最近友達の一色いろはがあざとくない件について   作:ぶーちゃん☆

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どうも。一週間以内の更新とほざいていた作者が二週間ぶりにお贈りする最終話へようこそ!(白目)

すいませんね。でも詳細(言い訳)は活動報告にてお伝えしたのでまだセーフ。セーフじゃねぇよ。



待っていて下さった方々、活動報告やらメッセージやらにお優しいコメントを下さった読者さま方に最大級の感謝をフォーユーしつつ、それでは最終回です!どぞ!





【プロムクイーン編最終話】やはり私の友達は最強の後輩様なのである

 

 

 

「せーんぱい、お疲れさまです」

 

「おう、お疲れ」

 

 

 そんな、普段通りのやりとりにて幕が開けた今宵のメインイベント!

 テンションが高すぎる戸部先輩とのダンスがなかなかに激しかったのか、いろはは額にきらりと光る汗を浮かべつつ、テーブルの上に用意されていたドリンクに口をつけながら声を掛け、比企谷先輩はそんないろはに労いの言葉を返した。

 でもま、明らかに疲れた顔してんのは先輩の方なんだけどね。

 もちろんいろはもそんな先輩の様子を見咎め、うへぇと顔を歪める。

 

「てか本気でお疲れのご様子ですねー」

 

 すると比企谷先輩は、未だワイワイと騒いでるエキストラ役の男女や、装飾が施された会場全体をくるりと見渡し、深々と溜め息を吐き出した。

 

「そりゃな。やっぱこういうお祭り騒ぎは俺には合わねーわ」

 

「……へぇ、そうですかねー? さっきまで散々結衣先輩と嬉しそうに踊ってニヤニヤしてましたけど」

 

 お疲れの原因を告げた比企谷先輩に対し、いろははキラーンと嫉妬の瞳を輝かせ、なんとも嫌味ったらしく先輩の顔を覗きこむ。

 その口元は意地悪そうにニヤリとしながらも、目はまったくもって笑っちゃいない。おっと、やっぱりこの女、しっかり根に持っていやがったか!

 

「ニヤニヤなんかしてねぇよ……」

 

「いやー? 超ニヤニヤしてましたよー? それはもうガチでキモい感じで」

 

 いやだわいろはす、ジェラジェラの炎が燃え盛ってるわよ?

 

「……ま、キモかったですけど、楽しめたんならいいんじゃないですかー? キモかったですけど」

 

 そう言って頬っぺたをぷくりと膨らませたいろはは、唇をつんと尖らせて、グラスに注がれた黄金色に輝く液体からとめどなく湧き上がる炭酸の泡をつまらなそうに眺める。あ、なんか表現がしゃらくさいフレンチレストランでのひとコマみたいになっちゃいましたけど、これシャンパンとかじゃなくてジンジャーエールですよ? これはあくまでも健全な高校生同士のラブコメです!

 それにしても……いやー、乙女してますなぁ。

 

 しかしいかんせんこの唐変木な先輩には、そんないろはの乙女心が通じるはずもなく、なにをつまらなそうにしているのか理解できないこの人は、こんな見当違いの言葉を投げ掛けるのだった。

 

「……ったく、そんなに戸部と踊んのが不満だったのかよ。結構楽しそうにダンシングクイーンしてたじゃねぇか」

 

「……はぁぁぁ……」

 

 さすがのいろはも、これにはうんざり気味に呆れた溜め息を深く吐き出す。

 もちろん私も思わず溜め息が零れちゃったじゃないですかー……

 

「……そーなんですよぉ! なんで先輩なんかが結衣先輩とイチャコラしてるのに、なーんでわたしは戸部先輩と踊んなきゃなんないんですかねー。あーあ、葉山先輩と踊りたかったなぁ」

 

 深い溜め息のあと暫く間を開けたいろはは、やれやれと首を横に振ると、仕方な〜く比企谷先輩の妄言に乗っかる事にしたようだ。

 いや、確かに比企谷先輩は唐変木だけど、いつまでも葉山先輩を引き合いに出すあんたのその態度もいけないと思いますよ?

 そして私ももう一度軽く溜め息を零すのだ。我が友ながらやれやれである。

 

「いや、だったら葉山呼べば良かったじゃねーか。なんで戸部呼んだの?」

 

「そりゃアレです。生徒会の……てかわたしの用事の為にキャプテン呼んじゃうわけにはいかないじゃないですかー? わたしこれでもマネージャーなんで、ちゃんとサッカー部のことも考えてるんですよぉ。だから下っ端にお越しいただいたわけです」

 

 下っ端て。

 

 いやいやあんた、キャプテン呼ぶと迷惑かかっちゃうー! みたいなこと言ってっけど、下っ……戸部先輩だけじゃなくて一年男子全員にお越しいただいてる時点で、すでに本日の部活動には支障をきたしまくってますから! なんなら本日は休部なんじゃね? ってレベル。

 さすがにその言い訳は無理ありすぎっしょ、っべー!

 

「……そういうもんか」

 

 と、私の脳内に下っ端の無念の魂が乗り移っていると、比企谷先輩も一瞬は訝しげに眉を顰めたのだが、部活動事情とかに精通してない先輩にはそういうのがよく理解出来なかったようで、なんとか納得したみたい。

 

「ですです」

 

「……」

 

「……」

 

 

 それにて会話は一旦打ち切られ、おかしなイラつきを見せたりおかしな言い訳をしたりと、いろはの妙な行動によってなんとも変な空気になってしまったようで、場は暫しの沈黙が続く。

 まぁもともと比企谷先輩は会話がお得意ではないし、一度話題が途切れると、次に何を繋げればいいとか分からないんだろう。

 こういう時、普段であればいろはの方から会話のキャッチボールを投げ入れるんだろうけど、今回ばかりは若干不貞腐れ気味のいろはが中々ボールを投げ込まない。

 

 そんな些か気まずい沈黙を嫌ったのか、頭をがしがしと掻いた比企谷先輩が先に動く事となる。

 ふっと一息吐いた先輩はくるりとダンスフロアを見渡してから、ほいよっとばかりにいろはにボールを投げ入れる。

 

「にしてもアレだな。よくもまぁこんな短時間でここまでのもんが出来たもんだ」

 

「はい?」

 

 多少の不貞腐れと気まずさに、黙ってジンジャーエールを傾けていたいろはが、不意に投げ入れられた思いもよらぬボールに、なんとも間の抜けた声でお返事を返す。

 

「……いや、一色には悪いが、ぶっちゃけお前がプロムとかワケ分からんこと言い出してから、本当に開催にこぎつける事が出来るかどうかなんて半信半疑だったんだわ。それがこんな短い期間でこれだけカタチが出来あがるなんて、素直に驚いた」

 

 そんな突然の誉め言葉とも取れる発言に、ぷくっとしていたいろはも僅かに頬を緩めた。

 

「ふふ、わたしもびっくりしてますよ。今ならまだ間に合う……なんて偉そうなこと言っときながら、本当にカタチになっちゃうとは思いませんでしたもん」

 

「……いや、お前が思ってなくてどうすんだよ。少なくともお前だけは思ってろよ……」

 

「あはは。……でもま、さっきも言いましたけど、全部雪乃先輩のおかげです。ホントあの人って凄いですよねー。凄すぎですよ。わたしなんてなんにもしてませんもん」

 

 突然の誉め言葉に一旦は頬を緩めていたいろはではあったが、結局それは自分の功績じゃないから……と、ほんの少しだけ寂しげな笑顔を浮かべる。

 でもねいろは、比企谷先輩はそんな弱音は許してくれないみたいだよ?

 

「……あほか、そんな事はねーだろ。確かに雪ノ下は凄い奴だし、なんか本人ヤル気満々だしで、当然あいつが居なくちゃここまでにはならなかったかもしれん。……でも、あいつを動かしたのはお前だろ。それに、自分を動かした奴が一生懸命頑張ってなかったら、雪ノ下もここまで張り切ったりはしない。つまり必然的に一色も頑張ってたからこそ、この短期間でここまでのカタチになったって事になる」

 

「……」

 

 

 ──そう。そうなんだよね! 私も比企谷先輩の意見に同意しちゃいますっ。アグリーーー!

 確かに雪ノ下先輩の戦力は、ギレン・ザビも裸足で逃げ出しちゃうくらい圧倒的なんだろう。

 

 でもさ? この半月の間、あんた超頑張ってたじゃん。休み時間も昼休みも書類とにらめっこしてたし、たまに「おいおい、コイツ業者かよ。JKやめちゃったのん?」と思わしき電話を掛けてる時だってあった。

 あれだよね。いま私が着飾ってるこのレンタル衣装だって、いま私の視界いっぱいに広がってるキラキラな景色を創り出す為の小道具一式だって、関係各所への窓口とかは全部責任者であるいろはが務めてたんだよね。

 それもこれも全部含めて、あんたの友達は一番近くで見てたんだよ? わたしはなんにもしてません、なんて弱気な妄言、比企谷先輩だけじゃなくて、私だって言わせてやんないよ?

 

 

 すると、そんな比企谷先輩からの思いがけない思いやりの言葉に、ちょっとびっくりして目をぱちくりしたいろはではありますが、その表情は次の瞬間とても優しい微笑みへと変わり、次第にいやらしくニマァっと変化してゆく。

 

「………ふっふっふ、やだー、先輩のくせにちゃんと分かってるじゃないですかー? そーなんですよぉ。雪乃先輩が凄すぎて全っ然目立たなかったんですけど、実はわたしもこの半月の間、ちょーーー頑張ってたんですよー!」

 

 手のひら! 手のひら返し早いな!

 先ほどまでの寂しげな笑顔はなんだったのか!? ってくらい途端にきゃるん☆と笑顔をはじけさせ、急に自身の功績と努力を褒め称え始める我が友人。こいつすげぇぜ。

 

「お、おう、そうか」

 

 そんなあまりの早変わりっぷりに、比企谷先輩はヒクッとドン引きである。

 

 そして軽く引き気味な先輩を見咎めたいろはは、その表情をまたも変化させた。

 

「そうですよ。まだまだ頼りないかもしれないですけど、わたしも意外と頑張ってるんですよ? 今回は結果的に雪乃先輩頼みになっちゃいましたけど、もう先輩なんかに頼んなくったって、わたし達だけだってなんとかなるんです」

 

「……知ってるっつの」

 

 笑顔のままではあるものの、とても真剣な目を真っ直ぐ向けて語り始めたいろはの弁に、比企谷先輩は異を唱える事なんかしない。

 アホか、そんなの当たり前の事だろ……と、あっさりといろはの頑張りと実力を認めた。

 

 そんな先輩を見たいろはは満足そうに頷くと、ここからが本題だとばかりに、ゆっくりとこんな言葉を投げ掛けるのだった。

 

 

「……どうです? これでもまだわたしを妹扱いして、まだそんな可愛い妹に頼られて嬉しそうにしちゃいます?」

 

 

 ……は? なんでこの話の流れの中で急に妹? なんか唐突すぎて、なにを言ってんのか理解が追い付かないです。

 あれかな? 二人は兄妹プレイでもしてるのん? 私の与り知らないところで、比企谷先輩はいろはに「お兄ちゃん♪」と呼んでもらいたい願望と欲望でも告白したのかな? この変態め!

 ……ま、まぁ赤ちゃんプレイよりはいくらかマシよね! ばぶー。

 

「……別にお前を妹扱いなんかした事ねぇよ。……ま、なんだ」

 

 しかし比企谷先輩からの神妙な返しを見た瞬間理解した。これは、どうやらそんな卑猥でけしからん内容のお話ではないのだと。

 ……ないのだと。じゃねーよ。卑猥でけしからんのは私の頭ん中だけだよ!

 

「……昼に言われた時も思ったんだけどな──」

 

 なんとも言いづらそうに視線をあっちゃこっちゃに泳がせ、ポッと頬を赤らめる比企谷先輩ちょっちキモい。

 そんなにキモく恥ずかしがってまで、これからそんなに恥ずかしいことでも言うのかしらん。

 

「……俺なんかより一枚も二枚も上手な最強の後輩様を、妹と思って頼られたがるなんて、それこそ俺にはおこがましいっての」

 

 うひゃ! 聞いてるこっちが恥ずかちぃ!

 ぷぷっ、聞きました奥さん!? 最強の後輩様ですってよ! 比企谷先輩ってば、アレたぶん元中二の血が騒いでるわね。早くその疼く右腕を鎮めて!

 

 

 ……と、おちゃらけるのもここまでにしておこう。

 そういえばさっきもいろは言ってたっけ。

 

『もう先輩なんかに頼んなくったって、わたし達だけだってなんとかなるんです』

 

 って。

 

 私はちょっと勘違いしてたのかもしんない。

 いろはは、雪ノ下先輩や結衣先輩には絶対に真似出来ない、いろはだけにしか行使できないセールスポイントを、これでもかって活用するつもりなのかと思ってた。先輩に頼って頼って頼りまくって、先輩に甘える可愛い後輩なわ・た・し♪を“自分の持ち得る最大の戦力”にする気なんだと思ってた。

 それこそ、先輩が猫っ可愛がりするらしいっていう妹さんのポジションを狙ってでも。

 

 でもそれはどうやら違ってたみたい。いろははもうその先を見てたんだ。『頼られる満足と庇護欲』の目を自分に向けてもらいたいんじゃない。先輩に向けてもらいたいのは、『いつまでも頼ってくるばかりではない、独り立ちした一人の女の子』っていう信頼の目。

 

 だからあんた、無理を押し通してまで比企谷先輩に手伝わせようとしなかったんだね。一応相談はしたけれど、協力を得られないのであれば別に構いません。自分たちだけでやります、って。

 あれは別に助けてくれるであろう先輩に甘える為に奉仕部に行ったわけじゃないんだね。あくまでも、これから一生懸命頑張る自分をアピールする為に行ったんだ。

 たまに真剣な目をこれでもかってほど輝かせて言ってたもんね。本物が欲しいんだ、って。甘えたり頼ったりして過保護にされるばかりじゃなくて、対等の関係にならなくちゃ、本物になんて……なれるわけないよね……!

 

 

 

 ひひっ、ま、大体〜? 女の子にとって、好きな異性から妹扱いされるなんてのは問題外だしね!

 あんたらん中で一体どんな話の流れで『妹扱い』なんてテーマが持ち上がったのかは分かんないよ? これが私と比企谷先輩だったら、お兄ちゃんだけど愛さえあればいーや的なのとか、妹さえ居ればいいんじゃね? 的な話題からの流れで、いくらでもソッチ方面へ話が行っちゃうけど☆

 

 でもソッチ系の話をしたって事もないだろうし、最近のいろはの様子を見る限り、多分この子溜まってたんだろうなぁ……。身内に甘々な比企谷先輩に取り入る為に、頼って甘えて世話を焼かれてきてはみたものの、ふと気付いちゃったのかもしんない。比企谷先輩のその過保護っぷりを。

 あれ? この甘やかしっぷりは、女を見る目じゃなくて妹を見る目じゃね? これじゃ奉仕部の二人だけじゃなくて、わたしまでぬるま湯に浸からされちゃわね? って。

 

 じゃあいろはが「わたしは先輩の妹じゃないんですからね」と不満を漏らしたって仕方ない。だって恋する乙女にとって、愛しい男に妹扱いされる存在である事を容認出来るわけないもんね!

 ……などと、ろくな恋した経験もないケツの青い乙女(笑)が、まるで恋愛マスターでも気取るかのようになんか言ってますよ?

 

 

『失敗するとしても、次の一手のための布石を打たないと』

 

『今始めれば間に合うかもしれないから』

 

 

 いろはは、私達に向かってもあの人達に向かってもそう言っていた。

 

 つまりはそういう事なんだよね。今始めれば、自分もまだ間に合うかもしれないって……三人の中に割り込める余地が残されてるかもしれないって……諦めるにはまだ早いんだって……、本気でそう思ったからこそ、あんたは行動を始めたんだよね?

 恋にしろ仕事にしろ、いろはは諦めるのをやめたんだ。あの三人の関係に呆れたり怒ったり諦めかけたり、三人の応援に回ろうかと考えたりもしたけれど、それはもうやめたんだ。あの子は全力でぶつかって、自分を認めてもらいたいって決めたんだ。

 だから、今始めれば間に合うかもしれない……、なんだ。

 

 

「ふふ、そですか」

 

 比企谷先輩の、「最強の後輩様を妹扱いなんかできねーよ」などと言うちょっと恥ずかしめな否定の言葉に、最初はぽけ〜っと惚けていたいろはだけど、次第にほんのりと頬に朱色を彩りはじめたいろはは、満足そうに柔らかい笑みを浮かべ、こくこくと何度か頷くとぽしょりとそう呟いた。

 

「えへへ、そうですよ先輩。先輩ごときがわたしを妹扱いしようだなんて、ちょっとチョーシこきすぎです。これからはわたしの事を、一人の可愛い女の子として崇め奉ってください」

 

 いやなんでだよ……

 

「いやなんでだよ……」

 

 突然舞い降りてきた絶対神のごとき不遜ないろはす神の言動に、比企谷先輩と私が驚異のシンクロ率を記録する。

 この流れで急に新興宗教の教祖みたいなこと言いだされたら、そりゃツッコみモノローガーな私と比企谷先輩は即座にツッコんじゃうってなもんよ!

 

 でも、崇めろだの奉れだのという不遜なお言葉は、本当は一番伝えたい言葉をこっそり隠す為の、照れ隠しのお茶目なベールなんだろう。

 あんたが伝えたかったのは本当はただ一点。そう、わたしを一人の女の子として見てくださいね、っていうコレ一点のみ!

 

 恋する乙女の真意に気付き、超絶キモくニヤニヤしちゃった顔を人に見られないよう、両手で頬っぺをぐにぐにしている私を余所に、相も変わらずうんざりと表情を引きつらせている先輩を見て、いろはは満足そうにむふーっと微笑えむ。

 満足したからこそ浮かべる事が出来たのであろうその清々しいまでの小悪魔スマイルは、この話題はここまで! と、この話題の打ち切りを宣言するかのような空気を纏っている。

 この少女が次にこの話題の先へと踏み込もうとする時……、それは、もしかしたらいろはの覚悟の時なのかもしれないね。

 だからこその、ここはひとまずのお話の打ち切りなのである。

 

「にしてもアレですよねー」

 

 そんな私の予想を肯定するかのように、周囲をぐるりと見渡したいろははさくっと話題の転換を計る一言を告げた。

 

「あん?」

 

「せっかくここまで舞台揃えたんだから、どうせならダンスシーンだけじゃなくてプロム全体のPVも撮っちゃえば良かったかもですねー」

 

 何様ですか? 神様ですね分かります、な態度からの突然の話題転換に呆気にとられる比企谷先輩を置き去りに、いろははとっとと次の話題へと突き進む。

 ごめんなさいねー、比企谷先輩。ウチのいろはがゴーイングマイウェイで。でもウチのいろはってば、そうなったらもう聞かないんすよぉ。

 

 ついさっきまで不機嫌そうにぷくっと膨らんでいたかと思えば、嬉しい言葉を掛けられた次の瞬間にはにこぱっと笑顔になる。

 とっても甘くてピリリと激辛スパイシー、ちょっぴりずるくてどこまでも真っ直ぐな、正に女心と秋の空を体現したかのようなこの女は、さっきの話題の続きは今するべきではないと判断したのなら、なにがなんでもそのお話はお仕舞いってヤツなのです。

 

「……はぁ。……ん? 全体もなにも、プロムなんかダンス踊ってうぇいうぇいしてりゃ完了なんじゃねーの?」

 

 そして厄介で可愛いこの後輩との付き合いをそこそこに済ませているこの先輩も、そんないろはの取り扱いは十二分にご存知のようで、やれやれ、と軽〜く溜め息を吐いたあとは、どうやらそのままいろはの話題転換に付き合ってくれるようですね。

 

 こうして真面目な会話に一区切りつけて、ふと思いついたままに軽い雑談を交わし始めたという事は、統計的に見ても今宵の八色夫婦漫才も残すところあと僅か、終幕へ向けてまったりと続いていくだけなのだろう。

 結局なんでいろはがプロムにこだわるのかは謎のままではあったけど、あとは終幕に向けて進むだけのこのアホらしき極上のやりとりを、優秀な語りべたる私は軽いツッコみなどを華麗に挟みつつ、ラストシーンまで優しく見守ってゆきましょうか♪

 

 

「はぁ〜……違いますから。プロムというのはうぇいうぇいダンスだけをプロムって言うんじゃなくって、イベントの構成きっちりこなしてこそプロムです。ほら、さっき生徒会室で進行計画表見せたじゃないですか。例えばー……ド派手な乾杯やったりー、生のロックバンドが乱入したりー──」

 

「……ああ、あれか……、あと公開告白イベントとかいう処刑法とかだっけか」

 

 そうそうそれそれ! プロムなんてダンスだけしてりゃいいのに、なんで公開告白なんていう地獄の沙汰みたいなイベントを挟んじゃうんでしょ。

 ノリノリの時に大勢の前で告白するとか、アレって断り辛そうで超卑怯よね! なんで好きでもない異性から突然告られて、断ったら「ノリわっるー!」みたいな目で見られなきゃならないのん?

 

「ですです。なんだ先輩ちゃんと覚えてるじゃないですか。にしても他のは全っ然覚えてなかったくせに、なに公開告白だけは覚えてるんですかね、この人。……はっ!? もしかして今口説いてますか告白なんて言葉を敢えて口にする事によりわたしに告白を意識させといて自然な流れで今ここで公開告白するつもりですかそれはとても魅力的な提案ではありますがまだちょっと早いんで焦らないでくださいごめんなさい」

 

「……いやなんでだよ」

 

 と、いつものように一切告白してないのに、なぜか一方的にフラれるという日本古来の伝統芸を披露する二人を見て苦笑を浮かべていた私の脳に、ぴかりんっと閃きが舞い降りた。

 

 

 ──ん? 公開告白……?

 

 

 

 ま、まさか! もしかしてあんたまさか!?

 ……あんたまさか、来年のプロムで、比企谷先輩に公開告白する気なんじゃ……?

 

 

 いろはがなんで今年の開催にこだわっていたのかはなんとなく分かってた。それは、あくまでも来年“必ず”開催する為の布石だからだ。

 こんな急ごしらえな計画でも今年開催出来れば……、いや、よしんば今年開催には踏み切れなかったとしても、その経験と努力、そして『生徒会が開催の為に行動を起こした』という記録と記憶は、きっと来年の開催に実を結ぶから。

 絶対に……確実に来年開催する為の今年。だから『今やれば間に合う』なんだ。

 

 でも、それがなんでプロムなのかは分からないままだった。こんなチャラくてしゃらくさいイベントにこだわらなければ、もっと簡単に生徒会主催イベントとして実行出来たろうに、なんでプロムなんだろう? って、ずっと思ってた。

 ……でもまさかとは思うけど、それって……公開告白が目的だったりすんの……? んなアホな。

 

 そう。確かにアホ極まりない。アホの坂田くらいアホである。

 だからアホすぎてそれがいろはの目的である! と断言は出来ないけれど、残念ながら私の友達って、結構アホなんだよなぁ。

 

 いろはは再三キレていた。奉仕部のぬるま湯状態がムカつく、と。張り合うのもバカらしい、と。

 それを踏まえたら、あの二人の前で……それどころか、告白とかの雰囲気から逃げだしちゃいそうな比企谷先輩を、逃げられないように大衆の前でガッチリ固めた、覆りようのない公開告白というのは、存外悪いモノではないかもしんない。

 それは明らかな宣戦布告。奉仕部三人に決闘状を叩きつけるにはもってこいの行為。

 

 正直来年の今ごろ、あの三人がどうなってるのかは分からない。

 

 もしかしたら、比企谷先輩がどちらかとくっついて、どちらかが一人ぼっちになってるかもしれない。

 もしかしたら二人の行く末を恐れるあまり、比企谷先輩が一人で逃げ出しているかもしれない。

 もしかしたら、三人で居る心地よさが壊れる事を恐れて、三人共が見てみぬフリをしたままだったり、三人共がバラバラになっている未来だってあるかもしれない。

 

 そんな色々な可能性のどれに対したって、いろはからの突然の公開告白はとんでもない宣戦布告になり得る一撃となるだろう。

 もし誰かと結ばれていようとも、「わたしは諦めません」と宣言する会心の一撃となり、比企谷先輩が二人の想いから逃げ出していたり、三人ともが三人の状況から逃げ出して、ぬるま湯のまま三人で居たままだったりバラバラになっていたとしても、比企谷先輩を……雪ノ下先輩を……由比ヶ浜先輩を挑発する、痛恨の一撃となる。

 

 

 ──なんてこった……。いろはが再三言っていた『次の為の布石』『今始めれば間に合う』ってのは、こんなトコに繋がってたのかぁ……

 

 もちろんこれは私の単なる想像であり妄想である。

 そもそも謝恩会代わりのイベントであり、あくまでも卒業生が主役でなくてはならない卒業生の為のイベントで、在校生であるいろはが主役を奪ってしまっては、会自体が失敗となりかねない。そんな暴挙、普通に考えたら会の責任者がするわけがないのだ。

 

 だからこれはあくまでも私の想像前提という事で考えますけどもぉ………………うわぁ、こいつってば超やりそう(白目)

 むしろ、卒業式の送辞でやらかすという超王道的イベントよりは立場上のリスクがよっぽど少ないし、……うわぁ、こいつってば超やりそう(白目)

 

 そしたら下手したらアレじゃん。いろはに挑発された二人からちょっと待ったコールが掛かっちゃうかもしんないよ?

 いろはと雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩から同じ男への公開告白とか、それはもう体育館内は阿鼻叫喚の地獄絵図じゃないですか……! ひぇぇ……!

 

「なぁ一色、一旦締めた方がいーんじゃねぇの? 一部のエキストラ連中が時間持て余して、また勝手に踊りだしたりしちゃってんぞ」

 

「え、マジですか」

 

 おっと、いつまでも盗み聞きと妄想を楽しんでる場合じゃなかったYO! 来ちゃうかもしれない恐ろしい未来に冷や汗をダラダラ流して放心していると、どうやらいつの間にかさっきまで思い思いに写真撮影とかしてたうぇーい勢が、解散の号令が掛からないのをいいことに、自分らのスマホで勝手にダンスナンバーを掛けて、うぇいうぇいと踊りはじめていやがる。

 ふむ、どうやら本日の家政婦業務はここまでかな? だって、早く解散しないとちょっちヤバ〜い雰囲気じゃない? あれ。

 

「……ああいうノリだけで生きてるような連中は、責任者が制御しないとどこまでも調子に乗ってくぞ」

 

 そうなのよ! なんか一部ではちょっとイケナイ雰囲気に突入しちゃいそうな勢い。

 ノリだけで生きてるチャラい性欲の獣と、まだ純粋で、でも実は男に興味津々なのであろう根がスケベ☆な女の子が意気投合しちゃった時の危険度は異常。

 あいつら勝手にお熱いチークタイムとか楽しんじゃってるよぅ! ……ケッ、もれなく爆発しやがれ。

 

「ですねー……」

 

 さすがのいろはもこれには引き気味である。

 こういう勝手な破廉恥行為を勝手にSNSに上げちゃう輩が居たりすると、なんかこうね、わたくし達PTAとしましては、こういう行為を学校側が容認してしまうのはいかがなものかと思うザァマス! とかいうスネちゃまママンみたいのが出てきちゃうかもしんないよー?

 

「じゃ、そろそろ締めますか。解散してもらったあと、まだここの撤収作業も残ってますしねー」

 

 ふむ。やはり本日の私のお役目はここまでのようだ! 誠に残念ではありますが、あとは解散の号令を待つのみである。

 

「あ、でもー……」

 

 と思ったのも束の間……どころかほんの一瞬の出来事だったぜ。

 どうせろくでもない事に決まってるけど、いろははそんな勝手なダンサー達を呆れ眼で眺めた直後、何を思いついたのか頭上にぴこーんと豆電球を浮かべ、ニヤァっといやらしく口角を上げた。

 

「ふふふ、どーです先輩、こんなに素敵なプロムクイーンが目の前にいる事ですし、せっかくなんで一曲踊っちゃいます? 丁度だんしんくいーんが掛かってますし♪」

 

 え、なんだって?

 

「……は?」

 

 な、なんとここでまさかのクイーンからのお誘いである。

 あんた実はどんだけ踊りたかったんだよ! と、全力でツッコミたい衝動に駆られるのを堪える顔と、ぶふって噴き出しそうになるのを堪えるのに必死な私の相反する顔が、とんでもなく面白いレベルに達してますね。

 

 しかしこの場において、私の顔芸などはどうでもいい些末なこと。後ろで変顔を晒しているモブなどは置き去りに、困惑の比企谷先輩へのいろはからの熱烈なシャルウィーダンスは、緊張と羞恥で赤くなってしまった彼の首が縦に振られるまでどこまでも続いていくのであった。

 

「先輩がプロムキングになる事なんてあり得ませんし、クイーンと踊れるチャンスなんて二度と来ないですよ?」

 

「いやいいから」

 

「ほらほら、みんな踊ってますし、誰も見てないですってば」

 

「マジで勘弁してくれ……」

 

「むー、なんでですかー、踊りましょうよー」

 

 しかしどこまでもいいお返事を得られないいろはの頬がぷっくりと膨れ上がり、ついには先輩の袖を両手でむんずと掴んでダンスホールのど真ん中へぐいぐい引っ張っていこうと足掻く彼女。

 片や、絶対行ってはなるものかと、ジタバタと必死に藻掻く彼。

 

 本日の夫婦漫才を締めくくるそんなふたつの背中を眺めながら、呆れ混じりの苦笑を浮かべる私 家堀香織は思うのだ。

 

 

 比企谷先輩? ウチのプロムクイーンは、そうなっちゃったら頑として譲りませんよ?

 そう、それは別に今宵のダンスパートナーへのお誘いだけの問題じゃなくて、これからのことも全部含めて、ね♪

 

 一色いろはは最強の後輩様だって?

 ちっちっちっ、甘い、甘過ぎる! 十万石まんじゅうくらい甘過ぎなのよ、比企谷先輩は。あなたが認識してるいろはの最強さ加減なんて、ホントのあの子の最強っぷりに比べたら、まだまだ可愛いもんなのよ。

 ウチのプロムクイーンが覚悟を決めたのならば、あなたも今のうちから十分に覚悟しておく事をオススメしますよ?

 

 

 

 

 比企谷先輩は認識を改めるべきだ。あれこそは、世界最強の私の友達・一色いろはなるぞ☆

 

 

 

おしまいっ

 

 





本当はこのあとプロム開催が危機に見舞われるイベントが発生するんですけどねー。
でもそれは我らが香織さんの与り知らないところで起きますし、シリアスイベントのまま次回に引っ張っても、次がいつ更新出来るのかは神(原作者様)にしか分からないので、このお話はここまでという事で!


というわけで、この『あざとくない件』も、今回も遂に完結を迎える事が出来ました!完結なのに「今回も」ってなんだよ。

ホンっトに久し振りに香織視点での八色夫婦漫才を書いてみたら、2人のやりとりと香織のツッコミだけで1万字超えるというね(白目)
そして私的には、この新刊で唐突に出てきたなんの脈絡もないプロム話(別にプロムである必要とかないですしねー)は、原作本文の中でちょこっとだけ触れた『公開告白』こそが目当てかなー?なんて妄想しながら書いてみましたが、楽しんでいただけましたでしょうか♪


それでは今回こそ……今回こそ!これにてあざとくない件の完結となります!(フラグ)


俺ガイルの次巻は十三・十四巻同時発売という噂らしいので、二年三ヶ月待たされた事を踏まえると単純計算で次は四年五ヶ月後ですね☆
ではでは皆様、また四年後にお会いしましょうノシ




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