【TS】ソードアート・オンライン - ブラッキーの秘密 - 作:みいけ
主街区《マウンジ》に取った宿に戻った少年はメニューウインドウを開き、装備フィギュアを操作した。
防具と腰の愛剣を外し、部屋着に着替える。少し硬めのベッドに座ると、ふぅ、と一息ついた。そのまま仰向けに倒れると、背中にお情け程度の反発が返ってきた。
時刻は午後七時五十分。部屋の中は静寂に包まれている。
「……そういえば最近、アイツどうしてるかな」
木造家屋の天井をぼーっと眺めながら、ふと思い出す。彼が言うアイツとは、少し前の層まで行動を共にしていた全身真っ黒なソロプレイヤーの少年のことだ。
とある事情によってソロにならざるを得なかった彼とは、今まで何かとパーティーを組むことが多かった。出逢いこそあまり良いものではなかったが、今では弟みたいだなくらいには思うような仲だ。
もっとも、それはこちらからの一方的な印象ではあるが。決して仲が悪い訳ではないと思うが、はっきり言うと掴み所が無いような少年なのだ。
「……ま、そうそうやられるようなやつじゃないし。心配するだけ無駄、か」
口ではそう言いつつも、頭の中では記憶が
彼──アスカが、この世界で生きる意味を見つけるきっかけとなった、僅か三ヶ月前のあの日々を。
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2022年12月
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1.
「さっきのは、オーバーキルすぎるよ」
最初にアスカが聞いたのは、そんな言葉だった。
つい先程まで、アスカはこの迷宮区にポップするレベル6亜人型モンスター《ルインコボルド・トルーパー》と戦っていた。およそ余裕のある戦闘だとは言えなかったが、なんとか無傷で勝利してひとまず安堵していたところだ。だと言うのに、何の前触れもなく声を掛けられた。
親切な忠告だろうとは思うが、字面だけ見れば難癖をつけるような言葉を、だ。
用語の意味が分からない。その意思を伝えるように視線で問い返すと、その声の主の黒
「……えと、オーバーキルっていうのは……モンスターの残りHP量に対して、与えるダメージが過剰だって意味、だ。さっきのコボルドは、二発目の《リニアー》でもうほとんどニアデス……じゃなくて、瀕死だった。HPゲージはあと二、三ドットだった、ぜ。とどめはソードスキルじゃなくても、軽い通常技で充分だったはずだ」
背丈と少し高めのアルトボイスから察するに、年は十一か十二といったところだろうか。どうやら声変わりもまだ来ていない、自分よりも年下の少年のようだ、とアスカは判断した。年上の相手に話しかけるのが緊張するのか、所々たどたどしいタメ口を無理して使っている感じだ。
しかしアスカは、冷たい口調で問い返す。
「…………過剰で、何か問題でもあるのか」
「…………オーバーキルしても、システム的なデメリットやペナルティはないけど……効率が悪いよ。ソードスキルは集中力を要求されるから、連発しすぎると精神的な消耗が早くなる。帰り道だってあるんだし、なるべく疲れない戦い方をしたほうがいい」
「…………、帰り道?」
咄嗟には意味がわからず、思わずまたも問い返してしまった。
そう、アスカには帰る気など無いようなものだったのだから。
「うん。この辺りからはダンジョンを出るだけでも一時間近くかかるし、そこから最寄りの町までは急いでも三十分。疲れてるとミスも増える。見たとこ君はソロみたいだし、一人だとどんな小さなミスも命取りになりかねない」
年下の少年に君呼ばわりされることにある種の新鮮な印象を受けながらも、アスカは答えた。
「……それなら、問題ない。僕、帰らないから」
「え?……か、帰らないって、町に?だって……ポーションの補給とか、装備の修理とか、睡眠も……ごはんだって……」
唖然と問い返した黒頭巾に、アスカはごく小さく頷いてみせた。
「ダメージを受けなければ薬は要らない。剣は同じものを五本買ってきた。……休憩は近くの安全地帯で取ってるし、
平然とは言えないものの、どうでも良さげな口調で言うと、黒頭巾は絶句した。そして、おそるおそるといった感じで訊ねる。
「…………何時間、続けているの?」
「三日……か、四日。……もう、いいか?そろそろこの辺の怪物が復活してるから、僕、行くよ」
左手を壁につきながらよろよろと歩いていくアスカを見かねてか、黒頭巾は言う。
「…………そんな無茶な戦い方してたら、死ぬよ」
その言葉に、アスカはピタリと歩みを止めてゆっくりと振り向いた。ヘイゼルの瞳が黒頭巾を
「…………どうせ、みんな死ぬんだ」
肌寒い迷宮の空気が、より一層冷たくなった。
「たった一ヶ月で、二千人も死んだ。でもまだ、最初のフロアすら突破されていない。……不可能だ、第百層クリアなんて。どこでどんなふうに死のうと、早いか……遅いかだけの、違い…………」
と、そこまで言ったところで。
止めどなく流れていた言葉が揺らぎ、途切れた。
アスカが最後に見ていたのは迫ってくる地面だった。
ドサリ、という音が響く。
「
2.
気づいた時には既にダンジョンの中ではなかった。アスカは思う。
(どうして僕はこんなところに────?)
起き上がって周りを見渡すと、どうやらここが森の近くにある空き地だということが分かった。そして、自分が何故迷宮の奥ではなくこんなところで寝ていたのかという問の答えは、少し離れたところに生えている樹の根本にいた。
ひときわ立派なそれの陰に隠れるように、小さくうずくまる黒い影。その身長に不釣り合いなやや大ぶりな片手剣を両腕で抱え、その鞘に頭を預けるようにして
おそらく彼が自分をここまで移動させたのだろうが、手段は謎だ。
謎ではあるが、何はともあれ────
「余計な……ことを」
その声に反応してか、木陰の黒頭巾が頭をのそりと上げた。深く被ったフードで顔は見えないが、アスカを見ているのは間違いない。
そこで、もう一度同じ言葉を投げ掛けた。
「余計なことをしてくれたな」
一瞬たじろいだ黒頭巾だったがすぐに持ち直したようで、負けじと応じてきた。
「別に、君を助けた訳じゃないさ。……どこで有終の美を飾ろうと勝手だけど、マップデータが惜しかったからさ」
「…………、」
今までにも、たまに何人かのプレイヤーと迷宮の中で出くわすことはあった。しかし、その誰もが「非常時なんだから協力しろ」だの、「命は大事にしろ」だの、現状を冷静に把握していないような感情論を持ち出してきた。
けれど、この目の前のプレイヤーは。
合理性と効率に基づいた物言いに、アスカは何も反論することができなかった。
できなかったが、黙ったままというのも癪なので、せめてふてぶてしい態度で応じてやることにした。最近ようやく慣れ始めた手つきで、メインウインドウを開く。そのままいくつかの操作をして、マップデータを羊皮紙アイテムにコピーし、オブジェクト化した
「……なら、さっさと持っていくといい。それで君の目的は達したろ。僕はもう行く」
立ち上がり、これで二度とこいつと顔を合わせることもないだろうなと思いながら(黒頭巾の顔は見てないが)、迷宮区に戻るべく一歩踏み出したところで。
「待ちなよ、フェンサーさん」
「……」
無視して数歩進んだが、続いた言葉がアスカの足を止めさせた。
「君も、この世界から抜け出したいんだろ?
「……会議?」
背中を向けたまま呟くと、語調を改めた
「今日の夕方《トールバーナ》の町で、一回目の《第一層フロアボス攻略会議》が開かれるんだってさ」
「──そろそろ行こうぜ、第二層に」
3.
《トールバーナ》に入ると、黒頭巾は至極事務的な言葉を掛けてきた。
「会議は町の中央広場で、午後四時からだってさ」
「…………」
無言で頷いてみせると、黒頭巾はそれ以上アスカに何を言うでもなく人混みに紛れてどこかへ行ってしまった。
現地集合ということだろうが、他人との馴れ合いなど今のアスカには好むべきものではなかったので、ちょうどよかった。
今この電子の牢獄に囚われている約八千人の共通目的は、この世界からの脱出──つまり、ゲームクリア。とても可能だとは未だに思ってなどいないが、何もしないよりはずっとマシだ。言うなれば、《会議》に行くのも利害関係の一致から思い立ったことだった。
「ヨ、久しぶりだナ。気になるカ?」
と、不意に掛けられた言葉に反応し、振り向きながら視線をやや下に向けてみると、予想通りの人物がいた。
「……、情報屋さん」
「随分がんばってるそうじゃないカ。迷宮区で朝から晩までモンスターを狩り続けるイケメン
情報屋、鼠のアルゴ。
彼女とは《西の森》で二週間ほど前に知り合った。
『隠しログアウトスポット』なる噂に導かれて西の森の奥深くにある洞窟に向かったアスカだったが、適正レベル3のそこへレベル1のアスカが赴けばどうなったかはお察しの通りだ。
洞窟のハイレベルモンスターに一撃浴びせられ、《
もはやここまでか、と覚悟をしたその時。
唐突に現れた二人のプレイヤーがそのモンスターを瞬く間に葬り、アスカを助けたのだった。
残念ながら、そのうちの一人はモンスターを倒すなりさっさとどこかへ行ってしまったので、誰だったのかは今も分からないままだが、残ったもう一人がアルゴだったという訳だ。
アスカが迷宮区で戦闘していたのも、その時に彼女から色々と教えてもらったことに起因する。
背丈こそアスカよりも一回り小さいが、どうやら年上らしいアルゴに彼は敬語で応じる。
「……、やめてください。それと、違いますからね」
正直、アスカの容姿はかなり整っている。モデルだと言っても差し支えないほどだ。
現実でも、女子たちに言い寄られる経験からその事は自覚しているアスカだったが、他人に直接そう言われるのはどこか気恥ずかしいものがある。物分かりが良い分、苦労も多い。
「はいはいワカッタワカッタもう言わなイ。で、何が違うんダ?」
「アイツのことです。たまたま《攻略会議》のことを教えてもらっただけで、コンビとか友達とかそういうものではありません。馴れ合いなんてごめんです」
「?…………ああ、そゆコト。いいネタどうモ」
「……?」
ニシシ、と笑う情報屋を不思議そうに見ていたが、ふと思う。
「って、アイツのこと知ってるんですか?」
「ほウ」
と、いきなりニヤニヤし出したアルゴは、とんでもないことを口にした。
「気になるあの子の
「は、はぁ?何故そうなるのかわからないんですけど」
「オレっちとしては、対価を頂ければ提供するに
確かに、あの黒頭巾のことは気にはなる。フードの下の素顔や、目の前の情報屋とどのようなつながりがあるのか、そして自分のことを移動させた手段などなど。
「……ただシ」
と、そこでアルゴは付け足した。
「キミがあの子の情報を買ったら、その事実自体がオレっちの新たな商品になっちゃうけどナ」
「……結構です。別にあんな奴、興味ありませんから」
ここで件の黒頭巾の情報を買ったりなどした時には、まるで自分が彼のことを知りたくてたまらないみたいではないか。そう思って、アスカは話を切り上げてしまおうとした。しかし。
「そうカ。そりゃ良かっタ」
「……?」
先に向こうから話を終わらされてしまった。それに、先に彼の話を振っておいてのあの言葉は、少々不自然な印象をアスカに与えた。
「なんだったんだ……?」
人混みに紛れて行く情報屋を見ながら、アスカは一人呟いた。
4.
アスカが三日、あるいは四日ぶりの食事に選んだのは、NPCベーカリーの売り場で最も安価な黒パン一つと、町のあちこちにある泉で好きなだけ
現実世界でも食事を楽しいと感じたことは数少ないが、この世界のそれは更に
この
噴水の近くにある広場の片隅に設置されたベンチで目立たないように食事をしていると、またも急に声を掛けられた。
「けっこうおいしいよね、それ」
癪ではあるが、どちらかというと耳に心地よい少し高めのアルトボイス。
自分は気配を察するのが下手なのか、はたまた話し掛ける人物の存在感が薄いのかと思いながら顔をあげると、やはり予想通りの人物がいた。相変わらず深く被ったフード、背中には所有者の身長とは不釣り合いなやや大ぶりの片手剣。
そして、両頬が妙に熱くなるのを感じた。理由は明確。
さっき助けられた時には死んで本望ぐらいのことを言っておきながら、生還するやいなやこうして食事をしているところを見られたのだ。
一コルの割には大きい黒パンは、既に半分ほど食べ終わっている。半月型のそれを両手に保持したまま無様に固まっていると、黒頭巾は小さく咳払いしてから、ぼそりと言った。
「隣、座ってもいいか?」
普段ならば無言でベンチを離れて、振り向くことなく去っていくシチュエーションだが、今はどうしてか反応出来なかった。アスカの無言を肯定の意味で解釈したのか、黒頭巾はベンチの反対側に最大限距離を取って腰を下ろした。ポケットに手を突っ込んで何を出すのかと思えば、こちらも食事をするらしい、黒パンが出てきた。
それを見てアスカは唖然とした。この黒頭巾の実力や装備のレベルを考えれば、レストランでまともなコースメニューを注文してもびくともしないほどの金額を稼いでいるはずだ。となると、この黒頭巾は超のつく倹約家か、それとも──
「……本気で、
ほとんど無意識でそう訊ねると、黒頭巾は僅かな間をおいてから、深く頷いた。
「もちろん。この町に来てから、一日一回は食べてるよ。……まぁ、ちょっと工夫はするけどね」
「工夫……?」
意味が解らずに首を傾げていると、黒頭巾は言葉ではなく行動で示した。今度は反対側のポケットに手を入れると、小さな素焼きのツボを取り出した。そのままコトンとベンチの真ん中に置き、言う。
「そのパンに使ってみて」
パンに使う、とはすなわちパンに塗ることだと理解したアスカは、おそるおそると右手を伸ばし、指先でツボの蓋をタップした。浮き上がったポップアップ・メニューから《使用》を選ぶと、指先が仄かに光る。《対象指定モード》と呼ばれるその状態で、左手に持った食べかけの黒パンに触れた。
すると、かすかな効果音と共に、パンの片面が白く染まった。たっぷり、というよりもゴッテリと盛られたそれは、どう見ても──
「……クリーム?どこでこんなものを……?」
「いっこ前の村で受けられる、《逆襲の雌牛》ってクエストの報酬だよ。クリアに時間がかかるから、やる人はあんまり居ないんだけどね」
真面目にそう答えた黒頭巾は、慣れた手つきで自分も《ツボをパンに使用》した。それで容量が使い切られたのか、ツボは小さな音と光を放ちながら消散した。
これもまたゴッテリとクリームが盛られた黒パンを、
「んぐんぐ…………おいしー」
と勢いよく
ゴクリと生唾を飲んでパンをかじると────
「……!!!」
(こ、これは────!!!)
なんだこれは。あり得ない。こんな、ただのデータが────
ほどよい甘さに、すっきりと爽やかな酸味が広がる。滑らかな口当たりの田舎風ケーキのようなそれに、アスカはこの世界で初めて''美味しい''と感じた。頬の内側が、きゅうっと痺れるような満足感に打ちのめされる。
(ああ……ゲームのくせに…………)
夢中で二口目、三口目を頬張る。気付けば、そのご馳走は無くなってしまっていた。少し残念な気持ちになっていると、黒頭巾がこちらを見ていることに気が付いた。
「え、と。す、すごいね。……わた、俺のもあげようか…………?」
と、差し出されたパンは、まだ半分ほど残っている。
「な────っ!?」
途端に、今度は体全体が
「い、いや、いい……それ、君の分だろ」
なんとか言葉を出しながら断ると、黒頭巾も少々バツが悪そうに「そっか」とだけ言って、再び無言でパンをかじり始めた。
数分後、黒頭巾がパンを食べ終わるのを見計らって、アスカは言った。
「その……ご馳走様」
「う、うん。どういたしまして」
と、そこで先程のアスカの食いつきぶりを思い出したのか、黒頭巾は続けて言った。
「えと、さっき言った牛クエスト、やるならコツ教えるよ……?」
「…………」
あのクリームは確かに魅力的だ。あれさえあれば、一コルの格安黒パンが一瞬でご馳走に早変わりだ。一日一回は食べたくなるのも納得だ。
しかし、アスカはそれらの誘惑を振り切り、申し出を断った。
「………いや、いい。僕は、美味しいものを食べるためにこの町に来たわけじゃない」
「ふうん……じゃあ、何のためなんだ?」
「僕が……僕でいるため。最初の街の宿屋に閉じこもって、ゆっくりと腐っていくくらいなら、最後の瞬間まで、自分のままでいたい。たとえ怪物に負けて死んでも、このゲーム……この世界には負けたくない」
気付けば、流れるように話していた。それは、疲れたからだろうか?誰かに聞いてもらいたかったから?それとも────隣の黒頭巾に、知らない間にどこか親近感を感じたからだろうか。
いや。
それだけは絶対にない。歳が違えば、育った環境も違う。この黒頭巾に、今まで
アスカは、そう自分に言い聞かせた。今話したのだって、きっと久しぶりに美味しいものを食べて気が緩んだせいだと結論付けた。
アスカの独白を無言で聞いていた黒頭巾は、それが途切れた後も沈黙を貫いた。しかし、およそ数秒後に、小さく、ほんの一言だけ呟いた。
「……、×××××」
しかし、その言葉を聞き取ることはアスカに出来なかった。とにかく短い、平仮名にして三文字程度の言葉だったということは辛うじてわかったが、同時に響いた午後四時を知らせる
「今、なんて────」
「四時だ。……会議が始まる、行こう」
問い返すが、すぐさま立ち上がった黒頭巾は、さっさと歩いて行ってしまった。どこか悲しそうな背中だった。
自分も立ち上がり、黒頭巾の後に続きながら、
(──知りたい)
素直にそう思った。それは今の言葉に対してか。
それとも────
謎めいた年下の少年に対してか。
5.
「……!すごい……こんなに大勢。全滅するかもしれないのに……」
会議が開かれる広場には、既に四十二人のプレイヤーが集まっていた。命をかけて戦おうという人間がこんなにいるなんて────
「マジメだなぁ、フェンサーさんは」
思い描いていた光景とのギャップに良い意味で驚いていると、不躾な声が聞こえた。
「連中が、純粋な自己犠牲精神で集まっていると思ってる?もちろん、そういう奴が一人もいないとは言わないけどさ」
耳に心地よい少し高めのアルトボイスだが、言っていることは
「不安なんだよ。遅れるのが」
「?遅れるって……何から?」
「《最前線》から、さ」
どこか自嘲するような口調で、黒頭巾は続ける。
「確かに死ぬのは怖い。けど、自分の知らないところでボスが倒されるのもやっぱり怖いんだ。俺も含めて、ね」
抗えないゲーマーの
「それって、学年十位から落ちたくないとか、偏差値七十キープしたいとか、そういうのと同じモチベーションか?」
そして、アスカは訊いてから、しまった、と思った。
大して歳が違う訳でもなかろうが、
しかし、目の前の黒頭巾がハテナマークを頭に浮かべる仕草をする、というような事態にはならなかった。特に様子が変わることもなく、肯定の意を示したのだ。
「うーん……、まあ、そんなもんかな……?」
そのような経験が無いようで、実感はあまりこもっていなかったが。
しかし、アスカの心情にはある種の気付きがあった。
(そっか……同じなんだ)
もしも、自分がSAOに囚われていなかったら。
なんとなく有名進学校に受かり。
なんとなくいい大学に入って。
なんとなくいい就職をする────
その後は?……わからない。
今まで親の敷いたレールの上を休まず走り続けてきた。数々の試練を乗り越えてきた。けれど、その先にあるものは?
(考えたこと、なかった)
(ホント)
(──ゲームバカと、
ふ、ふ、と。
その気付きによって微かにもれた笑みを、黒頭巾は驚いたように見ていた。
しかしアスカは気付かない。
(でも、今やることはわかる)
(第一層──必ず突破する。そしていつかは──)
クリアしてやる。
アスカは決意した。
「……あの」
と、そこで急に話しかけられた。一体何度目だろうか。
「え…………な、なに?」
「い、いや。……なんか、急に雰囲気変わったから……」
顔に出ていたのだろうか。そう思うと妙な気恥ずかしさがあったが、アスカはしっかりと返事をした。
「……大したことじゃないさ。けど…………攻略、頑張ろうと思ってね。それだけ」
「…………そっか。うん、頑張って行かなきゃね」
そんなやり取りをしていると、広場に動きがあった。パン、パンと手を叩く音とともに、よく通る声が響いたのだ。
「はーい!それじゃあ、そろそろ始めさせてもらいます!」
このデスゲームが始まって約二ヶ月。
現状打破の時がやって来た。
《第一層フロアボス攻略会議》が、始まる。