「ようこそベルベットルームへ」
ふと目を覚ました少女が声の主を見ると、目の大きな鼻の長い老人が居る。
「これはまた珍しい事もあるものだ、異なるお客人と絆を結ぶ方がこの部屋を訪れるとは」
ここは何処?と、問う少女に老人は。
「ここは夢と現実の狭間の世界、本来であれば何らかの『契約』を結んだ方が訪れる場所。貴女は今、現実では眠りに着いておられる、何が原因でこちらを訪ねられたかは解りかねますが」
戸惑う少女に、老人は更に言葉を重ね、そして。
「貴女は後に某か契約を結ぶ事になるのでしょう、その時再びまみえる事になりましょう。さあお行きなさい、そろそろ目を覚ます頃のようだーー」
ーー目を覚ますと、見慣れたメイド……と言うか使い魔の顔。
「ルイズ、そろそろ支度しないと舞踏会に遅れるよ」
「あ……うん……」
はっきりしない頭に残るのは群青色の部屋。
ルイズは紗久弥にされるがままに顔を洗われ、ドレスを纏い、髪を結わえて薄く化粧がなされていった。
頭がはっきりしたのは、さあ行くよ?と、自身もドレスアップを済ませた紗久弥に声をかけられた時。
その姿を見たルイズの感想は。
「あんたが主役になりそうねーー」
ーールイズの言葉通りに、紗久弥に男が群がりキュルケも大層驚き、女子の多くは嫉妬を覚え、一部の女子は『酒!飲まずにはいられない!』状態だったと言う。
さておき明くる朝、紗久弥はどうせならカリーヌにもペルソナの存在を見せたいと思い、ルイズに伝えると。
「解ったわ、虚無の曜日にもう一度来ると仰っていたから、前日に来れるなら来てほしいって伝えておくわね」
「ありがとう、ルイズ」
そう微笑んだ紗久弥は仕事に戻り、ルイズは授業の為に教室に向かう。
各々の日常が始まるーー
「ーー諸君、最強の系統とは何か解るかね?」
『解りました、では前日に』と、書かれていた母からの手紙が届いたのが出した二日目の事。
そして、今日はその母が訪ねてくる日である。
授業は、ギトーと言う風のスクエアメイジの教師がキュルケを挑発したところである。
ルイズは珍しく授業を一緒に受けている紗久弥に事のなり行きを聞いてみた。
「はあ?風が最強って?対人戦闘ならそりゃ最強の系統なんだろうけど、戦場問わずってなるとカッタートルネードや『偏在』が使えるスクエアメイジに限った話よ?それも魔法衛士隊レベルで戦える人に限っての」
思わず声が高くなったルイズに、教師ギトーが反応した。
「ほう、つまりミス・ヴァリエールは『私は』強くないと言いたいのかね?」
「え、あ、いえ、そうではなく……」
しどろもどろになるルイズに、ギトーは一つ鼻をならし。
「だがまあ、ミス・ヴァリエールの言ったことは強ち間違いではない。先日のミスタ・グラモンとミスタ・ロレーヌの決闘を知っている者も多いだろう。あれは、実に良い手本とも言える戦いであった、クラスの劣るミスタ・グラモンの健闘は胸が熱くなる」
ごほん、と一つ咳を払い。
「あー……単に風が最強の系統と言うのはその対人に於いての殺傷力の高さにあるが、ミス・ヴァリエールの言うように騎士程に戦える風のスクエアメイジに於いて漸くほぼ最強とも言える」
訂正しても風が最強のスタンスは崩さないギトーである。
「授業中失礼しますぞ」
唐突に入ってきたのはやたら着飾ったコルベール。
「何あれ?」
紗久弥は思わずルイズに訊いてしまう。
「あーと……仮装?」
勿論そんな訳ではなく、コルベールによるとこの国、トリステインのお姫様が行幸するのだとか。
「以後の授業は全て中止、急事ではありますが、各々準備を怠らぬように!」
コルベールが退室すると同時に、生徒達も教室を飛び出していくのであった。
勿論、ルイズも例には漏れはしていないが、さして慌てては居ないようで。
「私は少し身嗜みを整えるだけで良いもの、問題はあんたね……私と一緒にってのもアリだけど……区別はつけないと……ね」
「いいよ、それに皆も忙しいだろうからその手伝いもしたいから、ルイズの支度済んだらそっち行くね?」
ルイズはそれを了承すると身支度を整え、サクヤと共に部屋を出て、準備に戸惑う他の生徒達のところに向かうーー
「ーーしかし、ゲルマニアからの帰路に於いて公爵夫人と御息女の乗る馬車と遭遇するとは、夢にも思いませんでしたな」
「いえ、此方こそ実に申し訳なく存じますわ、猊下」
本来であれば、街道を外れ道を譲らなければならなかったのだろうが、今は公爵家の馬車にその身を移した王女たっての希望もあり、馬をその列に加えることとなったのである。
「なに、お気に召されるな。殿下も私等と共に居るよりも御息女といる方が心も安らぐでしょう」
「だからと言って猊下のお気は優れる事にはなりますまい?当家にも『例の動き』は届いております、この時期のゲルマニア訪問……ただの表敬ではいとお見受けいたしますが?」
『例の動き』とは現在、隣国アルビオンに於いて起きている『革命戦争』である。
「全く……始祖の血筋たる王家の血を蔑ろに、聖地奪還などと……」
カリーヌは溜め息と共に憤慨たる気持ちも溢す。
「殿下もこの動きには心を痛めていますが、それで立ち止まっていただく訳にもいきませぬ、アルビオン王家の滅亡は最早避けられぬ程。そうなれば……」
アルビオン王家の滅亡それは『聖地奪還』を掲げる革命軍……王家に反旗を翻した貴族諸侯の軍『レコン・キスタ』によるトリステイン侵攻へ繋がるだろう。
「では……殿下はやはりゲルマニアに?」
「ええ、殿下の御身とーー」
「ーー私の身と引き換えに、トリステインはゲルマニアと同盟を結ぶ事になるのでしょう」
膝で眠る猫を撫で付けながら、彼女はそう呟く。
「姫殿下……」
「解ってはいるのです、最早私の意思で私の望む結婚などは出来ないと……カトレア様……申し訳ありませんが、少し……胸をお貸し頂けますか?」
カトレアと呼ばれた女性はこれに黙って頷き、姫の頭を抱き締める。
「ありがとう……ございます……」
「アンリエッタ様……学院迄は暫くございます、少しお休みください」
そうアンリエッタに呟いて、カトレアは馬車窓を少し開け、警護に就く衛士隊の人間をそばに呼び。
「姫殿下が少しお休みになられます事を、枢機卿にお伝え下さい」
その言伝てを聞いた衛士は跨がる幻獣を駆り、枢機卿の乗る馬車へと向かっていったーー
「ーートリステイン王国王女、アンリエッタ殿下おなぁぁぁぁぁりぃぃぃぃぃ!」
門が学院衛士により開かれ、教師・生徒・使用人達もその緊張が高まると同時に静まる学院。
そして、幻獣ユニコーンが牽く馬車から男……マザリーニ枢機卿が降り立ち、馬車に手を伸ばすと、白くしなやかな美しい手が伸び、その手を取る。
そして、その美貌白百合の如しと名高いその姿を現した時、大歓声が起きた。
キュルケはこんな時にも本を読み耽るタバサに感心しつつ。
「あれが白百合の如しお姫様ねぇ……私の方が綺麗だと思わない?」
などと言い、タバサはどうでも良いと言わんばかりに首肯して、本に集中する。
そして、ルイズはかつてよりも尚美しく成長したアンリエッタに見惚れていた。
……そんなルイズをちらりと見て、幻獣グリフォンに跨がる魔法衛士隊グリフォン部隊隊長は密やかに笑みを浮かべる、何処か冷酷な笑みをーー
「ーーお手をどうぞ公爵夫人」
一方、道中目を覚ましたアンリエッタ達と再び別れたカリーヌ達は魔法学院の物資搬入門からの学院に入っていた。
それを出迎え、手を差し伸べるのはロングビル。
その背後に控える紗久弥も居る。
「あら、貴女達が出迎えてくれるだなんて」
「オールド・オスマンへの言伝てを聞かされた折りに私がお迎えを申し出ましたので、さ、カトレア様もお手を」
カリーヌの後に出てきたのは、ルイズの胸を大きくして身長を高く、そして纏う雰囲気を大人にした様な人物であった。
「ありがとう、ロングビルさん」
その微笑みは柔らかく、カトレアと言う女性の人間性を伺え、同時にルイズが慕うのも理解出来るものである。
「貴女は……ああ、貴女がルイズの使い魔さんですね?そのヘアピンが特徴の一つとして、手紙に書かれていましたから」
結構細かく伝えてたんだなぁと、感心する紗久弥だった。
皆大好き覚醒イベ子爵登場!