「どうしたの?」
正座した紗久弥に『上目使い』で見つめられたルイズから、完全に苛立ちは消えていた。
「え、えぇっと……その、ね?」
しどろもどろで辛うじて言葉を発するルイズの顔は、どんどん上気して紅くなっていく。
「お」
「お?」
完全に熱に浮かされ、ルイズは紡ごうとする言葉を飲み込むことが出来ずに、言い放ってしまう。
「おはようのキスしなさい!」
時は、止まらずにゆでダコになったルイズの頬に紗久弥は手を添えて、ゆっくり顔を近付けて口付けた。
あっさりとした口付けにルイズは湯だっていながらも、物足りなさを訴える。
いや、湯だっているからだろうか、ルイズは冷静になれないままに離れていく紗久弥に飛び付くように口付ける。今度は物足りなさを感じる暇もないほどに濃密に。
「る、ルイんっ……むふ……ぅ」
「っは……っ……はっあ……おはよう、サクヤ」
そう口にしたルイズは艶かしく、到底『可憐な天使』とは思えない。
それはさておき、紗久弥はルイズから解放されると。
「ルイズ、そこに座って」
「ふぇ……?」
「座りなさい」
蕩けた筈の頭が瞬時に冷めて、母を思い起こされる迫力を滲ませる紗久弥に、ルイズは思わずベッドに正座してしまう。
この後滅茶苦茶説教された。
「うう、足がしびれた……」
「でもスッキリしたでしょ?」
紗久弥の言う通り、色事に熱の上がった脳みそは些かスッキリしたような気がする。
「まさかお早うのキスでこんなに説教されるなんて」
「あのままだとルイズってばとことん色事に溺れそうだったからね。二つ名が『お熱』とか『女色』になっていいならもう説教はしないけど?」
キュルケと似た語呂だと言うのに格好良さの欠片もない、女色に至ってはそんな二つ名になるくらいなら『ゼロ』のままで良い。
「気を引き締めるわ」
だが『恋人』が四六時中傍に居て、触れ合いたい衝動を抑えきれるか、不安になるルイズであったが。額に不意にキスされて抱き締められると。
「二人っきりで、虚無の曜日を過ごす時は、こうしていたいけど……ね?」
紗久弥の顔は紅く、恥ずかしそうに微笑んでいた。
「うん……」
次第に近付く二人の唇が触れ合う瞬間。
「ノックせずもしもーし」
呆れたような声で、キュルケが現れた。
傍にはタバサの姿。
ルイズは慌てて紗久弥を引き離すが、時既に遅し。
「『お熱』のルイズ、貴女以前私の事を散々に言ってくれた事があったわねぇ?一年の頃だったかしら、男を連れ込む私に『微熱』より『お熱』がお似合いねツェルプストー、だったかしら、ねぇ『お熱』のルイズ?」
顔を紅くし過ぎて青くなるルイズの顔。
「今の貴女にこそ相応しくてよ『お熱』のルイズ」
「きゅう……」
と口にして気絶するって人間を始めて見た紗久弥、キュルケ、タバサであった。
「からかい過ぎ」
タバサの言葉に、こんな機会滅多にないんだものと、悪びれる事の無いキュルケである。紗久弥も庇い様はなかった、自分もルイズと同じく頭沸いてたのだから。
ルイズが気が付いてから、朝食となった。
タバサを上座に、キュルケ、ルイズ、モンモランシーにギーシュと席に着いて食事を待つ。
「で、モンモランシーにギーシュ、キュルケにタバサはどうしてラグドリアン湖に居た訳?」
「そ、それは……」
言い淀むモンモランシーに、キュルケは溜め息を溢して口を開く。
「ギーシュがモンモランシーの作った秘薬を飲んでね、解毒剤の一つに水の精霊の涙が必要だったそうなんだけど」
「このところの流通が滞っていて買えなくて、直接貰いに来たの」
キュルケに続いて漸くそう言葉にしたモンモランシーに、ルイズは目を向けて。
「そうか、貴女はモンモランシ家の人間だから交渉出来るのよね」
「交信しかした事は無かったけど、何とか交渉出来たわ」
この言葉を聞いて、ルイズは次に何故自分と紗久弥がラグドリアン湖に来たかを説明し、紗久弥を呼び、耳打ちすると女官証書を受け取った。
紗久弥が部屋を出た事を確認すると、ルイズはモンモランシーの席に向かい。
「モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェーヌ・ド・モンモランシ。ラグドリアン湖水精霊交渉役にこの場を以て、私ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、トリステイン王国アンリエッタ・ド・トリステイン王女殿下代行として命じます」
そう言って女官証書を見せると、モンモランシーは椅子から滑るように落ちた。
ギーシュは慌ててモンモランシーを引き起こしに席を立ち、手を差し出す。
「あ、ありがとうギーシュ」
「何、恋人が床に座ったままなのを見過ごせないさ」
キュルケに煽られて、顔を真っ赤に染めるモンモランシーだったが、ルイズの咳払いで我にかえると、ルイズに詰め寄った。
「な、何なのよそれ!?って言うか私が交渉役って何!?何で貴方のメイドの名前も並んでるの!?どうなってんのよ!?」
「おおおおおちちちちちつつつついててええええええ」
昨日はキュルケにおんなじことされたなぁとどうでも良いことを思いながら、どうにかモンモランシーを引き剥がす。