二人の『ゼロ』   作:銀剣士

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姉の想い

ルイズの視線の先、紗久弥もそちらを見ると書類の山をギーシュに持たせたエレオノールの姿。

 

「なんと言うか……弟子と言うより……」

 

「それ以上はいけない」

 

「そ、そうね……」

 

二人はルイズ達に気が付いていたようで、向かっていた方から向きを変えて寄ってきた。

 

その間も、ギーシュは抱えた書類を落とさないよう必死である。

 

「ルイズに紗久弥、こんなところで何をしているの?」

 

「あ、実は――」

 

 

 

「ふうん、無能王の気紛れと言った所かしら?」

 

無能王と言う言葉に、エレオノールは侮蔑を込めてはいない。ジョゼフが無能と呼ばれるのは魔法が使えないと言う一点にあてられた、彼を快く思わない連中の遠吠えに過ぎないと、彼女は理解していた。

 

知っているからだ、魔法が使えずとも優秀な妹が居るから。

 

そして、ガリアが無能と蔑される男によって発展していることも。ガリアの王は、政治面において周辺各国の誰より優れている。紛れもない事実、だが、だからこそジョゼフは疎まれている。

 

過去の出来事と共に。

 

 

 

「しかし、君も随分忙しい身になったものだね」

 

こう言うギーシュも、大概忙しい身になっていた。

 

平日は、放課後エレオノールの訓練メニューをこなし、休日は終日エレオノールに付き添い様々な仕事を与えられる。モンモランシーとのデートや食事等のパーソナルな時間が彼に与えられた自由。

 

その為か、エレオノールの弟子となった当初こそ、ヴァリエール家に気に入られた等と羨ましがられ、妬ましがられもしたのだが、蓋を開け、真実が伝わるとむしろ同情されるように。

 

尤も、ギーシュはその苦労を自ら被る事を選んだ為か、愚痴を吐くことはしていない。

 

紗久弥を庇っての決闘、アルビオンでの一連の出来事と影時間での無力感。

 

もっと強くなりたい、ヴィリエに吐いた言葉は嘘偽りの無い物。

 

もっと強くなりたい、壁になるだけなら、こうして彼女達の側に居られない。

 

もっと強くなりたい。

 

ギーシュの心には、それが根付いている。

 

だからこそ、エレオノールの扱きに着いていけるのだ。

 

 

 

「ルイズ、私も相手になるわ」

 

エレオノールの申し出。どうしようか迷っていたルイズ達には渡りに舟、承諾を受けたエレオノールはギーシュに書類を教員室の自身の机に運んだら、しばらく自由と言ってルイズ達と歩いて行ってしまった。

 

残されたギーシュは言われた通りにして、モンモランシーに会いに行こうと決めた。

 

 

 

今日もう何杯目かの紅茶を飲みきったところでルイズは投了。ロングビルよりも強いのではなかろうか?そう思いながら、エレオノールと検討をしながら棋譜を起こしていく。

 

「流石は元・王立魔法研究所主席研究員と言ったところですねエル姉様」

 

ルイズ自身、チェスに関してはかなり自信がある事は自覚している。だがロングビルは計略で、コルベールは戦術で、エレオノールには知略で遅れをとった。

 

ルイズも紗久弥との戦いで身につけた戦術を、知略を、計略を駆使したが、それでもこの結果。

 

まだまだ上が居る事に喜びを覚えるルイズであった。

 

「それにしても、ガリア王は貴方に何を見出だしたのかしら」

 

確かにルイズのチェスの腕は上がっている、格段にだ。

 

エレオノールは知っている、この年代の子供は非常に学んだことの吸収が早く、身になりやすいと。

 

だが、それがガリア王の目に留まるようなことだろうか?

 

言ってみればこの程度の成長は、きちんと学び修めている者であれば貴族平民関わらず、時折みられるもの。

 

(……もし、この子に害を成すのが目的であるなら……)

 

視線が紗久弥に向けられたのは、自然な事と言えるだろう。ルイズが呼び出した、スクエアメイジ……その中でも最強の名を欲しいままにする母カリーヌと対等以上に闘える少女。

 

彼女の力があれば、ルイズを護るのは容易いはずだと。

 

向けられた視線の意味をどう捉えたか、紗久弥はエレオノールに紅茶のお代わりを差し出した。

 

 

 

エレオノールの対局は検討しながらもあって、ルイズにとって実に身になる物となった。勿論ロングビルとコルベールとの対局も。

 

だが、当然時間もかかってしまった。

 

「もうこんな時間に……まあ良いわおチビ、何時でも再戦受けてあげるから、指したくなったら言いなさい」

 

「はい、ありがとうございましたエル姉様。またお願いします」

 

 

 

西陽が影を伸ばし始める頃、エレオノールはルイズの部屋を後にし、それを見送りルイズは今日得た棋譜を新しい紙(羊皮紙とは違う植物性の上質紙、販売元・真宵堂)に写す作業に取り掛かる。

 

(流石に一国の王に羊皮紙ではね)

 

ロングビル、コルベール、エレオノールと対戦相手毎に纏めて綴り紐で縛り、封筒に仕舞う。行程の通りに進めれば、結構な時間になるだろう。

 

キリの良いところで作業に見切りを付けた方が良さそうだと、思ったところで、紗久弥がメイドの仕事に出たまま戻って来ていない事を思い出す。

 

捜しに行こうかと席を立つと同時に扉がノックされ、ゆっくり開く。

 

「ルイズ、ああ良かった、居てくれて」

 

姿を見せたのは実家に戻っていたカトレア。

 

虚無の曜日には先だって寄せておいた実家の竜籠に乗って、自身の治めるフォンティーヌ領に戻る事にしていると言う。

 

領に残している動物や、ロングビルの保護している子供達に会う為である。

 

そして、戻ってきたらいつもルイズにその話をしてくれる、それをルイズも楽しみに聴いているのだが……

 

「すみませんちぃねえさま、今サクヤは仕事で……」

 

紗久弥のお茶を飲みながらが、既に習慣付いていた。

 

その為、仕事で居ない紗久弥の不在を謝ろうとしたのだが。

 

「ああ、サクヤさんなら今お母様と手合わせの最中よ」

 

軽く目眩を覚えるルイズであった。


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