【習作】一般人×転生×転生=魔王   作:清流

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非常に遅くなりました。3月更新とは何だったのか……orz
本当に申し訳ありません。


#19.新王奮戦!

 国立霞ヶ丘陸上競技場――一般に「国立競技場」と言われる場合、ここのことを指す。

 東京オリンピックの舞台になったことをはじめ、全国高校全国高校サッカー選手権大会の主催会場であることなどから分かるように、本来最高峰のスポーツマン達が陸上競技や球技を競い合うその為の競技場だ。

 

 だが、今日ばかりは話が違った。行われるのはスポーツの祭典はなく、競われるのは爽やかなスポーツ競技などでは断じてない。数多の出場選手が集うこともなく、観客もほぼいない。

 

 

 だが、それも当然。

 これより行われるのは命の奪い合いであり、血みどろの『闘争』なのだから。

 

 競われるは――――純粋な強さと生き汚さ。

 権能の強弱や多彩さなどは、問題にならない。

 なぜなら、競い合うのはそれらをものともしない条理の外の者達なのだから。

 

 出場選手は――――否、主役となるのは二人の魔王。

 たった二人だけだが、いずれも世界に十にも満たない選りすぐりの強者であり勝者だ。

 故、役者に不足はない。いや、それどころか、舞台の方が不足しないか心配である。完膚なきまでに破壊されないかという意味で。

 

 梅雨真っ只中の六月下旬、国立競技場は神殺し達の殺し合いのために用意された決闘場とされたのだった。

 

 

 

 

 

 競技場の中央で、10メートル程の距離をあけて両雄は向かい合う。

 

 挑戦者は最も若く、新しき王『草薙護堂』――勝利の神ウルスラグナを殺し、その十の化身を用い敵によって、ただ一つの権能しか簒奪していないにもかかわらず、多彩な戦い方をする新進気鋭の魔王。

 挑戦を受けるは、最古参の魔王にして暴君『サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン』――数多の神を殺め、『貪る群狼』『ソドムの瞳』『死せる従僕達の檻』等、操る権能は数知れず。今や神からも遭遇を避けられると言われる古強者。

 

 両者は、様々な意味で対照的だった。

 少年と老人、新参と最古参、一柱しか殺めていない者と幾柱もの神を殺めた者。

 それは、絶対的なキャリアの差であり、少年に勝ち目は万が一にもないように見える――断じて否である。

 

 他ならぬ老人自身が、それを否定しよう。

 彼らは、両者共に万に一つの勝ち目さえあれば、最初にその一を持ってくる者であるが故に。

 彼らは、人の身で絶対強者である神を殺めた絶対的な勝利者であるが故に。

 条理を覆す理不尽の権化、それこそが神殺しなのだから。

 

 しかしながら、それでも一度敗れたという事実は消し難く、それなりに重い。

 故、ヴォバンの言葉にどこか呆れたような響きがあったのは、致し方無い事だったのかもしれない。

 

 「昨日敗れたばかりで、よくも私に挑めたものだな――小僧」

 

 それは嘲りであり、見下した言葉だった。すでに決着はついたと言わんばかりである。

 

 「あんたが万里谷を狙う以上、あんたは俺の敵だ。あの人がいないからって、俺が生きている以上、この国で好き勝手させるかよ!万里谷が欲しいんなら、俺を殺してからにするんだな!」

 

 それを受けても、護堂には何の怯みもない。むしろ、挑発的に言葉を返した。

 

 「……あの酔狂者に感化されたか?随分と勇ましいではないか。それに昨日とは違い、肝も据わっているようだな」

 

 ヴォバンは昨日とは異なり、明確な殺意を護堂が叩きつけてくることに内心で瞠目していた。

 そして、同時にほくそ笑んだ――存外に愉しめそうだと。

 

 「俺には、あの人みたいな覚悟や信念はない……。だが、それでも!俺だって日本人だ。この国を大切に思っているし、守りたい気持ちだってある。何よりも、俺の大切な人達をお前の好きになんかさせるものかよ!」

 

 護堂は宣言する。自分がいる限り、お前の好きにはさせないと。

 

 「よかろう小僧、……いや、草薙護堂!貴様の挑戦を受けてやる。貴様の言葉が口だけでないことを証明して見せよ!」

 

 ヴォバンはそれを愉しげに見やると、その身に秘める膨大な力を解放したのだった。

 

 

 

 

 

 先手はヴォバンがとる。その身から解き放たれるは無数の灰色狼。

 その動きは尋常の速さではない。あっという間に護堂のもとへと辿り着く。

 

 「護堂には指一本触れさせないわ!」

 

 立ちふさがるは、当代の『紅き悪魔(ディアヴォロ・ロッソ)』たるエリカ・ブランデッリ。

 獅子の魔剣クオレ・ディ・レオーネを振るい、愛しい男への道を阻まんとする。

 

 「ほう、パオロ・ブランデッリの後継か……。我が猟犬を尽く斬り捨てるとは、流石に大したものだ」

 

 自慢の猟犬たる灰色狼を次々に滅ぼされているにもかかわらず、ヴォバンに焦りはない。それどころか、エリカを賞賛するその様子からは、余裕すら垣間見える。

 

 それもそのはず、エリカの剣技は見事な物であったが、彼女が減らすそばからヴォバンの影から灰色狼が現れ、減らす以上の速度で補充されていくのだから無理もない。

 

 「護堂、悔しいけどこのままだとじり貧よ」

 

 「分かってる、任せろ!

 ――我がもとに来たれ、勝利のために。不死の太陽よ、我がために輝ける駿馬を遣わし給え。駿足にして霊妙なる馬よ、汝の主たる光輪を疾く運べ!」

 

 ウルスラグナ第三の化身『白馬』を招来する呪文を護堂は叫ぶ。

 ヴォバンに対し、『白馬』の使用ができるのは先の戦いで分かっている――ヴォバンとの力量の差も。

 

 故、自身にとって切り札の一つであり、最大火力のそれを使うのに護堂に躊躇いはなかった。

 

 「天の焔か、芸のない男だ」

 

 だが、天から迫る太陽のフレアが凝縮された白い焔の槍を、ヴォバンはつまらなげに見つめた。

 すでに破ったものに価値はないと言いたげである。

 

 「芸がなくて悪かったな!」

 

 「ふむ、では先達として芸があるところを見せてやろうではないか」

 

 ヴォバンがそう言って手を振り上げると、無数の灰色狼達がヴォバンの前へと集結し、その身が溶けるように崩れる。

 

 「何を……!?」

 

 護堂は驚愕した。なにせ、一瞬後に、四体もの巨大な灰色狼が現れていたからだ。

 そう、灰色狼達は融合したのだ。

 

 「一度見、ましてこの身で味わった権能だ。防ぎ方などいくらでも思いつく」

 

 ヴォバンはそう言うと、焔の槍に巨狼をけしかけた。

 たちまちに焼き尽くされるかと思いきや、巨狼達はそうならなかった。

 

 一匹がヴォバンの盾となるように立ち塞がり、もう一匹が正面から迎え討つ。後の二匹は左右から挟み込むように飛びかかる。

 

 それでも初期は焔の槍が優勢だったが、正面から迎撃した巨狼を焼き尽くしいくらか勢いを減じたところで、盾となっていた一匹が加勢。形勢は均衡した。

 

 「なっ!?」

 「そんな!?侯本人でなくても、『白馬』を防げるというの」

 

 護堂は完全にあてが外れたことに驚愕し、エリカはヴォバンの地力の凄まじさに戦慄する。

 

 「神無の奴めには敗れたが、我が猟犬共を操る権能は私が最初に得た権能だ。これぐらいの芸当は造作もない」

 

 ヴォバンは嘲笑する。

 怨敵である神無徹が生きていた時、『貪る群狼』を使うのは、色んな意味で気に障ることであったが、自身の手で葬った以上、最早それもない。今のヴォバンは、護堂との初戦より遙かに余裕があり、縛りがないのだ。

 

 「クソ!でも、これで終わりじゃないぞ!

 主は仰せられた――咎人に裁きを下せと」

 

 単発の権能では、ヴォバンに届かない。先の戦いから、護堂はそう判断していた。

 故にこそ、ヴォバンが『白馬』を防ぐのに注力した隙を突くつもりだったのだが、結果は無残なものだった。

 隙どころか、ヴォバンは片手間で防いで見せ、余裕さえ見せている有様だ。

 

 この結果は、偏にヴォバンの『貪る群狼』が太陽神でもあるアポロンから簒奪したものであるがためだ。

 あくまで化身の一つである『白馬』と本家本元の太陽神であるアポロンでは相性が悪いというか、格が違うのだ。

 

 だが、ヴォバンが灰色狼を巨狼にしたことで、護堂の手札も想定していた形とは違うが、解禁されたのも事実だ。想定外であるからといって、護堂がその行使を迷う理由はない。

 

 唱えるのは、断罪の言霊。

 護堂にとって馴染み深い、最も獰猛な破壊の化身を召喚する。

 

 「背を砕き、骨、髪、脳髄を抉り出せ!血と泥と共に踏みつぶせ!鋭く近寄り難き者と、契約を破りし罪科に鉄槌を下せ!」

 

 黒き猪の神獣が護堂の言霊に応えて、顕現する。その巨大さは、ヴォバンの作り出した4頭の巨狼さえも凌ぐ。

 

 「今度は神獣の召喚か。つくづく、多彩な権能だな」

 

 ヴォバンが感心したように言う。

 

 「我は鋭く近寄りがたき者。主の命により、汝に破滅をあたえる獣なり!

行け『猪』!今日ばかりは、止めやしない。思う存分にぶち壊してやれ!」

 

 護堂は滅びの聖句を唱え、ここぞばかりに言い放つ。

 そして、『猪』は護堂の意思に応えた。

 

 脇目も振らず、まさに猪突猛進を体現して、ヴォバンめがけて突進する。

 当然、ヴォバンを守るべく巨狼が立ち塞がるが、此度の『猪』は今までの召喚とはわけが違った。

 

 『オオオオオオオオオーーーン!』

 

 地を駆けることで小規模な地震が発生し、轟く咆吼は周囲に衝撃波となって拡散して破壊をばらまき、飛びかからんとした巨狼達の動きを止めたのだ。

 

 そして、止まってしまえば、たとえ神獣であろうとも、何の制限もない絶好調の『猪』の敵ではなかった。

 巨狼達は鎧袖一触で吹き飛ばされるか、あるいは鋭い角で貫かれ消滅する。

 そして、その余勢を駆って、ヴォバンへと突っ込んだ。

 

 「馬鹿な、こうも簡単に!?」

 

 さしものヴォバンもこうもあっさり敗れるとは思わなかったのだろう。驚愕を露わにしながら、『猪』の突進に巻き込まれる。

 

 「ねえ、護堂。私の気のせいじゃなければ、何かいつもより凄くないかしら?」

 

 「あっ、エリカもそう思うか。やっぱり、俺の気のせいじゃなかったんだな」

 

 実は、護堂当人にとっても、この結果は予想外であった。

 『猪』は、護堂にとってもっとも行使制限が緩い化身である。それ故、使用機会は多いのだが、今の『猪』は今まで召喚したものとは別物と言っていいほどの力の滾り具合であったのだ。

 

 それもそのはず。『猪』が真実制限なしで召喚されたのは、初めてだったからだ。

 今日までの召喚時には、主である護堂によって、尽くなんらかの制限が加えられていたのだ。

 周囲に甚大な被害をもたらすため、護堂は言うことをきかない奴という認識だったが、実のところ真逆である。『猪』は護堂の意を汲んで、きっちり手加減している。

 はっきり言えば、手加減しているからこそ、あの程度で済んでいたのだ。

 

 だが、今日は違った。場所はもとより決闘場として用意され、周囲の被害を気にする必要はない。標的は巨狼達であり、いくら破壊し尽くそうが、護堂の心は痛まない。

 

 結果、何の制限もない最強の状態で、黒き猪は召喚されたのだ。

 それも、いつもとは違い、主の後押しまであるとなれば、『猪』が張り切るのも無理もない話であった。

 

 もとより『猪』は、ミスラが契約破りの罪人を罰するときに使うともされる破壊の化身だ。壊す対象が明確で主の意に沿ったものであれば、壊せぬ物などない。

 

 「……やってくれるではないか」 

 

 しかし、ここに例外が存在した。

 土煙が晴れたそこには、緑柱石(エメラルド)の瞳を妖しく輝かせたヴォバンが立っていたのだ。

 少なからず土に塗れ、服はボロボロになっているものの、狼侯爵は健在であった。

 そして、その周囲には白い塊が散らばっていった。

 

 「『ソドムの瞳』!まさか、あの巨大な『猪』を塩に変えたというの!?」

 

 「デタラメだな、あの爺さん……。だが、ダメージはあったはずだ。

 いくらあんたでも、それなりに効いたろう?」

 

 エリカが驚愕し、護堂がその出鱈目さに呆れる。

 

 「ふん、神獣の献身に感謝することだ。このヴォバンに土をつけるとはな。新参者にしてはよくやったというべきだろう」

 

 ヴォバンはあくまでも傲岸不遜な態度を崩さない。

 彼にとって、この戦いは所詮余録でしかないのだから、当然だ。まして、一度破った相手など同胞といえど、警戒に値しない。

 

 ただ、護堂の言うように少なからぬダメージを負ったことは事実だ。

 激突の最中に、全力の邪眼をもって『猪』を塩に変えたものの、突進による衝撃を殺しきることはできなかったのだ。

 故に、この時ばかりはその賞賛に他意はなく、心からのものであった。

 

 「そいつは光栄だね。ここら辺で満足して、万里谷を諦めて帰ってくれないか?」

 

 露程も思ってもいないことを口にしながら、ダメ元で言ってみるが、予想通りヴォバンの返答はにべもなかった。

 

 「何を馬鹿なことを。ようやく面白くなってきたのだ!もっと、私を興じさせてみよ!」

 

 ヴォバンの気の昂ぶりに感応して、雷雨が起こり、嵐を呼ぶ。

 暴君の代名詞ともいうべき権能『疾風怒濤(シュトルム・ウント・ドランク)』の効果だ。

 そして、滲み出るようにいずれも死相が浮かんだ多数の騎士達が現れる。

 これも彼の権能、『死せる従僕達の檻』に囚われた、哀れな生ける死体(リビングデッド)達だ。

 

 「……エリカ、頼む!」

 「ッ――任せて!」

 

 『猪』を行使した結果、他の化身の条件を満たさぬ限り、今の護堂は素の能力しかない。護堂の権能『東方の軍神』は、人の範疇にある死者達を操る『死せる従僕達の檻』と相性がすこぶる悪いからだ。人の範疇にある者では化身の使用条件をクリアできず、護堂だけでは数に潰される未来しか見えない。

 故に、エリカに頼るしかない。いつもならば……。

 

 そう、いつもならば、だ。これまでの護堂ならば躊躇わずエリカに頼っただろう。そうして、時間を稼ぎ、何らかの打開策を見出すのが、彼のやり方だった。

 

 だが、今日の護堂は今までとはわけが違った。彼は本当に覚悟を決めてきたのだ。

 あの分からず屋の軍神に徒人のままで挑んだときと同様に、己の命をかけることを!

 

 「行くわよ、護堂!」

 「遠慮はいらない!やれ、エリカ!」

 

 獅子の魔剣が躊躇いなく振り下ろされる。『死せる従僕』たる騎士達ではなく――草薙護堂に向かって!

 

 「なにっ!?」

 

 ヴォバンは目の前の有り得ない光景に己が目を疑い、思わず驚愕の声を上げた。

 その驚愕を余所に、現実は歩みを止めない。振るわれた獅子の魔剣は狙い過たず、護堂を袈裟懸けに切り裂いたのだ。若くして大騎士となったエリカの剣術はすでに一流の域にあるのだから、当然である。

 

 護堂が斬られたことで仰け反るが、彼は倒れることはおろか、膝を折ることさえしなかった。

 そして、何よりその目に手負いの獣を思わせる獰猛で危険な光を宿していた。

 それを証明するかの如く、護堂は次の瞬間、迫っていた『死せる従僕』を文字通り一蹴(・・)した。

 

 重傷を負った時だけ行使できる化身。凶暴にして強壮、『猪』にも負けぬ猛々しく獰猛な『駱駝』の化身!

 それが与えるのは、ドニともやり合える格闘センスに、蹴りの破壊力とずば抜けた跳躍力である。

 

 護堂はその恩恵を今最大に発揮して、『死せる従僕』の騎士達を蹴り砕く。

 けして誤字などではない。今の護堂の蹴りは命中すれば、人体を粉砕できる威力があるのだ!

 

 「まさか、自らを斬らせることで権能を行使したというのか!?」

 

 すぐさま、その変わり様から権能を行使したことをヴォバンは看破する。

 

 「御名答!やりたくはなかったが、あんたを倒せるなら安いもんだ!」

 

 護堂としても、正直やりたくはない手段であった。

 どこかの誰か(・・)から、「俺を殺してもいい」くらいでやれば、制限を満たして権能を使えないことはないとは聞いてはいたが、一つ間違えば死ぬのだ。どうして試せようか。

 

 だが、護堂にとって何の化身も使っていない状態はどうしようもない程に明確な隙である。明らかな格上で、権能の数も圧倒的に劣っているヴォバンが相手となれば尚更だ。間違いなく致命的なものになると護堂は考えた。

 故、選択肢は一つだけだった。自身の命をチップに博打を打つことだけだ。

 

 幸い壺振りは、最も信頼する相棒である少女だ。そして、自分は勝負事にはとことん強い。だから、心配はしなかったし、失敗する可能性など露程も考えなかった。

 

 何より、愛しい女に自分を殺した咎を背負わせるなど冗談ではなかったし、己はこんなことで死ぬようなたまではないと確信していたが故に!

 

 その結果が、今ここにある。

 護堂は見事賭けに打ち勝ち、確かな配当を手にしたのだ。

 『駱駝』の権能は絶好調で、死せる騎士達を鎧袖一触で屠っていく。

 その好調ぶりは『猪』に勝るとも劣らない。

 

 (「神殺しの力を研ぎ澄ますのは荒ぶる魂」か、こういうことだったのか)

 

 いつか誰か(・・)に言われたことを思い出しながら、護堂は従僕達を蹴り砕く。

 今の護堂は蹴りの鬼だ。膝で頭蓋を粉砕し、回し蹴りで上半身を吹き飛ばし、足払いで下半身を刈り取る。

 そうして、気づけば護堂は従僕達を蹴散らしながら、ヴォバンの間近に迫っていた。

 

 「調子にのるなよ、小僧が――我が従僕を倒せたからと言って、このヴォバンを倒せると思うな!」

 

 ヴォバンは新参の大言に憤怒を露わにその身を狼へと変え、護堂を迎え撃ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 「草薙君は思った以上にやってくれているようだな」

 

 現場から中継されている神殺し二人の激闘をどこか冷めた目で見つめるのは、日ノ本の今一人の神殺し神無徹であった。彼は、ヴォバンに自爆で果てたと思わせた後、人知れずパールヴァティの権能で復活し潜伏していたのだ。全ては、最古参の魔王にして仇敵たるヴォバンを滅殺するために……!

 

 潜伏場所は決闘場にほど近い不動明王を祀る寺院だ。

 徹はそこでひたすらにヴォバンに突き立てるための牙を研ぎ澄ませていたのだ。

 死を偽装したのはその下準備に過ぎず、彼の周囲には十数人もの巫女が配置され、一心に何かを唱えているのもその一環だ。

 

 「ノウマク サラバタタギャテイビャク サラバボッケイビャク サラバタ タラタ センダマカロシャダ ケン ギャキギャキ サラバビキンナン ウン タラタ カンマン……」

 

 ちょっと詳しい人間がいれば、それが不動明王の真言であり、火界呪と言われるものであることに気づけただろう。彼女達はそれを護堂達の戦いが開始されて以来、ずっと唱えている。

 

 「使えるものは使う。

 たとえ、それが不本意であるとしても、王であるというならその権力を使わない手はないよな」

 

 そう独りごちながら、掲げた十拳剣を見やる。

 そこには凄まじいまでの呪力が集まっており、解放の時を待っていた。

 

 「あの糞爺に引導を渡すには、まだ少し足りないか。この地に根付いた不動信仰にあやかって、さらに術式はカンピオーネが使用するものを想定して改良したんだ。できないとは言わせはしない」

 

 徹は今回、王としての強権を用い、正史編纂委員会の管理下にある巫女300名を動員している。

 なにせ、護堂と徹がヴォバンに敗北すれば、優秀な巫女を強奪された挙げ句、神招来の儀という危険きわまりないものに強制参加させられるのだ。運良く帰ってきても、廃人になる可能性が高いとくれば、彼らに否応はなかった。

 

 そうして、供出された300人の巫女達は、いずれも一端の魔術師・呪術師達だ。いかに一人一人ではカンピオーネとは比べくもないとはいえ、地脈のバックアップがある上で一つの術式の下、互いにリンク・感応させ、トランス状態に至るまで一心に祈らせて呪力をひねり出させれば、カンピオーネに一撃を入れるくらいの呪力は確保できる。

 

 無論、その莫大な呪力をどこに溜めておくかと言う問題があるが、徹には明日香という格好の切り札があった。

 正真正銘の神を殺した剣であり、神殺しとしての彼の半身というべきそれは、呪力を溜め込むには持って来いの代物だったのだ。

 

 しかも、明日香は不動明王の火界呪とは、火という共通点があるため、すこぶる相性がいい。

 明日香は、その身に着々と不動明王の焔を呪力と共に蓄えていた。

 

 「人の故国に土足で踏み入った上、好き放題やってくれたんだ。報い受けてもらう!」

 

 折角、仇敵たるヴォバンが自身の懐にまんまと入ってくれたのだ。地の利、人の利があるのを利用しない手はない。徹はヴォバン来日を聞いた時点で、生かして帰す気はなかった。

 なにせ、ヴォバンと徹は水と油だ。絶対に相容れることはない。

 何よりヴォバンは、すでに神招来の儀&美雪という徹の逆鱗に触れてしまっている。

 

 さらに、今回は挑発するかのように故国まで踏み込んできた上、目的は神招来の儀ときた。

 最早、どうあっても徹はヴォバンを許すことはできなかった。

 

 幸いにして、格好の大義名分もあった。

 先のアテナの件では温情を見せすぎたように徹は思っていたからだ。青銅黒十字のリリアナ・クラニチャールがヴォバンに協力しているのを、美雪から聞いたが故だ。せめて首謀者のエリカ・ブランデッリは抹殺し、主導した赤銅黒十字は灰燼とすべきだったと、今にしては思う。

 

 神殺しの魔王として、自身の掲げた「護国」をどうにも甘く見られているように思えてならないのだから。

 故、ここでヴォバンを殺すことは絶対に必要なことだ。日本に手を出すということが、神殺しであっても死につながるということを示すために。二度とこの国に手を出そうなどと、馬鹿な考えを抱かせないために!

 

 ――殺す、確実に殺す!

 

 その一念で徹は、全ての段取りを整え、一時的とはいえ敗北したと見られることを許容して、死を偽装したのだ。護堂には悪いとは思うが、目的が同じとはいえ別に共闘しているわけでもない。各々、勝手に戦っているだけに過ぎないのだから。

 

 それに甘粕冬馬を介して決闘場を提供したり、万里谷祐理の霊視の助力を得られるようにしたりしたのは、ほかならぬ徹であった。無論、それは護堂を最大限に有効利用するためであり、要は徹自身のためであったが、それでも紛れもない助力であることは間違いない。

 

 ただ、利用されていることを気づかさせず、真意を悟らせないだけで……。

 

 「悪いな草薙君、大人は汚いのさ」

 

 徹はそう呟く様に言うと、冷徹な目でヴォバン抹殺の機をうかがうのであった。




護堂の名誉回復が少しはできたでしょうか?

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