白肌娘がダンジョンで活躍するのは間違っているだろうか 作:粉プリン
「ガネーシャ様、ガネーシャ様っ!大変です、一大事です!」
暑い日の光が降り注ぐ闘技場の一角で、動きがあった。怪物祭は今も続行されている。長い首を振り回す小さな龍の背に調教師がロデオのように飛び乗る中、人々の興奮は最高潮に達しようとしていた。
「ーー何を隠そう、俺がガネーシャだ!」
「いや知ってますよ?!今更自己紹介とかいりませんから!」
闘技場最上部の観覧席。アリーナ全体を一望できる位置で祭を見守っていたガネーシャは、駆け込んできた構成員の姿を見て眉をひそめた。
「それで何だ。何か問題でも起きたのか」
「そ、そうなんです!怪物祭用に檻に入れていたモンスターが脱走したんです!」
「……えっ?それって不味くない?平気なの?」
「だから一大事だって言ってるじゃないですか?!」
ピタリと動きを止めたガネーシャに構成員は唾を飛ばし、事態は急を要するとまくしたてた。神妙な顔で耳を傾けていたガネーシャは、話が終わると同時に低い声音で尋ねた。
「脱走した、いや放たれたモンスターの数は何匹だ?」
「きゅ、九匹です。中には、腕利きの冒険者でも手に負えないモンスターも……」
「そ、それに今回神々から募集を募ったあのモンスターが……」
「あいつまで放たれたというのか?!」
構成員がもたらした情報にガネーシャは仮面の内で顔を歪めた。
(
一人、思考を続けつつも構成員に号令を飛ばし、迅速な対応に出ていたその頃、闘技場正門付近で待機していたエイナ達にもその情報は伝わってきた。しかし、そこに偶然通りかかった主神ロキと【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインが助力することとなった。
「で、モンスターはどこら辺うろついとるか、わかるか?」
「は、はいっ、ほとんどのモンスターが東のメインストリートに向かったそうです」
その発言にアイズが疑問を持った。
「……ほとんど?」
「……何でも、神々から募集を募ったモンスターがまだ見つかっていないとか」
「そのモンスターってのはなんや?」
ロキが聞くと、ギルド職員は緊張した顔で告げた。
「……ブラックドラゴンです」
「っ!マジかいな!アイズ、さっさと終わらせて探すで!」
「はい」
ブラックドラゴン。ダンジョン内ではLv.
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ーー
(………………おっきい)
その頃、ティアはというと件のブラックドラゴンと対峙していた。正確には物陰から出てきたドラゴンの大凡の移動先を見極めて、自宅で装備を整えてきていた。流石にあの白い少年のように非装備でモンスターと戦うなんて考えは起きない。そんなことしたら死ぬだけだ。それに確実にこいつは格上だ。万全の準備をしたところでかすかに勝率が見えるかどうかに変わっただけ。
(………………人はいない)
初めにこいつとあった時点で周りの人は逃げ出している。装備を整えて戻ってきた頃には全員避難したあとだった。ブラックドラゴンは目の前に現れた邪魔者を排除すべくブレスを吐いてきた。ティアはまだ知らないがそのブレスは中層に出現するヘルハウンドのブレスなどとは格が違った。文字通り街の一角とはいえ、火の海に沈める程のブレスが放たれた。直前にティアは民家の屋根に飛び移った。さっきまでいた通路が焦がされ、焼け落ちていく様を見て緊張が高まる。この前のラミスゲルなど雑魚当然のレベルだ。
(………………手持ちは)
武器は愛用の斧にこの前購入した槌。どちらも効くとはあまり思えない。ポーションの類は一つだけ、気休め程度だろう。防具はそれなりのものだがそれでもあのブレスに対抗できるほどではないし、そもそもティアの防具は要所に取り付け、体を動かしてそこに攻撃を誘導する形で防ぐ。ブレスのような曖昧なものには弱い。今までは避けることで対処してきたがここにきてそれが仇となった。狭く入り組んだ街中ではうまく避けられず、それ以前に民家一つを押し潰すようなブレスだ。仮に防いだところで意味などない。
「………………ふっ」
屋根から飛び降りるようにブラックドラゴンの首元に斬りかかる。速度は十分、反応しているがここからなら避けられることはない。筈だった。
「あぐっ?!」
脇腹に重い一撃が刺さった。あまりの衝撃に身動きが取れず壁に受身も取れずにぶち当たった。肺の中から空気が強制的に吐き出され、軽い酸欠に陥る。
(………………な、なんで……)
攻撃は確かに通った筈、なのに何故あのタイミングで反撃できたのか。そもそもどうやって行ったのか。その答えは奇しくも向こうが示していた。上から降ってくる影に反応し、急いで脇に転がる。直後に分厚い肉で覆われた尻尾が壁を抉りながら地面に突き立った。振り下ろした衝撃でまたも枯れ葉のように吹き飛ばされた。
「…………はぁ……はぁ」
状況はこの上なく最悪、通ったと思った攻撃は表面の鱗を数枚破壊しただけ。先ほどの尻尾の一撃で掴み損ねた槌は柄がひしゃげている。あれでは使えないだろう。しかも腰から液体が滴っている。ホルダーに入れたポーションが割れて中身が溢れていた。これで武器と回復手段が同時に一つ潰された。残ったものはボロボロの防具と斧だけ。斧は無事だか無事じゃないこの体で出来ることなどほとんどない。ブラックドラゴンもこちらが瀕死なのを悟ったのか、もう逃げられないと思ったのか攻撃を仕掛けてこない。実際、一歩踏み出すのも億劫なくらい疲労がたまっている。だが、これでも状況は止まらない。
「……ひぃ!」
小さな悲鳴が聞こえた。そちらに目だけ向けると裏路地で尻餅をつく少年がいた。何故こんなところに、そんなことなど考えてる暇などない。現にブラックドラゴンはこちらから少年に興味をむけてる。ブラックドラゴンの尻尾が唸り、少年の頭を撃ち抜くように薙ぎ払った。
「っ!!?!」
「……逃げてっ!」
目の前の光景に脳が追いついてないのか、呆然とした顔でしきりに首を上下しながら駆け出していった。犠牲者を出さずに済んだことにホッとしたのもつかの間、背骨を叩き潰すような痛みと重さが上からのしかかってきた。目の前がチカチカと光り意識が飛びかける。前後左右もわからないままその場から飛び起き、通りに戻る。そこでやっとブラックドラゴンが尻尾を真上から叩き下ろしたことがわかった。
(………………勝てない)
既に全身に走る痛みで足元すらおぼつかなくなってきた。幾らステータスが高いといっても相手はLvから違うだろう。そんな相手に、むしろよくここまで持ったほうだ。斧も構えるのではなく杖代わりになっている。あと一撃でも食らえばそれでおしまいだ。次はない。
(………………これで終わるんだ)
ブラックドラゴンがブレスの準備を始めた。
(………………何も残せなかった)
ブラックドラゴンの体が後ろに引かれ、ブレスの体制をとる。
(………………何もしてあげられなかった)
喉が膨らみ、前かがみでブレスの準備が整いブラックドラゴンが口を開ける。
(………………ごめん、カリタス)
「貴方になら出来るわ。だって私のただ一人の家族じゃない」
目が覚めた。なけなしの体力を掻き集めて斜め上に飛ぶ。
(………………そうだ、約束した)
初めてダンジョンに潜る時にカリタスから言われた。ダンジョンから帰ってきてエイナに言われた。仲のいいパン屋のおばさんにも、たまに話す武器屋の店員にも、言われた。
(………………それに、
遠い昔、まだこの街に来るずっと前。いつもフードを被りたまにしか家に帰ってこないお母さんの言葉が蘇った。
「貴方はいずれ大きな波紋を呼ぶ。だから絶対に死なないこと。大丈夫よ、困ったら周りに助けて貰えばいいし、貴方は可愛いから。
「……だから、ここで死なない!」
ブラックドラゴンは未だブレスの体制で固まっている。ギリギリ一太刀入れる間はあるが、逆にそれでカタをつけなければ終わりだ。このままでは絶対に通じない。だから使えるものは全部使う。
『種は水を吸い取らず、葉は光を浴びず、花は誰にも見られず、やがて全て枯れ果てる』
即死魔法を
ブラックドラゴンの魔石が砕けた。
薙ぎ払われた尻尾になす術もなく飛ばされ地面にぶつかったティアは朦朧とした意識でそれを見た。悲鳴を上げながら足を折り、地面に腹をついて、直後爆散したブラックドラゴンを。それを見届けたティアは命の危険が去ったことを知り、緊張の糸が切れ、気絶した。
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ーーーー
ーー
「ブラックドラゴンが見つからない?」
「うん、神ロキとアイズ・ヴァレンシュタインさんが探したけど、見つけたのは燃えた民家とグシャグシャの武器だけだって」
情報を整理し指示を飛ばしている最中、バベルに帰ってきた同僚の報告を聞き、エイナは眉をひそめた。ブラックドラゴンは凶暴なモンスターだ。それが何処かに潜伏して機会を窺うなどあり得ない。ここまで探していないとなると誰かが倒したのかもしれない。
「だとしたら一体誰が……」
その時、バベルの入り口がにわかに騒がしくなった。
「いいかしら、急ぎのようなのだけれど」
「か、神フレイヤ?!」
同僚の声でそっちに顔を向けた。そこにいたのはオリトラに住む神でも一番と言われている美の神フレイヤだった。だがエイナが目をつけたのはフレイヤ本人ではない。正確にはフレイヤが抱きかかえている少女だった。
「ティアちゃん?!」
急いで駆け寄ると少女はぱっと見でもわかるくらいに傷ついていた。全身から血が流れ、露出した背中は青く大きなミミズ腫れがあり、両腕は肘まで火傷の跡があり、極め付けは左目が抉られるように潰されていた。
「……ど、どこでこの子を?」
「西の外壁近くの裏路地で倒れてるのを見かけてね。急いで治療してあげて。一応、うちの子に持って来させたポーションを飲ませているとはいえ重体に変わりはないし」
「分かりました、ミィシャ!今すぐ医療班を呼んで来て!私はこの子を連れて行く!」
同僚に指示を飛ばすと、フレイヤからティアを受け取る。中身が抜け落ちたかのような軽さを感じ、考えていたよりも遥かに不味い状況にエイナは歯噛みした。
「もし、私が付いていたら……」
「それは結果論でしかないわ。今はその子を直してあげることが最優先。違うかしら?」
「……そうですね。すいません、失礼します」
ティアを連れて奥に行く途中、
「その子が起きたら伝えてあげて。『頑張りなさい』とね」
フレイヤからの意味深な伝言を聞き、今度こそティアを寝かせるために奥へと行った。