この世界での療養生活が始まった。あれから毎日ルーシア姉さんと弟クラウスが様子を見に来てくれる。二人で時間を決めているのか、一緒に来る事はあまりない。
一緒に来た時は俺の魔法の練習に付き合ってもらうのだが、きっと一緒に行くと俺が魔法を使いたがるというような気を使わせてしまっているのだろう。しかし使いたいものは使いたいのだ。アレから本を読んでみて魔法辞典に書いてある火の系統の魔法の少なさに軽く絶望した。
ドットスペル:発火、ファイアー・ボール
ラインスペル:フレイム・ボール、ファイアー・ウォール
お分かりいただけるだろうか。トライアングル以降が書いてない上に四つしかないのだ。いや、一応他にも共通でブレイドやマジックアローがあるし、さらに、火をメインに風や土の系統を混ぜるものもあるのだがその辺りは恐らく使えない。
いくらトライアングルでもキュルケ嬢がスペルを知らなければトライアングルのフーケに勝てないのもわかった気がした。
というか原作の火系統の教師コルベールよ、ちゃんと授業しろと言いたい。ゆかいな蛇君じゃねぇんだよ! お前の頭頂部の方がよほど愉快だ! キュルケ嬢もよく我慢できたものである。
ちなみに他の系統はきっちりとスクウェアまで網羅されているようだ。いいな……錬金とギアスと偏在。夢がひろがりんぐってやつですね。俺には縁がありませんが!
ちなみに俺はこの四種類全てとブレイドとマジックアローを使える。おかげで窓から見える世界は家を囲む壁の向こうに草原があったのだが、今では壁の向こうはほとんど更地になった。
ラインスペルが使えるのはきっと死に掛けたからだろうと勝手に推測している。しかし、原作との乖離があるのか、魔法の威力がおかしい。ファイアー・ボールですらほとんど目で追えないほど速い。いや、視力弱いしまぶしいから元々あまり見えないんだけど。誘導性があると書いてあったのだが誘導している暇がない。
着弾からの燃焼速度もおかしい。軽く溶岩のようなラインができる。
ブレイドも長さ20mくらいあるし。ブレイドだけで無双できるんじゃね? 血吐いたり倒れたりしなければだが……。
一番使いやすいのは恐らくラフォイエだ。まぁ効果範囲は恐ろしく広くてうるさいがキレイな真っ黒い更地になる。ロックやフォトンが必要だと思っていたがそんなことはなく使おうと思えば使える感じだ。詠唱もいらないし、ぶっちゃけ杖を向ける必要もないが、一応ダミーで杖を向けて唱えている。
しかも起動直前の「きゅうん」というかそんな感じの音がステキだ。最後はラフォイエで締めるのがここ最近のマイブームになっている。
とりあえず安全に使えるように遅くしたり威力を抑える練習をたまにしている。いや、「一人で使っちゃいけません。」って姉弟に言われたのさ。我慢できない子じゃないしな。日ごろ迷惑をかけている自覚もあるし、言いつけは守ろう。練習したいが……。
あと一人で歩けるようになった。連続30分くらい部屋の中をぐるぐる回るだけだけど……。とりあえずメイドさんに下の世話をしてもらったりが恥ずかしくて気合で鍛え始めた。何度か意識を失って倒れたが、結構早めにトイレは一人で出来るようになった。部屋の中だけど。なんか「消臭機能付きおまる」ってのがあるらしい。ぶっちゃけファンタジーの方が便利じゃね?
借りた本も全部読んでしまったし、日々歩行訓練と体力を付ける訓練、そしてたまに魔法の練習をする毎日である。ただ、ロスタイム(倒れた後など)が余りに多く、暇なので羊皮紙に前世のこちらの世界でも役立ちそうな知識を書きとめることにした。くっ、俺の記憶力が常に弱設定なのか肝心な数値や計算方法が曖昧だが、まあいい。原理や効果などはなんとなく覚えている。
学問ごとに書いていくのもいいかもしれんがここは逆引き方式でいこう。
まぁまず手っ取り早いのが馬車の改造か。農法? いや、俺多分元工学部系だし……。まぁ肥溜めの作り方や和式トイレの作り方くらいなら知ってるが……。ファンタジーだし意味なさそうだよね。まぁ一応あとで書いておこう。何がヒントになるかわからんしな。
ところで、馬車と言えばよく聞くのがケツが痛くなるということだ。いや、まぁ実際乗ったことないし前世で読んだ本の知識だが、これをクリアするのは実は難しい。いや、板バネ使えよ。って思うじゃん?
アレ構造は楽なんだけど強度計算はともかく振動計算とかめっさめんどくさいのよ? いや他のに比べればかなり簡単だけどさ。大体馬車の大きさも重さもよくわかってないのに計算式あってもなー。まぁ書き溜めておくか。
って考えてたらあるじゃん。もっといいのあるじゃん。風石使えばいいんじゃね?ちょいと馬車浮かせれば振動も減るでしょ。しかも風石といえばどこを掘っても掘り続ければ大抵あるというステキ素材。いや、厄際に繋がった気がするが気のせいだ。とりあえず掘りまくればいいわけだからして、魔法の練習のときに掘りまくろう。掘るというか現象は発破だが……。
その辺りを思いついた順番にサラサラと羊皮紙に書いていく。一応他のバネ関連も書いておいた。まぁ車軸をどう支えているのか知らんが、その辺りの強化も必要だろうし、構造も色々あるからな、その辺りも書いておくか。ついでに強度計算から必要な数値を一般的な鋳鉄で計算して書いておいた。振動に脆そうだけどな。
あとは馬車っつったら今度は線路&トロッコor馬車ですね。いやよく知りませんが、歴史取ってなかったみたいなので……。線路の構造と利点、そしてつなぎ方、レールの敷き方も覚えている範囲で書いておこう。と言ってもよく知らんが……。まぁこんなとこか? というかこれが出来るくらいなら普通に道を頑丈にした方がいいかもしれませんな。
まぁ物忘れ防止ってことで……。
あと覚えてることはー……。とつらつらと書き続けた。結構な量になってインクも羊皮紙も使い切ってしまい、何度かメイドさんを呼んで補充してもらった。
そして、これから原作通りに進んで戦争が頻発することを考えると、兵器関連の知識が欲しい。いや、兵站も大事だよ? でも早く圧倒的戦力で終わらせる努力もするべきだ。
しかし兵器関連に関しては、かなり知識が偏っている。銃に関しては簡単な構造くらいでほとんど知識がないし、黒色火薬とか火縄銃とかマスケットライフルとかすでに実装されているだろう。薬きょうの構造やそれを使うような銃の構造は途中で途切れている。できればライフリングの作り方とか後込め式大砲の作り方だけでも知りたかったのだが……。
知識にあるのは「空対空ミサイルの赤外線追尾方式の原理」とか「サイドワインダーの音かっこいいよね。」とか「F-16戦闘機のエンジンの掛け方」とか「よくわかる空戦技術という本の内容」とか「帆船模型の世界という本の内容」くらいだった。
かなり無駄知識で全く役に立たない。というか中間部分の役に立つ情報が全くない。これは書き記すのはやめよう。むしろ封印の方向で……。しかし前世の俺、何がしたかったんだ……。知識はあるが一体何をしていた人間なのかまるで封印されているかのように思い出せない。きっと思い出さない方が良いのだろう。悪い予感しかしない。
一応国防関連のことも書いておくか。恐らく今まさにレコン・キスタが発生していてもおかしくはない。ふむ。まず不可解なのはロマリアがレコン・キスタの代表の虚無の真偽を発表しないこと、そして虚無の系統を維持するための王家を襲っていること、これを初期にひっくり返せればロマリアは今後苦労するだろう。しかしこれはトリスタニアで判断されるものだ。
カスティグリア家として対応するには……。まず欲しい戦力は航空戦力と対地攻撃能力、対艦攻撃能力。現在の文化レベルでも作れそうな無誘導爆弾の原案も載せておこう。
あとはー。そうだな、トリスタニアが判断するとしても懸念があるならブリミル教徒として扱わず、むしろそこを逆手に取ってくる可能性あり。とか書いておくか。
あとは思いつく限りの領地の防衛プラン、国の防衛プラン、ああ、野良メイジを雇っておいて普段は領地の改善に使ったりして有事の際は戦力にするのもいいな。
ついでに航空母艦や戦列艦にダメージ担当艦などの概略と簡単な外装設計図に輪切りの構造図をフリーハンドで描いた。結局「帆船模型の世界という本の内容」が少し役に立った。しかしこの世界の帆船はどうやって空中を飛ぶのか未だに不思議だ。キールもないのに帆を張ってもしょうがないんじゃ……。ああ、プロペラ推進や流体力学関連の資料も載せておこう。ほとんど覚えてないが……。
思い出したことや記憶にあるものを原作知識以外大体書き終えたころ、クラウスの誕生会が開かれた。俺の誕生会? 毎回瀕死で生死の境をさまよう日ですね。ある意味家族が集合してくれます。
毎回姉弟の誕生会は虚弱なので出席してなかったのだが、今回は少し出席することが決まった。いや、俺がこっそり勝手に決めたともいうが……。
誕生会は昼ごろから大広間で行われるらしい。少し前に結構な数の貴族やその子女を呼んだとクラウスから聞いた。彼にとっては社交やなんかで疲れる行事らしい。わからんでもない。俺なら多分死ぬな。
しかし、今日はいつもよりちょっと調子が悪いので渡す物渡してさっさと退場しよう。
大広間までメイドさんにクラウスへのプレゼントを持ってもらって壁や手すりに捕まりつつ歩く。いくら広いとはいえ2~3分で着くと思っていたのだが少し甘かった。もしかして何かのイベント=俺の死期が近づくという法則でもあるのだろうか。足元がかなりぐらついて中々目的地に着かない……。
メイドさんは両手が塞がっているので自力で行くしかない! そして俺のために薄暗くしてある廊下を抜けるとまぶしくて見えづらくなった。最後の階段を降りる時に割と真面目に補助が欲しくなってきた。しかし、ここは気丈な兄の姿をだな……。と、階段を手すりにしがみついて降りているときに、目の前に金髪の女性が現れて、
「あなた、体調悪そうだけど大丈夫?」
と声をかけられた。ぶっちゃけまぶしくて金髪で色白、俺より下の階段にいるが同じ段に並べば俺より背が高く、声からして多分同年代女性というくらいしかわからない。
「ああ、心配をおかけしてすいません。ミス。あなたがまぶしくてよく見えないのですが初めまして、クロア・ド・カスティグリアと申します。ちょっと体調が悪いだけですのでお気になさらず。」
多分できるだけ自然に目を開け相手の目を見て、ちゃんと挨拶できたと思う。いや金髪が乱反射してまぶしくて見えないが、目を細めるのは失礼だろう……。
「え、あ、えっと、その……、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシと申します。体調が悪いのでしたらどこかでお休みになられた方が……。」
おお、まさかのモンモランシー嬢でしたか。ちょっと戸惑った感じのあとこちらを気遣うように自己紹介してくれた。リアルロング縦ロールヘアを見れないとはクロア一生の不覚!
「いえ、我が自慢の弟クラウスに今回こそは自分でプレゼントを渡したいのです。お気遣いありがとうございます。」
「でしたらせめてわたしの肩に……。」
と言って俺の手を取り、モンモランシー嬢の肩に乗せられ、支えになってくれた。あれ? モンモランシーってこんな優しい娘だったんだ。いやー原作との乖離が半端ないですね。しかも香水の二つ名を名乗るだけあっていい匂いです。
手すりと彼女の肩のおかげでようやく階下に降りることができた。しかしどこに居るのかさっぱりわからない。そして、メイドさんも片方肩を貸してくれて、ようやく他の方々に囲まれているクラウスの近くにたどり着く事ができた。
「あちらにクラウスさんがいらっしゃいますわ。」
おお、ようやくターゲット発見。そうだ、モンモランシー嬢にお礼を言わねば。そういえば彼女は褒められるのが好きだったな。ギーシュの語彙力が試されたエピソードがあったりなかったりしたはずだ。
「ありがとう。ミス・モンモランシ。しかし、失礼かもしれませんが、あなたからはほのかにとても良い香りがしますね。このような香りを感じられただけでも今日はすばらしい日になりました。本当にありがとう。では名残惜しいですがクラウスのところに行きますね。ごきげんよう。」
「え、ええ…ありがとうございます。ごきげんよう。」
ふむ。もしかしてセクハラ方面に取られただろうか。香りを褒めるのは難しいね! しかし君にはギーシュ君が……今いるかは知らんが、いることになるのだからあまり気にしないで欲しいものだ。
「クラウス。おめでとう。」
と少し大きめの声で言うと、
「兄さん!? 調子が悪そうだよ!? 安静にしてなきゃダメじゃないか!」
「クロア!? ひどい顔色よ!? 今すぐ部屋に戻って安静にしなさい!」
うむ。姉弟揃って息が合ってるな。両親はちょっと別の離れたところで接待に励んでいるようで、近くにはいないらしい。
「いや、これを渡したら部屋に戻る。俺から初めての誕生日プレゼントだから直接出向いて渡したかったんだ。ちょっと量が多いし役に立つかはわからんがお前のこれからに役立ててくれ。メイドさん、渡してくれ」
そう言って書き溜めた恐ろしく分厚い羊皮紙の束をメイドさんがクラウスに渡してくれた。
「これって兄さんが毎日書き溜めていた……。」
「ああ、わからないところがあったら聞いてくれて構わない。まぁ思いつきで書いたものばかりだからな。だが、もしかしたら将来お前が継ぐカスティグリア家のためになるかもしれん。暇なときにでも読んでくれ。」
そういうと、涙もろいクラウスが静かに泣き出した。お前の誕生日だろうに、泣いてどうする。苦笑しながら胸に飾ってあったハンカチを取り出してクラウスに渡し、
「俺の自慢の弟よ。お前の誕生日だろう? お前が泣いてどうする。みんな祝ってくれているんだ。笑顔で対応するべきだろう?」
というと、「そうだね」とちょっと照れくさそうな声で言いながらハンカチを受け取って涙を拭いた。そして俺は少し微笑んでから、メイドさんに肩を借りて華麗に立ち去ろう―――としたところで体が崩れ、まぶしい世界から暗転して意識を失った。
せっかく弟の良さをみんなに見せるためにクサイセリフ吐いたのに俺は全くカッコつかねぇなぁ……。それが最後に考えたことだった。
そして快眠したような爽やかさで目が覚めた。なんかすごく落ち着く香りがする。柑橘系と桃かな? ほのかに甘みのある爽やかな香りだ。花でも飾ってあるのだろうか、さすがファンタジー思いも寄らないよい香りの花があるのだな。この花を常に飾っておきたいものだ。
そして今回は俺のベッドの脇に椅子が置いてあり、そこでクラウスが居眠りしていた。起こすべきだろうか。
少し起き上がって背もたれに寄りかかってから、「クラウス?」そう静かに声をかけると飛び起きた。
「兄さん!? 心配したよ……。もうこんな無理は絶対にしないでくれよ。」
そう言って今日までのことを話してくれた。三日間寝ていたらしい。あの後騒然となったが、いつもの事なので、と説明されたあと、俺は母上のレビテーションで無事運ばれたそうだ。そしてちゃんと誕生会は最後まで出来たので心配しないでくれと言われた。いやー。ぶち壊さなくて良かったわー。と安心していると、色々と聞きたいことがあるのか何から聞こうか迷っているのか話が途切れた。
ここは先ほどから興味があって疑問に思っていることを聞いておこう。
「とてもいい香りがするが、花でも飾っているのか?」と、聞くとモンモランシー嬢からの贈り物らしい。安静にするのにいい香りのものと、彼女が普段使っている物が贈られたそうで、その瓶とカードがサイドテーブルに載っていた。
カードを読むと、安静にするのにいい香りの物は少し大きめの瓶に入っており、蓋を開けておくだけで約2ヶ月ほのかに香り続けるらしい。これはいいものだ! お金を出しても欲しい。
そして彼女が普段使っているきれいな小瓶に入っている香水は俺がいい香りだと褒めたからくれるそうだ。
とても優しい子ですね。ええ、原作とはなんだったのでしょう。ギーシュにはもったいないですね。いえ、俺にはもっともったいないですが……。そして俺のチョロさに乾杯でございます。しかし彼女の善意を好意と勘違いしないように気をつけようと思います。ええ、俺は死亡フラグをダース単位で回収済みなくらい虚弱ですからね。結婚や婚約なんてことは望んでもありえないでしょうし、彼女は確か一人娘ですからね、悔しいですがギーシュ君in常時惚れ薬が一番適任でしょう。
「クラウス、彼女にお礼の手紙を書くべきだと思うのだが、お礼と一緒にこの安静にいい香水の追加注文するのは失礼だろうか。最初は花だと思ったので植えてもらおうと思ったのだが……。いや俺には何もできないので父上か母上に頼んでみて欲しいのだが。」
「兄さん、それは構わないけど、彼女とはどこで知り合ったの?」
ふむ。恐らく彼女の中での俺は「知り合い以上友達未満」だが気になるか。自慢の弟とはいえ思春期なのだな。
「うむ。お前の誕生会にプレゼントを渡そうとメイドさんにアレを持ってもらって自力で会場に向かったのだが薄暗い廊下を出たところで進むのが辛くなってな……。」
「そこで引き返そうよ!?」
「いや、ここはなんとか最後まで自力で行こうと決め、大広間に降りる階段を手すりに捕まって何とか降りているところで彼女に声を掛けられてな。俺の体調を心配する内容だったのだが、何とかお前にアレを渡したいと言ったら少し強引だったが肩を貸してくれたのだ。見知らぬ女性に俺が肩を借りるのを躊躇するとわかっていたのだろうな。
階段を降りてお前の近くまで送ってもらったあと、お礼と一緒に喜ぶかと思って彼女がつけている香水を少し褒めた。それだけだ。とても優しい子だ、良縁に恵まれるといいな。」
そう訥々と語るとクラウスはちょっと真面目な顔をして、
「兄さん……。」と言っただけだった。いや、何と言うか恋バナじゃなくてすいません。お前の兄にはハードルが高すぎました。なんか「恋バナだと思ったら単なる偶然じゃん」みたいな空気なんとかなりませんかね?
そしてあの2ヶ月香水は父親経由で頼んでくれるようだ。俺はお礼状だけでいいらしい。とりあえず、上質なカードをクラウスが持ってきてくれたので、そこに彼女が喜びそうな褒め言葉を添えて丁寧にお礼状を書き乾燥させたあと、同じくクラウスが持ってきた封筒(あったんだ?)に入れてクラウスに預けた。あとで蝋封をしてカスティグリア家の紋章を入れてくれるらしい。
そして今までのちょっと白けた空気を吹き飛ばすように、クラウス君の質問タイムが始まった。
「それで兄さん。あの羊皮紙にざっと目を通したけど、わからないこと多すぎだよ? 兄さんはどこで思いついたの?」
ふむ。そこから来るか。まぁその辺りの返答は渡すと決めた時点でちゃんと用意してある。
「うむ。何度か死に掛けただろう? そのときに思い浮かんだのか、知ったのかわからんが、俺も朦朧としているときだからな、今でも思い出すのも困難なものだな。ただ、書いた内容については理解しているつもりだ。」
「そうなのか。でも最初から全部読んでもよくわからないんだけどどうすればいい?」
ふむ。サイドテーブルに積んであるな。起きたら聞こうと思っていたのだろう。出足が遅れたのはこちらの体調を気遣ってか? まあいい。
「ちょっとそれ取ってくれ」そういって資料を取ってもらい、大体の説明をしながら仕分けをすることにした。書いた順番でバラバラだからな。最低限何に関するものかわかった方がいいだろう。ぶっちゃけ最後の方の学問系はあまり意味がないだろう。ざっと見てその辺りは抜いて「これは本当に暇なときに読め。多分必要ない。」と言っておいた。そして大体の仕分けと簡単な説明を始める。
「これは主に領地改革に使えそうなものだな。魔道具などがあれば問題ないが、ないのであればこれを実践することで効果が望めるはずだ。」
「なるほど、じゃあこれは?」
「こちらは領地の大まかな防衛プランだな。現在のカスティグリア家の財政がわからんのでなんとも言えんがかなり有効な物だと思う。」
「ふむふむ。」
資料の約1割が終わったところでこちらの体調を気遣ったクラウスが「ちょっと整理する時間が欲しい」とか言って質問タイムを終わらせてしまった。まぁ俺も病み上がりだからな。無理はよそう。
ちなみに倒れて起きた次の日まではトイレ以外でのベッドからの外出禁止令が出ている。血を吐いた日は主治医が呼ばれるが……。質問タイムが終わり、手持ち無沙汰でかなり暇だ。
そして体力作り(室内散歩)とクラウス君の質問タイムの日々が続き、しばらくすると父上が資料の束を抱えたクラウスを連れて現れた。いや、珍しいですからね。普段はトリスタニアにいますからね!
「父上、お久しぶりです。お元気そうで何よりです。」
そういうと、父上は
「うむ。今日は具合がよさそうだな。以前より体調が良くなったか? 肌も血行もいいようだ。」
とおっしゃった。いや、うん。なんか他人行儀だよね。
「ありがとうございます。」
「うむ。これからもできる限り健康に気をつけて父であるワシより先に逝かんようにな。」
なんて言っていいかわからない。「善処します。」とか言っておいた。
「それで本題なのだが、クラウスに贈ったというあの資料はお前が書いたのか?」
「ええ、クラウスには話したかと思いますが、何か不明な点がありましたか?」
「いや、クラウスからも聞いておる。だが内容がかなり高度でな、正直ワシでも理解が追いつかないところがある。」
おおう。いやまぁぶつ切りとは言えかなり高度な数学とか物理も入ってますからね。
「ふむ。どのようなところでしょうか。」
「うむ。まずここなのだが……」と言って始まった父上の質問タイムは休憩も含めて10日間かかった。ぶっちゃけ最初から最後まで全部だった。クラウスも何度か聞いたはずなのだが、一緒に聞いていた。
そしてこれを実践段階に落とし込むためにはどうしたらいいかとか、テスト項目はどうするべきかとか実際に導入するレベルの話し合いが行われた。いや、防衛関連以外はクラウス君が継いだ頃に、ほんわかと領地が豊かになればいいなと思っていたのですがね。
ただ、リスクとしては急に行うと領外からの干渉が考えられるため、一般レベルのもの、領地防衛関連のもの、長期試作研究が必要なもの、に分けて少しずつ行うことになった。
とりあえず肥溜めから始めるらしい。そこからかい……。しかも父上が領内を回って錬金でささっと作るそうだ。意外と王城は暇なのか?
そして、原案の資料は劣化の恐れがあるとかで父上が自ら固定化の魔法をかけたらしい。くっ、ここでも土系統か! いいなぁ! 土いいなぁ! はっ! 悪乗りで土の錬金関連の資料も作っておこう。確かそこからの製鉄や加工が微妙だったはずだ。
そして再び資料作りの日が続き、フェオの月が近づき、ルーシア姉さんがトリステイン魔法学院に入学するため家を出発する日がやってきた。
ちょうど体調が悪い日が重なってしまい、ご足労かけることになってしまったが、長期休暇には戻ってきてくれるようだ。「姉さんなら勉強も魔法も完璧だろうから社交がんばってね」、と応援しておいた。
オリ主が次回魔法学院に入学する! 学院生活を送れるのか? 次回をお楽しみに。