二人の『ゼロ』   作:銀剣士

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胎動

人が『聖地』と呼び、エルフが『悪魔の門』と呼ぶその場所、時折異界から様々な物が現れる不可思議な場所。

 

夜と朝の狭間、暁の須臾、闇にも似た何かが零れて消滅した。

 

それに気付く者はこの場に居ない。

 

見張りのエルフでさえも。

 

 

 

 

朝、タルブでは先日の『メギドラオン』を生き抜いたルイズ達が、隠れた名産であるミソを使ったスープを飲んでいた。

 

「……出汁が効いてない……」

 

味噌はあれど出汁は無し、味噌自体は美味しいので飲めれはするけど物足りない。

 

真宵堂で昆布と鰹節を仕入れることを固く決意した瞬間であった。

 

『紗久弥』

 

多少気落ちしたものの、立ち直った紗久弥にファルロスはいつになく真剣に語りかけてきた。

 

それは、紗久弥にとって『あり得てはならない事』で『あり得ないとは言えなかった』事態。

 

『エレボスがこの世界を見つけた』

 

紗久弥にとって、それ自体は『何時もの事』ではあるが、それが物質世界に干渉してくるなど、考えたくはなかった。

 

ましてや、この世界には大切な人達が居る。

 

(……ルイズには悪いけど……晴れ舞台は見られないかな?)

 

夏期休講の終わり頃に、ガリア国王より招待されたチェス対戦、如何にルイズが公爵家の三女と言えども、このような機会など今後無いであろう栄誉。

 

それは正に晴れ舞台。

 

だが、深きにおいて死を望む者達の『奇跡(悪意)』の貌は、確かに紗久弥を見つけた、死を叶えるために不要なゆりかごである『宇宙』を。

 

(鍛えて間に合うとか……そんなものじゃ無いもんね……)

 

『いや、追い払う位は出来ると思うよ、ここは少なからず物質世界なんだ』

 

物理的に存在するのであれば、倒し、払う位は出来るのだろう、似た存在のシャドウがそうである以上、物質世界に顕現したエレボスもまた。

 

問題があるとすれば、今のルイズ達では一撃を耐えるので精一杯だろうという事、それは昨日のメギドラオンではっきりと解っている。

 

(……いつ来るか、解る?)

 

『そうだね……夏休みの終わりを待つことはない、早ければ……一週間、それは君も感じているだろう?』

 

その言葉に頷き、紗久弥は一つ決意する。

 

 

 

 

タルブでの活動を終えて、学院に戻ったルイズと紗久弥は、ヴァリエール領へと向かう馬車を、コルベールの願いもあり作る事になった。

 

製作には、キュルケとギーシュの二人にコルベールとシュヴルーズの二人が加わる。

 

「これを……」

 

ギーシュが模型を作り、組み上げたものを見てシュヴルーズは感嘆を溢す。

 

細工に長けた少年だとは思っていたが、よもやこれ程に精密な細工を行えるようになるとは思ってもいなかったのだ。

 

「ミス・コシハタ曰く、彼女の知る物はこれよりも更に強度、精度を高め、複雑な物だそうです」

 

コルベールの言葉に、シュヴルーズの言葉は無い。

 

「いやはや、メイジではない方々が作っているとは、とても信じられませんが、彼女が示してくれる以上真実だと言えますな」

 

「……ミスタ・コルベールの言う平民に寄る『技術』の先ですか」

 

魔法を用いて作られた馬車の車輪周りの部品、それは明らかにハルケギニアにおいて、少なくとも云十年は先の物、平民に作らせるとなると果たしてどれ程の時間と費用が掛かるか解らないとは、シュヴルーズの談。

 

紗久弥に言わせれば云十年では済まないと言うのは、前に述べたままであるが。

 

「さあさあ、ミセス・シュヴルーズ、これを使った感動まであと少しですぞ!」

 

「はい!」

 

組み上げは紗久弥ではなく、シュヴルーズの作ったゴーレム。

 

ゴーレムの手であれば自由に形を変えられて、かつナメる事も少ないだろうと紗久弥の言葉、何より人力では無理な締め付け作業が手軽に出来るのも強みだろう。

 

「ううん……意外とこれは難しいですね……」

 

だが、そんな紗久弥の言葉とは裏腹に、シュヴルーズの想像以上にゴーレムの操作が難しい事に気付く。

 

本来のゴーレムでは、まずここまで繊細な作業は行わないと言うのが第一の理由だろう。

 

同時にギーシュの技量の高さを知ることともなった、彼のゴーレムはエレオノールに師事して以降、さらに繊細に緻密な細工が施されるようになっていたのだ。

 

それを無駄と笑う他の土のメイジは少なくはない、シュヴルーズも笑いこそしはしないが、無駄な事と思ったこともある。

 

しかし、いざこのように繊細な作業をしてみると、ゴーレムの繊細な作り上げと言うのは馬鹿に出来ない物であった。

 

現に組み上げるのが何とかと言う自身に比べれば、ギーシュの作業の何と言う早さだろうか、これでラインになって間もないと誰が信じよう?

 

(ミスタ・コルベールの言う魔法の平和利用、ミス・コシハタの言う平民の技術……ミスタ・グラモンであれば、その架け橋になれるのやも知れませんね……)

 

やがて組上がる馬車、まだその枠組みが仕上がっただけではあるが、出来は悪くない。

 

「これを現在学院が保有している馬車の足回りと組み換えれば完成ですね」

 

既に組み換えの許可は取っておりますと、コルベールは取りに行こうとしたが、その前にルイズに向かい、礼をして後は自分達でやれますと告げる。

 

それを受け、ルイズは紗久弥と共にヴァリエール領への帰郷準備を進めることにした。

 

「馬車が完成すればお知らせにあがりますので」

 

「解りました、ではミスタ・コルベール、ミセス・シュヴルーズ、よろしくお願い致します」

 

 

 

 

聖地、と人が呼ぶ場所があった。

 

エルフは、そこを悪魔の門と呼んでいた。

 

今、そこには『奇跡』が滲んでいた。


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