乗るのであればタルブ村に置く旗艦は新型の竜母艦になるし、乗員もかなり訓練を積んでいる。もし万が一負けることがあっても兄さんを始め、彼女達はかすり傷一つ負うことなく離脱できるはずさ。」

 

 戦場に絶対はないとどこかの誰かが言っていた気がする。前世の知識かもしれない。

 うーむ。悩みつつもクラウスにその“新型の竜母艦”について聞いてみると、悩んでいたのが馬鹿らしくなった。むしろ負け方がわからないレベルの旗艦だった。ついでに置かれる戦力とアルビオン側の想定戦力を聞いたら本当に俺はお飾りの指令官以外になりようがなかった。

 

 クラウスにモンモランシーやシエスタが良いと言うのであれば喜んで参戦すると伝えると、話は終わったようで、クラウスは部屋にモンモランシーとシエスタを招きいれた。

 

 クラウスがモンモランシーとシエスタにその事を伝えると、彼女達は先に話を聞いていたようで、特に問題もなく笑顔であっさり了承された。なんというか、その、俺はカスティグリアではなかったのだろうか。彼女達よりも情報制限が厳しい気がする。いや、きっと俺の方が漏洩の恐れがあるので伝えないだけだろう。きっと……。

 

 

 

 

 

 

 




 いやはや、お待たせしました。ワルド子爵に関する考察やプロットをリアルでメモ帳に書いてみました。ええ、ちょっとPCの遠い環境に置かれていたものでして。ワルド子爵に関しては大して面白いネタがなかったのでスルー。プロットも書き始めたらいきなり反れるという意味の無い休息になりました。ええ、気力が少し回復したくらいです。

 ようやく書きたかった戦争が(きっとそろそろ)始まる! 

 次回はもしかしたら視点変わります。お楽しみにー!


おまけ。いつも通り本編には関係ありません。たぶん。
アストン伯:不可侵条約結んだら空軍いらなくね? っつうか思ってたより大戦力で怖いから撤退してほしい
タルブ村 :シエスタが側室に入ったから守ってもらえると思ったんだけど戦争なさそう。いや、物流増えて暮らしやすくなったけどさ。

モンモランシ :ほらな? トリステインは外交だけで生き残ってるんだよ。
アンリエッタ姫:カスティグリアって新教徒なんでしょ? 潰さないの?
ヴァリエール :なにカスティグリアみなぎってんの? 戦争好きなの?

マザリーニ :実はカスティグリアが怖い。戦争したくない。
モット   :さすが獣の爪。ご相伴に預からせてもらおうか。

カスティグリア:さぁそろそろ待ちに待った本番だZE

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