ガリア王とのチェス対局は、夏期休校の最後の週に行われる。その知らせは、タバサが持ってきた小包に添えられていた。
「んー棋譜かぁ」
贈られた小包の中身はジョゼフの棋譜で、手紙には対局の日付の他に、ルイズの最近の棋譜が欲しいと添えられていた。ガリアの王が目を通す棋譜となると、打つ相手も限られてくる。
「先ずは……」
「ええ、構いませんよ、ミス・ヴァリエール」
最初に思い付いたのはロングビルだった。紗久弥に鍛えられた今なら勝てる、そう意気込んでの再戦は惜敗。当面の目標を打倒ロングビルにしたのはつい最近の事である。
棋譜のついでに勝ってみせる、ルイズは意気揚々に席に着いた。
ロングビルも席に着き、紗久弥が二人に紅茶をいれて来たところで対局は始まった。
「チェックメイト」
紅茶のおかわり三回、持ってきたお菓子はクックベリーパイとタコスとクレープ。
頭の切り替えだってしっかり行った。だが、ルイズはロングビルに数回チェックをかけただけで投了。五回戦行って、棋譜は五枚書けたが、不満の残る内容となってしまった。
「フフ、まだまだ未熟ですね、ミス・ヴァリエール」
解っていたことではあったが、この結果はやはり堪える。
だが、ルイズは頬を軽く打って気合いを入れ直し、ロングビルにオスマンへの繋ぎを取って貰う。
棋譜はやっと五枚なのだ、ロングビルへのリベンジを誓い、ルイズは紗久弥を伴って部屋を後にした。
「次はどうする?」
紗久弥の問い掛けに、ルイズはコルベールの名を出した。
キュルケ、それとタバサの二人も候補ではあるが、今は教師が先だとは紗久弥の談。折角の休日なのだ、心当たりの教師を先に当たって行こうとルイズも頷いたのは、ロングビルとの対局の前。
ルイズが候補に挙げる教師はコルベール・ギトー・シュヴルーズとオールド・オスマンの四人。
この中でコルベールを最初に選んだのは、快く受けてくれそう、そんな程度である。
オスマンはロングビルの繋ぎもあって、近いうちに時間を作ってくれるだろう、コルベール以外の教師にはコルベール伝いに繋ぎを得ればいい。
「さ、ミスタは受けてくださるかしら?」
本塔から出たところでルイズは不安を口にした。どうせなら、教師達への繋ぎも任せれば良かったと思うが、今更である。
コルベールの居場所は、彼の私的な研究室だった。
エレオノールと一緒に籠る事もあり、最近は噂も耳にする。
『ミスタ・コルベールとミス・エレオノールが男女の関係にある』
当然そんな訳はないのだが、そう勘違いされても不思議ではない程に二人の距離は近い。マリコルヌ等、一部の熱心なエレオノールファンはこの噂話を快く思ってはおらず、コルベールに問い質しに行ったこともあるらしい。
これはキュルケがルイズに言ったことである。
何故キュルケがそんな事を知っているのかは、深く追及しなかったルイズではあるが、少なくともキュルケがエレオノール側ではない事だけは確かだろう。それだけは確信出来ているルイズだった。
コルベールの研究室のドアをノックすると、中から聞こえてきたのはキュルケの声。
最近、キュルケはコルベールの研究室に居ることが多い。
エレオノールと対をなすような存在の彼女だが、コルベールと言う共通項で話が盛上ることや、立場上の関係性もあり、険悪な雰囲気を出すことはない。
「ふむ、ではこれでチェックメイトですな」
キュルケの案内で中に通されたルイズと紗久弥の二人、紗久弥はキュルケに簡易キッチンの場所を教えて貰い、ティータイムの為の支度を始め、ルイズは早速コルベールに手合いを願い、チェス盤を広げる。
ティータイムを挟んで五局、結果は4:1でコルベールに軍配。
ルイズが五局の棋譜を書いていると、触発されたキュルケがコルベールにチェスを挑んでいた。
そして、中々の接戦を演じていたキュルケだが、それは手が進むにつれて踊らされているのだと気が付く。
「これでチェックメイトですな、ミス・ツェルプストー」
止めに指された一手、キュルケは静かに投了を宣言した。
だが、声色と裏腹にキュルケの心に熱が入る。成る程、こんな微熱は久しぶりだ、そう言わんとばかりにキュルケの口角は笑みで上がる。
学院の目ぼしい男にはもう飽きていた、コルベールに微熱を覚えたのも別に良い。元より微熱に生きてきたのだ、ならば今、チェスに対して盛るこの微熱にも、従えば良い。
「ミスタ、もう一局お願いしても?」
「ええ、勿論」
キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。
彼女は生来熱しやすく冷めやすいと自己を評しているが、それは未熟故の評価だろう。熱せられた後に冷まされる、だがそこに他人の手が、彼女が認めたものの手が添えられると、彼女はよりしなやかに、より強靭に、対象に固執するようになる。
尤も、恋愛に関してはそこまでの固執を持つに至っていないのだが。
さておきキュルケがコルベール相手にヒートアップする前に、ルイズはコルベールにギトーとシュヴルーズへの対局依頼の繋ぎを願い、研究室を後にして休日の学院を紗久弥と二人でのんびり歩く。
「ねぇ紗久弥、やっぱり教師と言うか大人って凄いのね」
ルイズの手にはコルベールとロングビルとの棋譜がそれぞれ一枚。それぞれに渾身の一局と言える一枚ではあるが、どちらも敗局の物である。
コルベールには一勝を挙げはしたが、それも奇策を用いての物、二度は通用するとか以前の問題だった。
「大人が凄いと言うか、あの二人がとんでもないと言うかだね。流石にシュヴルーズ先生にギトー先生、オールド・オスマンとはまだだし」
「まあそうだけど、あ、エル姉様」