ゼロの使い魔で割りとハードモード   作:しうか

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きぞくろあ が もどってきたよ!


11 その防御は何のため?

 常夜灯のような光がほのかに照らすいつもの俺のベッドで目が覚めた。記憶を掘り起こすのは危険な気がする。俺の脳が激しい頭痛を通して警告を発しているのだ。一体何があったのだろうか。

 

 天蓋から下がるカーテンは薄い物だけがかかっており、分厚いカーテンはキレイに纏めて開かれた状態になっている。ふむ。どうやらまた気絶か吐血かは知らんが倒れたようだ。まぁ、よくあることだ、気にしないようにしよう。

 

 身を起こしていつものようにベッドの背もたれに背中を預け、簡易テーブルを出す。常夜灯が照らすサイドテーブルにはモンモランシーシリーズの香水と、俺の杖と、分厚い羊皮紙の束と一緒に筆記用具が載せてある。

 

 杖を軽く振って薄いカーテンを開き、部屋の明かりを少し明るくする。

 

 まぁとりあえず重大なことがあったらメモにでも書いてあるだろうと考え、いつもの思いついたことを記すために置いてある思いつきメモを読み返す。

 ふむ。別段緊急に資料の作成が必要な要件はなさそうだ。となると、この警告を無視して記憶を掘り返すしかないのだろうか。

 

 思い出すと生死にでもかかわるのだろうか。さすが、ファンタジー。何でもアリだな。

 

 まぁここは俺の脳の警告に従おう。とりあえず今まで大きな間違いは犯していないはずだ。

 ふむ。しかし、何かイベントがあったと思うのだが、全く思い出せん。まぁいいか。資料の作成を始めよう。そしてリストの中から有効性が高そうなものを選んでいるところでかすかなノックの音が聞こえた。

 

 「どうぞ。」

 

 と、返事をすると、いつものメイドさんが入ってきた。

 

 「クロア坊ちゃま。お目覚めですか? 今ご家族の方を呼んでまいります。」

 

 と、いつも通り少しこちらを労わるように言われ、家族を呼びに出て行った。ふむ。彼女はもしかしてこちらの考えを読んでいるのだろうか。返事を求められたことがない。しかし、こちらの意図を外したこともない。「一流のメイドというのはすごいものなのだな。」と、家族が来るまで再び資料に目を落とす。

 

 兵器関連が多くを占めているようだ。ううむ。戦争が近いのだろうか。この平和主義日本に所属していたという前世を持つ俺が、このような兵器を平和な時代に無造作に作るような事をするとは思えない。最近の記憶を思い出すことが現状できないならば、「戦争が近いという」ことを前提に俺の愛する両親やクラウス、ルーシア姉さんを守るため、カスティグリア領民を守るため、カスティグリアの安全保障関連を見直そう。

 

 トリステイン王国自体がある程度被害を受けようが、他領が壊滅的被害を受けようが、全く構わないがカスティグリアには指一本触れさせたくはない。前回少し書いた記憶はあるが、そこまで大層なものではなかったはずだ。この機会にちゃんと考察してもよいのではないだろうか。

 

 ふむ。メモに書くのも手間だ。考えを纏めつつ直接資料を書き始めるとしよう。

 

 

 「攻撃は最大の防御」と言う言葉がある。しかし、前世の囲碁、将棋、そして色々なスポーツ。戦い。その全てで防御を捨てた物は大抵負ける。攻撃は最大の防御というものは基本的に堅実な防御があってこそ成り立つものだと信じている。

 

 確かに決闘などの一対一の戦いで「一撃必殺」というものが決まれば、「攻撃は最大の防御」と言えるだろう。しかし、その必殺の一撃が決まったとしても相手が別のところにも居るのが世界というものだ。戦えば戦うほど、攻めれば攻めるほど、敵というものは増える。そして博打要素の高い「一撃必殺」というものは決まったとしても決まらなかったとしても隙が大きくなるのが基本だ。

 

 そして前世の俺が一番好んでいた戦法はどうやら「一撃必殺」であったようだ。確かに分からぬでもない。決まれば一撃で終わり、決まらなくても大きなダメージを相手に与えることが出来るだろう。しかし、その後の大きな隙を突かれ、やはり大抵敗北するようだ。結局その隙をいかに無くすかということに心血を注いでいたようだ。それについて考えるとまるでリンクしたように様々な理論、思考が思い出される。

 

 レースやスポーツでもそうだが、一つのコーナーを芸術的に抜け、賞賛を得たとしてもレース自体で負けては意味が無い。スポーツで芸術的な技が決まっても怪我をしたり最後に体力が尽きて負けては意味がない。しかし、その芸術的なものをいかに作り出すか、といった思考ばかりが浮かんでくる。

 

 よほど特殊な物や奇策が好きだったようだ。さらに自分の傷をいとわない「肉を切らせて道連れにする」ような戦術は大好物だったようで、今の俺にもそのような趣向が見受けられなくもない。

 

 まぁ、確かに分からんでもないのだが、カスティグリアでソレをすると割を食うのは俺自身ではなくカスティグリアだ。その戦法はこの場合取れない。俺一人の戦いなら迷わず取るかもしれんが……。

 

 しかし、今俺がいるカスティグリア領が所属しているトリステイン王国は他国から見ると戦略的価値が低く見られているとしか思えないほど小さい国土で碌な軍隊を持っているとは思えない。恐らく外交や同盟関係の維持で上手く外敵を作り出し、拮抗状態を維持しているからこそ残っているのだろう。いや、現在の情勢を知らないのであくまで想像だが……。

 

 いや、ブリミル教があったな。確か王家を始祖の系統としているから王家のあるトリステインがある程度生かされているとも考えられる。そう考えると、トリステイン王家は最低限安全なのかもしれん。しかしカスティグリアは現在、帝政ゲルマニアとアルビオン王国が近くにあり、切り取られる可能性が無いとは言い切れない。

 

 そしてもし、トリステインを支配下に置きたいとどの国もが思ったら即刻支配され、分割統治されると考えられる。恐らくそのようなことになったら、どの陣営に属するのかを即刻判断しなければカスティグリアは無残に踏み荒らされるだろう。

 

 所属国であるトリステインが一つになって頑強に抵抗、もしくはうまく威嚇できれば問題はない。むしろそれが一番平和的であり、後々まで問題が残らない最高のプランだ。しかし、現状王や宰相が居ないため、一つになることは無理だと思っていた方がいい。

 

 そして、ゲルマニアとガリア、アルビオンのうち二国から攻められたら恐らく抵抗は無理だろう。王国自体がどちらかの陣営に属す必要が出てくるが、恐らくそのあたりのプランはすでに出来ているのではないだろうか。トリスタニアで想定されている戦場はどこだろうか。部隊の配置状況などもある程度分からない限り……。

 

 ふむ。そういえばここハルケギニアでの戦は基本的に平民や傭兵を徴集する形ではなかっただろうか。そうなると、平時の固有戦力はかなり少なく、集めるだけで時間が必要になるのか。そうなるとその辺りの法整備が一番重要なのではないだろうか。それがしてあるのであれば問題はないのだが、その時々で考えているようでは時間がもったいない。理想は戦争が開始されたことを告知しただけで自動的に集まってくることだが、そこまで決められているとは思えない。

 

 むしろ、平時の固有戦力でもある程度耐え切れるような要塞や軍備があるのだろうか。ううむ。そういえばまだ俺は学生でいつ死ぬかわからぬ身。そのあたりは我が自慢の弟クラウスに任せるとしよう。

 

 

 とりあえず、カスティグリアの防衛プランを練ろう。トリステインの事はトリスタニアにいる人間が考えればよい。

 

 まず重要なのは兵站だろう。武器だけでなく食料、補修資材をどうやって戦場に送るかというのが重要になる。輜重隊なんかはあるのだろうか。輸送なら鉄道が一番良いのだろうが、カスティグリアだけでは意味が薄い気がする。侵略されている途中で輸送船が襲われるのもよくあることだ。

 

 やはり、一番は法整備、そして防御ラインの構築、そして兵站線の複数構築だろう。

 

 徹底的な防御で相手を押さえつつ相手の戦力、もしくは兵站にダメージを強いるのが一番の得策に思える。まぁ遊撃隊を組んで何回か別口でぶつけるのもいい。確かに戦いは長期化するだろうが、一度の戦争で完全に守りきることが出来れば相手の受ける損失が再度攻略の意思をくじくだろう。

 

 相手が諦めるまで、相手の財政が傾くまで耐え切れば、侵略せずとも平和は訪れる。でかい軍隊はそれだけ消費が多いからな。そして、こちらを侵略しようと考えることを躊躇うような都合の良い物があれば一番なのだが、こちらの世界にそのような物はない。こちらが持っているものは相手も持ってると考えた方がいいだろう。

 

 そして、この案の根本は結局我慢比べだ。つまり耐久力も重要になる。相手に大量の出血を強いて、こちらの出血が少なかったとしても残りの血液量次第では先に死ぬ可能性がある。そして、そこまでこちらが出血するようならいつかは攻略されてしまうだろう。

 

 いかに相手を出血させて、こちらの出血を抑え、なおかつ造血するか、が防衛プランの肝になりそうだな。

 

 ふむ。資料に確か「領地防衛用の防御装甲案の作成」という項目があったような気がする。

 

 一度資料を書く手を止め、思いつきリストに再び目を通そうとしたところで、ノックの音が聞こえた。「どうぞ」と言うと、主治医と一緒にクラウスが入ってきた。

 

 「ああ、先生。わざわざすいません。また倒れてしまったようですね。なぜ倒れたのかは全く覚えていませんが、今のところ体調は悪くないようです。

 クラウス、どうした? 何かわからない資料でもあったか?」

 

 そう、主治医の先生とクラウスに声をかけると、主治医の先生は俺の診療を開始したが、クラウスはかなり動揺したようで、こちらを気遣うように体調を聞いてきた。不安そうだな。確かにお前のたった一人の兄で心配してくれるのは嬉しいが、そこまで動揺することはなのではないかね?

 

 「に、兄さん、大丈夫?」

 

 「ふむ。お前にはいつも心配をかけてばかりいるな。今は何ともないよ。先生、どうです?」

 

 そう、先生に声をかけると「ええ、安定したようです。心配はありません」と言って俺の診療を終えて部屋を出た。

 

 「先生、ありがとうございました。ほらな? クラウス。大丈夫だろう? お前に心配をさせるのは心苦しいが、そこまで動揺することもないだろう。何かあったのか?」

 

 そう言うと、クラウスは少し震えた声でこちらに質問を投げかけた。

 

 「に、兄さん。ええと……。す、少しいくつか確認するよ? 今日起きる直前に倒れた日の事は覚えているかい?」

 

 「ふむ。それがな……。思い出そうとすると頭が激しい頭痛と共に警告を訴えかけてきてな。少々問題があるかもしれんと、あまり考えないようにすることにした。まぁ思い出さなくても日常は送れるからな。あまり気にしないで欲しい。」

 

 彼の不安を取り除かなくてはならないため、真面目に答えると、彼はなぜか更に動揺した。

 

 「え、ええええっと。ちょっとおかしな質問かもしれないけどもう一つ聞くね? 兄さんにとってのモンモランシー嬢はどのような存在かな?」

 

 確かにおかしな質問だな。なんだ? モンモランシー嬢に惚れたか? 

 ふむ。俺から見て彼女の美しさや内面はすばらしいし、文通での交流もあり、彼女の趣味である香水にもカスティグリアが協力している節があるほどの才能だ。

 しかし、彼女は長女で一人娘だ。少々問題のある間柄ではないかね? まぁギーシュのお相手と決まっていることだし、時期を見て早めに諦めるよう説得しよう。恐らく初恋で一目惚れなのだろうが、お前の立場なら他にもたくさんいるさ。俺が探すのも(やぶさ)かではないしな。

 

 「ふむ。おかしな事を聞くな。まぁそれに答えることで我が自慢の弟の不安が取り除かれるというのであれば答えるのも(やぶさ)かではないよ。

 そうだな、ふむ。学院では香水という話題で話が出来るし、休暇中のこの部屋にも彼女が作成した香水があるし、まぁ文通は学院から戻ってまだ一度もしていないが、何かあれば送ってきてくれるだろう。その程度の仲だな。学院では彼女に心配をかけていると思うが、恐らく友人くらいには思っていただけてるとは思う。俺はいい友人だと思っている。」

 

 俺が答えると、クラウスは驚愕したあと震えだした。そして、

 

 「ね、ねねねねねえええええさああああああん!」

 

 と、叫び声を上げながら走って部屋から出て行った。ふむ。珍しい光景だな。どう捉えれば良いのだろうか。確かに姉であるルーシア姉さんとクラウスの仲は良い。困ったら相談し合う間柄でもあるだろう。しかし、俺ではなく姉さんに頼るとは、兄としてその、まぁよいか。リストの確認に戻るとしよう。ふむ。これか。

 

 一度さっきの資料は途中にしてこちらから手を付けるのもいいかもしれん。ある程度の構想は終わっているのだ。まずどの程度の防御装甲が出来るかでその後の話も変わってくるだろう。と、考えていると今度はルーシア姉さんが様子を見にやってきた。

 

 「クロア。その……ね? 何かクラウスが変なこと言ってたから聞かせて欲しいんだけど」

 

 と少し動揺しながら前置きをした。ふむ。クラウスのあの状況はやはり変だったか。しかし、姉さんまで動揺しているように見える。まぁ質問に答えて安心させるとしよう。

 

 「なんでしょう。答えられることならよいのですが。」

 

 「その、えーっと、あなたとモンモランシーはどういう間柄かしら?」

 

 ふむ。ルーシア姉さんまで変な事を聞くな。ああ、クラウスの恋を応援したいのだろう。しかし、そこまで有効な情報を持っているとも思えない。まぁ答えることで姉さんが安心するのなら構わんのだがね。

 

 「ふむ。その質問にはクラウスに答えましたが聞きませんでしたか? まぁ姉さんにもお話しましょうか。

 そうですね。学院では香水という話題で話が出来ますし、休暇中のこの部屋にも彼女が作成した香水があるように、香水を送っていただくだけの関係です。まぁ今まで少々行っていた文通は学院から戻ってまだ一度もしていませんが、何かあれば送ってきてくれるでしょう。その程度の仲ですね。恐らく友人くらいには思っていただけてるとは思いますが、俺はいい友人だと思っています。」

 

 と、答えると、ルーシア姉さんはツーっと涙を流しペタンと床に座った。ふむ。何が起こったのかね。

 

 姉さんの状態がおかしいので介抱するためにベッドから出ようとしたところで両親がやってきた。母上が姉さんの介抱をしてくれるようだ。うむ。俺はいつもされる方だったから少々介抱してみたかったのだがね。

 

 そしてこちらに来て父上が真面目な顔で俺に話しかけてきた。

 

 「クロア。そのだな……。」

 

 ふむ。何か言いづらいことだろうか。はっ、まさかもう戦争が始まるのか? それならばこの書きかけの資料だけでも方針として訴えておかねばなるまい。もしトリステインに所属するどこぞの一貴族(いちきぞく)が勝手に先制でもしたら、この案があっても時間が足りずカスティグリアを守れなくなる可能性が出てくる。一刻を争う必要があるだろう。

 

 「父上、お久しぶりです。一体何が起こっているかわかりませんが、領地にとって良くないことだと推察させていただきました。少々ご提案したいことがございます。よろしければこちらに目をお通しください。」

 

 そう言って先ほど途中まで書いた大まかなカスティグリアの防衛プランの方針を提案書として父上に渡した。

 

 「そ、そうか。うむ。では目を通させてもらおう。」

 

 やはり言いづらいことがあったのだろう。父上は少し躊躇いがちにその提案書を受け取り、目を通し始めたと思ったら何かに気づいた様子で、目を大きく開け、こちらを覗き込んだ。

 

 「クロア、これはいつ書いた物だ?」

 

 「ええ、先ほど目が覚めた直後に手慰みで書いた物ですので、あまり良いものではないかもしれませんが、わたくしとしてはこれが最良だと存じます。できればこの方向でカスティグリアを導いていただけると心を痛める者が減るのではないかと、その一助になればと今お渡ししました。」

 

 内容ではなく時期を聞かれたので答えた。だが、父上も一応内容にも目を通していただけたはず。ならばと、少し自薦してみたのだが、更に驚愕が深まり、

 

 「うむ。あいわかった、少々席を外すぞ?」

 

 と言って出て行った。やはり緊急の案件だったようだ。うむ。俺も一族のため、カスティグリア領民のため、資料作りに勤しもう。この時代の戦争は足が遅いはずだ。それは今や一筋の希望。迎撃は出来るだけ風竜隊や艦隊に任せ、早急に防御案と防御装甲案を作成、実行する必要がある。ふむ。あまり寝る暇がないかもしれんな。まぁ良い。

 

 どうせすぐ死ぬだろうこの身、少々寝なくても最後まで貴族として領民を守れるのであればそのような事は必要あるまいて。

 

 そして資料を作っていると、再び来客があった。ふむ。今日はよく人が訪れる日のようだ。

 

 ノックの音に「どうぞ」と声をかけると、ドアが開けられ、その先にいたのはなんと艶やかで鮮やかな青いドレスを纏ったモンモランシー嬢だった。その後ろには母上とルーシア姉さん、その更に奥に一部しか見えないが色の配置から父上とクラウスも居るようだ、少々ドアまでの距離があって俺の視力では細部や表情まで判断することはできない。

 

 そしてドアの場所から彼女に声をかけられた。ふむ。今俺は部屋着兼寝間着だからな。家族の説明があって、気遣ってくれたのだろう。

 

 「クロア、ごきげんよう。ここから失礼するわね。正直に答えて。私のことどう思ってる?」

 

 ふむ。今度はご本人から聞かれてしまった。しかも声が硬い気がする。ふむ。交友があるとはいえ、他人の家に来て緊張しているのだろうか。いやはや、一体何が起こっているのか理解に苦しむな。先の頭痛から始まるこの一連の俺にとってのモンモランシー嬢はどういった存在かという問は何のために行われ、いつ終わりが来るのだろうか。もしかしてファンタジー特有の怪奇現象ではなかろうか。

 

 ままままさか、そんなこここと、ファンタジーと言えどもだな……。と、とりあえず聞かれたことに答えよう。うむ。まさかこの現象の回答を追及するのが怖くなったわけでは断じてない。

 

 ふむ。しかし自分から失恋の道を本人の目の前で選ばねばならぬとは……。少々心が痛むが俺はこのような身体でも貴族だからな。彼女の幸せを思えばこそ、実に勝手ながら彼女の幸せは我が友ギーシュに委ねよう。彼が幸せにしてくれることを願うしかあるまいて。

 

 「ふむ。今日はなぜか皆そのような質問をするのだがね。なぜだろうね?

 そうだね……。君はとても優しくてステキな女性だと思っているよ。その青いドレスも今までにないほど格別に良く似合っている。そして君の優しさといただいている香水にはいつも救われている。

 しかし、その優しい君に対して俺は君がこれから得るであろう幸せの足かせになっている気がしてならない。自意識過剰だとは思うが許して欲しい。それに恐らく心配をかけている俺が言う事ではないが君はもっと自分の幸せを追求するべきではないかね。そうだね、俺の友達のギーシュなどは名門―――」

 

 話の途中で俺がギーシュの名を出した途端、意を決したようにモンモランシー嬢が早足で俺の部屋に入ってきた。それに母上とルーシア姉さんも続いて杖を抜きながら早足で入ってくる。恐らくモンモランシー嬢を止めるためであろう。間に合わなくてもヒーリングで助かるかもしれないが、ここで彼女が俺の自意識過剰なセリフに怒りを覚え、彼女に殴られでもしたら当たり所によっては死にかねんからな。

 

 しかし、彼女に殺されるならば本望だが、彼女に罪を背負わせるくらいなら自害するというのに……。この場はルーシア姉さんと母上に期待しよう。

 

 「クロアのバカっ!!!」

 

 と言って、なぜか涙を流したモンモランシーが両手をこちらに突き出そうとした。間に合わなかったか、当たり所次第では最後の時かもしれん。「愛する家族へ 彼女への責めはどうか不問に」と手元にある羊皮紙に目をくれずに遺言を速度重視で書き込みながら覚悟を決めて目を閉じる。

 

 衝撃に備えたが、やってきたのは俺の顔を包む柔らかい手と唇に触れる甘くて柔らかい感触だった。驚いて目を開くとすぐ側、極めて至近距離に涙を流しながら目を瞑るモンモランシーの顔があった。

 

 先ほどからずっと交互にヒーリングを唱える母上とルーシア姉さんの声も聞こえる。

 

 あれ? なんかこう……。この感触と状況には覚えが……えーっと? あ、頭痛ありませんね。むしろ脳が甘くしびれています。

 ―――思い出した……。えーっと、はい。完全に思い出しました。ええ、なんというか死にたいくらい恥ずかしいですね。ええ。穴があったら入って埋葬されたいですね。

 

 ―――なんという黒歴史の大量生産! 自分が背負ってしまった業が辛い……。

 

 と、とりあえずモンモランシーに思い出したことを伝えましょう。この感触を堪能したいところですが、泣き顔を見るのは辛いですからね。でも彼女には悪いのですが、ちょっと幸せなので堪能しつつ伝えましょう。

 

 俺も目を瞑り、彼女の背中にそっと手を回し、その柔らかい背中をそっと抱く。滑らかなドレスの生地の向こう側から彼女の身体の熱と柔らかさが腕に伝わってくる。「もっと感じたい」そんな欲求を止めることができず少しだけ力を入れると、唇にあった甘くて柔らかい感触がそっと離れた。

 

 そっと目を開けると、真っ赤になって少し驚いた顔のモンモランシーの顔があった。

 

 「ごめん。モンモランシー。思い出した。俺の人生を捧げた人。俺の生きた奇跡の宝石。」

 

 多分真っ赤になった顔でそう言うと、彼女が笑顔になり「よかった……」とつぶやき、ベッドの縁に腰掛け、横抱きのような体勢になって再びちょっとだけキスをしてくれた。彼女の手が顔から俺の腰を抱く形になり、俺も手のやり場に困ったのでできるだけ自制して触れる程度に彼女の腰に手を回した。ええ、ちゃんと抱きたい欲求はありますが、心理的ハードルがですね……。肩はまだ身長的にほんのちょっとハードルが高いかなと。 

 

 「ええっと。すいません。ど、どうしたら? もう二度と忘れないようにブレイドで身体に焼き付けましょうか。ええ、そうしましょう。それがいいですね。」

 

 と、自分で対策を立てて、モンモランシーお伺いを立てると、

 

 「ばかっ、そんなことしたら許さないわよ! ま、また忘れるようなら思い出させてあげるからそこまで心配しなくてもいいわよ。」

 

 と、モンモランシーは真っ赤になった少し顔を逸らしてて答えた。ちらっとたまにこちらを見るしぐさがとてもかわいい。

 

 そして、母上とルーシア姉さんも、もう大丈夫だと判断したのかヒーリングの詠唱をやめた。

 

 くっ、よく考えたらモンモランシーとのキスは全て家族に公開されているではないか! いや、ええ、はい、ヒーリングないとキスできないんですね? わかります。なんという……。

 

 「えっと、父上、母上、ルーシア姉さん、クラウス。ご心配おかけしました。申し訳ありません。」

 

 と、言うと、家族全員安心したように大きなため息を吐いた。

 

 「えーっと、兄さん。体調は大丈夫?」

 

 と、まずクラウスに声をかけられた。「うん、大丈夫」と答えると、今度は母上に尋ねられた。

 

 「クロア。先日は頻繁にヒーリングをせがんでいたけど何があったの? 今は大丈夫みたいだけど。またあんな事があったら心配だわ。」

 

 ううむ。答えづらい。とても答えづらい。というかできれば墓場まで持っていきたい。

 そんな感情を読み取ったのか、ルーシア姉さんが少し迫力のある笑顔で迫った。

 

 笑顔とは本来攻撃的な―――(略)。ルーシア姉さんの迫力のある笑みは怖いです。嗤うという感じではなく笑みなのですがなぜか怖いです。普通に笑うと優しいのですが、なぜか怒ったときも笑顔なルーシア姉さんが怖いです。クラウスが言っていた姉さんの怖さを知った気がします。

 

 「クロア。正直に正確に白状しなさい? どうせ、恥ずかしいとかバカなこと考えてるんじゃない? でもここまで色々やってもう恥ずかしいことなんてないと思うんだけど?」

 

 くっ、確かにそうだ。婚約式の日からの失態続きは覆せるものではない。唯一の救いはモンモランシーと将来結婚できるということだけだ。大体モンモランシー絡みの失態だが、この幸せに比べたらたいした事は無い。むしろ再びこのような状況にならないという説明をするためにちょっと追加される恥の上塗りは覚悟すべきだろう。

 

 しかしこの恥にモンモランシーも巻き込むかもしれん。一応確認しておこう。

 

 「モ、モンモランシーも聞きたい? ええと、ちょっと恥ずかしい思いをするかもしれないよ? そうだ、なんなら聞くのはモンモランシーだけでも……。」

 

 と、彼女のために対象を絞ろうとしたのだが、モンモランシーが少し決意を秘めた顔で

 

 「いいえ、みんな心配してたんですもの。みんなで聞きたいわ。」

 

 と言ったので全員揃って俺の話を聞くことになった。くっ、なんて優しいんだ。このような業を一緒に背負ってくれるとは……。心の涙が溢れそうだ。

 

 「ええと、では今回のことを包み隠さず全てお話するので、えっと、今さらなのですが、モンモランシーの前でこの格好は少々恥ずかしいので、一度場を整えさせていただければと思うのですがダメでしょうか?」

 

 と、聞くと、あっという間に全員動き出した。モ、モンモランシーまで家族と息があってますね。ええ、今後の事を考えるといいことなのですが、俺より順応してませんかね?

 

 

 今回倒れ、記憶を失った原因を自分から告白することを迫られ、家族の不安を取り除くべくその家族会議に臨むことになった。

 

 そして、厚手のカーテンが閉められ、メイドさんに着替えさせられてカーテンが開くと、会議室のように前回の婚約式の契約のときに使ったテーブルが配置され、椅子が並べられていた。

 

 手前の空いている席は俺だろう、そして隣には恐らくヒーリング要員の母上、奥の誕生日席には父上、俺が座る対面にはモンモランシー、そして左右をルーシア姉さんとクラウスが固めている。全員すでに着席しており、メイドさんはカーテンを開けたあと迷わず部屋から出ている。完全に俺を待っている、いや待ち受けているような状態だ。

 

 「お待たせしました」と言いつつ、席に着くと

 

 「うむ。誰も笑わんから恥ずかしがることなく包み隠さず言うのだぞ?」

 

 と、父上に言われた。うむ。なんというかですね、怖いわけではないのですが、少々プレッシャーを感じます。ええ、家族ですからね。怖がる必要はないでしょう。しかしこれ以上の失態を防ぐため、そして家族の安心を勝ち取るため……。そう、こんなときこそ冷静にやり遂げてみせようぞ。

 

 ―――さて、往こうか……。

 

 「では、大変恥ずかしいことなのですが、包み隠さず説明させていただきます。」

 

 そういうとみんな少し身を乗り出した。そ、そこまで聞きたいのか。

 

 「まずですね。俺の醜態の始まりである、あの一枚の羊皮紙から始まります。あの羊皮紙を確認した事により、冷静さを失った俺はモンモランシーによる愛の告白と結婚の申し込みと彼女のキスによって救われました。」

 

 そこまで話すと、目の前にいるモンモランシーが顔を真っ赤にして少しうつむいた。君も恥ずかしいんだね? 俺も恥ずかしいよ。しかし、一緒に見ていたはずのルーシア姉さんとクラウスもほんのり赤い気がするね。ええ、なんというか、余計にですね……。

 

 母上は「まぁ」とか言って口に手を軽く添えて、父上は無表情を装っているが極わずかに表情が崩れている気がする。

 

 しかし、きびしい。序盤だと言うのになんか早くも仮面にヒビが入りそうだ。

 

 「そして、愛する人との初めてのキスのあと、瞳に写ったモンモランシーの蕩けきったような表情の真っ赤な顔に俺は心を奪われ、その奇跡の光景を永久に保存すべく、火の系統の威信を賭けて自分の瞳に焼き付けるべく全力を注いでいるところで彼女に返答を求められ、俺は彼女の甘く柔らかい口から発せられた声によって思考停止に陥り、本心で応えました。」

 

 そこまで言って見回すと、クラウスやルーシア姉さんもその光景を思い出したのか先ほどより赤くなって少しうつむいた。母上はなんか口に手を添えつつ目がキラキラしている。父上は視線を真顔を何とか維持しているが直視が厳しいのだろう。少し目だけを逸らしている。

 

 モンモランシーはこれ以上無いほど真っ赤になり、さらにうつむいている。うつむいたことによって少し見える耳の先も真っ赤に染まっている。これはレアな表情ですね。ええ、表情は見えませんが、瞳に焼き付けたいですね。危険なのでやりませんが……。そして、モンモランシーが

 

 「ちょ、ちょっとクロア。もっとその……。ぼかして言った方が……その……。」

 

 と、とても小さな声で訴えてきたが、残念ながらもはや逆に楽しくなってきてしまった。そうか、こういう光景が見たいが為の「肉を切らせて道連れにする」か……。

 

 ―――気に入った。全身全霊で引き継ごうではないか! 前世の俺よ! いや同一人物だが。

 

 それに、モンモランシーには悪いが話す前に一応提案はさせていただいて彼女の希望も聞いた。

 

 ―――さぁ突き進もう。

 

 「そして俺が彼女に人生を捧げ、彼女に今まで秘めていた愛を告白を口にすると、彼女は瞳からキレイな雫を落として目を細めて微笑み、それに目を奪われた俺は身体の限界を迎えたのでしょう。意識を失いました。」

 

 数瞬話を区切って皆さんの表情を観察させていただきます。もはやモンモランシーは更に赤くなる事はできず、かすかに震えている。姉弟も真っ赤になってうつむいているし、父上も少しうつむき気味だ。唯一母上だけは胸の前で手を組んでキラキラとした潤んだ瞳を向けている。大好物でしたか? ええ、一人でも楽しみにしていただけて光栄です。

 

 「そしてどれほどの時間が経ったのか分かりませんが、父上と母上に起こされ、マザリーニ枢機卿をはじめ、モンモランシ家の方と婚約の誓約や、それに伴う契約のようなものを取り交わすことになりました。

 カスティグリアとモンモランシが向かい合うような形になり、今ちょうど父上がいる位置にマザリーニ枢機卿が立会人としていらっしゃいました。」

 

 その時の状況を知らなかった姉弟が少し顔をあげてこちらを見た。ええ、真っ赤ですね。冷静になろうと努力しているようですがここからが本題ですよ?

 

 「最初各自の自己紹介を行ったのですが、恥ずかしながらその時俺に訪れていた状況はそれに耳を貸すことを許しませんでした。

 ええ、まさか成功するとは思ってもいなかった自分の瞳にモンモランシーの蕩けきったような表情の真っ赤な顔を焼き付けることに奇跡的に成功していたのです。

 そして、対面に座る彼女の甘い香りがほのかに感じられる中で、少しでも彼女を意識すると目の前にその光景が鮮やかに映し出され、そのたびに俺の心臓の鼓動は早く激しくなり、意識を失う前兆が訪れました。そして、そのつど意識の喪失を回避すべく、母上にヒーリングをお願いしていたのです。」

 

 さぁご褒美の観察タイムですね。おや? クラウスとルーシア姉さんは先ほどよりも赤くなってませんね。むしろ驚いてこちらを丸い目で見ています。父上も驚いているようですね。

 モンモランシーはさらに恥ずかしかったようです。ちょっとプルプルしてます。母上は小声で「まぁまぁまぁまぁ」と、更なる食いつきを見せています。ちょっと個人的に結果がイマイチですが続けましょう。

 

 「そして、サインの必要な資料が俺に回って来たことで冷静さを保つきっかけになると考えたのですが、モンモランシーとの結婚や生活を連想させる文言が出るたびに眼に焼き付けた彼女の顔が目に浮かび、そのたびに母上にヒーリングを頼んでおりました。

 しかし、ここで俺の心臓に救いが訪れます。最後の書類はカスティグリアとモンモランシの同盟に関するものでした。ここで、ようやく冷静になれた俺は、さらに落ち着くため、資料に没頭しました。ただ、内容に少々懸念があったので、父上の薦めもあり、その場にそぐわないと理解はしていたのですが、その懸念をお伝えすることにしました。」

 

 ふむ、姉弟はまだ少々顔が赤いが話しの内容に興味があるのか完全にこちらを向きました。父上や母上はここからが倒れる原因と分かっているので少し真面目な顔になりました。モンモランシーもまだわずかに震えてますが、真っ赤な顔で上目遣いでこちらを窺います。これは可愛い。くっ、瞳に焼き付けたい。危険が伴うとわかっているが焼き付けたい。

 

 「結果、その場にいた皆さんは少々思考に没頭していたように見受けられ、俺も冷静になれたことから、これなら直接モンモランシーを見ても大丈夫だと思い、彼女を伺うと父上達の思考に没頭する姿が珍しかったのか、彼女は驚きながら父上達の顔をその光を集め解き放つ金糸のような髪を揺らしつつ見回しており、今まで見たことのない彼女の美しくも可愛らしい一面に俺は心を奪われ、瞳は危険だと理解していたので脳に彼女の様子を焼き付けることにしました。

 愛しい彼女の様子を全て記憶すべく、彼女の動作を全身全霊で観察していると、その観察している俺に気づいたのか、彼女は赤くなって少し下を見た後、赤い顔のままこちらを向いて優しく目を細め、光輝く宝石のような満面の笑みを俺に見せてくれたのです。

 その姿は彼女の一挙一動を逃さず見ていた俺の全身を激しく揺さぶり、俺の意識を一瞬で奪っていきました。」

 

 ふむ。父上はすでに乗り越えたようで、口元を引く付かせているだけであまり面白くありません。母上はクライマックスだと思ったのか「まぁまぁまぁまぁ」を先ほどより少し大きい声で連発しつつ、目をキラキラさせて潤んだ瞳でこちらを見ています。ご褒美でしたか、母上。俺に掛けたヒーリング代の足しにでもしていただければ幸いです。

 クラウスは撃沈したようで、コツッと頭をテーブルに落としました。ルーシア姉さんもちょっと馬鹿らしくなったのか少々呆れたような顔をしています。

 モンモランシーだけは再び深くうつむいてプルプル震えています。赤みも恐らく限界でしょう。湯気が立ち上ってるような幻影さえ見えます。ええ、やはり彼女は最高ですね。人生を捧げただけあります。いえ、それでも足りないかもしれません。

 

 「そして、ここからは皆さんすでに憶測なされていると思いますが、俺の考えでは恐らく、モンモランシーの愛らしく愛しい姿を瞳や脳に焼き付けたことによって起こった俺の生命維持の危険性を恐らく脳が勝手に判断し、防御反応として記憶の封印という処理を行った結果だと考えます。

 今はモンモランシーのキスによって全てを思い出し、瞳と脳に焼き付けたものが惜しくも焼失しているようなので、同じ状況には陥らないと考えられます。

 大変ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。以後気をつけます。」

 

 そう言って閉めると、父上が

 

 「う、うむ。まぁ今後このような事がないよう、できるだけ気をつけなさい。」

 

 と、引きつった顔で言っただけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




建前:記憶喪失ネタをやってみたかった
本音:貴族バージョンのクロアの書き方を忘れそうで怖かった。


次回をおたのしみに!

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