【TS】ソードアート・オンライン - ブラッキーの秘密 - 作:みいけ
1.
「いらっしゃい、お嬢さん。何かお探しかい?」
人がごった返す中、とある店先で張りのあるバリトンボイスが気さくに響いた。
チョコレート色の肌に、がっしりとした巨大な体躯。彫りの深い顔立ちによく似合うスキンヘッドの店主──要するにエギルが出している店なのだが、時間が経つにつれて客足も増してきた。
どうやら宣伝くらいはしておいてやるという
カウンター越しに話しかけられた少女は、外見とは裏腹に親しみやすい雰囲気の巨漢に一瞬目を丸くしたが、すぐにはにかむように笑った。
「へ? あ、はい。ちょっと友達にあげるお土産をどれにしようかと悩んでおりまして」
歳の頃は十代半ばくらいだろうか。大胆に緑色にカスタマイズされた長い髪をポニーテールに結い、茶色系の迷彩柄Tシャツに深緑色のカーゴパンツといった、虫捕りでもしに行くような格好の少女だった。
「友達は一緒じゃないのか?」
「はい、今ははじまりの街に。せっかくの街開きだから一緒に行こうって言ったんですけど……」
ポニーテールの少女の言葉に、エギルはやや表情を曇らせた。
あの始まりの日から半年が経った今でも、はじまりの街から一歩も出ていないプレイヤーは少なからずいる。
街開きにさえ来ないまま閉じこもり続けるほど死の恐怖に怯えている者もいるのだと思うと、どうにもやるせなさが沸き起こるのだ。
そんなエギルの表情を見て何を思ったのか察したようで、ポニーテールの少女は慌ててパタパタと両手を振った。
「あ、いえ別にその子は怖がって出てこないとかそういうのではなくてですね、なんというか忙しくて」
「忙しい?」
意外な言葉に、思わずおうむ返しに訊いてしまう。
別に馬鹿にするわけではないが、はじまりの街で《忙しい》ことなど、一体どのような状況か想像が出来ないのだ。
「えっと、それについては本人があまり口外しないで欲しいと言ってるので言えないんですけど……」
悪いことではないんです、と言ったポニーテールの少女は、言葉を濁して詳細については何も語らなかった。
エギルとしても、少々気になることではあるが詮索しようとまでは思わない。それなら言わなくてもいいと返事をした。
「そう言って貰えると助かります。あ、これなんかいいかも……」
品定めをしながら話していたポニーテールの少女は、何やらピンと来るものを見つけたらしい。手にしたのは、ヘアバンドだ。エンジ色の生地に細い黄色の線で逆「く」の字の模様が二つだけあしらわれた、シンプルなデザインだった。
「お? お前さんいいセンスしてるな。そいつは《幸運判定ボーナス》がプラス5っていう中々良い効果の物だ」
「へえ、そうなんですか! あの、これにします。幾らですか?」
「500コルだ……と言いたいとこだが、忙しい友達に免じて負けてやる。400コルでどうだ?」
「やたっ! ありがとうございますっ」
いいってことよ、と薄く微笑みながら、エギルはトレードウインドウを操作した。表示された400コルという値段に【Yes】ボタンを選択し、取引を終える。
上機嫌で去っていくポニーテールの少女の背中を見送って良いことをした気分に浸っていると、メッセージの受信を告げる短い電子音が鳴った。
差出人は──アスカだった。
「なになに……」
『店が終わったら時間ありますか?』
その簡潔な文面に、『あるぞ』とだけ返信すると、すぐに次のメッセージが届いた。
『それじゃあ、街の東にある酒場で待ち合わせしましょう。話があります。店名は────』
指定された酒場は、エギルも後で行ってみるかと思っていた店だった。了承の旨を返信し、ウインドウを閉じる。
「さて」
呟き、新たな客たちの相手を──男性プレイヤーにはバレない程度のやや高値で売りつけ、時たま訪れる女性プレイヤーにはやりすぎない程度にオマケをし──再開するエギルなのだった。彼は、ただ紳士なのだった。
2.
宿の一室で目覚めてしばらくしてから、キリトはある一つのことについて頭がいっぱいだった。
すなわち、自分がこの場所に寝ていた理由。
(ああもう私何やってんのあんな場所で寝落ちするとか……。ここで寝てたってことは運ばれたってことでつまりアスカが運んでくれたんだろうけど、うぁあ顔見られてたらどうしよう本当どうしよう!)
実際にキリトが寝落ちしてしまったのは、アスカの予想通り徹夜のレベリングが尾を引いていたからなのだが──キリトは絶賛後悔中である。
夜中に寝付けずに、妙なテンションで狩りを続けてしまったのだ。もちろん、少しでも安全マージンを確保しておきたいという思いもあったのだが、あの時おとなしく寝ていれば……と後悔が波のように押し寄せる。
一番知られたくない相手の目の前で寝こけるなど、安全も何もあったものではない。
(うあぁ夢みたいになったらどうしよう……)
夢の中で見た、敵対心に溢れる直葉の視線。
もちろん自分の深層心理が勝手に作り出したものであり、本物の直葉ではないことは分かっているのだが、やはり相当に
アスカにまであんな目で見られたら嫌だな……と思いつつ、もしかしたら素顔を見られたかもしれないという状況に悶え、ベッドの上で枕にぐりぐりと顔を
(もしもの時は……)
嘘を吐いていたことを謝って、正直に話そう。
そんな決意を、半ば強引に固めた。
3.
アルゴは、アスカの発言に神妙な顔をした。
そう、アルゴとて常々考えてはいたのだ。いつか、こんな日が来ると。それはやむを得ずかもしれないし、何てことはない場面で訪れるのかもしれない、と。
何にせよ、その時は出来るだけ力になろう。
────そう、決めていたのだ。
返事を待つアスカに、アルゴはこう言った。
「オレっちとしてもその方が有り難いヨ。是非そうしようじゃないカ」
「そっか、ありがとう。それじゃあよろしくな、アルゴ」
「おー、ヨロシク。んじゃまあ早速
二人の会話の要旨は、数分前に遡る。
***
「────実は、この層では僕たちとまたパーティーを組んで欲しいんです」
躊躇うような顔をしつつも、アスカはそう言った。
「……ほう?」
「情報屋は常に中立でなければならない。特定の誰かに肩入れするようなことはしない方がいい。それは、今までアルゴの立ち回りを見てきたから分かってる。でも、どうかこの層では僕たちとパーティーを組んで、一緒に行動して欲しいんだ。……駄目かな」
「一応、理由を聞いてモ?」
「この第25層は、難易度が特別に高いんだ。さっき転移門をアクティベートするために
「まあ、大体ハ。つまり、アス坊はキー坊との二人だけじゃ心許ないから、オレっちのことをパーティーに入れたいと。そういうことなら、他にもあと何人かは誘うんだろウ? 戦闘力って面で、オレっちは大したことはないしナ」
自嘲するでもなく、アルゴは事実の確認をするように何の気なしにそう言った。
そして──その顔にはニヤリとした笑みが張り付いていた。
「つーかホント
心配。その言葉に、アスカはやはり見抜かれていたかとどこか納得し、そしてこの情報屋相手に口で勝てるわけがないと判断し──やや頬を赤くしながらそれを肯定した。
「……当たり前じゃないか。危険だって分かってるのに、一人で行動なんてさせる訳にはいかない。そもそも、アルゴはもっと自分を大事にするべきなんだよ。無茶して死んだりなんかしたら、許さないから」
情報屋・鼠のアルゴがアインクラッド
キリトをベッドに寝かせ危うくフードに手を出しかけたアスカは、アルゴがすぐにでもフィールド──ソロで挑むには余りにも危険であるとは知らずに──へと出てしまうであろうことに気付き、慌ててメッセージを送ったという次第である。
からかったつもりが逆にまっすぐな言葉で返されて、アルゴは思わずたじろいだ。言葉に詰まり────スッとアスカの背後に回り込むと、小さな二つの手でアスカの体をぎゅっと包み込んだ。
「……もー、ホントに。そんなコト言われたら、オネーサン、情報屋のオキテ第一条を破りそうになっちゃうじゃないカ」
「……え、あの、アルゴさん? と、というか " おねーさん " ……?」
余りに唐突なアルゴの行動に、アスカは成す
混乱し思わず敬称をつけてその名を呼んで、それでも微動だにしないアルゴにさらに混乱した。
現実世界ではアスカは──結城明日香は、その容姿と家柄で異性によく言い寄られていた。しかし、そんな外面だけを見て近づいてくる女性たちに、明日香が取る選択はいつも一貫していた。
そんなアスカの事情など知ったことではないと言わんばかりに、アルゴは赤らんだ顔をどうにか元に戻す時間を稼ぐ。
さしものアルゴも、類稀なる美男子に正面からあのような、自分の事を真剣に案ずるような言葉を囁かれたのでは、ポーカーフェイスを保てなかったのだ。
全ての責任を、感情をオーバーに表現するシステムに押し付けて、アルゴはアスカの背中に恥じらいを預け続けた。
一分──アスカには何十分にも感じられたのだが、それだけの時間を要してようやくアルゴは抱擁をといた。
顔の熱が正常である事を確認し、アスカから離れる。
そして。
「アス坊」
「な、なんですか」
顔をさらに赤くしてどもりながら答えるアスカに、余裕を取り戻したアルゴはさらなる燃料を投下した。
「────あててんのよ、ダヨ」
またしてもからかう言葉に、今度こそアスカは悶えた。
未だ余韻の残る、背中に当たっていた柔らかい二つの感触を思い出しながら。
***
そして、どうにか平静を取り戻したアスカが改めてパーティー参加を頼み、今に至るという訳だ。
「そんで、他には誰を誘うんダ?」
「……どうせ予想ついてるんだろうし言わなくてもいいよね?」
「もーアス坊ったらつれないナァ……。さっきのこと根に持ってんのカ?」
「……誰だっていきなりあんな事されたら戸惑います、もうしないでくださいね」
「アス坊はピュアだなー。何ならオネーサンが、慣れるまで同じコトやってあげてもいいゾ? アス坊美形だし役得ってことで」
「からかうのはやめてください。ふざけた事言ってないでさっさと行きますよ。宿にキリトを放置したままですから」
「オーイ、アス坊? な、何だかさっきから物理的にも精神的にも距離が遠くないカ? あ、ちょっと待ってゴメンゴメンもうからかわないから、ねぇってバ!?」
割と本気の拒絶をされて、珍しく慌てたアルゴなのだった。
4.
夕方。
観光に来ていたプレイヤーたちもおおよそ居なくなり、主街区は閑散とし始めていた。
キリトは未だに宿の一室でベッドにうずくまり、悶々としていた。いつもならば外に出て買い食いのひとつでもしているところだったが、今回ばかりは何もする気が起きないのだ。
いつまでも続くかのように思われた一人の時間は、突然に終わりを迎える。
部屋の前に人の気配を感じた直後、ガチャリとドアが開いたのだ。ドアは、パーティーメンバーしか開けられない設定になっているので、キリトは枕に顔を
「ただいま、まだ寝てる?」
「……起きてる」
そのままの体勢でくぐもった声を出し、それはそれでなんだか気まずさを感じたのでのそりと身体を起こし──直後、フードの中を覗き込んでくる双眸と目が合った。
「ひぁっ……!?」
今度こそ完全に見られた──と確信し、不意打ちに思わず小さく悲鳴を上げたが、遅れてその相手がアスカではなかったことに気づいた。
「おはヨー、キー坊。よく眠れたかい?」
アルゴだった。両頬に描かれた三本ヒゲのフェイスペイントが特徴的な、馴染みの情報屋だったのだ。
「……え、なんでアルゴが居るの?」
依頼は頼んでいない筈、と首を傾げるキリトに、アスカが答える。
「この層ではパーティーを組むことにしたんだ。異論は無いよね?」
「……そりゃもちろん俺は構わないけど……アルゴはそれでも良いのか?」
「二人が苦戦するほどのモンスターが出るようなフィールドには、流石のオレっちでもソロは止めといた方がいいだろうしナ」
「あー……まあ、そうだね。確かにそうした方が良いよね」
「んじゃ、よろしくネ」
ニシシと笑いながらアルゴは視界の左上を指差した。キリトはその場所をチラリと確認して、いつの間にか三本目のバーが増えていることにたった今気が付いたのだった。
「って事後承諾なのか……。 まあ全然構わないんだけど……それより」
恐る恐るといった風に、キリトはアスカに視線を移した。今はフードで隠しているが、これからする質問に対するアスカの返答
「……その、アスカ。まずは、わざわざここまで運んでくれて、ありがとう。それで………………見た?」
何を、とは言うまい。分かりきったことだからだ。
その問いに────アスカは、ゆっくりと首を横に振った。
首を、横に。つまり、見ていない。
半ば覚悟していただけに、キリトはその返答に肩透かしを食らい、頓狂な声を上げた。
「えっ、ほ、本当に?」
「うん」
いつもと変わらず落ち着いた所作で頷くアスカ。
いやいや、意識がない間のことなんだし何とでも言えるじゃないか────と、先程までの固めた気持ちが嘘のように揺らぎ始める。キリトは予想とは異なる現実に、頭が追いついていないのかもしれない。
「ホントのホントに見てない……?」
「そうだよ」
何せ、自分は完全に無防備だったのだ。如何にアスカが見ていないと言ってくれても、キリトは不安で不安で仕方がないのだ。
「絶っっっ対に!?」
「だから、見てないってば。……普段あんなに隠したがってるんだし、ずっと前から勝手な詮索はしないって決めてたからね。君が
念には念を入れ過ぎるほどの確認に、アスカは呆れたように全てを肯定した。
『見てい
実際、アスカはフードの中の素顔を、見てはいなかった。
ボス戦後の疲労やら何やらのせいか、無意識に手を伸ばしかけたものの────きっちりと、自制を、自分の制御をできたのだ。
それは、知らないところで無茶をしがちなどこかの情報屋のことがタイミングよく頭を
覚えていたからだ。第一層で盗み見未遂をしたときの、罪悪感と自己嫌悪感を。
そして同時に、直感したからだ。
未遂でなくなったその時は、確実に今までの関係が大きく『異』なって──『変』わってしまうことを。
アスカの表情から感じ取ったのは、嘘臭さよりも誠実さ。
人との関わり合いが極度に苦手なキリトでさえ、感じ取れたのだ。
キリトは、肩の力を抜いた。信じた。
「そっか…………」
キリトは信じ、安堵した。バレずに済んだ、と。
そんな内心を見透かした訳ではないだろうが、アスカは探るように、慎重に、言った。
「でも、君の素顔を見たいっていう気持ちだって本当だ。もう付き合いも長いし、仲間として、ここまで一緒にやってきた相棒としては、明かしてほしいと思うよ。君が顔と一緒に隠してる、その秘密をね。
もっと知りたいんだ、君のこと。上辺だけ見て知った気になるのは、嫌なんだ。
だから、ほんの少しでいい────僕を、信じてはくれないか」
何処か寂しそうにも聴こえたその言葉に。
キリトは、精一杯の誠意を示すべきだと、今がその時だと。確約をする時だと、確信した。
『
アスカがこんなにも──
「…………分かった。約束する。時間を……三日、ください。その間に、ちゃんと考えて、ちゃんと決心するから。待っていて、くれますか」
いつもの
幾分か透き通った声で、キリトは宣言をした。
5.
エギルは店の片付けを済ませると、アスカと待ち合わせをした酒場の前に来ていた。
街の東に位置するこの店は周囲よりも目立たない木造の建物で、客入りは少なそうだった。
最初に見つけた時もそうだったのだが、入り口の前に立つと思い出されるのは、現実に残してきた妻と店のことだった。
(Dicey Cafe……あいつにも苦労かけちまってるだろうな)
ダイシー・カフェの書き入れ時は、朝、昼よりも夕方から夜にかけて。それなりに繁盛していたため、女手ひとつで切り盛りしていくのはかなり大変である筈だ。それも、半年前のあの日から。
自分がデスゲームに巻き込まれた時は悲しませてしまっただろうし、今頃現実の肉体は病院のベッドの上。入院の手続きや諸経費の支払い、書類など、やる事は大いに盛りだくさんだった筈であり、幾つもの苦労をかけてきたであろう。
そう思えばこそ、エギルは時々──本当に
(半年、経っちまった。あっという間ってほどでもなかったが、早かった。もう半年……一年が経った頃にも、きっと同じ様に思っちまうんだろうな)
もちろん、結婚するほどの仲だ。
けれど────それでも、思い出した頃に湧き出てくる不安は拭えない。
「……shit」
嫌な感情に支配されそうになる前に、エギルは舌打ちを一つして気分を紛らわせた。ブルーな感情は忘れるに限る。
そして店に入ろうと扉に手を伸ばした、丁度その時。聞き慣れた声が、エギルを呼んだ。
「お疲れ、エギル。わざわざ来てもらって悪いね」
お疲れ、とは街開きで出した店のことを言っているのだろう。気安いその言葉は、馴染みの黒剣士の物ではなく。
「おう、アスカ。何、気にすんな。どっちにしろチェックしとこうと思ってた店だからな」
数ヶ月前まではきっちりとした敬語で話していた筈のもう一人の馴染み、アスカだった。
「そっか。なら良かった」
メールでは敬語を使う人。その典型的な例が、アスカだった。
アスカがエギルに対して砕けた口調を使うようになってから暫くは、メールの時と対面の時との差異に奇妙な感覚を覚えたが、今ではもう慣れたものだ。
キリトやアルゴに対してはメールでも普段通りの口調であることも色々あって知っていたが、そういうものだとエギルは割り切っている。
「それよりよ、アスカお前────」
アスカの後ろにいる二人のうち一人を見て、エギルは苦笑いとともに湧き出した疑問を投げかけた。
「なんかその、
それに対してアスカは、どこまでも透明ないい笑顔──いっそ怖さを感じるような、そんな笑顔で言った。
「ああ、ちょっとアルゴ
「お、おう」
5メートル──一緒に行動するにはかなり不自然な距離を空けた所から、当人はアスカにおどおどと尋ねる。
「あのー、アス坊さんや。その、そろそろ近くへ行ってもいいですカ」
「もう店に着いたから仕方なく許可しますけど、半径1メートル以内には近づかないでくださいね」
どこか打ちひしがれたような表情のアルゴと淡々とした敬語で話すアスカを見て、エギルは思った。
(何があった。つーか何をしたんだあいつは)
触らぬ神に何とやら。口には出さなかった。
***
「さて。本題に入ることだし、そろそろアルゴをからかうのは終わりにするとして」
席に着くなりそう言ったアスカに、一同は唖然とした。
え、あれ全部冗談だったのかよ、と。
そんな三人のことなど意に介さず、アスカは手元のコーヒー(のような何か)を口に運ぶ。
「それで、話ってのは何なんだ?」
「……俺もなんかついて来たけどそう言えば何も聞いてない。説明どうぞ」
エギルに続いてキリトまでもがそう言ったのを機に、アスカはアルゴの時と同じように、エギルにパーティー参加の要請をした。
6.
翌日。主街区から一時間ほど南に進んだ場所にある、洞窟型のダンジョン前にて、小規模のレイドが集まっていた。
五人パーティーと六人パーティーが組んだ、たった二パーティーの攻略レイド。
片や、全員がバラバラの装備をした、アスカ率いる寄せ集めパーティー。しかし戦力的には、攻略組精鋭と言っても遜色のない顔触れだ。
片や、全員が共通のギルドエンブレムを刻んだ鎧武者装備の侍ギルド。クラインが率いる《風林火山》のフルメンバーだ。15層時点で最前線に追いついてからも目覚ましい成長を遂げ、チームとしての実力はトップクラスに食い込む程。
昨日アスカが声をかけていたのは、アルゴとエギルだけではなかった。何せ、今までとは比べ物にならないほど強力なモンスターが跋扈するマップを踏破しようというのだ。たった二人増えたくらいでは、とても
総勢11人が集まる中、キリトはほんの少し不満げな雰囲気を漂わせていた。というのも、現地集合で先程合流した " 五人目 " のパーティーメンバーのことについて、自分だけ何も知らされていなかったことが、なんだか仲間外れにされたようで嫌だったから────ではなく。
その男と同じパーティーになることに、ほんの少しだけ忌避感を覚えていたからだ。
不動たる最強の剣士・ヒースクリフ。
アスカがパーティーメンバーとして誘っていたのは、よりにもよって警戒レベル3(キリト主観)の男だったのだ。
合流地点にヒースクリフが静かに佇んでいるのを見た時、キリトはなるべく関わらないようにしたいと思っていたのだが────よもや同じパーティーになるとは予想もしていなかった。
「何でアイツが一緒なの!?」とつい素の口調で問い詰めたものの、「あれ、言ってなかったっけ?」と何でもないかのような一言で、そんな小さな抵抗は無駄に終わってしまった。
「おっし、こっちは全員準備オッケーだぜ」
装備やポーション類の最終確認を終えたクラインが、アスカに話しかける。相も変わらず頭に巻いたバンダナの趣味は悪かったが、その下から覗く
アスカは頷きで返すと、少し間を空けてから全員の注目を集めた。
「それじゃ、陣形の最終確認をするのでみんな集まってください」
呼び掛けられた九人のメンバーはアスカとクラインの前に集まると、全員がアスカに視線を向けた。
今回のダンジョン攻略は、街で発見した収集系クエストのクリアが主な目的だ。
インスタント・マップが生成される系統の物ではないので、同じクエストを風林火山も受領している。互いに目標数を集めるまで協力し合うというスタンスだ。
わざわざそのような態勢で挑むのは、言わずもがなモンスターの強力さ故にだ。
到達初日は主街区から出ていなかった風林火山の面々も、最初はその提案に『心配しすぎではないか』と甘く見ていたようだが、洞窟前に到達するまでにフィールドのモンスターを相手にし、なぜアスカが声をかけてきたのかを納得していた。
今回アスカが組んだ陣形は、簡単に言えば前後二グループに分かれる。
最前列にはエギル、ヒースクリフと風林火山の壁役二人。
クエスト内容の『モンスターが落とす鉱石を集める』ということから予想される、頑強な岩系モンスターと相性の良い四人だ。そして例え相手が岩系でなかろうと、この層ではまず高い水準の防御力が必須であるため、この配置となった。
先行四人に続くのは、キリト、クライン、アルゴ、コジロウ──風林火山のもう一人の刀使いだ。エンカウント時、少しでも危険から守る為にアルゴは真ん中の配置。両脇をキリト、クラインが固め、コジロウは二人の補佐にあたる。
ここまでの前方組の後ろに、アスカ、風林火山の遠距離武器──薙刀と長槍の使い手の三人が続く。
遠距離武器ではないアスカが
「こんな感じでいきたいと思います。何か質問とかはありますか?」
説明を終え、アスカは九人の顔を見渡した。なるべく分かりやすく説明はしたが、念のためだ。
と、そこで、やや控えめに手を挙げる者がいた。
「あの、思ったんだけどさ」
風林火山のコジロウだ。クラインと同じく長身痩躯で、眠そうな垂れ目と茶目っ気のあるチョビヒゲが印象的だ。頭には海賊のような赤い布を巻いていた。
「言っちゃ悪いかもしれないが、わざわざ守るのが必要なら情報屋さんは抜けた方がいいんじゃないか? あえて危険に飛び込むことはないと思う。必要なら、後から俺らが情報を渡せばいいだろう?」
優しい性根なのか控えめにそう言ったコジロウの懸念は、アスカも最初に考えたことだった。
確かに、戦力となれないアルゴは留守番でもしておくのが賢明に思えるかもしれないが、それでもアルゴが参加する意義はある。
「今回僕たちは、小規模とは言えレイドを組んでこのダンジョンに挑みます。そうなると、多少なりとも混戦となるかもしれないので、モンスターの情報を
「なるほど……納得したよ」
「それなら良かったです」
得心がいったように一度頷いて疑問の色を消したコジロウは、鼻下のチョビヒゲを指先で整えた。
「……ンで、アンタは何か意見とかないか? こうした方が良いとか、そういうの」
今度はクラインが、確認するようにそう言った。視線の先には、ヒースクリフの冷静な双眸があった。
「いや、この陣形ならば問題ないだろう。……だが強いて言うなら、トラップなどで隊列が分断してしまった時のことを考えておくのも無駄ではない。例えば、その時に誰が指揮を執るのか、そして合流方法などだ」
本当なら、アスカはヒースクリフに指揮を頼む予定だったのだが、それを言ったところ「君がやってみたまえ」と任されてしまったのだ。
その時に面白がるような表情をしていたように見えたのは、きっとアスカの気のせいだ。
「そうですね……じゃあ、もしもそうなることがあったら、ひとまず近くの安全地帯に避難して、転移結晶で街に戻ってください。体勢を整えてから、また挑みます」
何せ、一度HPを全損してしまえば本当の死に直結する世界だ。危険な場所では慎重になりすぎる位が丁度良い。
陣形が崩れた時のその対応に、誰も文句は言わなかった。
全ての確認を終え、11人は洞窟へと入っていく。