【TS】ソードアート・オンライン - ブラッキーの秘密 -   作:みいけ

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間話「込められた意味と、そして」

「ところで、アスカ。この黒い石って、もしかして……」

 

アスカから貰った(あかし)に光る、澄んだ黒色の石を手にとって、キリトは視線を送った。

雫のような形を模したその石の輝きが、記憶の片隅に引っかかったのだ。

キリトの問いを肯定するように、アスカは答えた。

 

「ん、そうだよ。昨日のクエストで採集した《黒曜石(オブシディアン)》を、お店で加工してもらったんだ」

 

 

アスカが辿り着いた答えは、『目に見える形の証を贈ること』だった。言葉だけよりも、実際に触れることができるものを添えた方が、よりはっきりと意思を伝えられると思ったからだ。

そして、今はキリトの手の中にあるネックレスは、しっかりとその役目を果たしてくれた。

 

アスカとしても、アルゴからキリトのことを伝えられてすぐに行動した甲斐があったというものだ。

丁度、第25層に専門店があったのは僥倖だったと言えよう。アルゴの情報力の助けも大きい。

 

 

スベスベとした心地良い手触りのオブシディアンを指先で撫でつつ、キリトは自分の勘が当たっていたことを知った。

 

「そうだったんだ……。でも、知らなかったな。こんな風に、アクセサリーに加工できるお店があったんだ」

 

「僕もさっき、アルゴに教えて貰ったんだけどね。やっぱり、身に付けておけるものが良いと思ってさ」

 

何の気なしにそう言うアスカだったが、キリトはその台詞の中に無視できないワードを見つけた。

 

「……あれ? アスカも『さっき知った』ってことは、もしかしてかなり急ぐ必要があったんじゃ……」

 

キリトがアルゴにメッセージを送ってからアスカとこの場所で会うまで、時間は十分程度しか空いていなかった。

同じ層に店があったとはいえ、その短時間でアイテムを作成し、尚且つキリトよりも早くこの場所で待っているためには、それなりに慌ただしかったはずだ。

その事に思い至り、アスカに苦労をかけたかもしれない、とキリトは気後れしてしまう。

 

そんな、申し訳なさを隠しきれていないキリトの顔を見て、アスカはできるだけ気にしていない風を装って答えた。

 

「そこは、まあ。普段から敏捷値を上げてた甲斐が有ったなー、ってね」

 

誰かに何かを自分のために用意してもらったことなど、家族以外では経験がない。それも、僅かとはいえ苦労をかけさせてしまったとなれば、キリトが言うことは一つだった。

 

「……その、本当ありがとう。これ、大事にする」

 

例え、仮想世界のデータ群の内の一つなのだとしても。

その想いは、本物なのだから。

 

「ん、大事にしてね。もしかしたら、本当にご利益(りやく)があるかもしれないし」

 

「……ご利益?」

 

唐突に出てきた言葉に、キリトは首を傾げる。

 

「パワーストーンの話だよ。一応、そのことも考えてオブシディアンを選んだんだ 」

 

「……どんな?」

 

「確か、《不安を取り除く》とか《他人の悪意を寄せ付けない》とか、そんな意味だよ。君って結構、無自覚に自分を追い詰めるところがあると思ったから……」

 

「自分を、追い詰める…………」

 

指摘されて、初めて意識が及ぶ。

振り返ってみれば、確かに、自分は何かがあると深みに嵌ってしまうことが多かったようにキリトは思う。

 

15層のクエストの帰り道、ロープウェイの上で緊張の時間を過ごした時も。

先日、黒猫団の面々に正体が露見した時も。

 

『自分は突き放されて当然だ』と思い込んで、後ろ向きな事ばかりを考えていた。

その時には気が付かなかったが、マイナス思考が過ぎたのではないか? と今更ながら自覚する。

 

先日見た直葉の夢も、もしかすると、そんなマイナス思考が生み出した自分(キリト)自身への糾弾だったのかもしれない。

 

そんな、自分さえも知らなかったことをアスカに諭されて。

 

(アスカは、オレのことをよく見てるんだな……)

 

そう思った途端に、胸の奥が収縮するような感覚を覚えた。しかし、あまり不快な感じはしない。

 

「……?」

 

これまで、感じたことがない。

少し締め付けられるような、けれどどこか心地の良い感覚。

 

この感覚は何なのか? と確かめる前に、不意に訪れたそれは過ぎ去ってしまい、ついに正体を知ることはできなかった。

 

 

何はともあれ。

このネックレスは、アスカが意味を見出し、せっかく用意してくれたものだ。

いつまでも手に持ったままというのも悪いので、ひとまずその証を身に付けてみようと思った。

 

「……これ、付けるね」

 

「ん、どうぞ」

 

キリトはこれまで、現実世界でもネックレスどころかアクセサリー類には縁のない生活を送っていた。

 

(うまく付けられるかな……)

 

慣れない手つきで両手を首の後ろに回し、金具を取り付けようと試みる。

 

「んっ……」

 

が、首筋を覆う髪の毛が邪魔になり、なかなか上手くいかない。

 

そんなキリトの様子を眺めながら、アスカは「普通に装備ボタンを押せば良いじゃないか」とは思いつつも、言わないままでいた。

ネックレス一つに苦戦する様子のキリトをもっと見ていたいという、そんな不思議な、本人も理解できない感情が芽生えたのだ。

 

────可愛い。

 

「……っ?」

 

スッと浮かんできた言葉に、アスカは動揺した。

 

キリトは相棒だ。この浮遊城を脱出するため共に戦ってきた戦友であり、仲間であり、気の許せるパートナーだ。

同時に、尊敬に値する、強い人間でもある。

決して、()()()()対象とはなり得ない。

そのはずである。

 

(……だけど)

 

────そうだ。キリトって、女の子なんだよな……。

 

その事を改めて意識して。

 

「……キリト。難しいなら、メニューを操作して装備すればいいと思うよ」

 

「あ、そっか。完全に忘れてた」

 

その意識を、無理やり自分の中から追い出す。

 

ようやく元に戻って、そして少しだけ前に進んだ関係を。

捩じ曲げてしまうような、そんな感情は万が一にでも抱いてはいけないと。

掠めるような危機感を、覚えてしまったから。

 

変わってはいけない。変えてはいけない。

その可能性さえも、

決して作ってはいけない────。

 

 

「……よしっ、できた!」

 

ネックレスを装備したキリトが、アスカに向き直る。まるで何かを聞きたがっているような、そんな表情を見え隠れさせて。

アスカはそんなキリトをじっと見つめて、一度頷いてから言った。

 

「……うん、似合ってるね」

 

「ホントかっ?」

 

「嘘を言う必要がないからね」

 

「……その、ありがとな」

 

褒められて顔がニヤつくのを隠せていない様子のキリトを見やって、アスカは思う。

 

(やっぱり、このまま(関係)が良い)

 

だからアスカは、自らの思考を制御する。

万が一にでも、キリトのことを異性として意識しないようにするために。

 

 

***

 

 

「さて。それじゃ、そろそろ行こっか」

 

「ん、了解。まずは……アルゴに会いに行こう。そのあとクラインの方にも行くけど……アスカも、一緒に来てくれないか?」

 

「分かった。キリトがちゃんと謝れるか、見ておいてあげるよ」

 

「……それは心強いな」

 

いつものように軽い会話を交わしながら、二人は歩き出した。

 

 

 

 

 

 




ちなみにパワーストーンとしてのオブシディアンの意味や効能は様々で、今回アスカくんが言っていたものはその一部に過ぎません。
興味がある方は調べてみると面白いかもしれませんね。

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