【TS】ソードアート・オンライン - ブラッキーの秘密 -   作:みいけ

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第10話「渓谷の怪物」

1.

 

... no side ...

 

「中は結構広いんだ」

 

「そう言っただロ?」

 

「アルゴさんが話してたのって、あの人だよね」

 

 

アルゴとアスカが拳で砕いた入り口から侵入して通路を歩くこと二分。

特に入り組んだ迷路となっているという訳でもなく、真っ直ぐとした一本道はすぐに大広間に出た。通路は光ゴケがまばらに生えているだけで薄ぼんやりとしていたが、ここの壁には松明(たいまつ)の火が揺れていて視界に苦労することは全くなかった。

 

アスカが指差した先に佇むのは、話にもあった通りの老人NPC。縦、横ともに百メートルはあろうかという、フロアボスの部屋にも引けを取らないほどの空間の奥に、(わら)で作られた簡易なベッドの上で座禅のように胡座をかいて座り込んでいる。

 

三人は黙々と進み、彼の前へ。クエストを受けたアルゴがパーティーにいるので、キリトとアスカにも老人の頭上に浮かぶ『?』マークが見えている。クエスト進行中の印だ。

 

「んじゃ、キーちゃん任せたヨ」

 

アルゴの言葉に頷き、キリトは一歩前に出る。

 

「ご老人、秘薬を持ってきました。受けとってください」

 

定型のような文言に、老人は瞑想を解いて顔を上げた。

 

「……うむ。これぞまさしく、儂の奪われた秘薬。小狡い(けだもの)めから、よくぞ取り戻してくれた。これがなければ、儂の命も尽きていたことであろうて」

 

そう言って、キリトの差し出した瓶に手を伸ばし、受け取る老人。

 

「ふむ。そなた達には褒美をやらねばなるまい。しばし待たれよ」

 

 

... side Asuka ...

 

「そなた達には褒美をやらねばなるまい。しばし待たれよ」

 

これで報酬を受け取って終わりか。分かってはいたけど、呆気ないな。

 

 

老人の言葉を聞いてまず思ったのは、そんなことだった。多分、二人もそう思ってるのではないだろうか。

 

小一時間ほどもかけてここまでやってきたというのだから、ただ報酬を受け取って帰るだけというのも割に合わない気がするのは当然だ。

そんな益体もないことを考えている間に、老人はゆっくりとした動きでポーションの栓を取り、薄い紫色の中身を飲み始めた。

 

「……こういう時いつも思うんだけどさ、ボタンを連打してさっさと次の場面まで飛ばせないのがVRゲームの難点だよね」

 

と、老人のあまりにもゆっくりとした動作に早くも()れてきたのか、キリトが身も蓋もないことを言い出した。

 

「アー、確かにネ。リアルなのはすごいんだけド、もうちょい円滑に、トントン進められるような工夫も欲しかったよナ」

 

こちらも、製作側の苦労など知ったことかと言わんばかりのアルゴさん。

とはいえ、かく言う僕も、このゲームの首謀者たる茅場晶彦の苦労など知りたい訳もなく、むしろ苦労しまくれと考えてしまう訳だが、その一方で、茅場の計画を知らなかった他の製作者たちの現在を想像すれば同情せざるを得ない。

 

────しかしまあ、僕も、キリトもアルゴさんも。そして、恐らく他のプレイヤーたちも。

 

こんな風に呑気なことを言ったり思ったりするくらいには、心に余裕が出来てきたのだろうか。

 

しかし未だに、現実世界への一刻も早い帰還は僕の悲願であり、そして目的だ。それだけは忘れることはない。

 

と、好き勝手なことを言い合う二人を余所に僕が今一度目的を再確認したその時だった。

ようやくポーションを最後の一滴まで飲み干した老人が、先程よりもややスムーズに動き出した。

 

「ホォーっほっほっほ。薬を飲んだで調子が良くなってきたわい。さて、褒美の話じゃったな」

 

妙に様になった高笑いを一つ。

しかし相変わらず座り込み、腰も曲がった状態なので、とても調子が良くなったようには見えない。まあそれはこの際気にすべきではないのだろう。

 

「褒美として────」

 

ふむ。褒美として?

 

 

「────今宵の儂の糧となるがよい!光栄に思え!!」

 

 

……は?

 

今……なんて言ったんだ?

 

そんな疑問を口に出す前に、目の前では信じられないようなことが起こっていた。

 

「な……!!」

 

グリュゴリギガギギギュグリゴギン!!!

 

無理矢理文字に起こすとこんな感じの、骨格そのものが変化していくような音が響いたのだ。

 

「こ、こいツ!!」

 

事実。

その不気味なまでにリアルな音は、目の前の老人から発生しており。

 

そして、みるみるうちに体積が膨らみ、もはや人としての原型を留めてはいなかった。

 

最初に変化したのは胴体。

一瞬で倍以上もの幅に膨らんだかと思えばそれはさらに膨らみ幅十メートル程にもなり、禍々しい紫色に変色しながら、左右からは四対八本の太い脚が生えてきていた。

その内の、最前列の二本は他の六本に比べると異様に長い。

 

腰から下はすぐにその形を失い、胴体よりもやや小さい幅に膨らみ、先がツンと尖った楕円形へと変貌を遂げている。

当然ながら頭もそれに見合う形で変化し、二つだったはずの目はその数が十二になっていた。中央に四つの大きな目玉と、側面にそれぞれ四つずつ。

 

全身は見ただけで分かる硬質な外殻で覆われており、更にその上にはびっしりと短い産毛が生えている。

 

蜘蛛。

 

僅か十秒足らずで目の前に現れたのは、前の二本脚だけはカマキリが持つそれのような形をしていたものの、まさに『化物』サイズのまごうことなき蜘蛛だった。

 

「う……」

 

僕はあまり虫──厳密には蜘蛛は虫ではないが──が苦手と思ったことはない。

しかしそれでも、その大きさと色合い、不気味な眼の数などを目の当たりにすると、言いようのない嫌悪感に苛まれる。

 

そう。有体に言えば。言ってしまえば。

 

とてもキモい。

 

 

「グガギシュ……」

 

完全に変体を終えた蜘蛛には、そのことを知らなければ元が人型NPCだとは絶対に想像すら出来ないほどに、面影がなかった。

 

《The deadly venomous spider 》。

 

その凶悪な単語の羅列が、このモンスターに与えられた名前だった。

 

 

 

2.

 

... side Asuka ...

 

「こいつ……!!気を付けろ!下手をすると下層のフロアボスと同じくらいやばい!!」

 

カーソルを確認したのだろう。キリトの声には、強い焦燥が感じられた。

 

基本的にはパーティーを組まずに攻略をしていているために、攻略組の中でも頭一つ抜き出たレベルを確保していると自負する僕でさえも、ボスのカーソルは赤を通り越して黒に見える。

それは、その僕よりもさらに数レベル高いはずのキリトにとっても変わらなかったのだろう。

 

キリトはさっき、『下層のフロアボスと同じくらいやばい』と言った。

その事は、先に確認した通りカーソルの色からも分かるし、そして何よりボスのネームに定冠詞がついていることからも明らかだ。

 

さらに。

攻略組として戦い続ける内に身に付き始めた、理屈の外側に外れた勘。研ぎ澄まされたその第六感が、先程からひっきりなしに危険信号を発していることも、相手の凶悪さを測る材料となっていた。

 

 

……思えば。

そもそもの話として、このクエスト《渓谷の怪物》。

その名称から既に、警戒して然るべきだった。

 

キーアイテムであるポーションをドロップした《ポイズンファング・ウルフ》。

レアとは言え、単独で撃破できる程度の狼を《怪物》と称するには、いささか無理がある。

 

《怪物》とは、他でもない。

今はボスモンスターと化した、依頼主の老人NPCのことだったのだ。

 

本物の命が掛かっている今なら、この大部屋の無駄とも言えるほどの広さからも、何らかの戦闘が起こることを予想出来なくてはいけなかったというのに────

 

────油断していた!!

 

「二人とも! 警戒しつつ退避! 通路まで逃げ込めば追ってこれない筈だ!!」

 

色々なことが頭の中をぐるぐると巡っていたが、キリトの呼びかけがそれを断ち切った。

 

無意識の内に抜いていた愛剣を油断なく構えながら、僕は前を向いたまま後ろへジャンプして下がる。他二人も同様だ。

 

「……よシ、このまま────」

 

しかし。

 

 

「キシャアアッ!!」

 

 

「なっ!?」

 

三十メートルほど下がった時だった。

 

ボスが粘着質の糸を吐き、目指していた逃げ場を塞いだのは。

 

 

「駄目ダ、この糸切れそうもないゾ!!」

 

それでもアルゴさんはいち早く通路の所へ到着したらしいが、やはり塞いだからには簡単には逃がしてくれないらしい。

 

 

「こうなったら時間をかけて倒すしかない!まずはヤツのパターンを見るんだ!!」

 

後方を素早く確認したキリトがそう叫んだその時、僕も全く同じことを考えていた。

だが相手は、いちクエストのボスとはいえ、下層のフロアボス相当のレベルを有していることは間違いない。

 

こればかりは間違いであってほしかったものの、その思考が既に場違いの手遅れであることもまた、間違いのないことだった。

 

 

けれど、そもそものクエスト内容からしても、この場にいて然るプレイヤーの数は多くとも六人、1パーティーの筈だ。

ただのお使いごときに、レイドを組んでの大所帯で行こうとすることなどあり得ないのだから。

 

つまりは、そこがポイントなんだ。

 

このボスはレベルこそ高いものの、実際には少人数でも倒せるように設定されているはず、ということだ。

 

そうでないのなら、それこそ間違いであるに違いない。

 

倒せないことはない────とするならば。この状況下において僕がやるべきこととは。

 

 

「僕が囮をやる!二人は動きを観察しつつ、隙があったら攻撃を!無茶はするなよ!」

 

「アス坊こソ!!」

 

「互いにね!!」

 

 

二人もすぐに解ってくれたらしい。聞こえた返事は頼もしかった。

 

現状、キリトよりも素早く動け、尚且つアルゴさんよりも防御力があるのは僕だ。

 

キリトも遅くはないのだが、どちらかと言えば筋力値(STR)型だし、アルゴさんも強さに問題はないが敏捷値(AGI)極振りなので、その分守りが手薄なのだ。

守りが手薄ならば、いざフロアボスクラスの攻撃をくらった時に危険だ。流石に一撃死はないだろうが、あえてリスクを負うべきではない。

 

そういった点からして、いま囮をやるなら僕。というわけだ。

 

少し……いやかなり気後れしてしまうが、そんなものは関係ない。やらなければやられる。

 

 

《スパイラル・スピアー》。

第十四層まで活躍してくれた《シバルリック・レイピア+15》から造ったインゴットを元にして、十五層の街開きの日にとある鍛冶師の少女に鍛えて貰った新たな相棒。強化値も+2だ。

 

重くはなく、むしろ羽のように軽いが、しかし頼もしいその愛剣を腰だめに構えながら僕は走り出した。

 

 

 

***

 

 

 

「次!左からのなぎ払い来るぞ!」

 

直後、目前のボスが、異様に長い鎌状の右脚を器用に動かし、目の前の獲物を上下に分断せんとする。

が、当然僕は大きく後退することで凌ぐ。

 

隣のアルゴさんも同じくかわす。

そして今度は、こちらのターンだ。

 

前脚によるなぎ払い攻撃の後は、決まって体勢を崩して地面に倒れ伏す。

蜘蛛のくせにそのどんくさい動きはどうなんだと言いたくなるが、この際それは好都合だ。

 

無論すぐに体勢を立て直すが、ソードスキル一発を放ち、技後硬直から抜け出すには十分な時間だ。

 

「……ッ」

 

ボスの頭の正面にある、大きな四つの眼。

この蜘蛛の(ウィーク)(ポイント)であるそれらに狙いを定め、無言の気合いと共にソードスキル《セパレート・プリック》を放つ。

 

横一直線を等間隔で四度刺突するこの技は、亜人型モンスター相手にはノックバックが発生しやすく、さらにクリティカル判定が出やすいという中々に便利な技だ。

今も四連撃のうち、三撃目には鋭い手応えがあった。

 

ボスはそれに呼応して一度、そしてやや遅れて放たれたアルゴさんの攻撃に対して一度、苦しげに呻いた。

 

 

 

 

 

予期せぬボス戦開始から……正確な時間は分からないが、おそらく一時間近くは経っているだろう。

 

あれから、僕が一人でボスが攻撃を出すように誘導し、そして二人がそれを観察することで、およそ全てのパターンを把握することに成功した。

これは特に、僕の──そしておそらくキリトもしたであろう予想の通りだったことが大きい。

 

このボス、レベルの割には攻撃力が低く、動きも早いわけでは無いのだ。四つの眼を除いた部位の防御力がやや高いことを除けば、なんだか肩透かしを食らったような強さ。

HPゲージも四段ではなく三段だったし、すでに一段目は空っぽになり二段目の半分を切ろうとしている。

 

 

今は、三人のうちの二人が攻撃に徹し、一人が後方でボスの攻撃タイミングを知らせるというフォーメーションをとっている。

 

後方の一人は、一定時間ごとに攻撃の二人のうち、よりダメージを負っている方とスイッチで入れ替わる。

 

「アルゴ! スイッチ!」

 

「はいヨ!」

 

今まで、後ろで回復しつつボスの攻撃タイミングを測っていたキリトが、アルゴさんに呼びかける。

 

アルゴさんは替わり際に、通り名とは反して猫のような身のこなしでボスの頭に近づき、その眼をダガーで切りつけていった。

 

「ギシュウウウッ!」

 

「次、振動波くるよ! タイミングは言う! 2、1、今!!」

 

入れ替わりざまにかけてくるキリトのカウントに従って、ボスが垂直ジャンプで引き起こした衝撃を回避する。

 

そして、着地と同時にまたも数秒の《転倒》に陥るボスを、攻撃していく。

 

HPはさらに減り、残りも約半分。

油断は出来ないが、このまま行けば無事に外へ出られそうだ。

 

 

 

3.

 

... side Argo ...

 

「……相変わらず、二人ともすげーなァ」

 

攻略組の実力トップ二人の戦いぶりに、私は感嘆の溜め息と一緒にその言葉を呟かざるを得ない。

 

ちらりと確認した時刻から、戦闘開始から一時間と三十分が既に経過していたことが知れた。

他のボス戦闘と比べればかなり早めではあるけど、この戦いも終盤だ。

 

たったの三人でこの戦況の推移は、やはりボスの弱点である眼に寄るところが大きい。

元々少数での撃破を想定していたのだろうこの蜘蛛は、体の大部分は硬い外殻で覆われていても、その代わりとでも言うように弱点が非常に、とても脆弱(ぜいじゃく)だ。

隙の度に攻撃してはHPが面白いくらいにガリガリと削れるので、この短時間での、この成果が現れている。

 

ボスの攻撃を私が知らせ、それを的確に躱して反撃の痛撃を鮮やかに決め込む二人。

 

片や、攻略組の最高レベル保持者にして実力最強、《黒の剣士》の異名をとる少年……のフリをする少女。

 

彼女の剣技はとにかく圧巻の一言で、只でさえ突き抜けたステータスであるにも関わらず、繰り出すソードスキルにはさらにテクニックが上乗せされているので、とてつも無い攻撃力を誇る。

それだけでなく、ソードスキルを使わない通常の剣さばきも天才的で、何回見惚れてしまったかは覚えていない。

ついでに、アス坊には及ばないまでも、それにかなり近いほどのすばしっこさだ。

 

片や、レベル、実力共に攻略組のナンバーツーにして、凄腕の細剣使いの少年。

彼の剣技はキーちゃんにまで匹敵するほどで、剣の正確さはキーちゃんをも上回る。

そして何よりも、誰よりも。

 

速い──いや、『(はや)い』。

 

もちろん、情報屋として敏捷値極振りステータスの私には敵わないけど、それでも戦闘が(かなめ)の攻略組としては、尋常でなく、むしろ異常なほどに。

常に、彼は一番『疾い』。

 

ゲーム知識に疎いところはあったけど、最近ではそれも克服しつつある勤勉さんでもある。ちらりとキーちゃんから聞いた話では、『偏差値七十をキープしている』とかなんとか、リアルでも秀才だったことが伺われる。頭の回転も早いし、観察眼も()けていて、色々と凄いやつだ。

 

そんな二人だからか、私はあの子達が戦っているところを見て、不安を感じたことがない。

実に、頼もしい子達だ。

 

 

「! 次、毒針攻撃!!タゲはキー坊!!」

 

けど、ボスの予備動作は見逃さない。

既に後方──私からの指示無しでも攻撃を躱せるようにはなっているだろうけど、それでも。

どちらかがダメージを回復させる為のポジションは、キープしておかなければいけない。

その時は私が出て、残った一人を支援するんだ。

 

 

私が叫んだ約一秒後、予測通りにボスはその(あぎと)の奥から次々に毒の針を飛ばした。

あいつは現実の蜘蛛の生態とかその他色々無視しているような攻撃ばかりしてくるけど、ここ(SAO)でそんな指摘はナンセンスだ。

 

狙われているのは、二人のうちでより多くダメージを与え、《憎悪値(ヘイト)》を稼いだキーちゃんだった。

 

 

... side Asuka ...

 

ガガガガッ、と禍々しく紫色に発光した毒針が、疾走するキリトを追って地面に突き刺さっていく。

 

「アスカ、今だッ!!」

 

依然として毒針の狙撃に追われるキリトは、まるでこっちは気にするなとでも言うように叫んだ。

 

「わかってる!」

 

キリトに言われるまでもなく、僕は既に走り始めていた。

 

この毒針攻撃のパターンも、戦闘の序盤に把握済みだ。

 

3。

 

「……っ」

 

2。

 

「キシュウウウウッ!」

 

1。

 

「せぇ────のッ」

 

ボスが、けたたましい鳴き声をあげると同時に。

 

僕は、毒針の射出を終えた頭を目指し、走る勢いのまま大きく跳躍した。

直後、ボスは左右の鎌で交互に薙ぎ払いを仕掛けてくる。

 

ヴォンッ!! という(やいば)が足下を通り過ぎる風切り音を、ひやりとした感覚と共に置き去りにして。

 

レイピアに意識を集中し────

 

「────ここ、だぁッ!!」

 

()()()()()()スパイラル・スピアーの切っ先を真下に向け、鮮明な群青色の光を纏う刀身に全体重を乗せながら、中央の眼に思い切り突き刺した──いや、穿(うが)ち沈めた。

 

《シングル・ストライク》。

今現在僕が扱えるソードスキルの中でも、最も攻撃力に長けた一撃。

細剣カテゴリにしては珍しい、非常に『重い』一突きを見舞うこの技は、技後の隙が体勢的にとても大きいので、人型モンスターや、小さく素早いモンスター相手にはあまり適さない。

 

しかし、この図体の、動きの鈍い相手になら。

 

ボスと言えども、恐れることなく、遠慮なく。繰り出すことが出来る。

 

「ギシャアアアアアアアアア!!!」

 

案の定、今の一撃でHPを大きく減らされたボスは、激痛(?)にのたうち回る。

 

「うわ、わっ……」

 

あまりにも大きな揺れに、僕は振り落とされ────

 

「んぐむっ!?」

 

……頭から地面に着地したら、何か変な声が出た。

 

痛みは無いけれど、不快な痺れが頭を覆う。

 

「くそっ……」

 

汚い悪態をつきながら、左手で頭を抑えて立ち上がる。……少しよろめくな。

あまり意識することはないが、この世界では全ての情報を脳がダイレクトに受け取る。となれば、今のは脳みそを直接に揺さぶられたのと等しいということになるのだから、嫌なシステムだ。

 

……っと。

いつまでもフラフラしている訳にはいかないな。急いで距離を取らないと。

 

 

ボスのHPは、見れば残り僅か、赤色に染まるまでの量に減っていた。どうやら、先の一撃が相当に効いたらしく、その減り幅は(いちじる)しかった。

 

よし、いける。あと少しで────

 

「キシュワシャァッッ!!」

 

────!!?

 

「気を付けロ!今までの動きと違ウ!!」

 

そんな叫びを聞いたか、聞き終わらないかの内に。

 

 

気づけば、僕は大きな衝撃に吹き飛ばされていた。

 

 

「く……っ!?」

 

何が…………。

 

目の前には、いつの間にか右の鎌を振り上げた体勢で留まるボス。その脚の近くの中空には、薄紫色の光の残滓(ざんし)がチラチラと舞っていた。

 

その光は、ソードスキルを発動させた後のエフェクトそのものだった。

 

上半身を左から逆袈裟(けさ)方向に抜けて残る不快な痺れで、たった今攻撃を受けたのだと、知覚が追いついた。

 

 

4.

 

... side Kirito ...

 

「キシュワシャァッッ!!」

 

ボスが一際耳にキンとくる鳴き声を上げた。

何事かと、身体を強張らせた次の瞬間。

 

「!!」

 

ボスの両の鎌が毒々しい紫色にじわりと滲んで、間髪なく右のそれを振るった。

 

「速……!」

 

……っ!アスカが正面から攻撃を受けてしまった!!

 

碌に受身もとれずに落下した身体は、どさっ、とくぐもった音をたてた。

 

「大丈夫か!?」

 

「いや……少し、まずいかもね…………」

 

地面へ倒れる彼の元へすぐさま駆けつけると、やっぱりもろに斬撃をくらっていたことがよくわかった。

 

落ち着いた声音こそ焦りを僅かに含んでいること以外はいつもと変わらないけど、身体は見えない何かに押さえつけられているみたいにぎこちなく震えている。

 

そして。

 

視界の端にある私のHPバーのひとつ下──三割ほど空になったアスカのそれが。

 

先程から、じわりじわりと一定量ずつ僅かに、けれど確かに減り続けている。

そして、バーの周りを点滅するグリーンの枠。

 

これらの現象の正体は、既にわかっていた。

 

「二重デバフ……!」

 

要は、たたでさえ厄介なデバフが二つ同時にかけられているということだ。

 

この状態──《麻痺》と《毒》の二重毒をどう切り抜けるか。

 

とりあえず。

 

「……失礼っ!」

 

「うわっ!?」

 

アスカを担いで、後方に避難させる!

 

────ヴォンッッ!!

 

走り出した途端、すぐ後ろで凄まじい風切り音が聞こえた。左の鎌で二撃目を放ったんだ。

 

「キシュアアアアアッ!」

 

獲物を捉えられなかった事が気に入らないのか、ボスが不機嫌そうに叫ぶ。

 

「アルゴッ」

 

「任せとケ!」

 

すぐさまアルゴが投擲(とうてき)ピックをボスの眼に放ち、ボスの注意を引き付けた。

 

今のうちにっ……

 

「ほらアスカ解毒ポーション!」

 

ボスから遠く離れたところでアスカを肩から降ろし、麻痺毒用のものと合わせて瓶を二本取り出す。

 

「すまない……」

 

「気にしないで、それよりも回復を……」

 

早く済ませてアルゴの援護をしないと!

 

「ちょっと手荒くなっちゃうけどごめんっ」

 

「んぐぅ!?」

 

今は一刻を争う状況だ。

だから、有無を言わさずポーションの瓶を口に突っ込んでも、許されるだろう。

 

ごく、ごくと勢いよく緑の液体──普通の解毒ポーションを飲み干していくアスカ。まずは、今尚減り続けるダメージを止めるのが先だ。

 

「ぷはっ」

 

「もう一本!」

 

今度は、麻痺毒用の解毒ポーション──これで十数秒後にはアスカは自由に動けるようになるだろう。

 

「じゃあアスカも回復したら来てくれ!」

 

「あぁ……」

 

一分もかけずに一連の動作を終え、私はすぐにまたボスの元へ急いだ。

 

……勢いよくポーションを飲ませたせいか、アスカが若干涙目になっていたのは見なかったことにしよう。

 

 

... side Asuka ...

 

「はやく……」

 

じわじわと、少しずつ増えていくHPゲージが今は恨めしい。

 

早く、回復を……

 

「くっ!!」

 

キリトが、ボスの振りかざす鎌の斬撃を辛うじて弾く。

 

やっぱり……このボス、鎌のソードスキルが異様に速い……!

 

油断していたわけじゃない。しかし、たったの三人で立ち回れていたことに少なからず心理的な余裕があったことも……完全には、否定できない。

 

けれど。

 

相手がどうこうという以前に────ここは、攻略の最前線なんだ。

 

気を抜けば、死ぬ。

 

そんな当たり前の事実を、今更ながら思い出す。

 

 

!!

 

「キー坊!」

 

気づけば、キリトが地面に倒れ伏していた。何か白いものが……?

 

あれは……糸か!?

 

「くぅ……っ!?」

 

ちょうど腕と足をそれぞれ封じるように糸が絡み付いて、身動きが取れなくなっている……!

 

「うワ!?」

 

アルゴさんも毒針を避けるので精一杯だ……まずい、早くキリトを移動させなきゃ……

 

「キシャァアアアアッッ」

 

あれは……!さっきの鎌二連撃のプレモーション!!

 

「く……ッ」

 

ボスは右の鎌の狙いを、倒れ伏すキリトに既に定めている。猶予はない。

 

まだ、僕のHPは七割にも達していない……。

 

 

でも。

 

 

そんなことに構ってられるか。

 

気づけば、走りだしていた。

 

「間に……合え──ッ!!」

 

「アスカっ!?まだ回復は……!」

 

 

鍛え上げた敏捷値のおかげで、僕は二秒とかからずに二十メートル程の距離を詰めた。

 

僕の細剣では、あの蜘蛛の強力な鎌を弾くことは出来ない。

 

ではどうするか?

 

「ちょっ……ひゃあ!?」

 

さっき僕がされたのと同じく、直接移動させるまでだ。

 

体格差のおかげで、僕は肩に担ぎ上げるまでもなく、キリトを小脇に抱えた。

 

キリトがらしくない声をあげたが、それにも構っていられない。

 

「ひぁっ! ど、どこ触ってっ!?」

 

「黙って運ばれてろ!」

 

というか、腰回りが細すぎないか……? もやしっ子ってやつか。

 

そんなことが頭をよぎったのも束の間、すぐ後ろでは地面が抉れる音が響いた。

 

 

「多分その糸、相当時間がかからないとほどけないと思う。あと少しだから待っててくれ」

 

「うぐ……、わかった」

 

 

さて──、そろそろ終わらせてやる……!!

 

確認すると、ボスのHPは残すところ三パーセント程。

 

次で決める!!

 

「アス坊! 次のタイミングで連携ダ!!」

 

「はい!!」

 

ボスが左の鎌を黒の混じった深紅色に輝かせ────

 

「てやッ!」

 

アルゴさんが投剣を中央の眼に放ち────

 

「今ダ!!」

 

そのソードスキルがキャンセルさせられたところを。

 

 

 

「は……アアァァァアアアッッ!!!」

 

 

 

《リニアー》。

 

一番最初に覚え、そして今尚僕を助けてくれる剣技。基本的な、ただの単発技であるが、しかしそれ故に。

 

最も手に馴染み、体が覚えているその技を。

 

ギリギリまで速度を、威力をブーストしたその技を。

 

ありったけの気合いと共に、()ち出した。

 

ズバンッ!!! と。

今まで聞いた中で、一際(ひときわ)鋭い音がした直後。

 

 

「ギシュ……ギシッ、ガ、ギ…………」

 

 

その呻き声を最後に。

 

意表を突く様々な攻撃で、散々に僕らを翻弄した《The deadly venomous spider》という名の怪物は。

 

盛大なサウンドエフェクトと共に、無数のポリゴン片となって爆散した。

 

 

 

 


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