【TS】ソードアート・オンライン - ブラッキーの秘密 -   作:みいけ

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今更ながらTwitterのアカウント作りました。2021/12
@ail_sao_tsss
SAOについてだったり、本作についてだったり、そうじゃなかったり、進捗状況についてだったりを呟く予定です。
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第25話「嘘と枕」

…side Kirito…

1.

 

レストランを出た後、オレとアスカはアルゴの案内で件のクエストのNPCがいるという場所まで向かう……その前に、討伐対象のモンスターの首を手土産にするべくフィールドへと出ていた。

 

撤退戦の後は、エギル、ヒースクリフを含む5人パーティを解散したままだったので、再度3人でパーティを組み直した状態だ。

 

会議の後、エギルは商売関係の用事で抜けると言っていたが、ヒースクリフは「野暮用でね」としか言っていなかったのを思い出す。

あの男の強さなら正直25層でも1人で何とかしてしまいそうなので、エギルが抜けたタイミングに乗っかって単独行動に戻りたくなったのかもしれない。

あの男の《野暮用》なんて、たぶん攻略関連の何かしらだとは思うが実際のところは分からない。

 

そんな思考を頭の片隅に追いやりつつ、オレは眼前のオオカミ型モンスターに対峙する。

15層で何匹となく狩った《ポイズンファング・ウルフ》とは異なり毒攻撃はしてこないし、ピンチになっても遠吠えで仲間を呼ぶこともしない。

率直にいうと25層においては弱い部類に入るモンスターだが、俊敏な動きは中々に厄介で攻撃を当てづらい。

 

しかし何度か戦ううちに、討伐は楽になった。

飛びかかり攻撃のプレモーションを見切る事ができれば、空中で仕留めることが可能と分かったのだ。

 

「やっ! はっ!」

 

と、軽めの気合を込めて剣を振るい、クエストで求められた規定の数までオオカミを屠り続けるが、周囲にポップしていた分は全て倒してしまった。

少し離れた所で狩りをしていた2人も同様だったようで、レイピアを鞘に納めるアスカの隣でアルゴがこちらに呼びかけてきた。

 

「オーイ、ちょうど今ので目標いったから引き上げるゾー」

 

存外あっさりとお使い完了となりそうな予感を訝しみつつも、苦労しないで済むならそれでも良い。

聞いた話によると、アルゴが既に完了させたという4回のお使いはいずれも採取クエストで、モンスターの数が比較的少ないエリアで済ませることができたらしい。

 

お使いとNPCとの会話をするだけでボスクエと同じ情報が得られるなら、昨日までアルゴを手伝って遂行してきた高難度の正規ボスクエはなんだったのか……と思わずには居られないが、そちらも佳境に入っているため最後までやり通すのがゲーマーというものだ。

 

正規ボスクエと《大人になった羊飼い》。

2つのソースから情報を得られるならそれでも良いかと納得するほかない。

そんなことを考えつつ、右手で軽く応じて2人のところへ向かっていると。

 

「ん、これ何の匂いだ……?」

 

フィールドに吹いた風が、ふわりと何かの香りを運んできたような気がした。

あまり良い匂いではない、ヘンな匂いだった。

 

「キリト、はやく行くよ」

「あ、あぁ……」

 

アスカに急かされ、オレは慌てて2人を追いかけた。

 

 

***

 

 

敷地内に足を踏み入れると《圏内》の表示が視界の隅で点灯した。

到着したのは、少し開けた場所にある小規模の牧場のような場所だった。

飼育しているのは羊だけのようで、20数匹が牧草を()んでいた。

柵に囲まれた草原を横切り、住居だという小屋に入ると、NPC────牧場主の青年は「やあ、おかえりアルゴ」と穏やかに先頭の情報屋を迎え入れた。

 

青年はアルゴの後ろに続くオレたち2人を見とめると、

「君たちはアルゴの仲間かい? 僕はプセウドス、よろしくね」とこれまた穏やかに対応してくれた。

 

プセウドスと聞いて、変わった名前だと思った。

音の響きからするとまるでギリシャ神話に登場する神々のような感じがするが、生憎とその辺りの知識は朧げなので自信はない。

 

現実世界にいる直葉ならば、神話の類に詳しかったはずなので分かるかも……と考えてから、思い直す。

確かあの子が好きなのは北欧神話だ。少し畑が違う。

……そもそも今は連絡の取りようがないので、

言っても詮無いことだけど。

 

そんな束の間の思考をよそにアスカが名乗り返したので、慌ててオレもそれに続いた。

プセウドスはNPCの挙動に従って発声確認シークエンスを実行し、滑らかな発音でオレたちの名前を一度呼んだ。

 

パーティーメンバーとなってアルゴとクエストを共有したのでこの一連の流れは当たり前のことなのだが、この討伐クエストが最後のお使いになるだろうとアルゴは言っていたので、間もなく関わりのなくなる身としてはこうもフレンドリーに接されるのは少し気まずくもある。

悪い気はしないのだが、やはりSAOに存在するNPCの受け答えがやけに人間らしいせいだろう。

 

室内は適度に生活感があった。

プセウドスは背もたれのある木製の椅子にゆったりと腰をかけていて、挨拶が終わると向かい側の長椅子に座るよう勧めてくれた。彼とオレたちの間には、一人暮らしで使うにしては大きめの長テーブル(こちらも木製)が鎮座していた。

 

テーブルの上にあった水差しから3人分の水をコップに注ぐと、プセウドスは丁寧な所作でそれを目の前に置いてくれた。

アルゴが遠慮なく水を飲み、オオカミの討伐を報告し始めると5回目の会話フェーズに突入。

 

オレやアスカは4回目までの会話フェーズに立ち会っていないから、内容の理解が追いつくか……と少々身構えていたが、報告を受けた羊飼いの語りが始まってしばらくするとその心配はないことが分かった。

 

プセウドス────大人になった羊飼いは語った。

なぜお使いを頼んでいたのかを。

 

子供の頃から、彼は羊飼いとして生計を立てていた。

早くに亡くなった両親の牧場を継ぎ、苦労しながらも羊毛や乳、時には肉を売ることで、贅沢はできないが安定した生活を送っていた。

しかし家族はおらず、羊飼いとしての仕事があるため同年代の子供達とも遊ぶことは出来ずに疎遠だった。

 

村の住人達から疎まれていた訳ではないが、とても孤独な少年時代。

刺激のない平坦な暮らしに飽き飽きとしたプセウドスは、ある日こんな遊びを思いつく。「狼が来たぞ!」と叫んで回り、村民達を驚かせる遊びだ。

 

ここまで聞いて、オレはアルゴの言っていた《元ネタ》が何か理解した。

《オオカミ少年》、《羊飼いと狼》、《嘘をつく子供》────確かさまざまな邦題があった筈だが、いずれも同じ物語。

かの有名なイソップ物語のその1つだ。

 

羊飼いの少年が退屈しのぎに「狼が来たぞ!」と嘘を繰り返し、本当に狼が来た時には誰も信じてくれずに助けに来てくれなかったというストーリー。

嘘をつき続けているとたまに本当のことを言っても信じてもらえないから、日頃から正直であるべしという教訓を示す寓話だ。

 

プセウドスが語った過去も、概ねそれに合致する内容だった。

両親を早くに亡くしたとか、孤独な少年時代あたりの話は記憶にないが、物語として肉付けされた要素なのだろう。

 

ともあれ、プセウドスはその遊びをした結果羊を少なからず失った。

狼は1頭ではなく、6頭の群れで襲来したというのだから過酷さが増している。

この辺りから、話はオレの知っている内容とは離れたものとなっていった。

 

プセウドスは羊を失ったことで、嘘をつき続けたことを反省した。

しかし同時に、実際に狼が来ていたのに助けてくれなかった村人達を恨めしくも思ったのだという。

 

狼の襲来以降プセウドスは改心したが、そんな彼に村人達は冷たくあたり続けた。

プセウドスはとても息苦しい生活を強いられ、冷遇されながらの暮らしは次第に彼の心に憎悪を生んだ。

 

18歳になる頃、プセウドスは生き残りの羊たちを連れてその村を出た。

そして1年後の今、かねてから考えていた仕返しの策を実行に移そうとしていたのだそうだ。

 

「……アルゴには謝らなければいけないね」

 

プセウドスの仕返し。

それは、農地に作物を枯らせる薬品を撒いたり、害獣を呼び寄せる香を焚いたりするというものらしかった。

字面にすると少し地味にも思えるが、村の食糧の供給元にダメージを与えれば当然困るだろうし、人を襲うモンスターを村に呼び込むとなれば困るだけじゃ済まない筈だ。

 

アインクラッドに銃火器の類は存在しない。

童話のように猟銃で仕留める訳にもいかないのだ。

犠牲者が出る可能性もある以上、侮れない企てだ。

 

アルゴが採取した素材は、その薬品や香の材料となるものだった。

先程討伐した狼は、調合した香の効果を確かめた結果呼び寄せてしまったものらしい。

そういえば、ここにくる前のフィールドでは、帰り際に何かヘンな匂いがしていたな。

 

ともあれ、そんな奸計に使う素材の採取をさせたことに対して、プセウドスは「すまなかったね」と頭を下げた。

対するアルゴはさして気にした風でもなかったけれど。

 

「除草剤の方は試さなくて良かったのカイ?」

「……村にいた頃は、僕も小さい畑をやっていたからね。

雑草を枯らすのにも使うから、効果はよく知っているさ」

 

アルゴの茶化すような質問にも、プセウドスは生真面目に答えた。

彼は中身の少なくなったコップに水を継ぎ足しながら、懐から小さな布の袋を取り出した。袋は小さく膨らんでいて、何か小さな丸いものが入っているようだった。

 

……ここでその仕返しの内容を素直に話したということは、彼はなんらかの理由で考え直して、その計画を中止にしようとしているのだろうか。

もちろん、一連の話がクエストの都合上作られたバックグラウンドだと分かってはいる。

しかし、まだ見ぬ村人たちを脅かす片棒を担ぐのも寝覚が悪いので、実行しないでいてくれるならそれに越したことはないが……。

 

そんなふうに今後の展開を予想していると、プセウドスは取り出した袋をおもむろにひっくり返した。

すると木製のテーブルに何か赤い木の実のようなものが3つほど落ちて、カランカランと乾いた音が部屋に響く。

 

「……それは?」

「……僕はね、確かに嘘をついてみんなに迷惑をかけていた。でも人は誰しも失敗するものだし、失敗から学んでいくものだろう?」

 

アスカの問いには答えず、プセウドスはうわごとのように話す。

 

「僕はあれから改心したんだ。

それなのに、認めてくれずにずっと除け者にするなんて、

彼らの方がよほど酷いとは思わないかい?」

 

────だから僕は仕返しすることに決めたんだ。

 

プセウドスがそう呟くと同時、突然視界の右上に《1:00》という表示が現れた。

なんだコレと一瞬思うが、すぐに答えを直感する。

何かのイベントが始まったのだ。

たぶん、隣の2人の視界にも同じ表示が出現していることだろう。

 

プセウドスは袋から出した赤い木の実を右手で掴み取り、手の中で弄びながら話を続ける。

 

「もう一つ謝らないといけないね。

実はその水に痺れ薬を仕込んでおいたんだ。

あと1分もすれば動けなくなるはずさ」

 

そう言い終わると同時に右上の表示が《0:59》へ変わり、きっかり1秒ごとにその数字を減らし始めた。

 

プセウドスの言葉に嫌な記憶が蘇る。

クエスト中のイベントで、麻痺状態で動けなくなる……まるで6層で経験したパイサーグルスのクエストのようだ。

 

冷や汗が浮かぶ錯覚を覚えたが、幸いにしてこの牧場は全体が《圏内》の判定だ。

人を引きずって《圏外》まで移動するのに5分は掛かるだろうから、あの時とは違って動けない間に強襲される心配はほとんどないだろう。

それにダメージ毒を盛られた訳ではないので命の危険はまずないと判断して良い。

 

でも、そうと分かっていても怖いのには変わらない。

そんな内心を知る由もなく、プセウドスは続ける。

 

「僕の計画を内緒にしておいてくれるならこの毒消しの実をあげよう。

そうじゃないなら、悪いけどここでしばらく動けなくなってもらうよ」

 

論理的に考えて、今はPKの危険はあまり高くない。

そう自分に言い聞かせ、湧いた不安をなんとか払い除けて彼の言ったことを吟味する。今はクエストの内容に集中すべきなのだ。

 

彼の言う痺れ薬が、どれほど持続時間のあるものかは分からない。

とはいっても、察するにオレたちが動けなくなっている間に彼は村へ仕返しに行くつもりなのだろう。

 

だが、逆に毒消しの実を受け取った場合でも、オレたちは計画を内緒にしなければいけないらしい。

どちらを選んでもプセウドスは仕返しに行くことになってしまう。

彼の提示した二択には不備があるようにしか思えないが、そもそも「仕返しに行かない」選択肢はないのかもしれない。

 

彼が村人たちに仕返しをしたいという気持ちは何となく理解できた。

だが、経験則からすると村人たちに被害が出るのを防ぐのが正しい行動であるような気もする。

目の前に犯行直前の人物が居たとして、それを事前に止められるなら止めた方が良いに決まっている。

 

……毒消しを受け取っても、プセウドスを尾行すればその村には辿り着けるし、

犯行を直前で阻止することもできると思う。

もしかして、それが正解のルートなのだろうか?

でもそうすると、何でわざわざプセウドスは毒消しの実を渡す条件を提示したんだ。

何も言わず、オレたちが痺れている間にさっさと村へ行けば良いはずなのに。

 

それに。

クエストNPCであるプセウドスの心情を無視するのも得策ではない気がする。

彼は話していた。改心した後も冷遇されていたと。

その話すら嘘だったならもはやお手上げだが、オレたちを迎え入れた時の表情や仕草はとても穏やかなものだった。

改心した、と言うのを信じるのに抵抗はないくらいに。

 

だが、村にいた頃の彼は何を言っても嘘だと思われて信用してもらえなかったのだろう。

そんな彼の溜飲を下げさせるには、彼を信用してあげるのが一番だと思うが、この状況で一体どうすればいいというのか。

 

……どう行動するのが正解なのか、オレには分からなかった。

 

「キリト、アルゴ。ここは僕に任せてくれないか?」

 

右上の表示が《00:40》となった頃、アスカは小さくそう言った。

その表情には何か確信めいたものがあり、答えがわかったと言っているようだった。

 

「……オレっちには正解がわからナイ。頼めるカ?」

 

アルゴの囁きに同意するべく、オレも頷きでアスカに返事をした。

するとアスカはプセウドスに顔を向けて、はっきりとこう言った。

 

「プセウドスさん。僕たちは毒消しを受け取りません」

「……それは、大人しく動けなくなるということかい?

それとも、動けるようになった後で村の連中を助けに行くということかい?」

「どちらでもないですよ。だってこの水────」

 

「痺れ薬なんて入っていませんから」

 

その言葉に、プセウドスは驚いたかのように瞑目した。

 

 

2.

 

正直オレも驚いた。

水の味は普通だったけれど、痺れ薬……麻痺毒にはもとより味なんてない。

それを入っていないと断言するからにはなんらかの根拠があるのだろうが、オレやアルゴでさえその見分け方は知らない。

それをアスカは確信を持って「入っていない」と言った。

どういうことだ。

 

「……なぜそう言い切れるんだい?

まだ効果が出るまで20秒はある。それまでは分からないじゃないか」

「いえ、分かりますよ。

あなたは痺れ薬なんて入れていない」

「だから、なんでそう言い切れる────」

 

「あなたを信用しているからです。プセウドスさん」

 

その言葉と同時に、右上の表示は《00:10》で停止した。

信用している、と言い放ったアスカはとても真っ直ぐな目をしていた。

 

……つまり「痺れ薬を入れた」というのが嘘だったということだろうか。

そんな嘘をつくなんてプセウドスは本当に改心したのだろうか……と、ここに来て彼に疑念の目を向けたくなるが、今はアスカに任せるしかない。

 

「信用って……。本気で言っているのかい?

話した通り、僕は自分勝手な嘘吐きだ。

初めて会ったのだって、ついさっきじゃないか」

「プセウドスさんが仕返しをしたいって思っていたのは本心だったと思います。

でも、同時にそれを止めて欲しいとも思っていたんじゃないですか?

そうじゃなきゃ仕返しのことを僕らに話したりなんかしないはずだし、毒消しのことも言う必要なんてない」

 

言われてみれば確かにそうだ。

オレはさっき、プセウドスの二択に不備があると思ったし、それが仕返しを必ず実行するという意思表示なのだと考えたが、逆だったのだ。

 

本当に殺人を犯す奴は「殺してやる」なんて言う間もなく殺しに掛かってくる。

黒ポンチョやモルテといったPKerたちのように。

程度は違うが、根本的にはそれと同じだ。

 

「……」

「それにさっき謝ってくれたじゃないですか。

アルゴに、仕返しのための素材集めをさせたこと。

自分がやろうとしていることが間違いだって思ってないと、そのことを謝ろうだなんて思わないはずですから。

あなたはもう、自分勝手な嘘吐きなんかじゃない」

 

アスカの指摘に、プセウドスはしばらく言葉を失っていた。

しかしやがて「その通りだよ……」と観念したかのように呟いた。

 

微笑みながら、「信用してくれてありがとう」とも。

 

きっとプセウドスは、改心した後も(くすぶ)り続ける憎悪の心をどうにかしたいと自分でも思っていたのだろう。

それを忘れるためには、かつて嘘吐きと罵られた自分がついた嘘でさえも見破って、プセウドス自身を信用してくれる存在が必要だった。

 

……オレも、ついこの間までアスカに嘘をつき続けていた。

フードを被り、自分は男であるという嘘を。

でも、それが明らかになった時、アスカはオレ自身を見て受け入れてくれていた。

 

プセウドスは、オレの時とは事情も状況も関係性も違う。

けれどアスカは、プセウドスの言動を見て、彼自身を信用して、そして彼の心に寄り添うような言葉をかけた。

 

そんな姿を見て、オレは思う。

 

1層で出逢ったのが、アスカで良かった。

 

 

***

 

 

あの後、プセウドスはボスに関する情報を教えてくれた。

正規のボスクエも最後までクリアするつもりではあるが、あんな会話をしたのだ。

彼の教えてくれた情報は信頼に値するものだろう。

 

主街区への道すがら、アルゴは語る。

《大人になった羊飼い》では、オレたちが合流する前に完了していた4回の会話フェーズでも、今回ほどではないにしろ「信用」がキーワードだったそうだ。

プセウドスが話す内容を「信じる」ことが正しい情報を引き出すトリガーになっていたらしい。

 

それが今回の5回目では、話す内容ではなくプセウドス自体に「信用」を向ける必要があった。4回目までのパターンとは大きく異なり、アルゴは困惑していたそうだ。

話す内容を信じるどころか、嘘と見破る必要があったのだから無理もない。

アスカの対応はこれ以上ないファインプレーだったと思う。

 

「あそこで正しい答えが出せなかったら、どうなってたんだろうな……」

 

そんなオレの疑問に、アルゴは答える。

 

「その場合は、ボスの情報は貰えなかったろうネ。

それどころカ、プセウドスはそのまま本当に仕返しをしに行っていたかもナ。

アス坊のお陰で《プセウドス更生ルート》を選べた訳ダ」

「……つまり、キバオウに情報を回した黒ポンチョは《更生失敗ルート》を選んだことになるのか」

 

その場合、村は食糧不足に陥って狼にも襲われたのだろうか。

クエストの結末がプレイヤーに依存するとはいえ、そう考えると少々後味が悪い。

 

「……まあ、僕たちの時は何も起きなかったんだからそれで納得しておこう」

 

アスカの意見には同意だった。

見てないことは起きていない。

そう考えた方が、気が楽だ。

 

「……今回のクエスト、もしかするとGMなりの救済措置の一つだったのかもナ」

 

アルゴが言うには、5回目の会話フェーズこそ正解が難しかったものの、4回目までは割と簡単に情報を手に入れられたそうだ。

採取のお使いも1人でこなせるほどの難易度だったと言うし、全体的に高難度な25層を攻略するために救済措置があっても不思議ではない。

茅場としても、長いこと1つの層に留まられては退屈だろうからな。

 

今回は黒ポンチョのせいでそれが裏目に出て、

攻略が滞る事態に繋がった訳だけど……。

いつまでも悲観してはいられない。

情報が出揃ったら、レベリングを徹底して充分に安全マージンを取らなければならない。

 

そんな会話をしているうちに、主街区に到着した。

空はとっぷりと暗くなり、安全圏だという認識からか眠気が顔をのぞかせる。

アスカやアルゴも昼間の疲れが出たのだろう、口数が少なくなって眠そうな表情だ。

 

「キーちゃんは今日の部屋どうするんダ?

オレっちとアス坊は同じ宿とってるケド」

「あー……そう言えば考えてなかったな」

 

黒猫団の指南に都合が良いからと、オレは昨日まで彼らと同じ宿をとっていた。

サチたちとはちょうど今日の昼頃に別れたばかりなので、宿を25層でとり直さなければならない。

アスカたちと同じ宿をとっても良いが、節約するならアルゴの部屋に転がり込むという選択肢もあるな。

 

「半分払うから、アルゴの部屋に泊まってもいいか?」

「ん、イイヨ」

 

色よい返事を貰えたので、しばらくはそうさせてもらおう。

 

 

***

 

 

宿に着き、アスカとは部屋の前の廊下で別れた。

アルゴは部屋に入るなりいつもの装備を全除装して、ざっくりしたノースリーブシャツにショートパンツというラフな部屋着に着替えていた。

これまでにも同じ部屋を取ることはあったので何回か見たことのある格好だが、攻略時とは異なる装いはいつ見ても別人のようだ。

 

オレも彼女に倣い、アスカから不評を貰ったことのある真っ黒装備を全除装。

着心地の良いゆったりとした長袖・長ズボンの部屋着に着替えた。

流石にこちらまで黒で統一するのはどうかと思ったので、薄い青色をベースにしたものを選んでいる。

 

「……キーちゃん寝巻きくらいもっとカワイイのにしたら良いのニ。オネーサン、ワンピースとか似合うと思うナ」

「可愛さとか求めてない、これは機能美ってやつなの」

 

「エー、もったいないナァ」とぼやきつつも、アルゴはそれ以上は何も言わずにベッドの真ん中に大の字で仰向けになった。

ベッドは一つしかないので、横になるアルゴの横っ腹を両手で押し転がして自分の寝るスペースを確保していく。

 

「ウワ〜、やめロォ〜」

「ほら、もっと寄ってくれないと寝れないじゃんか」

 

脱力するようなうめき声を上げつつも、アルゴはされるがままに転がって壁際で止まった。のそりと頭を上げると、冗談めいた口調で文句を一言。

 

「キーちゃんDVダ」

「それを言うなら昼間のアルゴはセクハラだぞ」

「ムムム……」

 

会議でのことをとやかく言うつもりはもう無いのだが、衆人環視のもとでの抱きつきはかなり恥ずかしかったので同性でもセクハラということにして良いと思う。

 

セクハラといえば、ボス部屋の前ではアスカがアルゴのお腹に顔を(うず)めていたし、その後には胸の辺りに手を置いてもいた。

思い出したら何となく胸の奥がムズつくような、あまり快いとはいえない感情が渦巻いてくるような気がするが、その原因はわからない。

 

それにしても、胸はともかく、アルゴのお腹に関しては少し思うところがある。

その思い付きを実行するべくオレは平静を装って声をかけた。

 

「……アルゴ、ちょっとそのまま動かないでいてくれ」

「ンー? なんだヨ急に……ってんなぁ!?」

 

返事を待たず、オレは素早く行動を起こした。

狙いを定め、仰向けになったアルゴのお腹にちょうど良い角度で顔を埋める。

同時に、小柄な(と言ってもオレとそう変わらない)背中に腕を回してアルゴが逃げないようにガッチリとホールドする。

 

「うひぃ!? きっ、キーちゃんなにしてんダヨっ……」

 

アルゴの抗議なんて耳に入らない。

それよりも、オレは埋めた顔に発生した感触に集中していた。

……思った通りだった。

 

決して太ましくはない。

しかしアルゴのお腹はフカフカとしていて、柔らかくて、温かい。

そして不思議な安らぎのようなものを感じるこれは、ともすればいつまでもこうしていたくなる最高の枕だった。

《アルゴのおなか枕》だ。

 

驚きからオレを引き剥がそうとするアルゴを宥めるべく、オレは用意していた免罪符を突きつけた。

 

「……昼間アスカにもしてたんだからいいだろ、別に」

「そっ、その向きでしゃべるナ!

声が響いて変な感じスル!」

 

伝わった振動がくすぐったいらしく、アルゴの抵抗は弱くなった。

このまま喋り続けてアルゴをよがらせるのも一興だと思いつつも、報復が少し怖いので顔を横向きに変える。

 

「……アスカは良いのに俺はだめなの?」

「……いやアレは事故だカラ……」

 

事故とはいえ、きっとアスカもこの居心地の良さは体感したはずだ。

胸の奥のムズつきは、オレもこれをやってみたいと感じたから……だと思う。

たぶん。

 

それ以外の何かもある気がするが、その正体が何かははまだ分からない。

分からないことを考え続けても疲れるだけだし、ムズつきを誤魔化すためにもオレは半ばヤケっぽくなって言う。

 

「今日はこのまま寝る」

「ハアァ? どうしたんだヨ急に、らしくないナ……。

甘えんぼモードなのカ?」

 

いつしか上体を起こしていたらしいアルゴの声音が、どことなく気遣わしげなものに変わっていた。別に心配されるようなことは何もないけど……まあいいか。

 

ふと、頭をふわりと優しく撫でられた。

普段の雑に見える言動とは違う、

《オネーサン》っぽい優しい手つきだった。

 

アルゴのおなか枕はナデナデ機能まで付いているのか、

凄いなぁ……と冗談めかして考えていると、

その心地よさに眠気が加速していく。

頭の上からコケティッシュな心地よい声が届いてくるが、

今は眠気を促進する子守唄にしか聞こえなかった。

 

「……なんでもいいだろ、おやすみ……」

「オーイ、ホントにこのまま寝るのカヨ……って動かねーシ。

……ったくしょうがないナ……」

 

アルゴが何事か話し続けるのを聞き流したまま、

オレは意識を手放して眠りに落ちていった。


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