「決闘だ!」
フリルのドレスシャツを着た学院の生徒に、そう言って薔薇を突き付けられた。
事の起こりは紗久弥が落ちていたビンを拾った時に遡る。
あっと言う声に振り向くと、目をそらす数人の男子の中に、明らかに態度の違う少年が一人。
ギーシュ・ド・グラモンその人であった。
紗久弥はそれを見てこのビンの落とし主に当たりを付けたが、何故『まずい』と言うような態度を見せたのかは見当が付かない。
故に。
「あの、こちらのビンは何方の物でしょう?」
少年達に、主にギーシュにそう訪ねてしまう。
ギーシュは懸命に考え、閃いた。
「ああ、持ち主は知っているよ、僕が返しておいてあげよう」
そう言いきった、が。
「へえ、持ち主に?貴方が?」
その声は、明らかに怒りに震えていた。
恐る恐る振り向いたギーシュの視線の先には、怒りに顔をひきつらせたモンモランシーの姿。
「モ、モンモランシー……!?」
ギーシュの呼び掛けには応えず、モンモランシーは言葉を続ける。
曰く、そのビンはモンモランシーがギーシュの為に特別に調合した香水が入っているのだそうで、信愛の証しとしてギーシュにプレゼントしたと言う。
だが、ギーシュはそれをまるで他人の物であるかの様に扱った、それは到底赦せるものではない。
頭に血が昇り、怒りが噴出しようしたその時、思わぬ所から思わぬ人物が姿を見せた。
新入生、一個下の少女ケティ・ド・ラ・ロッタ。
「ケ、ケティ!?」
人垣を裂くように、ギーシュの元に歩み寄って、ケティは言葉を紡いだ。
「ラ・ロシェール近郊の森に遠乗りに連れていって下さった時の事……あの時私に仰って下さった言葉は嘘っだったのですか……?」
その言葉に、モンモランシーはギーシュの不義理を悟り、ギーシュに向かって香水の中身をぶちまけ、頬を張って食堂を去ってしまう。
そして、ケティもまた、涙を溢してギーシュに『嘘つき』と吐いて捨て、足早に去ってしまった。
後に残されたギーシュは、茫然自失となり、滴る香水のシミを暫く眺めていたが。
「大丈夫ですか……?」
紗久弥の掛けたそれは、単純に心配しての言葉だった。
だが、ギーシュは二人に振られた事の悲しみと、かいた恥辱のない交ぜになった感情の中に居て、発露を求めていた。そこに、その切っ掛けとなった紗久弥の言葉。
発露を見つけた感情は、理性で不条理と理解しつつ、それでも一気に怒りとなって噴き上げてくる。
「誰のせいだと思っているのかね……?」
解っているのだ、自分のせいだと、彼女は正しいことをしたのだと。
だが、そんな理性は、どす黒く塗り替えられていく。
「君がビンを拾わなければ、こんなことにはならなかった、そうだろう?」
もう、ギーシュは止まれなかった。
本来、そう、それこそ全く関係の無い紗久弥の主、ルイズにまでその責を被せていく。
「所詮、ミス・ヴァリエールの『ゼロ』の使い魔と言うことか」
そう言いきった辺りで、ギーシュも少し落ち着いてきたのだろう、後悔の念が押し寄せ顔色が赤から青へと変わるのが解った。
そんな事まで言うつもりは無かったと。だが、後悔先に立たず、覆水は盆に帰る事はない。
「取り消して」
その声にギーシュは紗久弥に意識を向ける。
そこに居たのは、主を貶された……では済まない程の怒りを見せる使い魔の姿。
「ふ、取り消して欲しいのならば、態度で示したまえ」
その言葉に、往々にして平民が取るのは土下座であろう、そう踏んでいた。だが……
顔に、布が当たる。
「確か、こうするんでしたよね、決闘の申し込みとは」
足元に落ちた布を見、拾い上げると、それはメイドが使っている左手袋であった。
この時、ギーシュは漸く察する事が出来た、越えてはいけない線を越えてしまったのだと。
こうまでされてしまえば、最早貴族に退く道など無い。ならば、取るべき行動は一つ。
「決闘だ!」
ギーシュは薔薇の杖を紗久弥に突き付け、背を向けて。
「ミス・コシハタ、ヴェストリの広場の場所は君の主に訊きたまえ、先に待つ!」
マントを翻し、ギーシュは食堂を去っていく。それに続くように出ていく生徒達は、紗久弥を侮蔑する言葉をぶつけたり、ギーシュによる『躾』を楽しみにしたりと、紗久弥の無様な姿を楽しみにしているようだ。
一頻り出払ったところでルイズが声を掛けるが、紗久弥はただルイズの頬を撫で『行ってきます』とだけ残して、食堂を後にした。
ヴェストリの広場には暇をもて余した学院の生徒達が集まり人垣となって、その中心を取り囲むように輪になっていた。さながら、コロッセウムのように。
「諸君、決闘だ!」
輪の中心に立つギーシュは、己の迂闊さを圧し殺すように、敢えて仰々しく皆に宣言する。
「相手はあの『ゼロ』の使い魔、サクヤ・コシハタ!」
杖を向けた先の人垣が割れ、その奥から名を呼ばれた当人、その隣を歩くルイズの姿。
二人は並んでギーシュの前に立つ。
そして、再び人垣のコロッセウムが形成される。
「如何なさいますか、オールド・オスマン」
学院長室では、オスマン、コルベール、そしてロングビルの三人が、遠見の鏡でヴェストリの様子を眺めていた。
この騒ぎをどう取り扱うべきか、ロングビルはオスマンに尋ねるが、オスマンはふむと一つ唸り、暫くの静観を口にした。
「まあ眠りの鐘の用意位はしておくか……ミス・ロングビルや、頼む」
「畏まりました」
「先ず、君達に謝っておかねばならない。僕の浅慮によってこのような事になってしまった……が、この決闘自体は最早取り消すことは出来ない」
それは、貴族の面子だけでなく、男の面子による物か。
モンモランシー、ケティには来る前に謝った。決闘前なので、制裁は後に回してもらったが。
「サクヤに取り消させる……って言うのももう駄目みたいね」
今か今かと、未だか未だかとギャラリーが騒ぐ。その中で、決闘の取り消しなどなぜ出来ようか。
「安心したまえルイズ、決闘と言っても殺し合いにはなりはしないさ。ルールは簡単だ、相手の獲物を落とすか参ったと言わせればいい、僕の獲物は当然これだ」
掲げるのは一輪の薔薇を模した杖。
「僕はメイジだ、当然魔法を使う。ミス・コシハタ、希望の武器はあるかい?君の為に一つ拵えてあげよう」
「じゃあ……薙刀、グレイブって言った方が良いのかな?」
その言葉にギーシュは意外な顔をする。紗久弥の様に細身の女性が扱う武器としてはある意味、銃等よりも縁遠い物だと思っていたからだ。
「あ、形状の指定とか良いかな?」
「ん、ああ、どんな風に作るんだい?」
紗久弥は近くの小枝を拾い、ギーシュの元に寄り、地面に形を描いていく。
「何をしているのでしょうな?」
その様子を鏡から伺うコルベールは、オスマンについ訊いていた。
「ふむ、どうやら武器を作って貰っておるようじゃが」
「決闘の前だと言うのに呑気なものですわ」
鐘をオスマンに手渡して、ロングビルも鏡を再び見始める。
「君、意外と拘るね」
形状、重心の位置等、結構細かい注文に些か辟易しはしたが、自分がこの薔薇の杖にかける拘りも細かいので、強くは言えないギーシュ。
ついでに言えば、この注文通りに作れるかと言う不安もあるが故に、ちょっとした文句でも言って誤魔化したくもあった。
「錬金!」
出来上がったのは注文通りの形状のグレイブ。
持ち上げるのにかなり力がいる事を思い知ったが、それでも平然を装って紗久弥にグレイブ……薙刀を手渡す。
「どれどれ……」
軽々と手にとって、ギーシュから離れて青銅の薙刀をヒュンヒュン振り回す紗久弥。その様に驚いたのはギーシュを始め数人の武門の子息に教師、覗き見ているオスマン達と、人垣から離れて伺うタバサ。
「うん、いい感じ」
持つ紗久弥よりも長い獲物を、まるで重さを感じさせない程軽く振り回す様に驚きながらもギーシュは思う。
(あれ一振りだと言うのに、ワルキューレ四体分の魔力を込めなければ作れなかった……)
そうまでする必要は全く無かったのだが、其処はギーシュと言う魂まで女好きが染み渡る少年である。
美女の期待に応えようと張り切った結果であった。
「では始めるとしようか」
正直、薙刀に魔力をごっそり持っていかれてやっぱりやめたい気持ちになっていたが、そうは行かない。
いい加減待たされたギャラリーがそろそろ爆発しそうなのだ。
「うん、始めようか」
紗久弥が薙刀を構えると同時に、ギーシュもワルキューレを作り出す。
向かい合うのは紗久弥とワルキューレ三体。これはギーシュの慢心ではなく、薙刀に注いだ分を鑑みての最高強度で製作した渾身のワルキューレである。
「へぇ……ギーシュってば手加減しないつもりね」
パッと見で何時ものワルキューレとは違う事に気づけたのは果たして何人居るだろう、等と思うキュルケではあるが、隣で本から目を上げているタバサに声を掛ける。
「ドットのレベルを超えている、けど、彼では勝てない」
そんな言葉を裏付けるかのように、人垣からどよめきが起こる。
キュルケが親友からライバルの使い魔へと視線を戻したとき、目に映った光景は、その使い魔がギーシュの首に武器を突き付けている姿だったーー
「ーー行け、ワルキューレ!」
盾を持たせた一体を前に、槍を持たせた一体をその後ろに追従させ、剣を持たせた一体を更にその後ろから紗久弥にけしかける。
ギーシュの目論見としては、盾のワルキューレと槍のワルキューレを捨て駒に、本命の剣のワルキューレで制するつもりだった、だが。
「やっ!はっ!えいっ!」
その声と共に耳に届く風切り音と、金属が僅かに擦れる音。
飛び込んできた光景は想像を遥かに上回る物で、気が付けば紗久弥に作った薙刀の切っ先が喉に突き付けられていた。
紗久弥は違和感を覚えていた。
薙刀を武器として意識した途端、ペルソナから伝わる力がかつての戦いの時より遥かに強くなった事に。
(このままだと彼を殺しかねない……)
これ迄の戦いの記憶が、手加減を命じている。
ではどの程度手加減をすればいいのか?丁度目の前に、自分に迫る『的』が居る事を思い出し、試していく。
初戟、何も感じる事がないまま二体目に。
次戟、辛うじて風を切る感覚が掴める。
最後、金属が触れ合う感覚がした。
(ううん……もう少し弱めなきゃ……)
そして、ギーシュに薙刀を突き付けて居たーー
本編とは殆ど関係無いですよ?