二人の『ゼロ』   作:銀剣士

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トリスタニアで休日を

「サクヤ、明日は虚無の曜日よ、お休みなの!」

 

唐突に部屋に突入してきて、熱っぽく語るのはキュルケ。

 

「うん、ルイズもそう言ってトリスタニア?ってとこに行く予定何だけど……」

 

「馬で?」

 

その短い言葉を、ニヤつきながらルイズに向けると、ルイズは呆れたように。

 

「歩く訳無いでしょ?」

 

と、突き放す様に言うが、負けじとキュルケは本に集中するタバサをルイズの前に座らせると、胸を張り。

 

「私はこの子とこの子の使い魔と行くのよ!」

 

ドヤッと、ルイズに勝ち誇るが。

 

「行かない」

 

キュルケから、ピシッっと音がした気がした。

 

「明日は虚無の曜日」

 

言い捨てて再び本に集中するタバサの肩ががっしり掴まれる。

 

「何でよ!?良いじゃない!サクヤと過ごす初めての虚無の曜日なのよ!?あれやこれやと遊びましょうよぉ~!」

 

ぐいんぐいん揺さぶられながら、タバサは紗久弥に『行くの?』と目で問い、紗久弥はそれに頷いて答える。

 

「そう……解った、行く」

 

途端に揺さぶられるのが止まり、キュルケの豊満な胸に顔を埋められるタバサ。

 

「さすがタバサね!でも私のお願いで動かなかったのにどうして?」

 

キュルケに抱かれたままタバサは何故だろうと思考して。

 

モゴモゴと口を動かしたが、声は、キュルケの胸に吸収された。

 

「なにやってんだか」

 

呆れたように言うルイズだが、その実内心楽しさが溢れている。

 

思えばこうして休日の予定を誰かと決めたり、思いを馳せたりと言う経験が殆ど無い。

 

喩えそれが不倶戴天の敵だと公言憚らない相手だとしても。こうして過ごす日常がルイズは欲しかった、きっと普通に魔法を使えていたら……果たしてこんな日常があったのだろうか?

 

キュルケは、こうして居るだろうか?

 

タバサは……変わらない気がする。

 

そして紗久弥は……自分の使い魔になっていたのだろうか?

 

もしかしたら、普通に動物や幻獣辺りを呼んでいたのかもしれない。

 

今はもう、そんな『普通』を想像するのが難しくなった。

 

紗久弥と過ごしたのは数日ではあるが、ルイズにとって、何にも変えられない日々。

 

そして、明日はそんな日々の中で一際楽しくなるだろう。そんな予感が、ルイズにはしたーー

 

 

 

 

 

 

 

ーー翌日、ルイズ達はタバサの使い魔である風竜の背にのってトリスタニアに向かっていた。

 

「にしても……紗久弥、アンタ風竜ホントに初めてなの?随分優雅に過ごしてるじゃない」

 

「いや、使い魔に膝枕してもらってるとかあなたも大概よ?」

 

背鰭を背もたれに座る紗久弥に、ルイズは膝を枕に横になって、空の旅を楽しむ。

 

「フフン、羨ましい?」

 

「いや、別に」

 

ふとキュルケはタバサを見ると。

 

いつもと変わらず本を読み耽っている様だが、その実タバサはゆっくりと飛ぶ風竜、シルフィードと念話で話をしている。

 

『うう、この大いなる意志様は本当にシルフィに何にもしないのね?』

 

『また言った、大いなる意志様とは何?』

 

『大いなる意志様は大いなる意志様なのね、決して起こしてはいけないのね、キュイ』

 

タバサは頭を捻る。

 

今、シルフィードは起こしてはいけないと言った、サクヤは起きているのに。

 

(彼女を指しているのは確か……では、何を起こしてはいけないの?)

 

頭を過るのは紗久弥が召喚された時の現象。

 

一部の人間を除いて軒並み気絶すると言う異常な事態を引き起こした、あの現象。

 

『シルフィード、彼女が召喚された時のあの現象は?』

 

『お姉様、もう止めとくのね、世の中触れない方が良いモノと触れてはいけないモノとがあるのね、眠る大いなる意志様は後者なの、キュイ』

 

それ以降(トリスタニアに到着するまで)シルフィードは固く口を閉ざしてしまう。

 

静かなのは良いが、このおしゃべり大好きなシルフィードが自ら口を閉ざす……事はそれほどなのかと、タバサは思うーー

 

 

 

 

ーートリステイン王都トリスタニア。

 

「さあ着いたわよ!」

 

大通り、ブルドンネ街は休日ともあって賑わっている。

 

その中を、ルイズを先頭にタバサ、紗久弥、キュルケの順に列をなして歩いていく。

 

「ルイズ、先ずはブティック行きましょうよ」

 

「その前に、サクヤに武器買おうと思ってるのよ」

 

大通りから一本脇に逸れて進むルイズ。

 

「武器ィ?そんなもの無くても十分強いじゃない」

 

決闘騒ぎの翌日、紗久弥はタバサに手合わせを頼まれた。

 

その手合わせを紗久弥はあっさり制したのではあるが。翌日もその翌日もタバサに手合わせを頼まれたのだ。勿論、いくら紗久弥が強くても観ているルイズはハラハラ。

 

タバサの持つ杖は大きい。

 

杖とは言え、人は十分殴り飛ばせるだろう。

 

「せめて投擲用のナイフでもあればと思うわけよ」

 

言いながら目当ての店に入っていくルイズに続き、入っていく。

 

「おや、貴族のお嬢様方とは珍しい、こんなところに何の御用で?」

 

「客よ、彼女に投擲用のナイフでも買おうと思って」

 

ルイズにつられて店主も紗久弥を見るが。

 

「こちらのお嬢様がですかい?フム……投擲用のナイフは使えるんで?ぱっと見たところナイフより長物の扱いに長けてそうですが?」 

 

「そうなの?」

 

「うん、黙っとくつもりはなかったんだけど言いそびれちゃって」

 

もっと早く言いなさいよ……等と文句を言うが気を取り直したのか、なら見合う武器を持ってきてとルイズは言い放つ、が。

 

『止めとけ止めとけ、その親父に任せたらくっだらねぇ観賞用の剣掴まされるのがオチだぜ!』

 

店内には今ここにいる人間しか居ない筈である、にも関わらず何故か棚の方から声が聞こえた。

 

「うるせえ!今回はちゃんとしたモン持ってくるつもりだっつーの!ちったぁ黙ってろデルフ!」

 

ずかずかと店の奥に消えた店主をよそに、タバサが声の方に寄っていく。

 

『おう、ちびっこいのここだここ。樽ん中だ』

 

セール品の樽に突っ込まれた中で、一際錆の目立つ剣が鍔をカタカタと鳴らし自己をアピールする一振りの大剣。

 

「あなた?」

 

「おうよ、インテリジェンスソードのデルフリンガー様よ」

 

キュルケが興味深そうにデルフリンガーを持ち上げると。

 

「ほーう、姉ちゃん中々良い焔の使い手みてぇだな」

 

「あら、解る?じゃあこの子の事は?」

 

タバサに柄を握らせると、デルフリンガーはやはり興味深そうに。

 

「こいつはてぇしたもんだ、そこいらの傭兵共とは鍛え方がちげぇや」

 

じゃあ次はとルイズに持たせるキュルケ。

 

「ちょ、ちょっと」

 

「ほらほら、デルフリンガー彼女はどうよ?」

 

だが、デルフリンガーは黙りこんでしまう。

 

「な、何か言いなさいよアンタ」

 

「ああ、いや、済まねぇな……まさか担い手に持たれる日が来るとは思わなかったんでな、いやぁ無駄に六千年だらだら生きてた甲斐があったやな、使い手は一緒じゃねぇのかい?」

 

『担い手』と『使い手』

 

そんな単語にルイズ達三人は頭上にクエスチョンマークを幾つか出してしまう。

 

「ちょっと詳しく聞きたいからこいつ買いましょうか」

 

「厄介事になる気しかしないんだけど?」

 

「もう遅いかも」

 

「ようよう、使い手はいねーのかー?」

 

ルイズに握られたまま、デルフリンガーは『使い手』を求め続ける。

 

「そうだ、サクヤにも握らせましょうよ」

 

「私も?」

 

「デルフリンガーはルイズを『担い手』と評した」

 

デルフリンガーの言動から察するに、担い手と使い手と言うのはセットの様だ、とタバサは続け。

 

「なら、サクヤが『使い手』ってこともあるかもしれないって事?」

 

「ん、握らせると解る」

 

タバサの言葉にルイズは紗久弥に柄を取らせ、離れる。

 

「お、おお、おおお?使い手は使い手だが……嬢ちゃん、おめぇ中に何飼ってんだ……お、何」

 

「ん?サクヤ何かしたの?」

 

「ううん、何にも……デルフ?」

 

何度か呼び掛けた後、漸く反応があった。

 

「お、おお、い、いや……おでれーた……驚き過ぎて声も出なくなっちまった……使い手に握ってもらいてぇが……俺にゃお前さんに使われる程の『力』がねぇや、とてもじゃないが耐えきらんね。変わりと言っちゃあれだが……どうだいそこのちびっこいの、握っちゃくれねーか?」

 

タバサに売り込みをかけると、あっさり了解を得た事に上機嫌になるデルフ。

 

そうこうしていると、店の奥に消えた店主が一振りの『薙刀』を持ってきた。

 

「これは……!?」

 

それは、かつて紗久弥の使っていた武器の本来の姿。

 

『無の薙刀』

 

武器屋の店主からそれを受け取ると、ルイズに見せ、これが良いと懇願する紗久弥。

 

「良いけど……こんなので良いの?」

 

「うん、いいよ、これでーー」

 

 

 

 

ーー再び大通りに戻ってきた頃、どうやらお昼時らしくカフェはお客で賑わい、座れそうな席は見当たらない。

 

「しっかしサクヤ、あなたも店主の言葉聞いてたでしょ?全く使い物にならないって、なのにそんな槍みたいなのが良いだなんて……安かったのは良いけど、それだけじゃないの」

 

「これはね、あることをすると凄く強い武器になるんだよ。問題はそれが出来るか出来ないか何だけど……」

 

真宵堂あるかなぁとの紗久弥の呟きは、雑踏に消えた。

 

「で、ランチどうしましょうか?」

 

「お勧めの店がある」

 

ここぞとばかりにタバサが主張、案内されたのはブルドンネ街から二つ程路地を曲がり、少し奥まった場所にある店。

 

「へえ、中々良い雰囲気の店じゃない?」

 

「お勧めのメニューはハシバミオリーブサラダ」

 

「ハシバミ……」

 

ルイズとキュルケは多少げんなりしたが、紗久弥は美味しそうだねと、タバサと同じものを頼むことにした。

 

「私はポタージュとバケットで良いわ」

 

「そうね……私もそれで」

 

各々注文を伝えて品物が出るのを待つ間、話題はデルフに移る。

 

「で、紗久弥にアンタは何を見た訳?持たせるまであれだけ使い手使い手煩かったのに」

 

「んお?おお、今もそりゃあ握られてぇよ?つか握ってくれるくらいは構わねぇぜ!っつっても闘うってーんなら、無理だ。俺が『力』に耐えられねぇ」

 

「それはどんな力?」

 

「物理的な力ってんじゃ勿論ねぇ、お前さんらメイジが使う力でもねぇよ?そんなん言ってたらそこの担い手の嬢ちゃんに握られた時消し飛んでたぜ」

 

それもそれでとんでもない話である。

 

料理が来たといい、タバサはデルフを立て掛け、フォークとスプーンを手に持つ。

 

「話は後、今から食事」

 

「ん、お」

 

鞘にきっちり納められて黙するデルフ。

 

「じゃあ……サクヤの居たところのお祈りでもしてみる?いつものの後にだけど」

 

思い付きの提案に、タバサはどうでも良いと言う風に、ルイズはまあ良いんじゃないと、意外なことに同意した。

 

「それじゃあ……」

 

各々始祖と女王に祈りを捧げ、口を揃えて。

 

『いただきます』

 

と唱和した。


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