ええ、皆さんの暇つぶしタイムにでも読んでいただこうと、何とかネタを搾り出し書いてみました。よろしければ暇つぶしの一助になる事を祈って。
それではどうぞー!
モンモランシーが俺の横に座り、クラウスとモット伯が対面に座った。そしてシエスタがそれぞれ紅茶を用意し、俺とクラウスにもおかわりを注いだ。
「では、今回のこの話に関しては王宮勅使、ジュール・ド・モットとして話させていただく。
ああ、勅使に正式に対応するように立ち上がったり跪く必要はない。では始めるぞ?」
と、言ってモット伯がキリッとした顔になった。ふむ。王宮の勅使殿が何の話だろうか。ぶっちゃけ俺に関する話が全く思いつかない。カスティグリアに関することならクラウス、モンモランシに関することならモンモランシーに話せばよい。なるほど、つまり両方の領地の次期当主に関する話か。それならば俺も聞いておいた方がいいのかもしれない。
「真に喜ばしいことだ。クロア殿のシュヴァリエの受勲が内定した。後日、ゲルマニアに赴いていたマザリーニ枢機卿とアンリエッタ姫がこの学院に立ち寄ることになっている。その際、受勲がされる予定だ。」
「ごふっ」ごんっ
予期されていたがごとくモンモランシーが俺にヒーリングをかけ続ける。俺のシュヴァリエ受勲は流れた話ではなかっただろうか。確か今日振り返ってそう想定したはずだ。な、何が起こったのだろうか。全く受勲の理由がわからない。
「モ、モットおじさん。何が起こったのですか? それ本当に正当な理由なんでしょうね?」
そう何とか問うと、規定で“軍役に就くのが困難と正式に認められた場合はこれを除く”という文言が追加されたらしい。
「いやはや、これほど心躍る勅使の仕事はいつ以来だっただろうか。まず先日クラウス殿と話したあとすぐに学院の馬を借り、全力でトリスタニアに戻ったあと、リッシュモンをおど……いや、説得し、この規定の条項に追加文を付けさせたのだよ。
そしてクロア殿がオールドオスマンによってシュヴァリエにすでに推薦されていることに加え、私が聞いた内容を事細かに記し、私も推薦状を書き、マリアンヌ様に受勲のサインをいただいたのだが、マザリーニ殿にもサインを貰うよう言われてな。
足に困っていたのでカスティグリア殿にこのことを相談したら、快く彼が王宮に待機させている風竜隊を貸してくださったのだよ。そして私はかの風竜隊の助けを得たのだが、かの風竜隊はなんとゲルマニアから帰国途中のマザリーニ殿の隊列を見つける頃には日も傾き始めていたというのに王宮からたった数時間で捕捉してしまってな! その日宿泊する街に着く直前のマザリーニ殿馬車を止め、事情を話したら快くサインをしてくれたのだよ。
ついでに隣に座っていたアンリエッタ姫にも聞かれてしまいましてな。はっはっは、本来必要ないのだがついでに彼女のサインもいただいてきた。そして、戻る頃には日が落ちて夜間になったというのに、かの風竜隊は夜間訓練にちょうど良いと申してな。少々不安はあったが飛び立つと、実際に行きより早くトリスタニアに戻れましてな。いやはや、カスティグリアの風竜隊は真にすばらしいですな。」
と、笑顔で武勇伝のように語っていただいた。
どこから突っ込んでいいのか全くわからない。モットおじさん。何そんなことに全力注ぎ込んでるの!? 学院のメイド引っ掛けるのとあまり変わらないんじゃないの!? というか何それ、嫌がらせですか?
「モット伯はなんと一日で終わらせてしまってね。次の日には学院にいらっしゃったのだけど、兄さんが伏せていたので、起きるまで毎日来ていただいたのだよ。兄さんが早めに起きてくれて良かったよ。」
と、笑顔のクラウスが引き継いだ。ええ、調子悪いと5日とか7日とかかかりますからね。まぁ早い方でしょう。しかし、だな……。とモンモランシーを見ると少し上気して輝くような笑顔をこちらに向け
「良かったわね、あなた。私も嬉しいわ。」
と、笑顔のまま目を細めた。くっ、かわいい。このかわいさでは全てを譲ってしまいかねん。しかし、しかしだな……。と、耐えていると逆サイドから
「クロア様。本当におめでとうございます!」
と、いうシエスタの声がかかった。彼女の方を見ると胸の前で両手を組んで目をキラキラさせている。えっと……。うん。モンモランシーとシエスタを交互に見ても現状は変わらない。むしろ体力がどんどん低下しているような気がする。そしてその度にモンモランシーがこっそりテーブルの下からヒーリングをかけている。
ふぅ。この二人に挟まれては抵抗は無理だ。そう、決まってしまったのならいたしかたあるまいて。
「ありがとうございます。しかしですね、叙勲に耐え切れるかは自信がないのですが……。」
と、諦めつつも最後の抵抗を試みると、モットおじさんに最後の逃げ道をふさがれた。
「うむ。マザリーニ殿ともすでに話してある。その時にもしクロア殿が伏せっているようであれば、この私が勅使として代理に行うことになる。なに、私の屋敷はこの学院から近いからな。毎日通ってもさほど支障はないから安心してくれたまえ。」
笑顔のモットおじさんが叙勲を申し出た。うむ。無駄な抵抗だったようだ。
「兄さんがシュヴァリエを受勲することは決まったのだけど、一つだけ相談があってね。シュヴァリエ受勲の際に“始祖と王と祖国に忠誠を誓う”のが慣わしになっているんだけど、どう思う?」
クラウスに少し心配そうに聞かれた。ふむ。確かにここで断ると反逆を疑われてもしかたがない。しかし、素直に始祖と王と祖国に忠誠を誓うのも少々抵抗がある。むしろ今現在王位は空いているはずだ。誰に誓うと言うのだろうか。
「王位は今空席ではなかったかね? 王と言っても誰に誓うというのだい?」
そう軽く返して紅茶に口をつける。ぶっちゃけこれでシュヴァリエが流れても俺としては問題ない。むしろいい口実になるかもしれない。なるほど、心配なのは反逆を疑われることではなく俺に逃げ切られることかね?
「それなのだが、その後王位に就くものに暫定的に、というわけにはいかないだろうか。」
モットおじさんも顔は笑顔だがやはり心配しているようだ。暫定的には行かないだろう。ここで次の王が決まる時に真っ二つにトリステインが割れたらどうするつもりだろうか。まぁそのようなことは起こらないと思うがいい材料ではある。
「ふむ。その辺り、個人で誓うには少々厳しいものがありますな。俺が誓って王位に就いた者を支持することを強制され、カスティグリア、モンモランシの意見が違った場合、俺にとっては誓いを破棄せざるを得ないでしょう。
それに、トリステインの事を考えず、ここまで長い期間空位にしていた、これから王位に就く愛国心の低い人物にあまり忠誠を誓いたくありませんな。祖国のみというわけにはいかないでしょうか。」
ぶっちゃけカスティグリアやモンモランシから比べればトリステイン王国すらそこまで個人的な重要度は高くない。モンモランシーと婚約するまではアルビオンとの戦争でそこに避難地を作って順次移住させる計画やガリアやゲルマニアに併合されることを考えていたくらいだ。それから思えば結構妥協しているのだが、それが分かるのはクラウスや父上だけかもしれない。
「うーん。僕としては兄さんの気持ちはわかるし、それでも妥協しているのを知っているけどね。」
クラウスからの援護射撃があったがモットおじさんの顔は少々曇った。
「ううむ。できれば始祖にも誓って欲しいのだが、カスティグリアという土地柄だろうか。」
ふむ。カスティグリアのお土地柄は反ブリミル教が多いんですかね?
「ふむ。カスティグリアがどのような情勢でどのような思想が多く、周りからどのように評価されているのか全く知りません。立地ですらモンモランシーとの婚約時に書類に添付されていた地図で知ったくらいですからな。俺は基本的に部屋からほとんど出ませんし、ブリミル教の教えもほとんど知りません。」
そう言い訳になるのかならないのかよくわからないことを言うと、モンモランシーが少し悲しそうな声を発した。
「ねぇ。あなた。それなら結婚の時はどなたに誓うの?」
ごふっ、な、ななななんてことだ。よく考えたら結婚式ってブリミル教の教会とかで行うのか? いや、教会でウェディングドレスを着たモンモランシーを見るのはその、見るのは……。よ、様式美だけでも見たいかもしれない。うん。ぜひとも見なくてはダメだろう。ハルケギニアに生れ落ちた人として。
―――いや、待てよ? もっといい相手がいるじゃないか!
「モンモランシー。俺の人生を捧げた人。そんな悲しそうな顔をしないでおくれ。君への愛なら誰にでも喜んで誓わせてもらうよ。そう、始祖にでもこれから就くであろう王にでも敵対するであろう反アルビオンの旗頭である司教にでも君への愛は誓える。
でも、愛する人との結婚式なんだ。もっといい相手がいると思うのだよ。そう、君の家が代々交渉役をしている相手、ラグドリアン湖の水の精霊が相応しいと思わないかい?」
モンモランシーに対して体ごと振り向き、彼女の頬に片手を添えて提案をすると、彼女は俺の手に自分の手を添えて顔を蕩けさせた。
「あなた……私の全てをあげた人。みんなの前で永遠の愛を誓い合うのね……。ぜひそうしましょう?」
そして、モンモランシーがそっと目を閉じてこちらに顔を近づける……。すまん、クラウス。あとはまかせ―――
「んんっ、クロア殿、モンモランシー嬢。話が逸れたようだよ。」
モットおじさんの咳払いで中断させられ、俺とモンモランシーはラグドリアン湖の野外に作られた結婚式場から学院の女子寮の俺の部屋に引き戻された。ちょっと惜しい気もするが、モンモランシーがそっとうつむいて恥ずかしそうに手を離したのでモットおじさんの話に戻る事にした。
「えー、ああ、そうでしたな。ふむ。では、そう……、俺もモンモランシになることですし、ここはモンモランシらしくラグドリアンの水の精霊とトリステインに忠誠を誓うということで良いですかね。俺の人生はモンモランシーに捧げられておりますので、個人に忠誠を誓うとしたらモンモランシー以外ありえませんね。」
我ながら名案かもしれない。そう思ったところで、プリシラから使い魔のルーンを使った会話が割り込んだ。
『ご主人様。それは認められないわ。誓うなら火の精霊でないとだめよ。』
お、おう? 火の精霊ってプリシラさんのご飯ではありませんでしたか?
『プリシラ。火の精霊って君のご飯ではなかったかい?』
『そうね。でもご飯と言えど、水の精霊に誓って火の精霊に誓わないのは納得いかないわ。』
ふむ。火の精霊を見たことはないが、恐らくプリシラとしてはおいしいものを差し置いて他のご飯に誓うのはダメなのかもしれない。
『見たことはないが、プリシラがよくお世話になっているからね。火の精霊にも誓うのなら構わないかい?』
『そうね。それなら構わないわ。』
『わかったよ。プリシラ。教えてくれてありがとう。』
そういうと、プリシラは『構わないわ』と言ってルーンの効果を切ったようだ。
「あ、プリシラからルーンを使った声が届きまして、水の精霊に誓うのであれば火の精霊にも誓わないとダメなようです。と、言うわけで火の精霊と水の精霊とトリステイン王国に忠誠を誓うということで、ちょうど三つ揃いましたし、これで行きましょう。」
そう笑顔で提案すると、クラウスは笑顔で「そうだね、兄さん」と肯定してくれた。モットおじさんはちょっと残念そうな顔をして
「いや、三つ揃えればいいというわけでは……、いや、精霊なら許容範囲……なのか?」
と、独り言を言いつつ考え始めた。まぁこれでダメならシュヴァリエを諦めよう。邪魔になるようであれば必要ないものだ。
「モット伯、落し所ですよ。これ以上は恐らく兄が放棄します。」
そんな事を考えていると、クラウスの小声がほんのり聞こえた。まぁカスティグリアのお土地柄というのであればクラウスにとっても父上にとってもこれがベストであろう。
「わ、わかった。そのようにしよう。マザリーニ殿には私から事前に知らせておく。恐らく問題にはならないだろうて。むしろ問題にならぬよう説得させていただくので安心して欲しい。」
モットおじさんがモット卿の顔になってそう告げ、シュヴァリエの受勲の宣誓相手が決まった。最終的に「誰だか知らないがさっさと王位に座ってないのが悪い」ということになったようだ。俺としてはありがたいことだったのかもしれない。
それからマザリーニ枢機卿とアンリエッタ姫が来る大体の予定が知らされ、それまで俺は安静にしているよう言われた。「いや、少しは運動した方が良いのではないかね?」と、聞いたら運動も危険かもしれないので安静にしているよう言われた。
そういうわけで軟禁生活が始まることが決まってしまった。いや、いつも通りなのだが、その、姫様が来る日は確かギトー先生の楽しい風魔法の授業があった気がするのだよ。そして風の優位性を知らしめるために
しかし、今この場でそれを言っては恐らく怪しまれるだろう。ミスタ・ギトーに後日見せて貰うのでも構わないのだが、その口実だけでも何としても欲しい。何とかギトー先生の授業に出席する方法を考えねばなるまいて。はっ、そうか。マルコがいるじゃないか。マルコを通して口実をいただくというのもいいかもしれん。候補に入れておこう。
「兄さん。何か不穏なことを考えていないかい?」
笑顔のクラウスに察知された……。だと!?
「ふむ。不穏か……。心当たりが全くないな。ただ少々ミスタ・ギトーの授業のことを考えていてね。時期的にそろそろ彼の授業が始まるのではないかと思うのだよ。」
「ああ、兄さんがお気に入りの先生だね。確か風のスクウェアの。」
ふむ。確かになぜか会った事も原作知識での絵も印象にないので、見た目もわからないのにお気に入りではある。マルコの評価はそれなりに高いし、教師としての能力には問題がないのだろう。
しかし、よくよく考えてみれば、今のところ比べる対象は火の系統魔法をあまり教える気がないコルベールや、土の系統を教えているシュヴルーズだ。『赤土』シュヴルーズは研究者としてはすばらしいのかもしれないが、二人に比べるといささか落ちるトライアングルメイジだ。水の系統魔法を教える先生は見た事も会った事も原作でも知らない。ふむ。完全にただの相対的な評価かもしれない。
いや、相対的にでもすばらしいのなら問題はないだろう。しかし、モットおじさんが学院のレベルが落ちているといったようなことを言っていた記憶もある。昔はすごかったのだろうか。
はっ! モットおじさんは確か水のトライアングルと言っていたな。昔はすごい水の系統メイジがいたのかもしれない。そしてその方が今はいないと。それならば納得できる。
「ふむ。昔はすばらしい教師が揃っていたものだが、最近の学院は質が落ちたと個人的には感じざるを得ない状況だ。しかし、クロア殿が認める教師が一人でもいるのであれば捨てたものではないのかもしれませんな。」
ふむ。モットおじさんの評価はやはり最近は質が落ちているようだ。まぁぶっちゃけ質は低いと思う。魔法を教えるだけで、本来教えるべきであろう、トリステイン貴族としての教養に関しては形骸化しているし、誰も教えない。
「ミスタ・ギトーは少々狭量で、風の系統が全てに勝ると考える方のようですが、系統魔法を教えることに関してはかなりの実力をお持ちのようです。俺の友人にマリコルヌという者がいるのですが、実際彼はミスタ・ギトーに師事し、入学直後にはドットだったのですが、今年にはすでにラインになっており、更に腕を上げております。」
「あら、水の系統の教師である、ミセス・マリーもすばらしい方よ? 私もルーシアさんも彼女に師事し、トライアングルにもなったしヒーリングの腕が上がったわ。
クロアもお世話になっているでしょう?」
ふむ。水の系統の教師はミセス・マリーと言うのか。しかも、俺がお世話になっている?
はっ! も、もしかして医務室にいらっしゃる水メイジの方ですかね? 確かにいつも診療してくださる人は彼女ですが、教師だったのか……。
「もしかして、いつも俺を診療してくれる水メイジの方かい? そうだったのか。確かに彼女の腕はすばらしく、信頼に値する方だと思うよ。モンモランシーの腕が上がった背景にはそのような方がいらっしゃったのか。」
そうモンモランシーに尋ね、彼女が肯定したのでミセス・マリーに関しての腕を褒めると、「そうでしょう?」と彼女が笑顔を見せてくれた。
「ま、まさか、ブラッディ・マリーか!? いや、彼女は結婚して領に篭ったはず。そう、きっと同一人物ではあるまいて。」
モットおじさんが驚愕のあとブツブツ言いながら青い顔をしている。ふむ。むしろブラッディ・マリーさんの方が気になる。
「あら、モット卿。ご存知でしたか。彼女がこの学院にいたころはよく治療や研究の際、返り血を浴びてしまってブラッディ・マリーという不名誉な二つ名を頂戴してしまったそうですね。彼女もその事を気に病んでいらっしゃって、最初に私やルーシアさんに教えてくださるときにそのようなことにならないよう、気をつけるよう言われました。」
「なっ!? や、やはりブラッディ・マリーだったのか! んんっ、すまないが少々急用を思い出した。クロア殿、できるだけ安静にしているのだぞ? それでは失礼する。」
若干わざとらしくモットおじさんが退室していった。モンモランシーとクラウスとシエスタお見送りしたが、なぜ彼がブラッディ・マリーの事を恐れたのか全く解らない。医療行為に携わるのであれば血がつくのは必然ではなかろうか。いや、内科医だけなら付かないかもしれないが。
なんとなく語調に覚えがあったので前世の記憶をさらってみると、ブラッディ・マリーというカクテル(お酒は二十歳になってから)があったようだ。トマトを使った真っ赤で濁ったある意味血をイメージしたような色のカクテルなのだが、そもそもの由来はメアリー一世という名の女王がいたことらしい。同情の念を覚えざるを得ない人生を歩んだ方だが、後の歴史家には否定的な意見が多く、つけられたあだ名がブラッディ・メアリーという……。
ふむ。そう考えると、モット伯はミセス・マリーを誤解している可能性が高いのではないだろうか。ぶっちゃけ関係ない上に、彼の歩んでしまった黒い覇道を見つめることになる可能性があるのであまり深入りするつもりはないが、メアリー一世のように主義主張によって人の見え方とは簡単に変わるものでもあるのだ。むしろモンモランシーやルーシア姉さん、そして俺もかなりお世話になっている。そう考えると、ブラッディ・マリーという名は口が裂けても言えまいて。
「モンモランシー。そのような不名誉な二つ名を頂戴したからと言って、ミセス・マリー本人の価値には何の傷も付くまいて。むしろただの誤解であった可能性も否定できないだろう。しかし、二つ名か。」
よくよく考えれば俺は二つ名を名乗っていない。今日も不名誉な二つ名を頂戴する直前だった。この際決めておくのもいいかもしれない。ただ、この二つ名というのは基本的に自己申告制であまり意味があるようには思えない。あまりにかけ離れ、かっこ良すぎるものを付けてしまった場合、それはそれで後々黒歴史にまた一ページ記されることになってしまうだろう。
「そういえば兄さんは二つ名を名乗っていなかったね。ふむ。受勲式のときに二つ名があった方がいいかもしれないね。今何かいいものあれば決めてしまおうか?」
「そうね、でも基本的に二つ名は自分で名乗るものだから、これと言ったものがあればいいのだけど。」
「そうだな。考えてみるとしよう。うーむ。」
クラウスとモンモランシーも今決めてしまうことに賛成のようだ。そして二人とも思考の海に沈んだ。俺も負けずに沈もうか。
ううむ。しかし、二つ名か。とりあえず火の系統なのだから火に関するものだろう。そして、ちょっと文字った程度では蔑称にならないようなのがいい。そう考えるとギーシュの青銅はすばらしいセンスかもしれない。飾りすぎず、そして自分の得意な系統をアピールし、蔑称もそこからは思いつかない。さすがギーシュと言えるだろう。
火か。火の系統で知っている二つ名はキュルケの『微熱』にコルベールの『蛇炎』、ケティ嬢の『燠火』、そしてアレクシスの『激炎』。メンヌヴィルという火の使い手がいて二つ名を持っていたが何だったかは覚えがない。キュルケの『微熱』はまさかのラフレシアっぷりの自己申告である。常に微熱に犯されており、恋すると燃え上がるそうだ。コルベールの『蛇炎』は彼の得意な攻撃用の魔法が蛇っぽいからなのだが、現在ゆかいな蛇君などで蛇好きをアピールし、隠蔽中だと思われる。いや、うん。まぁ頭頂部は蛇っぽいかもしれませんね。ケティ嬢の『燠火』やアレクシスの『激炎』の由来は不明だが個人的に『燠火』はいいかもしれない。
ふむ。思いつかない。そして火系統メイジの少なさが少々痛い。とりあえず自分の系統がどのように作用しているのか考えよう。
まず他者のファイアー・ボールに比べ異常に速度が速く、温度が高い。これはファイアー・ボールに限らず全体的に高威力化、高速化されているが可能性が高いが、比べたのはファイアー・ボールだけなので断言はできない。次に防御にも手加減にも発動速度の点でも威力でも一番便利、かつ俺のオリジナルであるラ・フォイエ。いや、オリジナルというよりプレゼントなのだが、ついポロッとプレゼントと言わないようオリジナルと言っている。
この辺りから付けるとしたら「瞬炎」「瞬高」「爆炎」辺りだろうか。ちょっと黒歴史を踏んだ直後でこれはハードルが高い気がする。ああ、モンモランシーの姿を焼き付けたあと消えてしまった経緯もあったな。となると「焼失」だろうか。ふむ。焼失か。悪くない。候補に残そう。
別のアプローチで考えてみよう。俺は戦闘行動をこの学院に来て3回行っている。その際の現象から考えてみてもいいかもしれない。まず、『激炎』アレクシス戦。確か相手のファイアー・ボールを吹き飛ばして相手の両足を炭にした。次は主人公のサイト。後遺症の残らないよう手加減してラ・フォイエで吹き飛ばした。脳に後遺症が残ってしまったかもしれないのが少々不安だ。最後にフーケ。手加減を間違え、ゴーレムが塵になりフーケが吹き飛んだ。ふむ。炭に塵に吹き飛ばしか。ああ、最近よく「灰にする」という言葉を多く使っている気がする。お気に入りかもしれない。これも候補に入れよう。
その辺りから付けるとしたら……「炭化」「衝撃」「爆炎」「暴発」「塵化」「灰炎」あたりか? ふむ。どれもこれも黒歴史の一ページを飾りかねない恐ろしい印象を受ける。もっと大人しい、それでいて誰もが認めるような単語はないだろうか。ここはキーワードを絞ってみよう。個人的に灰や炭は雰囲気がよい気がする。
灰、灰か……灰被り? シンデレラとか!(笑)
『ご主人様。シンデレラって何かしら?』
おっと、プリシラさんに考えを読まれてしまったようで、シンデレラについて尋ねられた。どこまで読まれているのか気にはなるが、ぶっちゃけ結構慣れた。使い魔とはそういうものなのだろう。
『うーん。誰が書いたお話か忘れてしまったのだけどね?』
と童話版の灰被り(シンデレラ)のストーリーをプリシラに語ると、プリシラはいたく感激なさった。
『すばらしいお話ね、ご主人様。最後に白鳩がシンデレラの義姉二人の両目をくり貫くあたりが最高よ。シンデレラはとても使い魔に愛されていたのね。』
ふむ。確かにそう考えるとシンデレラに対する白鳩はすばらしい使い魔だろう。いや、契約していないとは思うし、使い魔ではないと思う。しかし、母親の墓の近くの木にくる白鳩は母親の愛情や怨念を表しているのかと思っていたが、意外と使い魔と言われてもしっくりとくる。
なるほど、プリシラに対する灰被りか。シンデレラは女性だが灰被りなら男性でも構わないだろう。いや、シンデレラも灰被りという意味だが、この際気にしないことにしよう。そして灰にするというワードも含まれているし、「相手を灰にし、それを被って灰被り」とかカッコイイかもしれない。地毛が黒髪であったならまさしく灰髪だったのが惜しい。しかし、一応白髪はあるのだから灰被りでもよさそうだ。
なにより普段は黒歴史になりづらいであろう雰囲気がすばらしいし、すでにこの時点で蔑称になっているわけだからして、ここから更に蔑称になるとは考えづらい。ふむ。良いのではなかろうか。
『プリシラ。俺の二つ名を“灰被り”にしようと思うのだけどプリシラはどう思う?』
『そうね。とてもすばらしいと思うわ! 私もその白鳩のようにご主人様を助けるわ。』
『ありがとうプリシラ。俺のつがい。』
『構わないわ。私のご主人様。』
プリシラからオッケーを貰ってしまった。シンデレラに出てくるのは白鳩だけでなく、白鳩の代わりに魔女だったり何だったりしたわけだが、この世界には普通に魔女と言える存在がいるからな。ここは白鳩バージョンにしてみたのだが、それが意外とうけてしまった。ふむ。しかしシンデレラ以外に鳥が活躍する話はあっただろうか。まぁ鳥が活躍するお話を思い出したら書きとめておこう。
「モンモランシー、クラウス、シエスタ。二つ名が決まったよ。これからは『灰被り』のクロアを名乗ることにした。」
一緒に考えてくれていた二人には悪いが、一応二つ名というのは自分で考えるものだ。いや、思いつかなかったら彼らの案を採用する気満々だったので、大変ありがたいことなのだが、今回は俺自身の考えを優先させていただこう。
「ふむ。前に兄さんの友達が『クロアは自虐的な冗談が好きだ』と言っていたけど、今回もその系統かい?」
「いやいや、一応色々な意味があるのだよ。当然自虐も含めているがね? これから更なる蔑称に繋がらないだろうところが良いじゃないか。」
そう言うとクラウスは一応の納得を見せたが、モンモランシーは納得いかないようで、真面目な顔をしてそっと俺の頬に手を置き、顔の向きを変えられた。
「ねぇクロア。私はもっとあなたに似合う“ステキな二つ名”や“キレイな二つ名”がいいと思うのよ。」
ふむ。確かに香水に灰被りでは似合わないかもしれない。しまったな。モンモランシーの事を考えていなかったようだ。なんとか灰被りの良さをアピールして説得せねばなるまいて。
「モンモランシー。確かに君の香水から比べると全く気品や上品さが見当たらない名前だね。
でもこの二つ名はね。『敵対する相手を灰にし、その灰を自分で被ることをいとわない』という意味も含んでいるのだよ。カスティグリアやモンモランシを守るため、そして何より俺の人生を捧げたモンモランシーや、俺の介助をしてくれて、側室候補になってくれたシエスタを守るため、どんな相手を灰にしてでも守りきるという意思を篭めたつもりだ。」
俺の頬に当るモンモランシーの温かくて柔らかい手にそっと自分の手を添えてモンモランシーにキリッと告げると、彼女は顔を蕩けさせた。
「あなた……。『灰被り』のクロア……。もしあなたが灰を被るなら私も一緒に被るわ。そして私の香水で流してあげるわね。」
「クロア様。私もお洗濯がんばります!」
おお。よ、よくわからないがシエスタにまでちゃんと受け入れられたようだ。そっと頬に当るモンモランシーの手を両手で握ってから振り向いてシエスタを見ると、上気した顔にキラキラ目を輝かせて胸の前で両手を握っていた。
そして最初に一応納得したはずのクラウスだけが俺を疑いの眼差しで見つめ、イマイチ納得してないような顔に変化していた。
いや、うん。まぁ良いではないか。
そう視線を送ると、クラウスはちょっと肩をすくめ、俺の二つ名が無事決まった。
いかがでしたでしょうか。この話を書くまで「焼失」に内定していたのですが、単なる思い付きで「灰被り」になりました。色々な意味をもたせられたので個人的に気に入ってしまったのが原因ですね^^;
ぶっちゃけ「交渉というもの」を書き始める前にプロットとは言えないようなプロットを書いた時にはこのような話が出来るとは想像されておりませんでした。モット伯の話で作者がはっちゃけすぎて、ちょっと中弛みでしたかね?
水の系統の担当教師ミセス・マリーはオリキャラです。一応簡単な設定ではモットおじさんの過去に多大な影響を残している感じです。
注釈や解説で「ブラッディ・メアリー」や「シンデレラ」を入れようと思ったのですが、書いてる途中でそれだけで千字オーバーしたので削りました;; よろしければwikiなどでお調べください。途中まで書いてちょっと悔しいので、あとで活動報告に書いておこうかと思ってます^^;
追記:26話の捕捉解説など という活動報告を上げました。よろしければご覧ください。
追記の追記:感想で「ルイズの父親は昔サンドリオン(灰被り)と名乗っていたよ!」と教えていただきました。調べてみたらその通りでした。大変ありがとうございます(ペコリ
さすがにそこまでは小説も読んでいないのでノーチェックでした(遠い目
しかし、私自身もご指摘を受け、初めて知ったのでクロア君も知らなかったということでひとつ。むしろ今後のネタに出来るかもしれませんね^^
ちょっと灰被りが被るかもしれませんがこのまま行きます。
次回! 多分お姫様が学院にやってくる!?
次回をお楽しみにー!