ワルドがルイズ達を助けようと空賊のフネに乗り込んで来た、その騒ぎはあっという間にフネ全体に拡がり、集まってくる。
だが、そこはスクエアメイジであり、魔法衛士隊隊長を任される男である。空賊程度を相手にするのに、問題などは無い。
ある程度伸した辺りで、空賊の頭が姿を現した。
その男は浸入したワルドによってもたらされた現状を見、ワルドの名乗りを受けるや、容姿に反して高らかに笑うと、髪と髭を引っ張り外して正体を明かす。
その正体こそ、ルイズの帯びた任務の最重要人物である、ウェールズ・テューダーその人であった。
「さあ、ここが我等アルビオン王家最期の領地、ニューカッスルだ」
大陸の下の危険な地帯を、何事もなく縫うように抜け、辿り着いた縦穴を上昇、その終着点には港があった。
それを見たワルドは感嘆の声を漏らし、ウェールズにまるで空賊の様だと声を掛け、ウェールズはそれを笑顔を見せて正にそうさと切り返す。
係留されたフネから降り立つと、老執事がウェールズを出迎える。その後に続くルイズ達を見て訝しみはしたものの、彼女達が正式なトリステインからの使者であることを聞くと、態度を軟化させ、ウェールズに私室へ案内するよう命ぜられると、ルイズ達を先導するため歩いていく。
そうして連れられ、辿り着いたのは質素な部屋、其処は今はウェールズの私室なのだと老執事は語る。
「レコン・キスタによる進攻のせいでこの様なところに追われ……」
涙を堪え、語る執事の言葉を遮ったのは、部屋の主ウェールズであった。
「ここの居心地も悪いものじゃないさ、それよりも……ミス・ヴァリエール、早速君の用件を済ませるとしよう」
老執事を下げ、ウェールズは机の引き出しから今の部屋に似つかわぬ箱を出し、蓋を開けて数瞬懐かしみ、件の手紙を取り出してルイズに渡す。
「コレが……?」
「そう、アンリエッタの手紙だよ」
読み込まれ、随分傷んだ手紙。
どの様な気持ちでウェールズがそれを所持していたか、その思いが伝わって来るようだ。
「……確かにお受け取り致しました」
渡された手紙を懐に仕舞うところを見届けたウェールズは、この後開かれる宴に出てほしいと伝え、部屋を後にした。
「ルイズ」
出席を望まれた宴、それは最後の晩餐とでも言えるもの。
そこに居るアルビオン王家に仕える者達、彼等の笑顔をルイズは見る事が出来ずに、宴場を後にしていた。
それを紗久弥は見付け、後に続いて声をかけ、隣に立つ。
「サクヤ……」
「見てられない?彼等の事を」
その言葉に、素直に首を縦に小さく動かし肯定する。
「殿下は最期と仰っていたわ……」
だというのに、皆一様に笑顔を見せていた、それも無理のない、悲壮もない、自然な笑顔を。
それがルイズには解らない、解りたくなかった。
死に逝く明日を前に、何故ああも笑えるのだろう、想い人の心を知りながら死地に向かう、ウェールズの気持ちが。
「理屈は解るの、解るのよ……でも……」
亡命してでも生きて欲しい、アンリエッタの為に。
けれど彼は王家の者、それはきっと赦されないのだろう。
それをルイズは理解してしまっている、だからこそ納得したくない。
死地に向かう兵士が皆笑顔なのは、何故なのか……気が付けば紗久弥に抱き締められていた。
「……理解なんて、納得なんて、しなくていいよ、ただ……ルイズは彼等を覚えて、想いを知って?」
それが、歴史に残らないであろう、彼等の真実を知る客人の役目だろう。
「……うん」
「じゃあ、行こうか」
ルイズは紗久弥の手を捕り、宴場に歩いていった。
宴の中、キュルケは兵士を相手にし、タバサは誘われれば踊り、ギーシュは女性を壁の華にせぬように立ち回る。ワルドはルイズが一人になると、近寄り彼女を連れて抜け出した。
「ルイズ、君にお願いがある」
そう切り出したのは、宴場からの音楽も遠くに聞こえる静かな廊下の一角。
真剣なワルドの顔は、ウェールズとはまた違う、武人として漢としての魅力が滲んでいる。
「僕と、結婚してくれないか?」
余りにも突然なプロポーズ、飾りも、駆け引きもない、真っ直ぐな言葉。
再会してからはろくに言葉を交わせて居なかったが、元々彼は婚約者であり、憧れていた事もある。完全に不意を突かれた形となったせいか、警戒すべき人物であるという事を忘れ、ルイズは顔を真っ赤に染める。
それを見たワルドは、翌朝礼拝堂に来て欲しいと伝えると、一人宴場へと戻ってしまう。
残されたルイズはその場に座り込み、ドレスどうしよう等と考えてしまうのだった。
明くる朝、目を覚ましたルイズが始めに見たのは、美しい純白のドレスを持った、メイドの姿。
「ワルド子爵より言付けにございます、こちらのドレスを御召しになり礼拝堂へとお越し下さい」
まだ起ききっていないルイズを手際よく着替えさせ、身嗜みを整えたメイドは部屋を後にした。
「……あれ?サクヤ……は?」
しばらく頭を捻るが、何も思い付かない事もあり、とりあえず記憶に新しい情報を思い出して、礼拝堂へと足を向けるのだった。
「う……ん……え?」
紗久弥が目を覚まし、最初に見たのは見知らぬ部屋。
と言ってもニューカッスル自体初めて訪れたのだから当然ではあるが、自分が泊まった部屋を間違える程飲んだ覚えはない。
「ファルロス、どうなってるの?」
『どうやら一服盛られた様だね、おまけに影時間外であったせいで、僕は君に触れられなかった』
だが、誰が紗久弥をルイズから引き離したのかは、はっきりと見たとファルロスは言う。
「動く石の像?」
アルヴィーズの食堂にある人形を思い出す、恐らくあれと似たようなものなのだろう。
「っと、のんびりしてられないか……ルイズを捜さなきゃ」
着の身着のままであったのは幸いだろう、素早く身なりを整えて、紗久弥は部屋を後にした。
紗久弥を安じながらも、ルイズは礼拝堂へと辿り着いた。
その礼拝堂には先客が二人、ワルドとウェールズである。
「やあルイズ、思った通り似合っているよ」
「あ、ありがとうございます」
一言二言交わし、ワルドはルイズの手を取り、ウェールズの前に歩み寄る。
「これは、仮初めの儀式でしかない、二人が真に夫婦となるその日を見届けられないのが残念だ」
その台詞を聞いたルイズの顔が、悲しみに僅かに歪むが、気を取り直す。
「では、殿下お願い致します」
「迷子かいお嬢ちゃん」
紗久弥の前に現れたのは傭兵の男。
「……貴方は?」
その問いに、男は手に持つ杖から炎を出して笑い。
「侵入者だよ」