二人の『ゼロ』   作:銀剣士

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if#2b『閃光のワルド』

僅かに震えるルイズの頭をそっと撫で、紗久弥はキュルケ達にルイズを預け、男達を睨む。

 

「ひゅー、怖い怖い、睨まれてるぜ俺達」

 

まるで意に介さない男の口振りに、周りも笑い声をあげようかと口を開けようとし……硬直する。

 

動けない……いや、動かないのだ、指の先一つ。

 

だが、次第に動いているのが解ってくる、小刻みに、カチカチと身に付けた金具が鳴る音が耳に触り、全身が震えているのだと、それだけが。

 

依頼された時、対象を訊いた時、報酬を訊いた時、ブリミルに感謝した、こんな楽に美味しい仕事を与えて下さってと。

 

ピンクブロンドの髪の女には傷一つ付けるなと言われはしたが、他に居る女は好きにすれば良いと言うではないか、トライアングルクラスが二人も居るとは言うが、男達には火と土のトライアングルクラス二人が居た。

 

ましてや相手は学生だと言う、幾ら資質が良かろうと、経験がものを言う戦いに生きる男達には、何ら恐ろしくはなかった。

 

何時だったか、アルビオンで頂いた女達もそう言えばと、男達は思い出して卑下た笑を浮かべたのは、つい昨日の事。

 

そして今日、実際に獲物を見て、男達は溜め息を吐いたものである。

 

手を出すなと言われた女は、確かに麗しい少女である、が、共に居る赤毛の女と茶髪の女は少女とは違い、しっかり『女』を主張するその身体。

 

アレを好きに出来ると思えば、色めき立つのも無理はない。

 

そう、簡単な仕事だった筈なのだ。

 

だが、今、彼等はこれ迄感じることさえなかった、似た感覚は覚えがあるが、これはそんな物ではない、それを全身で、骨の髄に至るまで、感じさされている。

 

『死』

 

茶髪の女から、どう見てもそんなものを放つように見えない少女から、男達は感じていた。

 

「う……あ……」

 

逃げなければ。

 

どうやって?

 

一歩、少女が歩みを進めた。

 

今、自分達は息をしているのだろうか?

 

どさり、と言う音が耳に届いた、誰かが倒れたのだろう、確認は出来ない、首が、動かない。

 

二歩目、また誰かが倒れた。

 

三歩、四歩、少女の後に着いて獲物達も歩みを進める。

 

男は、ついぞ自分の横を通り抜ける獲物達を見ることは叶わなかった。

 

 

 

 

紗久弥達を囲んだ男達は、紗久弥に睨まれ、全員が気を失い、地に伏した。

 

宿に戻った紗久弥達は事をワルドに告げ、警戒して貰いたいとルイズが願い出る。

 

「そうだね、彼の訓練にもなりそうだ」

 

ぽんとギーシュの肩を叩き、しっかり着いて来たまえと、颯爽と宿を出ていくワルドに、ギーシュは慌てて転びかけながら着いていった。

 

それを見届け、ルイズ達は一先ず部屋に集まることに。

 

「さて、どうしましょうか」

 

部屋に置いてある焼き菓子を口に放り込むタバサを横に、キュルケが切り出す。

 

「いずれにせよ、船探しは明日になるんだし、今はゆっくりワルド達を待っていましょう」

 

「……サクヤ、手合わせして欲しい」

 

もぎゅもぎゅと動いていた口には、最早焼き菓子は残っておらず、そう告げたタバサの瞳には闘志が浮かぶ。

 

その瞳に紗久弥は応え、纏うメイド服を脱ぎ、着潰しても言いように買ってあった麻の服に着替える。

 

「じゃあ、朝ギーシュが訓練?してた所に行こっか」

 

 

 

 

そこはかつて兵士達の訓練場だったと、ワルドが説明していたとタバサに伝えるが、さしたる興味は無いようだ。

 

そんな事よりもと言葉の代わりに杖を紗久弥に向けるタバサ。

 

応じてホッケースティック(真宵堂販売)を取りだし、タバサに向ける。

 

「ねえ、あれどうなってんの?」

 

「そんなの……サクヤに訊きなさいよ、私だって解んないんだから」

 

どう見てもポケットから取り出された武器を見て、クエスチョンマークを浮かべる二人をよそに、タバサは唱えられる最速の呪文を紡ぎながら、紗久弥に接近戦を仕掛ける。

 

「『エアハンマー』」

 

降り下ろされる杖をスティックで受けると、タバサの魔法が解き放たれ、紗久弥の体勢を崩す。

 

だがタバサは追撃にはいかず、距離を取り、さらに呪文を唱え、解き放つ。

 

「『アイシクルフラッシュ』」

 

降り注ぐ氷の錐に、さしもの紗久弥も驚きはしたが、回避することはなかった。

 

(……やっぱり通じない……)

 

以前トリスタニアの古本屋で見つけた魔法書に載っていた、水のラインクラスの魔法をアレンジして編み出したオリジナルの魔法。

 

本来は水滴をばら蒔く園芸用の魔法だったそれを『水』『水』『風』のトライアングルで構成、水滴を氷の錐に代えて前方と上方広範囲扇状に射出、相手の逃げ場を限定して追い討ちをかける……と言うのが、いつもの使い方だった。

 

だが、流石に命中した錐が溶けるように吸収されるというのは、以前叔父の戯れにエルフに挑まされた時以上に堪える。

 

(これが……ペルソナの特性……)

 

さらに言えば、紗久弥は様々に特性を切り替えてくる。流石に、ルイズの爆発魔法からは明らかな回避を見せるが。

 

タバサはルイズが羨ましかった、どれだけ再現しようとしても、決してあんな風に爆発は起きることが無かった 。

 

指向性、威力、特性。

 

そのいずれも再現の出来ないルイズだけの魔法。

 

殺傷力の高い、魔法。

 

ルイズは、その爆発で人を殺めたことは無いという。

 

 

(アア、モシモ、ワタシガ、ツカエタラ)

 

 

そう思い、キュルケとコルベールに協力してもらおうと頼んだ事もある。

 

だが、結果は再現不可能と言われただけだった。二人とも火のトライアングル、ルイズの爆発魔法を何度も再現しようと試みた後だと言った。

 

何れの試みも、決して実ることはなく、タバサもある現象を思いだし、それと似た事をキュルケと再現したが水蒸気が爆発的に辺りに充ちただけ。

 

威力はありそうだが、望んだものではない。

 

(……ルイズの爆発魔法の謎……でも今は……!?)

 

手合わせとはいえ、数瞬の思考停止。それは紗久弥相手には致命的であると思い知る、眼前で止められたスティックを見つめながら。

 

「油断……と言うか、心ここにあらずって感じだったわね」

 

「そうね、タバサにしては珍しい」

 

二人の手合わせの終わりを見て、ルイズとキュルケは歩み寄っていく。

 

 

 

(……あの青い髪の娘も中々のものだな……)

 

 

 

夜の帳も降り、星がその瞬きを見せる頃、ワルドとギーシュが宿に戻ってきた。

 

「遅くなったね」

 

第一声はワルドである、と言うかギーシュは疲労困憊で歩くのがようやである事が見てとれる。

 

フラフラと幽鬼のように歩き、どうにか辿り着いた席は紗久弥の隣。

 

お疲れ様と労う彼女に、ギーシュは心なしか元気になれた気がして、ありがとうと微笑みを浮かべる事が出来た。

 

「うう……魔法衛士隊の隊長ともなると……行動範囲がとてつもない……」

 

「ハハハ、鍛え方がまだまだ足りない証拠だね、メイド君彼にワインを」

 

通り掛かった給仕にそう伝えるワルドを見て、紗久弥は席を立ち席を譲るが。

 

「構わない、座っていたまえ……時にルイズは?」

 

「はい、お休みになられております」

 

部屋に居る……と言うなら、行ってもよかったが、休んでいると言われては行くわけにはいかないだろうと、ワルドは紗久弥にそうかと言い、階段を上っていった。

 

「サクヤ、君は休まないのかい?」

 

「うん、ちょっと月見をしようかなって」

 

ワインのボトルとグラスを指し、外へと指を向ける。

 

するとギーシュが立ち上がり、紗久弥に手を差し伸べ。

 

「今宵スヴェルの月を共に見上げませんか、レディ?」

 

「では、エスコートを御願い致しますわ、ミスタ」

 

その返答と共に、紗久弥はギーシュの手にそっと手を重ね合わせた。

 

 

 

キュルケは退屈な夜の景色を、ルイズの部屋でぼんやりと眺め、不意に視界に入った動く影。

 

「……ん……?」

 

目を凝らして良く見てみる。

 

「ねえ、ルイズ」

 

タバサとのチェスに興じるルイズに声をかけると同時に、ルイズがチェックメイトを宣言、項垂れるタバサをよそにキュルケに近付くと、窓の外を指され、そちらに目をやる。

 

灯りを頼りに夜の森に向かう二つの影、僅かに見てとれたのは、金髪と紗久弥の着ているメイド服。

 

「ふむ……追いましょう」

 

「あら、意外……でもないかしら?」

 

このところ、ルイズの優等生ぶりは若干翳ってきているのだが、心当たりはある、まあ悪い変化でも無かろうとキュルケは思う。

 

或いは、こうして悪戯な笑みを浮かべる彼女こそ、本来のルイズなのかもしれない。

 

「ほら、タバサも行きましょ」

 

 

 

誰も居なくなった部屋のドアがノックされる。

 

返事がない事を確認すると『アンロック』で鍵を開け、侵入を果たす。だが、当然それが終着ではない。

 

「さて……」

 

少女達が居る筈の部屋には誰も居ない。

 

目当ての少女もである。

 

だが、思考に耽る暇はない、目当ての人間が居ないなら目当ての物を探すだけだ。


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